生命ノ絆
かつてルアフ国…いや、この世界は破滅の危機に瀕していた。それは、テオスという悪の秘密結社の一人である黒崎 黎兎が……いや、正確には彼の精神に寄生した生命体、ルーグの企みによるものだ。奴が一体どのような目的で暗躍していたのか、その詳細を明らかにすることはなかったが、正義のヒーローであるジクティアが率いる『ガーディアンズ』と、加勢した英雄たちによってルーグは倒された。
彼らは世界を危機から救って見せたのだ。
それから1年が経過している頃。街は徐々に復興がされている。そのなか、今日もたくさんの人たちが忙しなく暮らしている。
アーマーロイドシステム…。
彼らヒーローが戦うために使った、本来は戦争の兵器として用いられるシステム。
多くの人の人生を狂わし、犠牲をうんで作られた。
ヒーローが使ったそれ。
作ったのは、皮肉にも彼らの強大な敵。
精神寄生生命体のルーグだ。
彼にとっても皮肉だろう。
自分が何らかの目的のために作った兵器と、その兵器のテストで作った者に倒されてしまったのだから…。
茶髪の男がコンピューターを睨んでいる。彼の名前は水上 翔。
不摂生な生活を送ったツケが回ったのか、彼は20代後半に差し掛かるのに他よりも小柄で、若干細身だ。そのため、一見すれば弱そうに見えるが、何を隠そう彼が世界を救ったガーディアンズの一人、ジクティアだ。
彼は今、そのコンピューターにプログラムの譜面を見つめている。
なんのプログラムか。
それは、アーマーロイドシステムを、アーマーロイドがいない状態でも使えるようにするものだ。
改造され、人生が混沌に犯される人が増えないように。もう戦いに巻き込まれる人が増えないように。首相と話してシステムの一部の管理を彼が担うことになった。そんなわけだが、そこで彼は再び街を侵略された際に自分達がいつでも戦えるよう、アップデートにしているのだ。
既存のパワーナイフシステムを独立、強化させる。
そのためにはまず、アーマーロイドに任せていた部分をすっぽりと抜き取って、できてしまったその穴をうめて…それからアーマーロイドに使用される特殊なエキスを…そううまくはいかない。うまくいかないから今彼は頭を抱えているのだ。
……いや、この話はよそう。
ショウ本人もよほどに疲れた様子だ。
「今まででアーマーロイドって単語が何回出たと思ってんだよ…。ゲシュタルト崩壊するって…。」
ショウがため息混じりに言った。
側にいたナツミが首を傾げる。
なんのこと…? と言いたげな感じだ。
彼女は初号機アーマーロイドだった女性だ。今はそのエキスも体から抜けて普通の人間に戻っている。
「何を言ってるんです?」
「ひーとーりーごーとぉー。」
天井を仰ぎ言う。
「……。」
そのままじっと天井を見つめてみる。
「少しは休んだらどうですか? 何時間もその調子じゃ、体を壊しますよ?」
「心配すんなって。もしかしたらこうしている間にも、誰かが悪事を働いているかもしれない。いろーんな脅威に逢ったんだし、俺たちはその可能性を否定できないんだよ。」
秘密結社テオス。それが彼らの相手だった。
ルーグのことで手が一杯だったので、ショウにとってテオスは、ああ、そういえばいたなぁ、くらいの感覚になってしまっている。
ルーグとテオス…。
元々テオス側の人間だったダイスケとタクミ、サテル軍の兵士だったカズト。
一時は…というか初めて会ったとき、カズトとも戦った。それはルアフとサテルの戦争という形での戦いだったが、サテルがテオスによって陥落してから、ショウがガーディアンズに誘って仲間にした。
ルーグ、テオス、サテル。厄介な一年だった。
「それにしても…ルーグはアーマーロイドを使って何をしたかったんだ…? 『任務のため』とか『世界』をどうこうとか言ってたけど……。」
「アーマーロイドは戦争の道具のために作ったのでは?」
「それはサテルとか国の理由であってルーグの理由じゃない。」
一度大きく息を吸うと、ふぅっと全てを吐き出した。首をこきこきと鳴らし、再びキーボードを奏でる。
画面には意味不明なただの文字の羅列が現れ、しかしどうやらそれにらちゃんと意味があるらしい。
ナツミにはそれがちっとも分からないが、少なくともショウ以外はこの羅列を見ても意味は分からないだろう。
彼女は呆れたようにため息をするが、コーヒーを淹れて彼に差し入れするために一階へ上がった。
そう、言い忘れたが、この家には地下があって、アーマーロイド関係の作業は全部そこでやることになっているのだ。安全性もあるが、何せ秘密事項なのでそのようにしている。
