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少女はブリッジに沈む

「あんた、やっぱりクラスDなんかじゃないでしょ」


 疑似太陽バーンアウトが放ったビー玉サイズの太陽は真っ二つに切断されて、中央行政区に繋がる鉄橋の一部を溶かした。


「アチチッ、ああ? 能力測定試験でもDって言われてますが、なにか?」

「ちっ、そんなわけないでしょ。――いつから最底辺の異能者が超小型とは言っても私の炎を簡単に切り裂けるような魑魅魍魎ランクになったのよ。それに切り裂いただけじゃないでしょ。剣が触れた瞬間、炎が私の制御から離れた。具現化系亜種の系統外異能?」


「……」圭哉は何も答えず、太陽を切った代償に砕け散った剣をもう一度具現化する。


「あんた、何者?」


 紅坂朱音はもう一度尋ねる。




 内外から異能都市とも呼ばれるこの人工浮島()には九〇万の異能者が存在する。


 異能者のは強化系、変化系、具現化系、支配化系、この四系統の適正のどれかを最低一つは持ち、契約の枷(パーソナルルール)によって能力の本質が定められる。


 紅坂朱音の場合は契約の枷は「炎」。メインの適正は変化系であるが他の三系統も相応に高いからこそ、彼女は総合異能適正(クラス)Sと認定されているのだ。


 




 科学者は言った。「喜怒哀楽、人間が発する生体エネルギーを操る異能者こそ人類の進化であり、彼らこそ新人類だ」と。


 そんな新人類の一人である朱音は不機嫌そうに圭哉の刀を見る。


「ランクS(同類)には触れたモノを金属にする異能だとか、素手で疑似太陽を受け止めるゴリラとかいるけど……。精神じゃなくて、異能に直接干渉する

なんて誰一人できないわ。炎使いと炎使いみたいな同系統の異能者同士でも無い限り」


 「まっ、私を上回る炎使いなんていないから? 支配化の奪い合いなんて負けたことないんだけど!」と最初は大きな自信に半比例した小さな胸を張っていたが、すぐに忌々しく圭哉を睨む。その自慢の炎も目の前の男が簡単に引き裂いたのだ。朱音の中で得体のしれない恐怖が蠢いていた。


 それでも恐れを見せないのは最強の炎使い(パイロマスター)としての自負が、そうさせるからである。


「風紀委員権限を使ってアクセスした総合データベース『電脳書庫(ライブラリ)』には、あんたの契約の枷は『刀剣』として登録されてたはずだけど?」

「間違いじゃないだろ。グリモに記載される異能名は『刃の所持者(Realize

Blade)』だ。この力が何なのか、俺だって知らん」

「科学者に引き渡せば喜んで解明してくれるでしょうに」

「解明されるのはいいが、解剖されるのはごめんだ」


 科学者といえばすぐ頭を物理的に調べようとする。なんとも偏見に満ちた見方だが、異能都市で噂される都市伝説や日常的に行なわれてることを考えれば当然だ。


「そうれもそうね。こっちも話が聞けなくなると困る」


 そっちから言い出したことだろうに。


 そう思っても子供の癇癪だ、圭哉は広い心で尋ねる。


「――結局そっちの目的は何なんだ」

「……」

「だんまりかよ」


 まだ話せない、ということらしい。一体どういうつもりか、大きなため息を吐いた圭哉に朱音が何か言おうとする。


「だって――っ」


 ――が、それは白い何者かのひと言で遮られた。


「くまー」

「へっ?」

「クマ?」


 どこぞのテーマパークから脱走してきた白い着ぐるみのような何か。あるいはゆるキャラみたいなそいつは気の抜けた鳴き声を上げて朱音の背後で巨大化する。


 朱音も気配を感じて上半身だけ後ろに向けて、そいつを視界に入れた。


「えっ? 先輩の人形? ちょっと待っ、きゃあああ」


 ぬいぐるみにも見える白いクマは朱音の細い腰にもふっ! と包容力たっぷりな効果音で抱き着くと、「くまああああ」と高い雄叫びを上げてバックドロップを決める。

 

「おおー」


 日本名は岩石落とし、米の国ではベリー・トゥー・バック・スープレックスとも呼ばれる芸術的なプロレス技を決めた熊公に思わず、圭哉は拍手をしてしまう。


 さすがに熊公は女子中学生を頭から地面に叩きつけるバイオレンスベアーではなかった。ただの優しい森のくまさんだったようで、シロクマは足と頭を支えに逆ブリッジでお腹に朱音を仰向けに乗せた体勢で朱音を拘束する。


「ちょっ! 先輩! スカートひっくり返ってる! 服もめくれちゃいますって! いやあああ、見んなああ、このセクハラ男!!!」


 チラッと見えた白い生地と茶色のクマさん。


 圭哉はそっと視線を横に逸らし、「子供パンツ、じゃあなあ……」と理不尽な罵倒に疲れた表情を返す。


 するとこの状況を作ったであろう元凶が声をかけてくる。


「あら、そこがかわいいのではありませんか」


 艶のある声は朱音の後ろからやってきた。声のする方を確かめると獅子に横乗りした美人がおっとりした柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 それだけ聞けば幻想的ファンタジーな映画の一場面にも思えるのだが――、獅子は手芸店で売られてそうな生地とボタンのような真っ黒お目目のパーツで作られた、等身大の獅子より一回り大きいお人形であった。


 遊園地にある子供用の乗り物みたいなそれに乗るのは、少々ギャップを感じざるを得ない。いやしかし――。おっとりとしたタレ目に、ふわふわっとウェーブのかかった茶髪はいかにも良い所のお嬢様で、メルヘン的で似合ってると言えば似合ってるのか?


