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ゴーストアーマー

光に包まれたその男は、どこかへと飛び去って行ってしまった。

放って置けない…!

グロースは急いで彼の後を追い、光の翼を形成して空を飛んだ。

「しつこいヤツだ!!」

ヨグソトースと名乗ったその男が、紅い光線を放ってきた。グロースはそれを軽々避け、反撃として火炎魔法を放つ。

「効かないねぇ!!」

打ち消されてしまった。

「その力はこの俺にもある! 来い! (デス)よ!」

現れたそれは、さっきのニュクスにとても似た姿をしているが、大きな鎌を持つそれは、奴らの(ネクロマス)を彷彿とさせた。

「アリバ・テラ!!」

物を一瞬にして分解する魔法だ。

それを、街の建物にかけた。すると建物が崩壊し、この一帯が瓦礫だらけになってしまった。

「なんてやつだ……!」

分解魔法で建物を崩壊なんてできない。相当の魔力を持っているということなのだろう。

「ムジャクジャ!!」

マズイ。場荒しの魔法だ。

周辺にある瓦礫がグロースに向かってとんでくる。四方八方が建物だった大きな欠片だ。まともに喰らえば即死する。

「ノス・クロルト!」

誰かが魔法を使い、瓦礫の動きを停止させた。

「グロース…!」

「……! アストラ…!?」

背中から生える翼を大きく広げ、彼はそこにいた。

「フン。お前がデスの言っていた人間界に落とされた神とやらか! お手並み拝見だ!キュルバリガガバ!!」

電撃最高クラスの魔法をヨグソトースが放つ。

アストラはそれを避けるために大空を(かけ)るが、いつまでも追跡してきた。余程の力がなければ最大威力の魔法を意のままにできない。

恐らく逃げ回っても無駄だろう。

「ナキンバ!!」

呪文を唱えると大量の黄色の粉が現れ、相手に向かって飛ばした。砂嵐の魔法だ。

「無駄だ!」

それを一気に集め、丸めると、四方に吹き飛ばした。

「アルタクト!」

防衛魔法だ。グロースは光の壁を張り、跳ね返された砂嵐の魔法を無効化した。

「ハァァァァアッ!!!」

アストラがヨグソトースに、ダガーを以てして斬りかかる。

避けられたが即座に体をぐるりと回して蹴りをかました。腕でガードされてしまったうえ、反撃の拳を振るわれる。

手のひらでそれを掴み取り、絶対に離すものかと固定するが、ヨグソトースが召喚するデスが姿を現した途端、仕方無く離す。

「…っ!」

殺気を感じ取り、直ぐ様離れた。

「逃がすか! ヴィンド! ラキューア! サーボラス!!」

引裂き、光の槍、疾風の魔法を連続で放つ。

その他にも沢山の魔法を放ち出した。普通の人間には無理だ。

「キサマ…まさか…!」

「ハーッハッハッハッハッ!! 邪魔をするな!」

アストラは嘲笑うヤツに舌打ちすると、飛んでくる閃光を斬撃し、再び避けるために飛び回る。

ヨグソトースは依然として動かないようなので、隙を突いてグロースが魔法を放つ。

「グレネイトフィア!」

赤い閃光がヨグソトースに命中すると、その部分に炎が起きた。

「くそ……! ヴィンド!!」

引裂きの魔法がグロースに命中した。

ズバッと衣服が刻まれ、そこから血が溢れてきた。

意識が遠退いていくのを感じると、そのまま落下していく。

地面に叩き落とされると変身が解除され、普通の学生の姿に戻ってしまった。

「グロース!」

アストラが呼ぶ。返事がない。

「トドメ!! キュルバリ……!」

呪文を唱えようとしたが、途中でヨグソトースはハッとしてどこかへと飛び去ってしまった。

一瞬追おうとしたが、ハルが心配で地上に舞い降りる。翼を畳み、血を流すハルを見て背筋をゾッとさせた。

また無茶なことを…。

「ヒール・クルト…。」

傷口を塞ぐ魔法を唱える。

みるみるうちに引き裂かれた皮膚同士が融合していき、やがて流血が止む。

「ハル、ここで待っていろ。アグトら皆をよんでくる。」

ハルは若干苦しそうな表情を浮かべると、立ち上がろうとしたアストラの腕を掴んだ。

「僕も…戦う…。」

なんとか声をあげ、意思を伝える。

「お前…我らが調査をしている合間にも無茶をしたろう? 先の戦闘の傷も疲れも癒えておらんというに、どうやってヤツと戦うつもりだ。…というか、どうやってニュクスの術から抜け出せたのだ?」

「コハクやリク、ツカサのお陰だ…。コハクが最初に教えてくれた…。」

体を起こそうとする彼に、アストラはため息をつきながらも肩を貸す。

「……なに…?」

「魂が人間じゃない奴には効かない……らしいよ…。…リクは半分悪魔、ツカサも半分邪神、僕はほぼ神。そしてコハクは、死神の王を封印する鍵だから、術は通用しなかったんだ…。」