ロックも二重になっており、かなり厳重にした。
ナツミは一階に出てキッチンに行こうとしたとき、“彼”はそこにいた。
「よっ♪」
テーブルに寄りかかり、ナツミに向かって陽気そうに挨拶する“男”。
赤黒いコートを着ながら鉄の鎧を身にまとったスラッとした“男がそこにいた”。
髪の色は半分黒く、反対が赤い。そして口もとを覆うのマスクと、目元を隠す仮面を着けている。
この男に、覚えはある。当然だ。
「…あなたは…ルーグ…!?」
名を呼ぶと、彼は不気味に笑った。
以前は加工されたような声だったのに、今回は彼女の父でありルーグに寄生された黒崎 黎人その人の声になっている。
「久し振りだな。ラータ…いや、今は黒崎 夏実…と呼んだ方が良いか…?」
彼はそう言って彼女に近寄ろうとした。
ルーグによって全てが狂った。
両親は殺され、自身は実験の被験体とされてしまったのだ。
そんな諸悪の根源を撃破し、呪われた過去と決別した…と思っていた。
すべてのトラウマが脳裏を過り、無意識に体は後ずさる。
コーヒーカップを落とし、鼓膜を強く刺激する音を一瞬だけ出して割れた。
一階の方で何かが割れた音がした。
「ナツミー? 大丈夫ー?」
ショウが一階に顔を向けて言うが、返答がない。
何かあったのかと勘が働いて階段をかけ上る。
二重ロックの扉を開けると、恐怖に染められたナツミの顔と、憎き宿敵の姿を確認した。
「…なんで…!?」
「よう。久し振り。」
ナツミの前に立ち、ジクティアに変身する用のアイテムであるパワーナイフを手に握る。
「やめとけ。一度シヴァレスの力を得たこの俺に、その程度の力で勝てない。」
ショウは確かに今でも一人で変身することは可能だ。
しかし今使っているものはアップデート前のものだ。アーマーロイドがいないと本来の力の1/2以下になってしまう。
「……なんでここにいる…? どうやって復活した…!?」
「落ち着けよ。今の俺に敵意は無い。質問に答えてやる。まず…どうやって復活したか。残念ながらそれは俺にも分からん。目を覚ましたらこの世界にいた。ここに来たのはお前らに事の重大さを教えてやるためだ。」
「……なんだと…?」
「ガーディアンズを集めろ。今この世界はどうやら、ヤバイことになってるらしいからな。」
「そんな口車に乗せられるか……!!」
パワーナイフを専用の機器に挿し込み、変身する。
「…やっぱこうなるよなぁ。」
ルーグが分かりきっていた様子でため息を吐いた。
ルーグが言ったことはあまり信用してはならない。
何故ならばこいつは、ショウを育てた義理の親…と見せかけ、利用しようとしたという過去がある。
「ショウ…!」
「ナツミは下がってろ。」
ショウ…いや、ジクティアが身構えた。
そして、
「ハァッ!!」
掛け声と同時に殴りかかる。
動きを予想していたルーグがその拳をかわすが、ジクティアは振り向き様にハイキックを叩き込んだ。
「チッ…ここじゃ狭すぎる…。」
ルーグは自分の能力で戦いの場を何もない広野に変えた。
ワープだ。
ジクティアは戦場が広くなったことで武器を構えた。剣にも銃にもなれる万能武器、その名もジクティウェポン。
ソードモードにして斬りかかる。ルーグはその斬撃をあえてくらうと、刀身をその手で受け止めた。
「なにっ…!」
グッと力を込め、少しずつずらしてジクティアのボディを露にさせる。
空いている手で拳を作り、そこにエネルギーを集中させた。
そしてそれをジクティアの体目掛けて解き放つ…が、武器をあえて手離してそれをかわした。
「…!」
ヤツの手をキックしてジクティウェポンを手離させる。落下していく瞬間、それを手にし、流れるようにガンモードに変形させると、ゼロ距離で3発発砲した。
「ぐっ…! ……やるねぇ…!」
実弾ではなく高エネルギーの結晶なので、1発にしてもかなりダメージは大きい。普通の人間なら体が吹っ飛ぶレベルだ。
“今の”ルーグにとってもその威力は猛威を振るう。
「…結構怖いことするんだな…おまえ…!」
「うるせぇ!! これで…おしまいだ!!」
ガンモードからソードモードに戻し、パワーナイフをジクティウェポンにもある挿し込み口にぶっさす。
するとナイフからエネルギーが伝い、刀身にその力が宿るので、それでルーグを斬撃した。
1、2、3回も斬り込む。
彼の鎧に刻まれた跡が残ると、そこが発光してバチバチと鳴る。
「……なるほど…これが…今のお前の力…っ!」
「……。」
じっとルーグを睨む。
「ぐっ……ぐぅああああああああッ!!」
断末魔を上げると、叩き込まれたエネルギーが暴走して大爆発を起こした。
やったか…?
