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タロット占い

 リビングではノートパソコンのコンソールを操作する音と部屋の時計が動く音だけが一定のリズムを刻む。


 ノアの魔術を消すために動き始めて二日。ルールブレイカーの術式構造を天海のパソコンで書き出す作業が行なわれていた。


「これはアプローチの方法を間違えた、か」

「かもしれません。ケイヤが曖昧な感覚で使ってる異能を書き出すのは骨が折れるどころの話ではありません。短期間で結果の出せる代物では……」

「だが今さらノアの魔術を消す方法を別に探し直すなんてできないだろ」

「わかってます」


 解析作業は圭哉がメインとなって行なうしかない。


 ノアの専門は神秘としての魔術。科学として開発された異能の解析などお門違いも良い所だ。


 だからとって何もできることがない――というわけではなく、魔術的な知識で不明瞭な箇所を補うことはできないか考えていた。


「しかし、圭哉はよくこんな状態で異能を使えていましたね」

「慣れだ、慣れ。それに道具は使う人間が全てを把握する必要はない。大事なことはそれがきちんと使いこなせるかどうかだ」


 Fe()Cu()Au()Al(アルミ)Ni(ニッケル)Cr(クロム)……エトラセラ。


 これらの記号は中学化学を履修していれば知っていて当然の知識であろう。


 具現化の異能にはその元素記号を使った構造式が含まれてる()()()()()。――が、ルールブレイカーの設計図に当たるそこはブラックボックスになっており、使用者である圭哉ですら読み解くことはできなかった。


 同時に理解することができたのだ。だから白上圭哉の異能は不完全なのだと。


 本来なら学園区でも最上級の設備が整った研究施設で解析しなければならない作業だ。それでも他に手のない二人は天海父から入手した他の具現化系異能を解析したデータと見比べながら、ルールブレイカーの本来あるべき形というモノを模索していくしかなかった。


 ただこんな作業を二日も続けていると自分の異能を都市に報告してでも、本職に解析してもらえばよかったかも。なんて世迷言が頭に浮かんでは消えていくぐらいの疲れも出てくる。


「――なあ」


 書き出した箇所をコピーして、圭哉の携帯端末を借りて確認しているノアに話しかける。


「なんです? お喋りはもちろんウェルカムですが、手を止めていては作業が進みませんよ」


 目を端末の画面から一切離さずノアは真剣な声で答える。


「いや、ノアの魔術でどうにかならないか」


 今さらながら、昨日全く興味を示さなかった占いに藁にも縋る思いで助けを求める。それでどうにかできるなら最初からそうしてるのはわかっていてもだ。


 ただただ終わりの見えない作業で死んだ魚の目になっている圭哉の現実逃避から出た発言だった。


「わたしの、ですか。わたしの魔術は視ることに特化していて、視覚以外の情報を得るのは難しいですよ? 他の魔術も人を占ったり探し物を見つける使い方がメインですからねえ……」

「オリジナルのルールブレイカーを見つけた方が早いんじゃ?」

「実は、それをミレイの家に来た最初の夜に占ったんです」

「まじ?」

「マジです。どこかにオリジナルのルールブレイカーがあるんじゃないか。それが気になりまして、調べたのです。ケイヤの頭髪を使って――。血液もあればもっと精度を上げられたんですけどね」

「おい」

「あはは。っでその結果が……」


 キリっとした表情で溜めに溜めて、


「わかりませんでした!」


 ばばーん。


 そんな効果音が聞こえてきそうな勢いと、可愛らしい笑顔のえへへ付きでノアは誤魔化そうとする。


「……」


 真顔な圭哉にじっと見つめられたノアの両目がだんだん泳ぎ始め、お手上げだと言いたげに持ち上げた両手をゆっくり動かして自分の体を抱きしめる。


「おかしいなー、なんでこの部屋こんなに寒いんでしょうかー。空調を利かせ過ぎなんですかね」

「……何か言うことは?」

「ごめんなさい! ちょっと疲れた空気を和らげようと思ってみただけなんですう」


 当然ながらそんなことで目の下の隈が吹き飛ぶなんてことはなかった。ノアは居心地の悪さにごほんっ! と咳払いをして、直前の醜態なんてなかった風に話を戻した。


「えーっと、それでですね。一瞬高天原で反応があったようにも思えたんですけど、どうにも島の下――海中を指し示していて……。だから気のせいでしょう。おそらく探知妨害がかけられているか存在しないかで、見つけられないみたいです」