「なるほど…。」

上体を起き上げたハルがアストラの腕を強く掴む。

ハルの強い意思が、この時点で伝わった。

「アストラ、お願いだよ。僕にも行かせて欲しい。」

「……どのみち止めても無駄だと言うことは…知っている。だがハル、いいか?」

「…………?」

「……相手が相手なだけに、今回ばかりは、我もお前を庇え切れない。自分の身は、自分で守るんだ。」

「分かってる。」

「……流石は偉大(グロース)だ。」

彼の手を握り、立たせてやる。

ハルは目を閉じて深呼吸する。意識を集中させ、目的を改めて確認するのだ。

そして覚悟を決めると、彼の体が青い炎に包まれた。姿がグロースのものになるが、その直後に勝手にプライム化した。

しかし従来のそれとは違い、髪が淡く、青色の光を放っていた。これは彼が人の領域にないことを示す。

「行こう。」

アストラは、グロースの翼が展開させるのを見ると少しばかり驚いた。

そして微かに口角を上げると、同じく翼を展開し、上空へ翔んだ。

ヨグソトースが向かったと思われる場所には検討がついていた。

そこはかつて、別の英雄が別の脅威と戦ったとされた“聖地”だ。そこには別次元へと繋がることができる膨大なエネルギーが集約されているという。

ヨグソトース…外側の神。それが意味するのは…。

「っ…!」

気配を察知し、急停止してから急降下する。

ある程度下がると、高度を戻す。

「……これは…。」

目の前にはコウモリのような翼を広げた甲殻類の見た目をした化け物がいた。

そいつは両腕がハサミになっており、普通なら頭部となる部位が巻き貝のようになっていた。それが、群れをなしていたのだ。

なんだこいつ。

「気をつけろ。コイツら人を拐う。脳を取り出して缶詰めにするんだ。」

「なんで…?」

「……分からん。ヤツに作られた架空の生物に過ぎんが…コイツが現れてからというもの、不思議な事件が相次いでいる。」

「…たくさんいるけど…倒す…?」

「…時間が惜しい。しかしウルグラたちはレウスたちの加勢に行った。それをわざわざコイツらの相手をしろとは言えん。」

「一気に蹴散らそう。」

「それしかあるまい…っ!」

一気に高度を高める。

大きな雲の真下まで上ると、奴等も着いてきたせいで束になってくれた。

「グレネイトフィア!」

アストラの放つ赤い閃光が、群れをなす甲殻類の化け物に直撃し、爆炎を上げる。

しかしどうやらさほど効いていないらしい。

グロースはダガーを構え、斬りかかる。

斬撃して分かったが、鉄や鋼なんかよりも遥かに鋼鉄な外骨格をしている。通常の刃物は通さないだろう。

それこそ白い姿の…いや、あのときの、オラトリオでもなければ物理は効かない。

群れに飛び込んだグロースに、集団で寄ってたかる。どうやら知性があるらしく、逃げ道を塞ごうとする者まで現れた。

_ 初めて使うが…どうなるか…。

意を決したグロースは、火炎魔法最強の呪文を唱える。

「ザクメイトリクニスト!!」

詠唱を終えると同時に掌を突き出す。拳ほどの赤い閃光が放たれた。

それが群れのうち一体に当たった次の瞬間、目の前で巨大な炎のボールが出来上がった。みるみるうちに巨大化していき、周辺の化け物どもが危機を感じて逃げ出す。

チャンスだ。このボールの中を突っ切れば行けるかもしれない。

グロースとアストラは躊躇うことなく、目の前の太陽のなかに突っ込んでいった。

そこを抜けると、先程まで行く手を阻んでいた化け物の姿は一切として見られなかった。

アストラを先頭に、ヨグソトースのいる場所を目指す。




真っ直ぐの道をひたすら走るバイクの音。

赤と青の鎧を纏った英雄が、上空を飛んでいるヨグソトースを追いかける。

が、その速度に着いていけず、途中で見失ってしまった。

「…くそっ…! 多分まっすぐに行けばいいんだろうけど……。」

見失った原因は単に速度だけではない。

目の前に、やや大きめな怪物がたくさんいるのだ。エンディアにもよく似ている気がした。

「んぁっ!? なんだあいつ!?」

誰かの声がした。

その方を見ると……いやこっちの台詞だよと突っ込みたくなるような少年少女らが何人もいた。

黒いレザージャケットに…赤いワンピースみたいなのを着た子、本を片手にしている子や……統一感が無さすぎる!

「君たちハロウィーンでもしてんの!?」

「俺らの台詞だ!! あぶねーから早く逃げろ!」

レザージャケットを着た少年が言った。

よく見たら皆、仮面を着けている。そこは共通なんだね。

彼らはどうやらだいぶ体格差のある怪物相手に戦っているらしい。

「悪いけど、子供たちが戦っているのを見て逃げ出すヒーローは居ないんだよ。」

ジクティアはそう言ってバイクから降りると、ジクティウェポンをソードモードして構えた。

彼の戦意を感知したのか、ジクティアの周りに徐々に集まり始める。怯むことなく果敢に斬りかかった。

斬撃すると、確かに効いているらしいことは分かった。

「ほーら俺でもやれる!」

慣れた様子で敵を斬り伏せる彼に、クイーンが気付く。

「…君か!」

ハッとして彼の元に向かい、援護した。

「え、俺のことしってんの…?」

ジクティアがきょとんとする。

そんな彼に、クイーンは仮面を外して素顔を見せた。

「ミユちゃんから教えてもらったからね♪」

「………っあーーーーー!!!!」

見慣れた顔が、そこにあった。いつも画面越しに見ていた顔。あのMoonでミユの相方をしているミドリだ。

気付いた途端、上から足までに一瞬だけ熱が走ったかと思うと、鳥肌が立ったのが分かった。

「しー! みんなに内緒なの!」

ジクティアはそう言われ、口を手で押さえてコクりコクりと頷いた。

クイーンは分かってくれた彼にウインクすると、仮面を戻して戦闘に戻る。

「アイドルが2人して戦っているなんてね。驚きだよ。」

「聞いたよー? ミユちゃんのこと振ったんだってー?」

「…え、振った…? いつ…?」

心当たりがない。

「やれやれ…こっちも天然たらしか…。」

「なんのはなし……!?」

戦闘をしつつ話している。

組織(うち)にもいるの! 正義感が強くて控えめで、優しくてモテモテで、でもそれに気付かない鈍感男! だけど、恋人には一途でいてくれる、カッコいい男の子が!」

飛び込んできたバッタみたいな怪物を蹴り飛ばし、疾風魔法でトドメを刺した。

「へー! モテモテなんてそんなの、羨ましい限りだよっ!」

剣を横に振り、エネルギー波を飛ばす。

巻き込みを含んだ5体を一気に蹴散らした。

が、囲まれてしまった。

背中を合わせ、様子を伺う。

「ねえ、グロースって知ってる?」

「名前なら。THE SHADOWとかってやつのリーダーで指名手配されてた子だろ?」

「私たちがそのTHE SHADOW。今、ニュクスを相手にうちのリーダーが戦ってる。」

「…! ニュクス…!」

話していると、上から氷の魔法と電撃の魔法が炸裂した。

ある程度の数が減ると、さっきまで戦ってた他の少年少女らが降りてきた。

「敵の数が一瞬だけ激減したのですが、先程まで倒していた敵とは違う種類のとのが沸いてきたのです。」

赤いワンピースに黒い仮面を着けた少女が言った。

「恐らく、ニュクスのこの根城に乱入した男が原因だろう。グロースがそいつを追い掛けていった。」

赤いマントを着けた、どこか昔の貴族みたいな雰囲気を感じる少年が言う。

「初対面で頼むのもなんだけどよ…助太刀してやってくんね?」

レザージャケットの少年が言った。

「…なるほどね。なんか見えてきた気がする…。」

現状を理解した。

どうやらヨグソトースは用件を済ませ、ここから逃げ出したらしい。そしてグロースくんがヤツを追ったようだ。

「君、グロースにすごく似てる。正義感が強くて、優しい。じゃないとわざわざ戦闘に入らないよ。」

ミドリが言った。

「…そう? あんまり言われたことないけどね?」

『ここは私たちに任せて! …ルアフを救ったジクティアさん!』

どこからか声がした。

「…メジェド、今なんて!?」

『その人が噂になってる英雄(ジクティア)! まさか会えるとは思わなかったねー!』

「なんと……!?」

「マジ!?」

「え、あ、うん。俺がジクティア…。」

「なら尚更君にしかお願いできないよ!」

リボンを着けた…少女…? 少年…?