振り向いて確認する。
煙が晴れると…ヤツは煙のなか突っ立っていた。
「…ふー…。今のはかなり危なかった…。」
「……なに…!」
「お前も、まさか今ので倒せたとは思ってなかったろ?」
「……半分は殺ったと思ったけどな…!」
「冗談キツいぜ…ジクティア……!!」
ルーグが瞬間移動してジクティアの目の前まで来ると、赤黒く発光したその拳で彼を殴り付けた。
衝撃波が走る。
全身が後方にすっ飛ばされ、地面に叩き込まれる形で着地した。
砂埃が舞い、視界が若干遮られる。
「こっちだぜ。」
背後から声がした。
振り向く隙もなく、ヤツはジクティアの首を締め付けた。
「なぁ、このまま折ってやろうか…? 今のお前が相手なら、それぐらい容易いんだぜ?」
「………っ!!」
「怖いか? 苦しいか? ッハッハッハッ! 最高の表情だぜ、ジクティアァッ!!」
腕を離すと、勝手にジクティアが振り向いてくるので、その胸部に今度は蹴りをお見舞いしてやった。
「……ゲホッ…ゲホッ…!!」
「どうした? 俺を倒すんだろ?」
ルーグが余裕そうに笑う。
「これで、しまいだ!」
赤黒い光の粒子を手中に集め、出来上がったエネルギーの塊を投げる。
あっという間にジクティアとの間合いを詰め、そしてそれは彼の眼前に来ると大きな爆発を起こした。
「…あーあ。やり過ぎちまったか。」
ルーグは笑いながらそう言った。
しかし。
「危なかったな、ジクティア。」
青髪龍の戦士…ガーディアンズの一人、クレイが間に入って盾になっていた。
「…なっ…!? おまえどうして…!」
「ナツミに教えて貰ったんだ。だから超急いで来た。お前の相棒は俺だからな。」
クレイが親指を立てて言った。
「……。」
その様子を見て、ジクティアはフフッと笑う。
バカっぽい。でもそれが、純粋な言葉だと知るととても頼りになる。
「おら、立て! アイツを倒すんだろ!」
「ああ、分かってる…!」
ジクティア、クレイは互いの背中を合わせるようにして構えた。
「…ほぉ。面白い。来い。」
「上等だオラーーッ!!」
クレイが先陣切った。
彼の拳がルーグの顔面にヒットした。
速い。速度が以前よりも段違いだ。
そして重い。たまらずよろめき、隙を生んでしまった。
2回目のパンチを同じく反対側の顔面にぶち当てる。
次の攻撃でできる隙を、ルーグは探る。
そしてその時が来た。
拳にエネルギーをため、絶妙なタイミングで前に突き出す。
が、来たのはクレイの攻撃ではない。
ジクティアの蹴りが、その拳とエネルギーを砕いた。
続けて回し蹴りしてやる。
隙ができた。
「オラオラオラァッ!!」
かつてショウがエージに作った武器、ドラロクナックルで全力でぶん殴る。
青い波紋が辺りに漂った。
全身が吹き飛ばされ、地面に転がった。
「くっ…! やっぱお前ら最高だな…。だが…さっきから言ってるだろう…今の俺には…!!」
両手を広げると、赤黒いエネルギーの球体が出来上がった。
それを上空にぶん投げると、ショットガンのような形の銃を取り出して引き金を引いた。
エネルギー体は砕け、勢いよく地面にぶつかる。その度、爆発が起きた。
__ ルーグ・クライシス。
「やべ__ !!」
遅すぎた。
高威力のそれは周辺を酷く荒しながら、ジクティアとクレイを飲み込んだ。
2人の声が、爆発にかきけされる。
過多のダメージを受けてしまったことで変身が自動解除された。膝から崩れ、倒れ伏す。
周辺の枯れ草等には炎がついていた。
黒煙の向こう側には、片足体重のルーグの姿があった。
ヤツはため息をつくと、ゆっくり、ショウとエージに向かってきた。
負けられない。
ショウはすぐに立ち上がる。…が、体が限界ですぐに地面に膝を着けた。
それでもパワーナイフを握りしめ、強くルーグを睨む。
「まてーーーーっ!!」
すると女の人の声がした。
聞いたことないものだった。
瞬間、ルーグの背中が爆発した。何か…例えば手榴弾みたいな規模の爆発。
「っでぇっ!!」
痛ぇ、と叫び転がる彼。
ルーグとショウの視線の先には…。
白衣を着た赤髪の女性…だった。
あれは見覚えがある。ということは記憶を辿れば声にも覚えがあった。
「…うそ……!?」
「…やっぱりお前もいたか……。」
