誰がさらわれたんだ??? (とあるモブ男爵令息の一日)
マディニア王国騎士団に見習いとして現在所属している、とある青年が今、途方にくれていた。
彼は縛られて床に転がされているのだが、どうも有名人と間違われて拉致されたようなのだ。
その有名人とは、マディニア王国騎士団見習いの、クロード・ラッセルという男である。
彼はこの国の有力貴族、フォルダン公爵にも認められており、ローゼン騎士団長とも交流があり、将来出世見込みが高い男である。
そして、さらわれた男、アルク・ダンゼンは、まったくもって、目立たない落ちぶれた男爵令息であった。騎士団見習いは現在自分も含めて20名いるのだが、「黒騎士、死しても尚、聖女様と果たしたい約束とは…以下略」「公爵令嬢フローラ・フォルダンと美男騎士団長様と…以下略」の二つの物語の中でも、アルクはクロードと絡んだ事もなく、物語中でも一言も発言した事がない。
騎士団見習い達と言えば、クロードにとって味方のようで、頼もしい仲間であるのだが、
アルクはクロードに対して、嫌な感情を持っていた。
クロードは周りの環境も羨ましいのに、聖剣も持っており、もうもう、アルクにとっては、何もかも羨ましすぎて、嫉妬していたのである。
そんな自分がクロードと間違われて、さらわれて、今現在、縛られ建物の中に転がされている。
自分をさらってきた男達は、騎士団に身代金を要求するようだ。
そもそも、今日は休日で騎士団見習い達は外出を許可されている。
自分がさらわれたって気が付く人がいるだろうか?
いや、まずいないだろう…
あああ…ものすごく不安だ…どうなるんだろう…
マディニア王国一の美男で有名な騎士団長、ローゼンの元へ、身代金請求の書簡が届けられた。
- クロード・ラッセルを預かっている。返して欲しくば、金500を持って、西の外れのキディニア廃墟へローゼン騎士団長一人で来い。ただし、武器はもって来るな。-
金500は、まぁ日本円にすれば5000万位である。
ローゼンはすぐにディオン皇太子に相談した。
「クロードは大事な男だ。七つのうちの一つの聖剣を持っている。失う訳にはいかない。金500をすぐに用意しよう。腕の立つ者を、こっそりと配備する。ローゼン頼む。」
「解りました。」
金500を準備する。
ローゼンは出かける前に、グリザス指導官に話をしておいた方がいいと思った。
グリザスは剣技の指導者であり、実はクロードの恋人で死霊の黒騎士である。
さぞかし、心配しているだろう。
騎士団見習いの建物へ向かい、グリザスの部屋を訪れれば、クロードが茶を飲んでいて。
「あ、騎士団長、珍しいですね。何か用ですか。」
だなんて、のんきに尋ねてきた。
「お前…さらわれたのではないのか?」
「はい?俺、さっきからグリザスさんとここにいますが。」
「それではあの身代金の請求文書は何なんだ???」
クロードは無事である。しかし、身代金の請求の文書は来ている。
誰かが間違ってさらわれてしまったのか?
それとも悪質な悪戯なのか?
しかし、今日は休日、見習い達のほとんどは遊びに出かけていていない。
グリザス・サーロッドが、ローゼンに。
「誰かがさらわれていたらまずいのでは…。俺も共に行こう。」
「一人で来いと言われている。目立たないように後から隠れてついてきてくれ。他にも近衛騎士が数人、ついてきてくれる。私は武器を持つ事は許されていない。」
クロードがローゼンに、
「俺もついて行きます。俺に間違われて誰かさらわれたのなら、何だか心配ですし…」
「そうだな…。お前は腕が立つ。近衛騎士達、グリザスと共に気を付けてついてきてくれ。」
こうしてローゼンは金500を持って、西の外れのキディニア廃墟へ向かったのであるが…
その頃である。
縛られていた縄が緩かったのか、なんとか解くことが出来たアルク。
見張りも部屋の中にいなくて、窓の鍵が内側から開ける事が出来た。
そっと開けて外へ出る。
そそくさと、道へ出て、逃げ出した。
クロードと共通点と言えば、この黒髪と背格好位だ。
酷い目にあった。髪色を変える事にしよう。まあ多少、髪を染めても、煩くは言われないだろう。染め粉代は痛いけど、帰ったらさっそく染めてみよう。
そして、せっかくの休日、そのへんで少し遊んで帰ろう。
今日はいい天気、空が青くてとても綺麗だ。春も近くて、とても暖かい。
懐は寂しいけれど、騎士団見習いは金1しか貰えないから…
その辺で、安い肉饅頭でも買って、公園のベンチに座って食う位は、許されるだろう。
ああ、恋人が欲しいな…貧乏男爵令息18歳には、婚約者もいない。
平民でもいいから、可愛い女の子と付き合いたい。まずは正騎士にならないと…
正騎士試験に受からないと、騎士団から追い出されてしまうのだ。
家に帰っても次男である自分にはろくな人生が用意されていない。
近衛騎士は無理でも、せめて正騎士になりたいなぁ…。
騎士団で仲良しは同じ男爵令息の、ルーターしかいないけど、一緒に正騎士になれるといいなぁ。その為にももっと勉強と剣技を頑張らねば…。
だなんて思いながら、のんびりと道を歩いて街へ向かう、アルクであった。
街へ向かう途中、窓ガラスの中の綺麗なワンピースを眺めている女性を見かけた。
余程、気に入っているのだろう。鮮やかな春の新作で、白地に橙の花びらが舞っている。
女性は髪は短く、ズボンにブーツを履いている。男性っぽい恰好をしていた。
つい声をかけてしまった。
「綺麗なワンピースですね…。春の新作かな?」