……どっちだ? …が、言ってきた。

「俺もその逃げたヤツに用事があったんだ。どの方向に行った?」

『北の方! そっちに行った!』

「分かった! メジェド…だったかな? ありがとう! ここは任せたよ! THE SHADOW!!」

ジクティアはそう言うと、彼らが切り開いてくれた道を駆け抜け、さっき降りたバイクに乗ると、スタンドを上げてハンドルを捻った。

エンジンが唸り、発進する。

「…なんて逞しい英雄(こうはい)なんだ。THE SHADOW…。ふふっ…いいやつらじゃん。」

なんだか胸が温かくなった気がした。

「………ォオオオオオオオ!!!」

後ろから声がした。

バッと振り向くと…。

「………何やってんの!?」

クレイが全力疾走して着いてきていた。

ブレーキし、ドリフトしながら停止すると、クレイが後部座席に跳び乗った。

「何やってんだお前!? 今までついてきてたのかよ!?」

「ぜぇ…ぜぇ…ルーグ…のやつが…行けって…言ってよ……。」

「……はぁ。まぁいいか。いくぞ?」

「待て待て。その前に贈り物だっていってんだ。」

「贈り物…?」

通信機を取り出し、交信する。

着いたぞ、と知らせたのだ。

すると間も無く目の前にルーグ(シヴァレス)が現れた。

「お前最初からそれしろよ!!」

クレイが大声で言った。

「ンハハハ! 良いだろう面白かったんだからよ! ジクティア、クレイ。お前らに贈り物だ。」

彼の後ろに、ナツミとアカリがいた。

「効果は二時間。良いな。」

「分かっています。」

「それだけあればジューブンだよ。」

話が見えない。

「こいつらからのお達しでな。一時的にアーマーロイドになっている。」

「…は!? なんでそんなこと…!?」

「あなたたちだけでは心配なのです。」

ナツミがバッサリと言い放った。

そう言えばウサギの耳が生えている。確かにラータに戻っているらしい……。

「俺たちだけじゃやられるかもしれねぇって言いたいのか?」

クレイが問う。

「だって…いつだってボクら一緒だったんだよ? それがエージたちだけになったら…。二重アームドと同じ力を持ってるとしても、不安なんだよ!」

「お叱りなら後で沢山受けます。一緒に戦いたいんです。」

2人の目は至って真剣だ。そりゃ、ふざけてそんなことはできないだろうけど…。

「……分かった。…久々に行くぞ。」

ラータとキドラの体が光の粒子になると、それぞれの相棒(バディ)とひとつになる。

更に装甲が厚くなった上、防護される場所も増えたと言うのに重さは感じない。これがアーマーロイドシステムだ。

だがその分、反動が後で来るだろう。

「さ、はやくいけ!」

シヴァレスが言うと、ジクティアは再びハンドルを捻った。

「……頼んだぞジクティア、クレイ。ラータ、キドラ…! ……アディオス。」

彼が微笑みを浮かべると、静かに粒子となって消えていった。



バイクを進ませると、クレイが上空の人影に気付いた。ジクティアを呼ぶが、うるさいよ、と言われた。とりあえず上空の人影に目をやり続ける。

ジクティアもあることに気付いた。

この先にあるのは…確かルーグと最終決戦をした塔の場所だ。

「あ、おい! 上で戦ってんぞ!」

「え?」

チラッと見上げてみる。

『前方、敵影を確認しました!』

ラータがナビする。

上で戦ってるの意味は分からないが、視界を前に戻すと確かにそこになにかいた。

『ヤバイ! パワー溜めてる! めちゃめちゃ! エグいくらい!』

「なんかやべーってよ!」

「あー気が散るんだよ後ろのばか2人!!」

まっすぐに行ってはならないと判断し、並みを描く。本当は蛇行運転なんてダメだが、やむを得ない。

エネルギー弾を放たれた。被弾こそはしていないが、地面が爆発した。大きく。

「やっべぇ…!」

連続して放たれるがなんとか避ける。が、だんだんそれも厳しくなってきた。

「しつこい奴等だ! もう無駄なんだよ!!」

声がした。ヨグソトースだ。

「うるせー!!」

ジクティアがそう言うと、巨大な光の線が見えた。それは上空へ伸びるもので、地面に刺さっているわけでないところから見るに、どうやら誰かが上に向けて光線を出しているらしい。

嫌な予感がした。

その光線が、横に凪がれた。

塔があったわけだが、その光線に斬られる形になる。音を立てながら、どうやら崩落が始まることを知らせた。

「うそうそうそうそうそぉおお!?」

しかも、こっちに向かって倒れてくる。

バイクで避けきられる訳もなく、倒壊し行くそれに、巻き込まれてしまった。


「グロース!」

このままではまずい。

目の前にいた敵が一瞬にして姿を眩ました。逃げられたのだ。

こちらも早急にここから離脱しなければならない。が、地上で人影が見えた気がした。

__ 助けなくては!

そう思って彼らに近付こうとしたが、グロースもまた崩れ行く塔に巻き込まれてしまった。



目を開き、辺りを見渡す。どうやらアストラとはぐれたものの、なんとか自分は無事らしい。

煙のように立ち上る塵のせいで視界は優れないが、すぐそこに男の人が倒れているのが見えた。

恐らくさっき見つけた人影の人だ。

声をかけようとしたが、そのタイミングで気が付いたらしく、体を起こして周囲を見る。

「………。」

「………。」

目があった。

「…なんでこんなとこにいるの…!?」

「どうしてこんなところに…?」

2人の声が重なった。

「いや俺は…。」

「僕はその…。」

また重なった。

なんだかお互いに知っているような気がした。不思議だ。目の前にいる茶髪の男性のことなんて…目の前にいるおしとやかそうな男子高校生のことなんて、知らない人のハズなのに。

物音がした。

それは瓦礫が崩れるような音ではない。何かがこちらに向かって来ている音だ。

「……やば…!」

ショウは立ち上がってパワーナイフを構えた。

「…くっ…!」

ハルも同時に立ち上がり、身構える。

…。

お互い正体を隠したい。ここで変身できないわけだ。

しかし、直後にエネルギーをチャージしていると思われる音が微かに聞こえてきた。

「……背に腹は変えられん…っ!」

覚悟を決めて、変身する。

__ この人を守らなきゃ!

__ 男子高校生を守らないと!

お互いがお互いを守ろうと前に出た時、姿が変わったことに気付いた。

__ え?

瞬間、2人の目の前を黄色の閃光が覆った。


近くで爆発が起きた。

すぐに脳裏に相方が過る。もしかして見付かり、トドメを刺されたのではないか、と。

「ジクティアーー!!」

「グローース!!!」

クレイとアストラがそれぞれの相方の名を叫んだ。

「あ…!?」

「なに…!?」

それぞれが鉢合わせした。

クレイの背中にはラータがいる。

「…誰だおめー…?」

「…ここでなにを……?」

2人の声が重なった。

「…くれ…い…! …ショウ…! さっきの…とこで…す…!」

ラータが言った。

「お、おう! そうだった!! さっき爆発したとこだよな!」

「待て! そっちは危険…!」

制止しようとしたが、それを振り切ってクレイは黒い煙のなかに突っ込んでいった。

「行ぃかぁせぇえねぇええー!」

「なんだこいつ!?」

薄汚い黄色いローブを身に纏い、足から無数の触手のようなものが生えた奴が目の前に現れた。見た限りでは人。だがその触手のようなものを見るとそれが本当かどうかを怪しく思わせる。