彼女は荒井 桃だ。
モモは目を保護していたゴーグルを外して現状を改めて確認する。
彼女は黒いゴム手袋を着けて見たことない銃のような武器を構えていた。
「やっぱここに居たなキサマ!!」
「おいおい先生…。子供の前でキサマは無ぇだろ…キサマは…。」
「うるさい! 私はお前に恨みがあるんだよ! さっさと殺されろ!!」
「…残念ながらそうはいかない…!」
ルーグは立ち上がり、ショウを見た。
そして駆け、彼に近付いて来た。
「させっかよ!!」
エージがドラロクナックルで立ち塞がる。
「邪魔だ…! あーもういい! こうなったらお前も……!」
「させるかこのやろ! 逃がさないぞ!!」
彼女が発砲した。
再びルーグの背中が爆発した。
吹っ飛ばされ、無様にも地面に転がるとそのまま伏せている。
「あぃででで…なんだあの武器……!?」
どうやら特効性のある武器らしい。
エージらとは距離があったので風圧がきた程度で済んだ。
モモがそんな2人に駆け寄る。
「大丈夫かい君ら!」
「あ、あんた…何者なんだよ…。」
「…荒井 桃…。テオスの科学者だ。」
ショウが言うと、彼女は驚いたような表情になった。
「なんで君しってんの!?」
モモがショウの顔を見る。
「…そいつは先生が産んで可愛がってた子だ…。被験体…って言えば分かるか…??」
ルーグが弱ったような声で言った。
「………ビビ…!? うそー!? 大きくなったんだねー!」
満面の笑みでショウを抱き締めた。
「………っ?」
不思議な感覚がした。
この人に抱き締められると、妙に安心する。
本当の親なんかじゃ無いのに…。
「お目々くりくり! 二重! 童顔イケメンじゃーん!」
「…よせ…。」
本当の親なんかじゃ無いのに、彼女はショウを愛でた。
正直嫌な気ではない。だからこそそれが気味が悪い。そういう意味では嫌だ。
「ルーグ、ビビ相手にお前何してんの! 意地悪されて辛かったでしょーよ!」
“意地悪されて辛かったでしょーよ”…??
「お前に良いこと教えてやる。私が作ったこの武器は史上最高の自信作でね! どんな形態、力を持っていようが、精神寄生生命体には防護貫通の大々特効なんだよ!」
「…嘘だろ…そんなもん作ってやがるなんて…末恐ろしい女だ…。」
ルーグは言った直後に咳き込んだ。
そして力尽きたように、ガクッと頭が地面に垂れた。
それを見たショウとエージも、緊張が解れたせいか気を失った。
目を覚ますとそこは見慣れた部屋だった。最初に視界に入ったのはナツミの心配そうな表情だ。
「ショウ…!」
「………ナツミ…。」
どうやらカズトとホノカ、ダイスケ、タクミとミホ…そしてダイチもいるらしい。皆がショウの顔を覗き見ている。
「大丈夫か?」
タクミが声をかけてきた。
「…ああ…うん…。みんな、どうして…?」
「ナツミに呼ばれたんだ。ルーグが復活した…ってことらしいが…あのぐるぐる巻きにされてるやつがルーグなんだよな?」
カズトの視線の先には、布団で固定された上に縄でさらに固定されているルーグの無様としかいえない姿があった。
横から見たのり巻きの具みたいに頭が出ている。そののり巻きの上にモモが足を組んで居座っている。
ルーグにとってこれ以上ない屈辱だろう。とても滑稽だ。
「おぉい、誰か、俺を助けてくれるヒーローはいねーのか? おいダイスケ、俺だ。イスパードのとき色々一緒にやってたよな! な!」
「黙れ。」
低音で彼は一言言った。
「エージ! 確かにお前とショウを騙してたけど、一時期は俺が養ってたじゃねーか! な!」
「ラーメンうめぇ。」
彼はずるずるとラーメンをすすっていた。
「…お、おいカズト! サテルのために戦いたいっつったおまえに力を与えたのは誰だっけなー?」
「グメアだ。」
即答した。
「…タクミ! ミホ! お前ら元は俺の部下だろ!?」
「知らないな。」
「知らない。」
夫婦揃って答えは同じだった。
「ダイチ!」
「黙れゴミ。」
「…ゴミ……って…。」
諦めたようで首をがくんと落とした。
具こぼれみたいだ。
「それで、何でルーグが復活してんだ?」
カズトがショウに問う。
「本人も分かってないらしい。それを探るために俺たちに近付いたって…。」
「…じゃあ荒井 桃は…?」
