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救いの手

「さて、若人。何をやらかしてたんだ?」


 そう声をかけられたのは圭哉で、


「あー、奇遇ですね――先生」


 補導したのは彼の担任である天海美鈴だった。


「残念ながら偶然じゃなくて風紀委員から通報があったのよ。『お宅の生徒が怪我をしてコンビニの前に座り込んでいますよ』って、証拠の画像付きでね」


 認識阻害が働いてねえじゃねえか。


 チラッと魔術を自慢していたノアを見ると、彼女も「お、おかしいですねー」と目をぱちくりさせていた。


「そっちの子が今朝言ってた行き倒れの女の子? 私の生徒が二次元と現実の区別がつかなくなったんじゃなかったのを安心したらいいのやら」

「――?」


 ノアは天海の言ってる意味を理解できずにいる。ただ圭哉の心配をさせてしまったのは理解でき、「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。


「とりあえず車に乗りなさい。病院まで先生が付き添います」



 


 そんなわけで天海に捕まった圭哉はノアも一緒に車に乗せられて、なぜか先生の家に行くこととなった。


「病院にはいけない――けど寮にも帰れない、か。何に巻き込まれた?」


 運転席に着いた天海はハンドルではなく、助手席に座る鉄色の犬――一般人の圭哉には正式名称も知らない要人警備ロボ(ガードドッグ)――を撫でながら尋ねる。


 最近の車は自動運転システムで操縦されるのが普通で、ハンドルも車体に収納されている。そのため運転席でも天海が足を組めるほど広々としていた。


「アメコミですかね」

「おまえはスパイダーか? キャプテンか?」

「そんな力があったらよかったんですけどね、俺はヒーローに助けられるモブ側っすよ」


 ヒーローにはなれない。どこか自虐的な圭哉の冗談に天海は真面目な顔をして言った。


「事情を話すつもりがないなら、このまま治安維持機構の支部に目的地を変える」


 天海は左手でカーナビのようなタッチパネルのコンソール画面を操作する。冗談ではなく本気だ。なんと答えるか迷う圭哉に代わって、ノアが慌てて会話に割り込んできた。


「まだ全部話してないんです」


 そう、圭哉はまだ全てを彼女の口から聞いたわけではない。マレウスによって大まかな話を聞かされていたのだが、それが本当なのか。彼女の話しを聞いて判断するつもりだった。


「そういえば、そっちの子は名前を聞いてなかったな」

「あっ。私、ノア・サウセイルと申します。ちょっと訳があって魔術師に追われてます」

「あ、ああ。そこの馬鹿の担任をしてる天海美鈴だ」


 たとえ丁寧に挨拶をされても、おかしな単語が混ざっている違和感は消せない。だが天海は大人の女なため「魔術師……?」と疑問符を浮かべたままでも挨拶は返す。


 天海の困惑も置き去りにし、ノアは自分の置かれてる状況について語りだした。


「わたしが追われているのはわたしの持つ魔術のせいです。魔術師には大別して三種類存在し、わたしはその中でも魔術契約書――魔導書(グリモワール)と契約した魔術師となります。魔術名『死者を選ぶ乙女の眼(スクルド)』の魔導書と契約した未来視の魔術師、それがわたし――『シメイ』の魔女、です」


 希少な力を持つから少女は追われていた。単純明快な話だ。


 さらに最高位であり伝承だけの存在である『魔神』を除くと、これでも自分は事実上の最高位『魔王』に匹敵する魔術師なのだ、とも補足する。


「だから占術に自信があるわけか」

「いやまあ、そう言いましたけど。タロットとかはちゃんと学んだモノなんですよ……?」

「ふーん。けどそれって予知系の異能者と似たようなモンだろ。相手がその魔術にそこまで拘るのか?」

「ふむ、ではその異能者は月一の頻度で一〇年、二〇年先を視れますか? 調子が良いときは五〇年ぐらい先もあったでしょうか」

「――は? 機械の補助無しでそんなことしたら脳が焼き切れるだろ」


 圭哉の中でまたひとつアーロンの話が本当だという証拠が出てくる。そんな負荷のかかりそうな力を短期間に使い続けて、何の代償も無いはずがない。


 大真面目に魔術というオカルトめいた話をしている圭哉とノア。突拍子もない話なのだが、天海は否定もせず、存在するものとしてひとつ質問をする。


「異能と――魔術、とやら? の差、なのかもしれないな。で、予知できる内容と発動の条件はあるのか?」

「予知できるのは人の死とそれに不随する出来事の観測、主にテロや戦争――魔術師同士の交戦です。条件は――視る対象も時間も発動も制御できないということでしょうか。もちろん、わたしに近い事柄を視る確率のほうが高くなりますが」