「邪魔だてめぇー!」

クレイが大声を出して威嚇する。が、黄衣の者は動かない。それどころか明らかに敵意を向けている。

「一刻を争うというのに…!」

アストラが武器を構える。

マズイ。マズイ状況になった。

「どけぇーーーっ!!!」

「なっ…! きみ!」

突貫していくクレイの後を追う。

黄衣の者が触手を浮かせ、攻撃の体勢を取った。

__ ダメだ、間に合わない……!

どうにでもなれと、アストラは自棄になって魔法を詠唱しようとした。その時だ。

煙の向こう側から、黒い線が現れた。それの先端が何かに突き刺さるか引っ掛かるかした瞬間、きゅるると高速でワイヤーが巻かれる音がしたのだ。

__ なんだ…?

クレイが思わず足を止めた。

すると、紫色のコートを着た何者かが異形を斬りながらその姿を表した。

「…! グロース! 」

「…今度はなんだよ!?」

赤い光が煙の奥で瞬くと、その光を纏った戦士が同じく異形を斬りながら姿を見せた。

「ジクティア…! お前生きてたのかよ!」

「当たり前でしょーが!」

四人の戦士がここに集結した。

武器を構え、目の前の敵を睨む。

「……あ! よく見たらあの時の…! マタ=アエルサ!」

クレイがグロースの姿を見て言った。

「………??」

確かに彼らを助けた記憶はあるが、マタ=アエルサと名乗った覚えはない。

何を言っているんだろうと思考したが、多分思い出せないのですぐに諦めた。

「ラータ、大丈夫か?」

「…心配しました…。」

「…悪い……。まだいけるか?」

「もちろんです……!」

彼女は再びジクティアと一つになった。

「…なるほど。かつてこの世界を救ったというジクティアは君だったのか。」

アストラがそう言うと、彼の肩を掴んだ。

「この敵は我らに任せ、グロースとジクティアは急ぎヨグソトースを倒しに行くんだ!」

「…ん……?」

クレイがきょとんとした。聞いてませんけど、とでも言いたげにしてアストラを見ている。

「アストラ、任せたよ。」

「ああ。行け!」

グロースは翼を展開し、先に跳躍した。

「頼んだぞバカ。」

「おう!! …バカって言うな!」

『お前たちなら勝てると信じてるぞ! ジクティア、ラータ!』

「任せなさいよ…!」

ストロフモードにし、漆黒の姿に変える。そして翼を広げると、グロースの後を追った。

「さて…行こう、クレイくん…!」

「 アストラ…だっけか? 最初からマジでいくぞ!」

2人は勇敢に、黄衣の者に立ち向かった。


ヨグソトースがいるのは塔のてっぺんだ。とはいってもさっき崩されたので、そこまで高いところにはいない。

ヨグソトースはデスを召喚し、魔法の閃光弾を幾百も出して弾幕をはる。

グロースとジクティアは命中しないように避けながら接近していく。

目の前までやってくると、ヤツは両の手のひらをそれぞれ2人に向けた。予感がして急上昇をするも、彼は攻撃をしてきた。

それぞれ左右に旋回しながら攻撃の隙を伺う。

ヨグソトースは絶対に近付けまいと魔法攻撃を手当たり次第に放ち出した。が、隙は何しても必ず出てくるので、グロースはそこをついてダガーで斬撃する。

「っ…!」

ヒットアンドアウェイの戦法で、すぐに距離を取っては上空へ避けていった。

ジクティアもそれに続く。

斬撃がヒット。が、強烈なキックをお見舞いされてしまった。近くのむき出しになっている支柱に背中を打ち付け、床に倒れ伏す。

グロースがヨグソトースの気を逸らそうと攻撃を仕掛けるが、避けられ、パンチを喰らって同じく地に伏せる。

「ばかめ! お前たちは分かっていない! この俺は、命を失うことのない理想郷を造ろうとしているんだぞ! お前たちにもそれぞれいたんじゃないのか?」

ヨグソトースが2人に言う。

「ソイツらが甦るんだ。いいや、甦るという言葉では当てはまらない。何故なら死んだことすら無かったことになるんだからな。お前たちがそれを間違いだと言っても、お前たち以外の誰かはそれを望んでいるはずだ。なぜわからない。俺の、この力ならそれが叶えられるんだぞ!?」

「それがなんだ!!」

ジクティアは剣をぎゅっと強く握ると、立ち上がって斬りかかった。

「救えぬバカめ!」

腕でその攻撃を防ぎ、反撃に出る。

ラータのお陰でパターンを予測していたのでするりとそれをかわし、斬撃を喰らわせる。

ダメージを負ったヨグソトースはむき出しの柱に背中を預け、ジクティアの出方を伺う。

剣を振るう。避けられ、柱を削った。

「例えば本来なら産まれる命が、この現世で産まれ出るんだ! 素晴らしいことだろう!?」

「…っ!」

グロースはダガーを振りかざした。

ヨグソトースはそんな彼を本気でキックし、この決戦場(ステージ)から落とす。

が、ワイヤーを柱に引っ掛け、慣れたように背後に回ってから斬撃した。

「お前たちに他人の命を否定する権利がどこにある!? 他人の幸福を虐げる権利がどこにある!!」

「心に無いことを!!」

グロースが言い放った。

強風が吹くなか、彼の心からの怒りが響いた。

「なんだと…。お前に俺の何がわかる! 俺は…数年前に家族を失ったんだ…! ジクティア! お前らがここで戦ったあの日だ!! あの日は沢山の人たちが犠牲になった!! ゾンビもエンディアも大量に現れたからな!! お前らじゃどうしようもできなかったんだよ!! お前にこの辛さが、わかるかぁ!?」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」

「なに…!?」

「家族を奪われるのなんて嫌だよ。そもそも大切な人を失うのが嫌だ。そんなのみんな同じだ…。誰だって哀しむし、混乱する。でもだからって、お前のやっていることが正しいとは限らない!」

「不幸が幸福になるんだ! それの何がおかしい!! グロース! お前には共に戦った友が居たな!! 彼と一緒にいたこの数ヵ月、どうだった!? 悲しかったか!?」

「…っ…俺だって…できるならコハクを入れた皆と過ごしたいよ。でも…それを選べば……コハクの覚悟を…あいつの命を裏切ることになる。死者を甦らせて、そのあとの幸福の真偽なんてどうでもいい。でも……そんなことしたら、他者だけじゃない。自分の命を“冒涜”することにだってなる! それだけは絶対に認められない!」