と、ダイスケ。
「モモの方も分かってない。死者蘇生の魔法は実在してる。けどそれはあくまでも魔力の結晶が作ったただの器。魔力の結晶なら当然、時間が経てば消えていく。けどルーグもモモも、どうやらある程度時間は経っているんだろう? 明らかに科学…魔法科学を越えるような現象としか言いようがないな。」
ダイチが言った。
「何あの子。めちゃくちゃビビに似てる。違いで言えば黒髪ってだけかな。…ねぇ、私産んだの一人だけだよね?」
モモがルーグにこそっと問う。
「…ビビが俺の言うことを聞かないってときのための保険で作った複製品だよ…。結局どっちも思い通りにならなかったってオチだけどな…。名前はダイチ…。というか、明らかに拘束が強すぎるぞ…。」
「クローン…。クローンか………。」
「おい聞いてんのか…?」
ルーグとモモのやり取りは誰にも聞こえていない。
「どうするんだ? この二人のこと。」
タクミが問う。
「…この二人が復活した理由は普通に気になる。少し調べるぞ。」
ショウがみんなに言った。
「まてまて、確実に言えることがある。今のままじゃお前ら、死ぬぞ? 」
ルーグが言ってきた。
「どういうことだ?」
ダイチが問う。
「ダイチの言う通り、これは魔法科学を越えるような現象だ。それを引き起こせるなんて、自然じゃ絶対に考えられないだろ?」
「この事態を引き起こした犯人がいる、と?」
「そう、タクミの言う通りだ。俺の力をも、遥かに越えるような何者かがいる…。少なくとも俺は、そいつが“アーマーロイド使い”だと推測するね…。」
「バカな。アーマーのシステムに死者を復活させるような機能はないだろう。」
ダイスケが言う。
「……魔力を超凝縮した力を使えば、“扉”を開くことはできる。」
ダイチが言った。
扉…?
「理論上の話だ。実際にできるかどうかは別だ。」
ダイチが続けた。
「できるんだよ、アーマーロイドシステムならな。だろ、先生。」
ルーグは自分の上に乗っているモモに続きを振った。
「…そもそもエキス自体が圧縮された魔力そのものなの。だから超人的な速度を手にしたり、火事場の馬鹿力並みの力を手にしたりできる。他にも跳躍力の向上、動体視力の精度の向上…。炎、水、電気、氷等の特殊能力も得られるのは、エキスが魔法の源である魔力そのものだから。」
「そう。つまりは魔力が体内に注入されているのさ。それと、ナノマシンを埋め込むという、ある程度の肉体改造を施す。それがお前ら御存知アーマーロイドだ。だがその肉体改造も面白いもんで…。お前ら、接続魔法って知ってるか?」
ルーグが語る。
「適当な所に物を置いて、その座標を魔法で記録…。そしたらいつでもどこでも、コネクト魔法でその物を出し入れできるってもの。別名として収納魔法とか言われているものだよね。」
ホノカが言った。
彼女も科学者なので、ある程度は魔法のことも理解している。
「…つまり、“コネクト魔法”をそのナノマシンに記録させることで、武器を出したりしまったりしているということか。」
ショウがボソッと呟く。
「その通り。まぁお前らの場合、その応用…武器そのものを記録してるって形だろ。」
ショウは黙って聞いた。
「体その物を鎧に変化させるのも、魔力のなせるワザだ。ただ魔力を垂れ流ししてたらいつか暴走しちまう。かつてのストロフモードみたいにな。」
ストロフモード…。
それはジクティアの最終形態になっている。
エキスの力を限界まで高めた結果、アーマーロイドが暴走し、破壊衝動に襲われてしまうというものだ。
今はアップデートしているので暴走しないようになっている。
「そうならないよう、その時その時に合わせて能力の数値を変化させる必要がある。他にも、アームドした人間の体をポンッてしないためにもな。その管理、調整を瞬時にするのがナノマシンだ。」
「ナノマシンに記されたコードを元に、エキスが活性化したり抑制される…。……制御するナノマシンが無ければ暴走してしまうほどの力が解放され…。」
「ショウは賢いな。その通り。それが、“扉”を開ける手段だ。」
ルーグは語り終えると、咳き込んだ。
「重いんだよ! いつまで乗ってんだ!」
「うるっさいな! 忘れないことだね! 私はいつでもお前を倒せんだからな!!」