 そのぬいぐるみのライオンはぽふんっとメルヘンな足音で圭哉の近くに跳躍する。


 さらに彼女の恰好について言及すると、朱音と同じプリーツスカートに見覚えのある黒のラインが入った白いサマーセーター。肩には小生意気そうなサルのぬいぐるみが乗って、彼女の腕に巻かれた学区風紀委員の腕章端末を「これ見てみ?」と主張するかのように手で叩いている。


「ど、どちらさまで?」


 圭哉の声が裏返る。目麗しいthe上流階級――のお嬢様に緊張したのか、はたまた新たに現れた腕章を付けた人間に緊張したのか。モテない男の名誉の為に、どちらなのか明言はしないでおこう。


「乙葉女学院高校二年、久々津操香(くぐつそうか)と申しますわ。異能は見てのとおり、人形を操る支配化系異能者です」


 乙葉女学院。エスカレーター式のお嬢様エリート学校で、中高合算した在校生は四〇〇人ほど。異能都市が作られるのと同時に開校し、六〇年の歴史と多くの優れた異能者を輩出してきた実績を持つ名門校だ。


 入学の条件は異能総合評価がB以上、もしくはそれと同等の素養があると認められた場合のみ。学園区以外を含む全ての区に一〇人しかいないクラスS異能者が複数在学する時点で、どれだけ特別な学校であることがわかるであろう。


「あれの先輩ってことですか」


 一つ年上ということもあって、圭哉は丁寧な言葉で尋ねる。


「ええ、とはいってもあの子はまだ中学生ですけど。私的な理由で面倒を見ていますの」


 後ろではシロクマの上でじゃじゃ馬(朱音)がまだジタバタもがいており、いつの間にか肩から降りた子ザルのぬいぐるみが朱音とシロクマの周囲をN(ねえねえ今)どんなK(気持ち?)みたいな動きで煽り散らしている。その様子を操香は楽しそうに眺めている。


 私的な理由とはどうやらそのまんまの意味らしい。このお嬢様、かわいい子は(Sっ気に)可愛がりたくて仕方ないのだ。


 優しそうなお姉さんなのにサディスティックな性格をしているなー。と、圭哉の中にある理想のお嬢様像がメキメキとヒビが入って崩れていく。


「なので、このままこの子は引き取らせていただきます。御機嫌よう」


 久々津はスカートを掴み自然な動きでカーテシーで別れを告げると、碌な説明もなく背中を向ける。乗り物にしていたライオンのぬいぐるみも、みるみる小さく――おそらく元のサイズの片手で掴める程度に――なって後ろからトコトコついて行く。


「あ、はい――って説明のひとつもなしですか!?」

「――――♪」


 あまりにも一般庶民とは違う世界。呆気に取られて反応の遅れた圭哉の追求は、聞こえてません――とでも言いたげな鼻歌で誤魔化されてしまった。


 しかし、何かを思い出した久々津は振り返って一方的に補足を始める。


「あー、これだけは伝えておいた方が良かったわね。今回の一件、風紀委員は一切関与していませんわ。この子の個人的な私怨だから安心してください。このあとしっかりお説教するつもりですし」


 お説教。観念して大人しくなった紅坂朱音がそれを聞いてガタガタ震えはじめる。その反応に圭哉は内心「ざまぁ」と溜飲が下がる思いだ。


「そうじゃなくて――、いやそれははっきりしてもらわないと困りますけど。私怨ってなんですか!!」

「きにしなーい、きにしなーい。男の子が小さい事をいちいち気にしないことですの。その方が異性にモテますわよー」


 そのまま二人……と三匹? は去っていく。紅坂朱音はシロクマに抱きかかえられて顔を真っ赤にしたまま……。




「……帰ってゲームしよ」


 処理限界を迎えて、圭哉はあっさり思考を放棄することにした。


 なんで一般人の俺がこんな非日常に巻き込まれなくてはならないのか。早く自分の日常に戻ろう。


 そのためにさっさと帰って、クラスメイトとオンラインでゲームをすることにした圭哉。しかし彼の頭から、あるべき存在がすっぽり抜け落ちていた。


「そういえば買い物袋はどこいった? 軽すぎて忘れてたぜ、ハハッ。――はあ」


 右手に持つ剣を虚空に還し、空気のように軽いビニール袋を持っていたはずの左手を見る。


「あれ?」


 持ち手だった細長いビニールの白いモノがヒラヒラしている。


 その先にあるべき袋の部分がない。


「熱でちぎれたのか……。って、やばいだろ!」


 周囲は疑似太陽の余波によって灼熱地獄。食材は多少過熱されてもなんとかなるが、精密機器のゲームソフトが無事とは限らない。


 治安維持機構が来るまえに見つけないと。――そう焦る中で見つけたのは、橋の上でジューっと鉄板焼きにされる何かの残骸。


 駆け寄って中身を確かめると食材は真っ黒焦げに、ゲームソフトはぐちゃぐちゃに溶けたパッケージの中でお亡くなりに。


「嘘だろぉおおお」


 人気のない橋の上で二度目の悲鳴が木霊した。

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