「美学を守って何だ! 哀しむくらいならその方がいい!」

ヨグソトースが叫ぶ。

「誰だって一人じゃない! 俺は家族の、奪われた命を背負って生きる!」

ジクティアはそう言って、ストロフモード特有のルーレットのレバーに手をかける。

レバーを引っ張り、スロットを回した。

≪ラビット! ラビット! アーマーロイド・ラータ!!≫

電子音が出目を伝えると、赤色の光に身を包まれた。

「そうだ! 先祖が繋いだこの命で、俺たちはこの世界を生きる! そして見たことや学んだことを、後世に繋ぐんだ!」

魔力の結晶である魔法石をプライムダガーに嵌め込む。手をかざし、エネルギーを溜めた。

「誰もがお前たちのように強くはなれないんだよ…! 欲しいのは正義感ぶった正論じゃない。惜しかった命があるという、“現実(けつろん)”だ!!」

ヨグソトースも変身器具に手をかけ、エネルギーを貯める出した。

それぞれが自分の思いを抱えながら、技を放ち、激突する。

爆発が起き、衝撃波が生まれた。空に鈍い音が響いた。

煙の中心地からヨグソトース、ジクティア、グロースがそれぞれ散る。

背中を強打しながらも立ち上がり、武器を握る。意識を手放さないよう、戦意を損なわぬよう、しっかり、と。

「……それが、お前たちの答え…。なら…良いだろう…。」

ヨグソトースの様子がおかしくなった。

ゆらりと立ち上がると、デスをその身から召喚した。

「絶対的死と、生命の価値を揺らがせるニュクスの力! そして…全てを食い荒らすカーリーの力! この全ての力を…!!」

「よせ!!」

グロースが止めに行こうとしたが、ジクティアが彼の手を掴んだ。

「行くな! 巻き込まれるぞ!」

「でも……!」

デスがゆっくり、ヨグソトースの体に入り込んでいく。

「うっ…! ぐっ……! ぅあ……ッ!!」

苦しそうに頭を抱え、膝をつく。

苦悶の表情を浮かべながら、その痛みに抗うように掠れた声をあげた。

嫌な予感がする…。

「お前たちが俺の邪魔をするのなら…良いだろう…もう容赦はしない…。安心しろ…またこの俺が甦ラせてやル…カーら…なぁっ!」

『戦力数値が異常値に達しました! 危険です!』

ラータが知らせた。

「ハッハハハハハ!!!!!」

「くるぞ!」

ジクティアとグロースが身構えた。


黄衣の者がクレイたち目掛けて触手を伸ばす。

アストラは空へ、クレイは右手方向に身を投げ出して回避をする。命中を免れたが、地面に派手なクレーターができていた。それを見ると恐怖が背筋をなぞる。

『くるぞ!』

キドラが報せる。

絶対に当たってはいけない。高速で伸びてくる触手を、見極めて回避する。

攻撃の触手の数が増えてきた。非常にマズイ。

「これじゃ近付けねぇ!!」

『剣で斬れるかな…?』

「…しゃーねぇ…やってみっか…!」

見た目はタコなんかと同じだ。それがやや太くなった程度。

__ いけるか…?

剣を握り、振る。

ぶにっとした感覚はあったが、弾かれた。衝撃が腕に伝い、ジンジンする。

『危ない!!!』

キドラが叫んだ。ハッとして相手の方を見ると、ヤツの触手が、死が、すぐ目の前にまで来ていたのだ。

「スパフィル!!」

アストラが呪文を唱え、その触手を焼いた。

「助かったぜ…。」

「ヤツは我と同じ神の類い。キミ1人では無茶だ。」

アストラが地上に降り立ち、ダガーの穂先を黄衣の者に向けた。

「俺1人じゃねぇ。頼りになる相棒がついてくれてる。」

にっと笑い、自分の胸に手を当てる。

『…エージ…。』

「だから俺は1人なんかじゃねえ。それに、あんたもいんだろ?」

クレイの言葉を聞くと、アストラは不意にアグトたちと彼を重ねてしまった。

『エージ、でもアイツ、魔法とかの特殊な攻撃じゃないとやれないかも…。斬撃というか、物理攻撃自体が通用しないような感じだったし…。』

「…要は剣とかパンチ以外だったら効くかもしれねぇんだろ? おい、えーと確か……アンテナ!」

「…我のことか? 名乗り遅れたが我はアストラだ。」

「そうアステラだ!」

「アストラだ!!」

黄衣の者は2人の出方を伺っていたようだが、何やらクレイらが作戦を思い付いたように見えたからか、急いで攻撃を仕掛けてきた。

彼らはそれを容易く避ける。

再び翼を展開したアストラは一気に空高く飛び上がるが、直後に急降下して斬撃した。

が、そう深くは斬り込めなかった。

装甲として皮膚が固いとか、魔法で弾かれたとか、そんな感覚ではない。例えるなら風船たろうか。ゴム感があり、少し力を加えればすぐに割れそうなのだが、どれ程力を入れても、斬り裂けそうにない。

