苦い決着
「死にたがりか、魔術殺し」
ケイヤは無手のまま手を前に突き出しセリスに向かっていく。それも額に血管を浮かび上がらせ、鼻から血を流した状態で。
限界以上の力――異能を発動させようと手に力を込めるが、到底間に合いそうにない。
「トドメを刺せっ、unus!」
わざわざ異能の発動を待つなんてことをするはずもなく、セリスの騎士は最後の任務を果たすため滑るように圭哉の目の前へ伸びる。
為す術はない。
圭哉の背後に大鎌が回りこみ、後は柄を引けば首が落ちるところにまで迫る。
カンッ! 二度、そして二か所から聞こえた金属の落下音。
地面に落ちたのは彼の首ではなく、騎士の大鎌だった。
(なにが起こった?)
混乱するセリスがもうひとつの音がした方をぱっと振り返る。
(馬鹿なっ。『影の従者』の弱点に気付いていた? でもどうやって――)
白い金属の棒が地面に落ちていた。ちょうど陽の光で浮かび上がったセリスの影の上に。
「どうしてそこに!」
セリスの魔術の根源は自身の影、自分の影を材料にして魔術を作り出す。つまりそここそが、影の従者の本体といえた。
魔術と魔術師の繋がりは圭哉の異能によって妨害された。結果、ノアを縛っていた拘束も、大鎌を持っていた騎士も、すべてが陽の下に霧散していく。
思い通りの結果に少年は吠えた。
「落ちこぼれでもなっ、頭の血管一つ二つ引きちぎる覚悟ありゃ刀の一本、落とす場所をずらすぐらいはできんだよ!」
支配化適正、それが答えだった。支配化――つまりは対象を自在に操る力のことだが。そのレベルがたった1しかない圭哉でも、脳を酷使すれば数センチ程度動かすことはできる。たった数センチ、されど数センチだ。少年は賭けに勝った。
迎撃する余裕を極限まで削ることによって、セリスの騎士は投擲した刀を卯木上げることでしか
「魔術師モドキがっ! ――『顕現せよ、騎士!』」
飛び込みながら刀から離れるセリスは態勢を整えるより先に消された騎士を呼び直す。
「来い――相棒!」
圭哉もまた役目の終えた刀の維持を解き、再び刀を創り直す。
「テメエは影に帰れ! デカブツ!」
「本体を狙え! ぼくの騎士!」
もう騎士に圭哉の攻撃を防ぐ手段はない。
主人の命令に忠実な騎士は魔術殺しの刀を躱して、影でできた巨大な騎士剣を体に叩き込もうとするが――その前に刀が騎士剣ごとセリスの魔術を消し去る。
「お願い、ケイヤ! セリスを殺さないで!」
セリスに刀が届く距離に入ったのを見て、ノアは泣きながら懇願する。
「はっ」
少年は小さく笑う。
自分が殺されそうになったのに甘い事を言うノアを鼻で笑ったのではない。相手と面識があるからだとしても、彼女が平然と人を殺せと言う人間でなかったことが嬉しかったのだ。
それと圭哉にはもう戦う力は残っていなかった。今も走っているだけで体中が痛みを訴えかけてくる状態なのだ。殺せと言われたところでそんな余力はないのである。
「何言ってんだ。俺の作る刀に刃なんて最初からついてないだろ。――まあ、武器も使うつもりも無いけどな」
立ち上がった魔女の足元の影に刀を投げ捨てて、圭哉は拳を握る。喧嘩の決着をつけるのに凶器なんて必要ない。ただありったけの感情を拳に乗せてぶん殴る。それが彼の流儀だからだ。
しゃああおらっ!
品の無い掛け声は圭哉だったのか、相手の魔女だったのか。
「ステゴロの殴り合いなら魔術も異能もねえだろっ」
駆け引きも何もない。喧嘩殺法とでもたとえるべきフォームで殴りかかる圭哉の拳を、セリスは手の平で受け止めて怒鳴り返す。
「魔術師が貧弱と思ったか!?」
お返しに殴り返してきたセリスの拳も掴み、二人は互いの拳を捕らえたまま顔を近づける。
「ノアは死なせない! ぼくが守るんだ!」
(こいつは――)
薄っすらと敵が背負っている物が圭哉にも透けて見えた気がした。だからといってこのまま流されるのは御免であった。
「ノア、お前はどうしたい! こいつらの元に帰りたいか!?」
ノアはゆっくりと立ち上がるところだった。炎天下の中で高天原を歩き回っていた彼女は積み重なった疲労で困憊していた。
それでも精いっぱいの叫び声を上げる。
「わたしは――、わたしはもう戻りたくないっ。わたしのせいで死ぬ人間なんてもう出て欲しくない」
絞り出すような彼女の本心。それを聞いた圭哉はただ「なら決まりだ」と微笑を浮かべる。
「無責任な!」
「ああそうかもな。俺はまだあいつの事情を何も知らない。聞こうともしなかった」
何度も不審に思うことはあった。何度も事情を聞く機会はあったのに。
学校の補習なんてあとでどうにでも取り返せるモノを理由に見ないふりをしてしまった。
『わたしの行きつく先は「これ」です。キミもあの人たちに目を付けられますよ?』
今朝のノアの言葉が蘇る。誰にも助けを求められなかった少女が出した唯一の救いを求めるSOS。
「――ここであいつの『助けて』って声を聞かなかったことにしたら、俺は後悔する。俺は助けを求める人間全部を助けよう、なんてこと抜かすガキじゃねえ。けどっ、だけど! 目の前で泣いてる女の子を見ない振りする、そんな大人なんかになりたくねえんだ!」
圭哉の頭突きがセリスの額を打ち付けた。
「いっ――や、だ」
ぐらりと脳が揺れる。
額から汗ではない赤いモノが流れ、意識は飛びそうになる。それでも気合だけで意識を縛り付ける。
喧嘩ってものは、最後まで立ち続けた者が勝者となる。
指一本動かせなくても、最後まで立ってさえいれば白上圭哉は勝ったと言える。
「ぼくだって……、ぼくだってノアを救いたかっ――」
気を失って倒れるセリスの横に、根性だけで立っていた少年も倒れ込む。最後まで前のめりに……。
影の魔女が気を失う直前に漏らした言葉は届いていた。それを聞いた圭哉は傷つくのも厭わず地面に拳を打ちつけ、
「なんでだよ」
仰向けになって手で顔を覆った。