女性は微笑んで、男っぽい言葉で。
「そうだな。でも、高くて高くて。私には手が届かない。」
「ああ、俺にも手が届かない値段だ。貧乏男爵令息ですから。」
「ご主人様は、欲しい物は何でも手に入るのに、不平等に出来ているんだろうか。」
「解る解る。俺もそう思う。不平等に出来ているよ。この世の中は。」
何だか意気投合してしまった。
その女性と、共に歩きながら話をする。
「へぇ。ルシアさんって言うんだ。俺、アルク・ダンゼン。マディニア騎士団の見習いをしている男だ。」
「マディニア騎士団…」
ルシアは眉を潜めた。嫌な印象を持っているのかもしれない。
公園についたので、屋台でルシアに肉饅頭を買ってあげた。
「有難う。私の分まで。」
「マディニア騎士団に嫌な事でもあったの?」
聞いてみる。
ルシアは肉饅頭を食べながら。
「そこにいる人に、振られた事があって。私にとって本気の恋だったのに…」
「それは大変だったね…。今度は素敵な恋に巡り合えるといい。俺、応援するよ。」
「有難う。アルクさん。」
その後、ルシアと色々と話をして、ルシアも空を見るのが好きって言っていた。
俺も好きだ。
綺麗な景色を見るのも、綺麗な花を見るのも好きだって言っていた。
そして、剣技において、それなりに腕がいいらしい。
もっとルシアの事が知りたい。
今度のお休みにまた、ここで会う約束をした。
クロードに間違われてさらわれた時は、ついていない日だと思ったが、
素敵な女性に会えてラッキーと思えたアルクであった。
アルクがそんな楽しい時を過ごしていた頃、ローゼンは金500を持って、西の外れのキディニア廃墟に到着した。
辺りを警戒して見渡す。すると、数人の人相の悪い男達が現れて、そのうちの一人が、
「クロード・ラッセルの身代金を持ってきたか?」
「ああ、ここにある。クロードと引き換えだ。」
男は仲間の一人に。
「クロードを連れて来い。」
仲間が建物の中に入って行って、慌てて戻って来る。
「クロードがいません。逃げられました。」
「何だと???」
ローゼンは後ろに着いて来た近衛騎士やグリザス、クロードに合図を送る。
皆が飛び出てきて、男達に剣で襲い掛かった。皆、腕利きである。
あっという間に男達は捕まった。
金500も取られなかった。身代金請求を行った連中も捕まえる事が出来たからいいのだが…
結局誰がさらわれたんだ?????
そもそも見習いの中からさらわれたのか?
ローゼンは、クロードとグリザスに、見習い達の一人一人に、聞いて貰った。
しかし、誰もさらわれたと言う者はいないのだ。
さらわれた本人、アルクも言うつもりはなかった。
さらわれたなんて格好悪いし、事情聴衆もめんどくさい。
そもそも、クロードに間違われたのは、本当に嫌だった。
ローゼンは仕方なく、捕まえた男達を縛ったまま、騎士団見習いのいる寮へ連れて来て、食堂で面通しを行った。
しかし、男達はアルクの事が解らなかった。ちょっと髪色を明るいこげ茶に変えただけで、
判断つかなかったのである。皆、さらったのはこいつですと、クロードを指さした。
「俺って、さらわれていたんだ…。グリザスさんの部屋でお茶を飲んでいた俺って一体全体…。」
唖然とするクロード。
ローゼンが男の一人の胸倉を掴んで、
「本当に、この男だったのか?」
再確認する。
男は頷いて。
「へぇ…間違いありませんや。こいつ、クロード・ラッセルなんでしょう?」
ああああ…。クロードが二人いる訳はない…。ローゼンは頭を抱えた。
そして、ローゼン騎士団長からみたアルクという騎士団見習いについて、名前と顔も一致しない印象にも残らない人物だった。騎士団長自体、見習いを指導する事もない。
髪色を変えた事実でさえ、解るはずもない。
騎士団長へお茶出し講習が入りたての頃にあるのだが、まったく、アルクは印象に残らない男だったのである。
さすがにグリザスは剣技の指導官だから、名前と顔は一致していたが、まさか彼がさらわれた人物だと思いもしなかった。顔はそれほど、クロードと似ている訳でもない。
結局、誰がさらわれたかなんて解らず、クロード?誘拐事件は幕を閉じた。
今日もモブ男爵令息は、鍛錬に励む。
ああ…クロードが勇者ユリシーズに剣を弾き飛ばされた。
仕方がないので、拾ってやった。
手渡したら礼を言われる。それだけの関係だ。
ふと、思う。名前も出て来なくて、そのへんにワイワイいるような人がどれだけいる事か。
ふと、思う。名前が出て来ても、一話で消えてしまう、キャラがどれだけいる事か。
名前が出て来ないキャラにも深い人生と色々なドラマがあるのだろう。
名前が出て来て華やかに登場したキャラでも、一話だけでなく、もっともっと人生ドラマがあるに違いない。
それを考えるとちょっと切なくなる。
彼の名前はアルク・ダンゼン。決して、「黒騎士、死しても尚、聖女様と果たしたい約束とは…以下略」「公爵令嬢フローラ・フォルダンと美男騎士団長様と…以下略」の二つの物語に出てくることのなかったモブ男爵令息は、正騎士を目指して今日も励む。(2月13日以降のこれから先、出て来るかは作者次第だ。)
彼自身は、出てこないのは寂しいので、せめて一言でもセリフをと…心の底で密かに願う、モブ男爵令息であった。
ルシアちゃんの方は、フローラのお話の中で、一話だけ主役で出ています。まだ恵まれている方。
アルク君は、セリフ一つもなかったです。クロードに同調してくれる仲間達のセリフの中にもありません(笑) (この小説投稿時の情報です)