「…どうなっている……!?」

黄衣の者が触手でアストラの脇腹を凪いだ。地面に転がるがすぐに体制を整え、すぐに火炎の魔法を放つ。赤色の閃光弾は触手に弾かれ、打ち消された。

地面に触手を貫く。

「厄介なことを…!」

彼は舌打ちして空へ舞う。ドゴォッと大きな音と共に触手が現れ、アストラを追跡する。

全速力で飛んでもずっと追いかけてくる。

「しつこいやつだ……! グレネイト…!」

呪文を唱えようとしたときだ。

目の前で紫色の光がその触手をズバッと両断したのだ。

「っしゃあー!」

クレイだ。剣の刀身に紫色の光が集中していたのが見えた。

あれがどういったものかをアストラは知らないが、彼の技のお陰で助かった。

アストラは彼に、サムズアップして礼を伝えた。

クレイはそれに、同じくサムズアップして返す。

「これならいけんな…!」

今ので確信すると、次々と襲ってくる触手をたて続けにぶった斬っていく。

どんどん黄衣の者との距離を詰めると、大きく振りかざした。

走りながら、叫び、間合いに入ると武器を手にしている手にぎゅっと力を込めた。

気合いの雄叫びと同時に、振る。

スルリと避けられ、がら空きのボディにカウンターの触手の突きをモロで喰らってしまった。

かはっと空気を吐き出すと、視界が霞んだ。

頭が一瞬にして働かなくなったが、ただヤバイ状況になったことは察知できる。

力が抜け、立っていることもできなくなる。

『エージ、からだ借りるよ!』

途端、キドラの声がした。

崩れそうになった彼の体が、再び覚醒する。

手元から零れそうになった剣を改めて握ると、紫色が綺麗な青色に変わった。

そしてすぐに、下から上へと居合いの如く斬撃をした。

『まだ…っ!』

続けてすぐに構え直し、横に一閃した。十文字の形で斬ると、すぐに距離を離す。手のひらを敵に向け、そこから青色のエネルギー光弾を放った。

爆発し、流石の黄衣の者が仰け反ったように見えた。

その隙を逃がすまいと、アストラが勢いをつけてズバンと斬る。

彼の剣を参考に、刀身に魔力を込めたのだ。

「ラキューア!」

彼は斬撃に加え、串刺しの魔法と呼ばれるものの呪文を唱えた。

魔力の結晶で作られた5本の槍が、黄衣の者にグサグサと突き刺さる。

確かに効いているらしいが、まだ反撃するだけの元気はあるらしい。触手を束のようにして纏め、一気に放ってきた。

丸太のように太くなったせいで当たれば最悪即死するだろう。

回避、すぐさま爆発の魔法攻撃で反撃した。

鈍くド派手な音がした直後、その触手の一部が爆ぜ飛ばしてやった。するとそれに焦るように黄衣の者が触手を伸ばしてきた。

__ チャンスだ…!!

急降下して振りかざす。

「ハァーーーッ!!」

邪魔する触手は切断し、距離を急速に縮めていく。

「ゼトネス!!」

爆発魔法を連発させる。黄衣の者が避ける必要もないといった様子でただそこに立っていた。

好都合だ。

降下していき、攻撃範囲に届いた今、一気にダガーを振るう。

しかしそれは黄衣の者にダメージを与えることを目的としたものではない。腕足となる触手を、切除したのだ。

「今だ! クレイくん!!」

アストラが叫ぶ。

間髪入れずに、立ち上る黒煙から剣を構える彼の姿が現れた。

「俺たちの力ァ!!!!」

『マジ! 最強ーー!!』

上から下へ、一気に振り下ろす。

下へ下へと刃が進む。

両断するのに時間は掛からなかった。ズバンと、拍子抜けするくらい呆気なく断ち切れたのだ。

__ キェエエエエエエエエ!!!!

聞くに耐えない断末魔が鼓膜をつんざく。

直後、黄衣の者の体が爆発四散した。

周辺を見渡し、分身とかそういうのがいないのを確認すると、ガッツポーズして

「よっしゃー!」

と勝利の雄叫びを発した。

その様子をアストラは静かに見守ると、空を見上げた。

グロース達を心配したのだ。

「…頼んだぞ、グロース。」

呟くように、祈る。

彼らの勝利を。



ヨグソトースの姿が変わった。

鎧を纏い、邪悪でありながらもどこか神秘的なその容姿に、命という価値がなんなのかを知らされた気がした。

命があれば、何かを『破壊』する。破壊があれば、やがて『破滅』が来る。そしてそれを呼び寄せるのはいつだって、命の『価値観』だ。

戦争も、弱肉強食も、全ての命の真意を感じさせた。

「終わらせてやる!」

剣と盾を召喚し、ジクティアたちに向ける。

「俺たちだって譲れないんだよ!!」

全ての人の魂を背負った2人の刃が、冒涜者に振るわれる。が、盾で防がれた。

跳ねのかし、斬撃する。とんでもない威力に吹っ飛ばされ、背中を打ち付けた。

剣の刀身を破壊エネルギーの光で延長し、塔ごと2人を斬る。直撃は免れたものの、崩落する塔に足を奪われて落下する。

翼を展開して上空へ舞い戻ろうとしたが、ワープしてきたヨグソトースによってジクティアが大きく斬られ、地上へ真っ逆さまに落ちていった。

「ジクティアさん!!」

グロースは彼の後を追おうとしたが、目の前に突然ワープしてきたヨグソトースに驚いた。

斬撃を避け、ダガーで斬ろうとする。が、盾で防がれ、直後に2度、斬られた。ダメージで体勢を崩した隙を突き、蹴りを叩き込まれてしまう。そのままグロースも地上へ落とされた。


どうやらここはどこかの山中らしい。

切り立った崖が四方を囲み、木々が強風に揺らされている。

まるで、自然もが命の危機を感じたかのように、騒いでいた。

ジクティアとグロースは通常形態に戻されており、それほどまでの深刻なダメージを負ってしまったということを自覚させられた。

「これで分かっただろう? 生命の価値を揺るがすこの力に、抗うこと自体が無駄なんだ!」

目の前にヨグソトースが現れた。

起き上がろうにも、その力がない。

それぞれ落下している間に武器を手放してしまったらしく、近くのどこにも無い。

「もう戦えないだろう。」

ヨグソトースが言った。

『ショウ……!』

「分かってるよラータ…! 諦めて…たまるか…!」

ジクティアがなんとか立ち上がろうと力を入れる。が、身体中が悲鳴をあげた。勝手に体が立ち上がることを諦めてしまい、やっとで膝立ちになってしまう。

「寝ていられない…! 戦っている…全ての仲間たちのためにも…っ!」

グロースもそう言って、立ち上がろうと踏ん張る。

ビキリと体中が痛み、両膝が地面に着いた。寝込んでいるよりはマシだろうが、動けないことに変わりはない。

「この力に抗える者は居ないのさ。」

ヨグソトースの剣が、横に振るわれる。ジクティアたちの方に、炎を纏った爆発が起きた。

2人の叫び声が聞こえる。

今度こそ、起き上がれそうにもない。

「トドメを刺してやる…!」

剣を、構えた。

__ 来る。

いっそのことと、ぎゅっと目を瞑った。



「ジクティア!! こっちは片付けたぞ!!」

声がした。

聞き慣れた、クレイの声だ。

「苦戦を強いられたが、後はそっちだけだ!」

レイシス。

「ダイチのやつ、近所まで迫ってきてた化け物どもを相手にしてたらしい! そりゃ通信も途絶えるよなぁ…!」

ウルフ。

「住民たちが祈っているぞ。お前の魅せる、勝利ってやつを…!」

ダーブロル。

「頼んだぞ、兄さん。」

ネガジクティア。

仲間たちの声。

≪ショウ! 諦めたらだめだよ!!≫

どこからか分からない。空間で聞こえたのか、はたまた自分にだけ聞こえたのか。

「……かあ…さん…?」

≪こんなやつに負けたら、正義のヒーローって名乗れなくなっちゃうよ!! ほら、立って!!≫

「………っ。」

分かってるよ、そんなこと。でも、立てないんだ。

ジクティアは悔しくて下唇を噛み締めた。

『ショウ。』

ラータの、ナツミの声だ。

そうだ。今、辛い。辛いんだ。正直逃げたいくらい…。

「…………っ!」

いや、それは嘘だ。

逃げ出したいくらい辛い訳じゃない。戦いが続いておかしくなったのかな? なんて思うと、自然と表情が和らいだ。

「おら、立てよ。手ェ貸すぜ、ジクティア。」

幻覚か、はたまたわざわざ駆けつけてくれたのか。シヴァレスの姿が目の前にあった。

半透明で差し伸べられたその手を、宿敵であるが、ジクティアはしっかりと握りしめた。

目映い程の光が視界を覆う。

気が付くと手には、さっきカーリーを倒した時に使った特殊なパワーナイフがあった。


グロースの仮面(マスク)が、微かに光った。

何故か胸の奥がじんと暖まる。

光がマスクから離れひとりでに浮かびあがり、やがて棒状になって目の前に現れた。

それはだんだんハッキリと形を造っていき、“彼”が使っていたレイピアになったのだ。

それは浮遊し、しっかりと手を伸ばさないと掴めない所で止まる。まるで、“彼が手を貸している”ように。

グロースは踏ん張り、レイピアの取手を握る。瞬間、そのレイピアが強い光を放つと、プライムダガーにも似たデザインに変わる。魔宝石を嵌め込むであろうスペースが出来たのだ。