「それは、戦争の火種だな」

「はい。だからわたしはイギリスにある魔術結社の庇護下にずっといました」


 個人でそれを役立たせるのは難しい……が、軍や国家という単位で考えればこれほど脅威となる能力はない。


 事前に見ることさえできていれば先手を取れるのだ。それこそ自分たちだけ結果のわかる株取引をしているみたいなもんだ。全部を知ることはできないとしても、把握可能な未来だけでどれほどの利益を生み出せるだろうか。


「どうしてその庇護から離れたんだ?」

「組織の考えについて行けないと思ったからです。わたしの予知から危険分子だと判断されれば、黄金の黎明は容赦なく粛清を行なう。例え子供でも、十年後に敵対魔術師になるなら事故や病気を装って――わたしのせいで殺されるんです。わたしのせいで……誰かが死んでしまうのが嫌だったんです。それが必要だとわかっていても、わたしには耐えられなかった」

「……」


 圭哉と天海は何も言えなかった。他者がただ不利益を被るというだけならまだ許容できたかもしれない。だが見知らずの人間を予知で視たから、というだけで粛清まで行なうのは非人道そして非道徳過ぎる。


 けれど、彼女はそれもまた必要悪だと言う。どこか諦念した様子で平和を維持するには必要な犠牲だ、と。


「魔術結社とは――いえ、国家、あるいは大衆を守る組織とはそういうものなんです。この高天原にだってお二人が知らないだけで、暗部が存在するんですよ?」


 ひんやりと冷たい物が圭哉の体を震わせる。車両のガンガンに稼働する空調のせいではない、自分たちもまたその類の組織に目を付けられるんじゃないかという恐怖からだ。


「――だからって後悔するつもりはないさ」

「ケイヤ?」

「なんでもない。それでなぜ高天原に来たんだ」

「それはケイヤの異能――え、えっと?」


 ノアは話していい内容なのか、圭哉の様子を窺う。


「先生は知ってるよ」


 天海は担任の教師なのだから把握していても自然なことだ、とノアは納得する


「学校の先生でしたっけ。なら彼の力を知っていてもおかしくありませんか。わたしは――」


 なぜ彼女は圭哉を探していたのか。


 それは、


『ケイヤの異能に殺されるため、日本へ来たのです』


 まるで日本へショッピングしに来たの。と、でもいうように気軽な口調でノアは自分の来日理由を話す。


「――殺される?」

「あっ、もちろん『魔術師として殺される』。というのが正しいです」

「そういう意味か。あまりヒヤッとする言い方は止めてくれ」

「あはは、ごめんなさい」


 天海とノアは勘違いだと笑っているが、圭哉の表情は厳しいままだ。


「――予知で白上の異能を探し当てたのか? 白上の『異能の無効化』……いわば同胞殺しとも言える力。そんな力を持ってると知られたら、この異能者ばかりの都市じゃ生きづらいだろう。それに無効化の原理を知りたがる、危ない連中に目を付けられる可能性もある。だから――」

「俺の異能は都市側に隠ぺいしている」


 天海美鈴はその危険性から、知らなかったという立場を選んだ。いくら能力の希少性が高くても、圭哉本人の戦闘能力は低く現代兵器に対抗できる力がない。


「隠ぺいなんて大層なもんじゃないけどな。白上の契約アプリ(グリモワール)の表記は虚偽じゃない。なら私と白上が黙すれば漏れるはずがなかった。この馬鹿はどうやらそんなこと気にするつもりはないみたいだが……」


 責めるような視線を送る天海に、圭哉は居心地が悪そうに窓の外を眺める。不用意に使ってバレた時点で隠ぺいなんて何の意味もなさない。


 自分の心配事を蔑ろにされれば、そんな目で見られても仕方ない。


「悪いとは思ってますよ。『人目に付くな』――そうアドバイスしてくれたのに、守らなかったのは俺の責任です。だからこれ以上――」

「首を突っ込むなって? 大人を舐めるんじゃない。そうなったら教え子を守るって、こっちはとっくの昔に決めてたよ」


 なんとも漢らしい言葉だ。


 ノアは「おおー、カッコいいです。先生の鏡ですね」なんて感心している。一方圭哉はキョトンとして、


「先生のモテる理由がよくわかりました」


 と、普段から女子生徒に慕われている本当の理由を知った気分である。


「嫌みか?」

「まさか、心からの尊敬ですよ」

「他の生徒も尊敬だけなら良かったんだがな」


 女教師の心からの言葉に圭哉は「モテない男子高校生からしたら贅沢な悩みですよ」と地雷を踏んづける。


「ああっ? 白上だけ野宿にするか?」


 天海にギロリッ! と睨まれ、圭哉は慌てて謝罪することとなった。



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