「なるほどね……」


 頭の中で浮かぶのはオリジナルの刀を探す紅坂朱音の事である。そもそも彼女はそれがルールブレイカーだと知っているのだろうか。


 残念ながら場所がわからない以上、それを教えるつもりはない――情報の出所を説明するのが面倒だから――のだが気になる話ではあった。


「さてと、ここで一度休憩を入れましょう。詰め込み過ぎても作業効率は上がりませんから」


 集中力を欠いているのに気付いた圭哉がパソコンの画面端を見れば「15:12」と表示されていた。


「あいよ。もうこんな時間か、先生が買ってきてくれた目薬は――」

「わたしが持ってますよ。飲み物を取ってくるついでにお持ちしますね」

「サンキュー」


 しばらくしてお盆に二人分の紅茶と糖分補給のチョコを乗せて、にこにこ顔のノアが戻ってくる。


「ケイヤが占いに興味を持ってくれたようですし、気分転換にタロット占いをしてみませんか?」


 彼女は目薬と一緒にタロットの箱を見せる。昨日の朝に見せた『ⅢⅩ(死神)』が入っているあの……。


「お断りしますが? 白上さんは休みたいんだ」


 さっきは占いに頼ろうとした圭哉だが、それは現実逃避から来た気の迷いだ。決して占いを積極的に頼ろうというスタンス――科学からオカルトに鞍替えしたわけじゃない。


「ケイヤ、そんなこと言わず。パーソナルデータを教えてください!」


 ノートパソコンを退かせ、事前に用意していたらしいコピー用紙の魔法陣をテーブルにセットし、ノアは着々と用意を進める。


「休憩って言い出したのはノアだろ。ゆっくりしてろよ」

「わたしは資料と読み比べするだけでしたので、そこまで疲れてませんよ?」

「俺の休憩は?」

「ソファーにでも寝転がりながら聞いててください。こちらで勝手に占いますので。それに『魔術でどうにかならないか』、と言ったのはケイヤです」


 これは一度占っておかないと何度でも言い出すに違いない。


 圭哉が嫌そうな顔でノアのタロットを見て深く深く息を吐いた後、生年月日や血液型を伝えた。


「二一四九年一〇月二〇日、天秤座のA型――っと。では、いきます」


 魔法陣に何かを書き込んだノアはてっきりタロットカードの山札から引いていくものだ、と思っていた圭哉は次の瞬間、驚愕する。


 ソファーで気だるげに横になっていた圭哉が見た彼女の行動は、カードを放り投げることことだった。


「えいっ」


 気合が入ってるのか、そうじゃないのか、わからない掛け声と同時に七八枚のタロットカードが部屋中にばら撒かれる。


「これも魔術か……」


 不可解な光景は続く。


 タロットカードが床に落ちてこない。物理法則を無視して宙に浮かび続けているのだ。


 その様子は大きな駅前などにある立体映像でできたオブジェクトのような、規則正しい模様を描いているようにも見える。


「まずはこの刻印魔術札(ルーンタロット)がきちんと働くかの確認から――」


 魔法陣の一角を指し示したノアは圭哉の方を見て、


「ここは過去を表す領域、その中でも最も古いケイヤの原点とも言える場所。ちょっとだけケイヤに関係する人を調べても構いませんか?」


 プライベートを覗き見てもいいのか確かめる。


「どうぞご自由に」

「では、最初にケイヤと繋がりのある人間――ご両親がどんな人だったのか」


 指を動かすのと一緒に二二枚のタロットが魔法陣に近づいてきた。ノアが「これらは大アルカナと呼ばれるカードです」と説明も付け加えつつ、さきほど示した場所を指でトントンと叩く。


 すると、三枚のカードがその位置にセットされた。ノアは一番左のカードをめくり、


「『ⅰ.THE MAGICIAN(魔術師)』、どうやら魔術に関わる方だったようですね。日本という事を考えれば異能者でしょうか?」

「いや知らないんだ。両親はどっちも俺が小さい頃に死んでるからな」

「あっ、ごめんなさい。じゃあやっぱり止めておいたほうが……」

「気にすんじゃねえよ。それも含めて自由にしろって言ったんだ」

「そうですか、――わかりました。では続きを」


 圭哉が本当に気にした様子がないのだと理解し、彼女はさらに中央、左とカードを表向きにする。


「二枚目が『Ⅸ.THE HERMIT(隠者)』、何かを隠す人物。三枚目、それは『XXII.THE WORLD(世界)』――っまさか」


 最後のカードが『世界』のアルカナだったことに驚くノア、その理由は彼女導き出した分析でわかった。


「世界に影響を与えるほどの強大な力を持ち、それを隠し続けてきた異能者――でしょうか。もしかしたら世界の抑止力(ルールブレイカー)を持っていたのはご両親だったのかも」

「一気に胡散臭くなったな。『あなたの前世は織田信長です』って言われるぐらい、信じられねえぞ」

「けど、それなら辻褄が合うじゃないですか。幼少期のケイヤとルールブレイカーには繋がりがあった。だからこそ、異能であれを呼び出せる――と」


 自分の推理を得意げに披露して、ノアは「どうです?」と魔術を維持したまま同意を求める。


 圭哉の両親が居なくなったのは『彼が五歳の頃、一〇年前の話らしい』。


 当時幼かった彼の記憶に両親の姿は朧気にもなく、彼にとっての家族と聞かれて真っ先に思い浮かぶのは『引き取って育ててくれた義姉』のほうだ。


 なにか哀愁のような物を感じるにも生みの親は遠すぎた。


「さあな、十年も前に死んだ人間の話だ。今さら事情を聴くこともできないだろ」


 アンニュイな表情で目を瞑った圭哉にノアはそれ以上会話を挟むこともできず、


「もしかしたら他にルールブレイカーの手掛かりがあるかもしれませんので、続きも占いますね?」

 

 十分という短い時間。その間一方的にノアの占いに関する知識を圭哉は聞かされる。


「魔術の占いは紛い物の占いと違って、何度占っても条件が同じなら、同じ結果が返ってくるんですよ? 他にもタロットには正位置と逆位置という物がありまして――――」


 などなど。


 学ぶつもりもない占いのレクチャーを永遠に垂れ流される。


 ――が、学校の授業と同じように聞き流してた圭哉はノアの占いが終わるのをきっかけに、疲れが抜けきらない体に鞭打ってすぐさま解析作業へと戻るのであった。


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