「………っ!」

グロースが手を空にかざすと、七色の光が集まった。

THE SHADOWそれぞれの魔法石が集まったのだ。それらの数は、グロースを含めた10個だ。それぞれが光を放つと、1つに集約した。

「これは…!」

そうだ、俺は一人じゃない。

あの時…ネクロマスと戦ったときもそうだ。人間は1人じゃ限界がある。

支えてくれるみんながいるから、立ち上がれるんだ。

グロースは再び、立ち上がった。


ジクティアはパワーナイフを起動してパッドに挿し込み、グロースは皆の力で作った魔法石を、特殊なレイピアに嵌め込んだ。

7つの光が彼らを包み込む。

グロース・オラトリオの姿は黒いものだったが、この新たなる姿は白色になっている。6枚の青色の翼を展開し、頭上には虹色の輪っかが浮かんでいる。

優しく白色の光を放っており、神聖なる生命の在り方を教え、悪しき不届きものの手から生命を救う救世主(メサイア)の誕生を知らしめた。

__ グロース・メサイア。

ジクティアの姿は先程のシヴァレス=ジクティアを、更に神格化させたようなもの。黒を基調にし、先まであった禍々しさはさっぱりと消え、それはどこか本当の守護者(ゲニウス)の姿を彷彿とさせる。

破壊と創造、生命と死、功と罪。背中合わせの二つを兼ね揃え、本質的な光も闇もその両方を持っている生命の在り方を知らしめた。

__ ノクス・ブライトネス。

剣を構え、ヨグソトースと相対する。

「…無駄だ! 無駄なんだよ!!」

ヨグソトースはそう叫び、2人に斬りかかった。

「今度こそ、決着を着ける…!」

2人もヨグソトースに果敢に立ち向かった。

全員が高速移動しながらの攻防戦に入る。

目にも止まらぬ速度で、衝突する度に衝撃波と音が空に響いた。

グロースの斬撃を盾で防ぐ。すぐに切り替え、蹴りを盾に目掛けて放つ。

次にバトンタッチするかのようにやって来たジクティアの斬撃は、綺麗にヨグソトースの鎧に傷をつけた。

腹部を目掛けてパンチするが、盾で防がれた。

もちろん予測済みだ。

どうやらこの姿になると、瞬時で様々な可能性を計算することが可能らしい。

何千通りの中、ジクティア本人が最良だと思った“結論を選ぶ”。

ヨグソトースは反撃で剣を振るうが、それはジクティアには当たらなかった。

彼にキックされた。

剣と盾を思わず手放し、宙を舞う。

切り立った崖に背中を強打し、そのせいで出来た穴にすっぽりと嵌まっている。

「……っガァァァァァァアッ!!!」

ヨグソトースが近付かせまいと閃光弾で段幕をはる。

「ふんっ。」

グロースが鼻を鳴らす。

_ 無駄な足掻きだ。

レイピアに手をかけると、光の壁が現れて自身とジクティアを防御した。

「バカな…何故さっきまでと…! あれほど追い込んだというのに……!!」

ヨグソトースが露骨に焦り始めた。

「さっきも言ったろ。俺たちは一人じゃない。誰かが傷付けば、誰かが支える。誰かが助けを求めるなら、助けてやる。それがニンゲンなんだよ…。それが…この世にある生命だ!」

ジクティアが言った。

人間だけじゃない。自然界だってそうだ。生態系のピラミッドがあって、最底辺から頂点(てっぺん)まで、何一つとして無駄はない。殺し殺されのように見えるが、その実、互いの種の繁栄を補助しているのだ。

「くそっ…こんな…こんな…!」

再び抗おうと、崖の穴から脱出する。そして手中にエネルギーを溜め始めた。

「さぁ…今からお前に魅せてやる……。最っ高の…! 勝利(ヴィクティ)を……!!」

剣を構え、力を刀身に集中させる。

一足先にグロースがレイピアに魔力を貯めて斬撃した。一度、二度、三度、四度、そして十度めになってやって斬り抜けた。

「“レッキング・クライシス”…!」

ジクティアが言うと、ヨグソトースに急接近して一閃した。

「……っ…何故……ここまで…したのに……! 何故俺は……!!!」

ゆっくりと自分の背後にいる2人の英雄に体を向ける。

ウィンチェスターを構えたグロースがニヤッと笑って言った。

「運が悪かったんだよ、お前は。」

「……っ!」

「じゃあな。」

そう言い捨てると引き金を引き、今度こそ、空のなかで全てを“終わらせた”。



「コージー! トーヤー! ご飯できたえー!」

母さんの声が、俺たち兄弟を呼んだ。

余裕があるとは言い難い家庭に産まれたが、それでもできる限りの自由はきかそうと、母親は頑張ってくれていた。

父親はというと、俺たちが物心がつく前に他の女と関係を持っていた上、金を持って姿を眩ましたらしい。そのせいで、うちは余裕が無くなった。いつもギリギリで、母親は多額の借金を抱えていたのだ。

「コージ、あんた将来何になるん?」

甘えん坊の弟、トーヤを抱っこしながら、小学5年生の俺に、母さんは優しく問い掛けてきた。

「んー、決まってない。」

俺はそう答えた。母さんは優しく、続けた。

「じゃあ、コージは将来どうしたい?」

「それは決まってるよ。」

俺は質問に答えた後、間を置いて続けた。

「母さんを楽させるんだ。」

母さんは俺の言葉にどう思ったのか。

とにかく、目を丸くした後、何故か顔を隠した。

そうか、そうか、と、何度も言った。どんどん声が震えているのを覚えている。

数十年後、俺は国家公務員になった。

忙しくて帰る機会はあまりないが、仕送りだけは続けて送っていた。

久しく休暇を貰い、久々に母さんに会った時、あまり変わりは無かった。

痩せ細い体型も、疲れ果てたような顔も、ずっと過ごしてきたオンボロな家も。

少しくらい、肉がついていてもいいはずだった。少しくらい家も小綺麗になっていていいはずだ。

俺は、しょうもない額を母さんに送ってはいないハズだった。

母さんに聞いてみた。仕送りの金はどうしているのか、と。

母さんは答えた。

「コージとトーヤが仕送りしているお金を溜めて、皆で旅行に行きたいんよ。」

「…旅行…?」

「2人とも、母さん楽にさしたいーって仕送りしてくれてはるんやろ? その気持ち、母さんすっごく嬉しいんよ。でも、どうせやったら皆で楽しみたいやん? 母さん1人だけ楽しんでも、楽しててもしゃーないんよ。コージたちと、可愛い息子たちと、一緒にいたいんよ。」