「……はいよ。一生乗ってろ。」
諦めたルーグの首がまたがくんと垂れた。
「…あぁちなみに…ナノマシンをアップデートするには、専用の端末との接続が必要だ。コネクトを通して、アーマーロイドの体に一時的に挿込口を出現させる。それはアーマーロイド本人の意思で出たり消えたりするって寸法だ。」
そこは別に聞いてないけどな。
すると机を手で強く叩いた音がした。
その方向にはラーメンを食べ終わったらしいエージが険しい表情を浮かべていた。
「くそ…! 何言ってんのか全然分かんねぇ……!」
隣にいた彼の恋人であるアカリが彼の頭を撫でた。
「ルーグ、お前にひとつだけ聞きたいことがある。」
ショウが口を開いた。
「お前、扉とやらを開ける程の力を持つアーマーロイドで……何をしようとしてた…?」
ショウは強くルーグを睨んだ。
ガーディアンズ(エージ以外)がハッとした。
ナノマシンが無い状態で、1人で超現象を引き起こすことができるほど力…。恐らくは並大抵のエネルギー量ではない。
言うなれば…。そう、1番近いもので表すならば……。
“核兵器”…。
しかも以前ルーグが使っていたアーマーロイド…エルシーヴァ・アレースはその場でブラックホールのようなものを作り出すことができる。
「…鋭いねぇ。」
ルーグが鼻を鳴らした。
「とぼけるな。」
「とぼけちゃいねぇさ。俺は一度、お前らに負けてる。もう秘密は無い。…俺の目的は、この世界を侵略することだ。理由は俺のいた世界が壊れちまったから。」
「世界が壊れた…?」
「世界大戦の果てに壊れたのさ。全くバカだよなぁ? 責任の押し付け、擦り付け、他力本願、見て見ぬ振り、ありとあらゆる怠惰や他人任せを決め込んだ結果、感情に任せてとある兵器を使用した。撃ち合いの果て、残ったのは汚染された土地と山ほどのケロイド死体。先の無い老人どもも、先があったはずの若者どももみーーんな揃ってお陀仏だ。俺に与えられた任務は、他の世界への侵略準備。以前この世界の住民が、まだマトモだった頃の俺たちの世界に来たって記録があったからな。住める世界があると確信したお偉方…いや、老害らはその世界を自分達のものにしようと考えた。他人のことなどお構い無し。自分第一なのさ。」
「………ふざけるなよ……!!」
「おいおいおいおい、俺を怒るのはお門違いだ。俺は命令されただけだ。この世界の住民を何人か取っ捕まえ、人体実験を繰り返した。その過程で俺が生まれて、そうしてやがてクロザキ メイでアーマーロイドの基礎を作ることに成功し…後は俺がレイトに乗っ取って兵器を量産した。なんせあの世界には丁度良い被験体がいないからな。みんなみんな、お骨になっちまってるし。」
「…チッ…胸糞悪ぃ…。聞いてらんねぇよ。」
カズトがため息混じりに言った。
「要は向こうのワガママさ。」
ルーグがそう言い捨てた。
なんとも言えない重い空気が流れた。
「あーあ。話疲れた。とりあえずそんな感じだ。だからそんなヤツを相手に、普通のアームドじゃ勝てやしない。前みたいに二重アームドじゃないとな。」
ナツミたちをまたアーマーロイドにしろと言っている。
そんなことしたくない。
でも1人で二重アームド分の力を持ったものなんて作れない。
それは先程…冒頭のショウを見れば分かる。
どれほど頑張っても、頭を働かせても、アーマーロイドの代用品が思い付かない。
多少の魔力じゃ足りない。もっと、多くの魔力が必要だ。
…悔しいが、つまりは“できない”のだ。
ダイチにも難しい。
なにか……解決策となるなにかが……。
ショウは悔しさで表情が染まっていた。
モモはその彼の表情を見て胸の奥がきゅっとなる。これは何だろう? ただ、そんな顔を見たくなかった。
「…ビビ?」
彼女はぐるぐる巻きになっているルーグから降り、ベッドの上の彼に寄り添った。
「そんな顔しないで。」
「…な、なんだよ……。」
彼女は優しく微笑み、彼の肩に手を置く。
「問題です。単1電池があります。プラスとマイナスに電線をくっつけて引っ張って、豆電球を点けたい。でも、なんということか…電線は切れています。周りに代わりの電線はありません。さぁ、どうする?」
「……? そりゃ…伝導体を置く。」
「例えば?」