優しい笑顔で、暖かい声で、そう言った。

「あ、せやけど生活費はしっかり頼らせてもらってるえ! 借金は全部、トーヤが返済したゆーてたし、ほんま、母さんは嬉しいえ…。」

「……というか、俺たちのことなんていいのに。」

俺は笑いながら言った。

「それはあかんよコージ。いつだって親は子を想うんが当たり前なんやから。どうせやったら、家族皆が幸せになった方がええやろ?」

この人の瞳はとても透き通っていた。

嘘偽り無く、綺麗事でもなく、ずっと、子供(おれ)たちの幸せを願っていてくれる。

「……親が子を…か…。」

「頼りないかもやけど、子は親がいる限りは、最大限頼っていいんやえ?」

母さんの微笑みが、胸の奥をじんと暖めた。


__ あぁ…結局俺は…何もできなかったのか……。


空へ舞う、やぶれた仮面の破片に手を伸ばす。

届かず、光の粒子となって消えていった。

鎧が剥がれていき、生身となる。このまま落下して、いっそ死んでしまいたい。

そう思ったのに、どうして…。

「捕まれ…!」

どうして英雄(おまえ)は、手を差し伸べる…?

グロースとジクティアが必死で手を伸ばすのだ。

大切な人を失って俺は辛いし、お前らも同じで辛いはず。どうしてお前たちは戦える? 仲間がいるからか? それとも正義を信じているからか?

俺はお前たちのような強者じゃないし、それにはなれない。

でも、もし、叶うのなら…。

俺は伸ばされた手を掴んだ。

もし叶うのなら、弱者なりの生き方を送りたいと思ったから。逃げるのではなく、立ち向かう弱者の生き様を、したいから。

グロースとジクティアが、安堵したように微笑んだ。どこかその微笑みには優しさを感じる。

懐かしいな、その笑顔…。

薄れ行く意識の中、懐かしい声が聞こえた。

__ よう頑張ったね。お疲れ様。

俺は心が安らぎ、静かに目を閉じた。



救急車や消防車のサイレンが街中に響く。

コージの両手には拘束するための手錠をかけられている。周りにいるのは警察官だ。

「きっちり、取り調べを受けてもらうぞ。」

そう言われた気がしたが、コージは気にしていないのか、虚ろな目で地面を見つめていた。

ジクティアは自分の仲間たちと救急隊の手伝いをしている。グロースらは魔法ギャングとして逮捕対象になっているので、むしろその場から離れて普通の学生を演じていた。とはいえ、ボロボロになりすぎているが。

曇り空から冷たいものが降ってきた。

「あ、降った。」

ハルの隣にいたレイスが呟く。

ドラン種族は寒さに弱いので、誰よりも厚着している。

「…耐えられる?」

「うん…。」

小刻みに震えながら、レイスは頷いた。

「ハル、さっき警察の方からおしるこを貰ったんだ。 」

ユウはそう言うと、缶ジュースのようになっているおしるこを見せた。

「レイスに飲ませてやれ。」

「いいの?」

「勿論だ。」

「ありがとう…!」

おしるこを貰い、それをレイスに渡す。

「勝った気、しないわね。やけに静かというか…。」

サツキが言った。

「死者たちもいなくなって、街が静かになったんだよ。」

リオンが応えた。

死者がいなくなる…か。

普通のことだ。死した命は、生者の世界からいなくなるものだ。それを無理に起こし、生者と同じく振る舞うのは、やはりいけない気がする。

ハルは震えるレイスの頭を撫でながら、静かに空を見た。

未だ、太陽は顔を出そうとしない。



ショウたちが自分の家に帰る。

ボロボロになっているカズトやタクミらが、戻ってきた彼らを激励してきた。

彼らだけじゃない。元アーマーロイドの“彼女たち”も、そこにいた。絆創膏や包帯をしていた。生身だったから苦戦したのだろう。

「腹減ったーー!」

エージが大きな声でそう言ってキッチンに向かう。料理をするわけではない。そこにある棚に、たくさんカップ麺があるのだ。

「…ったく、仕方ねぇやつだ。」

タクミがフフッと微笑んでキッチンに行く。

「どけ、作ってやる。カズトん家が作った“(さかん)”ブランドの野菜の甘さに驚け!」

「おお! 分かってるじゃねぇかタクミ!」

2人が騒がしい。

ダイスケもダイチも、無言でキッチンに移動した。

「………はぁ。キッチン汚すなよー?」

ショウはそう言って、ラータと一緒に地下室に入って行った。

階段を一つ一つ下るたび、体が疲れていることを思い知らされる。まぁ、無理もないよなぁ、なんて思いつつ、パソコンの置かれているデスクを目指す。

「…………。」

それはそこにあった。

おぼんがあって、そこにはラップがされた食器が並んでいたのだ。

最初はタクミが気を効かせて置いてくれたのかと思った。が、違った。

書き置きがされていたのだ。

__ ショウ、おかえりなさい! 疲れたよね? ご飯をしっかり食べて、お風呂に入って、ぐっすり寝るんだよ? 生きているんだから、体調管理、しっかりしないと! だから好き嫌いしないで、しっかり食べること! 愛してるよ!

荒井 桃より。

「………。」

椅子に座って、ラップを剥がす。

箸を手に取り、手を合わせる。

「………いただきま………っ!?」

ショウの嫌いなピーマンがまるまる使われたピーマンの肉詰めが目に入った。

「……………。」

それだけじゃない。

よく見ればホウレン草のゴマ和え? にもどうやらある。

ピーマンのフルコース…。

「…ショウ…無理をしない方が…。」

制止するラータ。

「……いただきます…!」

震える声で、彼は言った。

まずはお味噌汁。案の定、あった。ピーマン。

不味い。不味い。不味い。不味い。不味い。

一口含み、咀嚼するたび、不味い。

けど、どこか、比較的食べやすいように細かくされたり、苦味が誤魔化せるような工夫をしたり、愛情を感じた。

不味い。不味い。

けど箸は止まらない。

次々、ご飯と一緒に食べる。

よくかんで、飲み込む。

視界が霞んだ。

鼻が詰まった。

涙が流れるのを我慢すると、“感情”が押し寄せてくる。

用意された食事を平らげる。

「……………。」

鼻を啜り、ティッシュで涙を拭う。

一度そうした途端、涙が流れ続けてきた。

嫌いな食材ばかりが使われた料理。でも、とても心が暖まるものだった。

「…ごちそうさまでした…!」

涙を堪え、言う。

「…ありがとう…母さん……。」

続けてショウは、呟いた。

どこにもいない、彼女を思いながら。

「………さて…ラータを人間に戻さないとな…!」

「…? 一時的なものなので、放っておけば人間に戻りますよ? ほら、耳がどんどん__ …。」

「頑張るぞ…!」

ショウはそう言って、パソコンの画面を点灯させた。

「……。」

ラータは察しをつけると、いつものように、コーヒーを淹れるため…と言って一階に上がって行った。





英雄之仮面 Android & 化神

ゴーストアーマー

 完結






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