「例えばって……。まぁ…銅で作られてる10レルクの硬貨とか…。」
「そう、正解。一見別物に見える物でも、電線と10レルク硬貨は両方とも銅なんだ。」
「…それがなん……。……!!」
「そう、アーマーロイドに頼っていた部分の穴を塞ぐなら、アーマーロイドと同じ性質をもつもので代用すればいい。そしてそれは、今目の前でじたばたしてる芋虫。」
そうだ、アーマーロイドを作る過程で生まれた副産物だと言った。確かに言っていた。
…つまりヤツもある意味そうだと言える。
ルーグの目が点になった。
何を言っているんだ、と状況を理解しようとしているのだ。
「おい待て!? 誰かあの悪魔の親子を止めろ!!」
「そっかぁ!! ルーグって存在そのものが魔力みたいなものだから代用なんて余裕じゃーん!!」
ホノカが指を鳴らした。
「確かに!!」
ミホがぱぁっと笑った。
「待て! そこの女ァ!!」
「そうと決まれば…早速…! 実験を…始めようか…!!」
「待て! 待てっての!!」
ルーグが必死に抗っているが、無駄だ。
うごめく布団が気持ち悪い。
「あっ…ちょっ…優しくして…! あっ…!…ゥアッーーーーーーーー!!!!」
その夜、ルーグの悲鳴が止むことは無かった。
1人でも戦えるように改良したパワーナイフが人数分完成した。
それが量産出来上がるまで、実に3ヶ月も経っていて、今はどうやら3月。しかし出来たのは1人につき3回分のみなので、回数には気を付けなければならない。
それぞれがそれぞれの方法で調査を続けていくと、あることが分かった。
その過程で興味が沸いたものがある。巷で魔法ギャングとやらが蔓延っていた時期があった、という話だ。
少し離れた所で巨大な怪獣が現れており、それと戦う彼らの姿も確認したという。
確か…名前は…THE SHADOW…といったか。ショウは特にテレビを見ないので、そういったことには疎い。
ネットアイドルMoonの1人、ミユからも連絡があった。
THE SHADOWは他のギャングたちとは何か違うらしい。
確かに何度かテレビに映っていたらしいが、その件はそれほど深掘りしようとは思わなかった。
それにしても世界は徐々におかしくなっている。人為的とは思えない謎の大規模な破壊活動に、なんの脈絡もなしに人が暴走する精神錯乱事件。
ショウとエージらはなんともないが、カズトとタクミが頭の中の記憶があやふやになっているらしい。
荒井 桃は死んでいなかった、なんてことを言い出した時には本気で殴ってやろうとも思った。
調べていくと分かったことがまだある。
それは、ショウにとっての実父も実母も生きていることになっているということだ。
荒井 桃はずっと、本当の親のようにショウを可愛がるが、彼にとって複雑なものだ。
そんな彼は今、その実の両親に会ってみたいという気持ちを落ち着かせるように、ソファに座ってコーヒーを飲んでいた。
苦い。
その話をナツミにしたことはないので、彼女はずっと心配している。
「…ずっとあんな感じか?」
家に来ていたエージがナツミに問う。
アカリはショウの目の前に立ち、手をひらひらさせてみた。が、反応はない。
「…はい…。作業していたかと思えばあそこであーやってぼーっとコーヒーを飲んでいるんです。何を言っても上の空で…。」
ナツミは困った様子だ。
「おーい。なんか悩んでんのかー?」
「……うるっさいなぁ…。俺だって色々あるんだよ。」
ショウが初めてしゃべった。
スッと立ち上がり、コーヒーの入っていたカップを持ってキッチンへ移動する。蛇口を捻り、水を出すと、どうやら洗い始めたらしい。
彼の背中を見て、アカリはため息を吐いた。
「ショウ、何かあるんでしたら話してくれませんか…?」
「…。」
彼は答えなかった。
階段を降りて来る音がした。
「差し詰め、生きている両親に会ってみたい…ってところか?」
ルーグだ。
ショウの動きがピタリと止まった。
「そんなんじゃない…。」
「お前のことなんて手に取るように分かる。これでも、“育ての親”だからな。ま、利用するための一環だったが?」
エージの目付きが代わり、ルーグをぎろっと睨む。ヤツは両手を上げ、戯けて見せた。
「…お前に何が分かる。」
「お前の親父、ミカミ シンと、お袋のミカミ ミクならこの世界に確かにいる。今から会ってみたらどうだ?」
「……。」
「モモ先生に冷たく当たってんのも、実の両親に対する思いやりだったりするのか? ハッ、死人に思いやりなんて笑わせる。」
「ルーグてめぇ!」
エージが拳を鳴らした。
「まぁ最後に選ぶのはお前だ。重要そうに見えない選択でも、後々重大さを知ることになるパターンも少なくはない。ほらよ。」
ルーグはパワーナイフをショウに投げ渡した。
「この世界は今不安定だ。行くなら護身用の変身用具を忘れないことだな。」
パワーナイフをじっと見つめたあと、ショウは掛けていたコートを羽織って外に出ていった。
「おい待てよショウ!」
エージはその後を追い、ナツミとアカリも続く。
「…さてと…鬼と出るか蛇と出るか…。」
誰もいない空間に一人、ルーグが呟いた。
所在地は知っている。
誰かに教えてもらったわけでも、自分で調べた訳でもないのに知っていた。
何故かは分からない。
ショウらが住んでいる町から電車で20分のところにある町リブルー。
三丁目辺りに住宅街があって、入って二つ目の角を曲がり、さらに奥へ進んだ青色の屋根の家。
表札には確かに、水上、と書いてあった。
この家に、自分の親がいる。
期待と同時に不安を抱えながら、彼はインターホンを押…そうとするが、どうしても躊躇った。
深く吐いたため息が白色となって現れる。寒さが増して感じた。
ナツミらは遠くの方からそっと見守っている。彼にバレているかバレていないかで言えば限りなく…というか思い切りバレているだろう。
「…。」
ショウは勇気を出して、インターホンのボタンに指を当てた。後は押し込むだけだ。
__ いや待て。何を話せばいいんだ。
頭のなかに今更な疑問が浮かんだ。
また躊躇う。
どうしよう、どうしようと悩んでいても仕方がない。
いっそどうにでもなれ…と、インターホンのボタンを押し込んだ。
ピーンポーンという音が鳴ったのが分かる。
はーい、と女性の声で返事が聞こえた。そして足音がすると、ガチャリとその扉が開かれた。
「……あれ? シン…?」
出てきたのは、返事をしたと思われる女性だった。茶髪で、優しさがその目から感じ取れる。見た目はだいたい20代後半くらいか。少なくともショウの年齢を考えると矛盾が出る年齢差だ。アライ モモもそうだったが、きっと亡くなったのがその辺りだったからだろう。
「……シン…?」
ショウは出てきた名前を復唱した。
「…じゃないですよね、すみません…!」
申し訳なさそうに彼女が微笑む。
「あ、いえ……。」
「えっと…どちら様でしょうか…?」
なにも考えていない。
あなたの子供です、なんて口が裂けても言えない。
アライ モモはルーグに教わるまでショウをかつてのビビだとはしらなかった。きっと言っても信じてくれないだろう。
「ママー…?」
彼女の後ろから小さな男の子が現れた。
「アヤト、お部屋に入ってなさい。」
優しく、言う。
甘えたいのだろう。彼女に寄り、袖をつまんだ。
ため息を漏らしながら抱っこしてやると、その子は嬉しそうに笑った。
その男の子の顔は、限りなくショウに似ていた。
「……そっか…。」
ショウはボソッと呟いた。
「すみません、間違えました…!」
彼はにこりと笑ってそう言った。
「…え?」
「…俺はこれで…。」
彼は一礼すると、回れ右してその場を後にした。
「………シンにそっくり…。でも……。兄弟なんていたっけ…?」
彼女は少し考えてみるが、どうしても思い出せそうになく、扉を閉めた。
少し歩いたところにある河川敷にショウはいた。
橋の真下、川の側に立ってなにかを考えているのか、はたまたなにも考えていないのか。
遠くを見るように水の流れをただ見つめている。
一見なにも変わらないように見えても、流れてくる水はさっきと違う水だ。両親や、あの子からすれば普通の家庭だろうが、ショウからすれば…。
親、兄弟。普通の家庭…。
彼にとっての親は、利用するためだけに育ててきたというルーグと、創造したアライ モモだ。そして自分の遺伝子から複製されたカワカミ ダイチという模造品。
自分の出生が単なる実験道具だったことを知った時から、時々そのことを深く考えてしまう。
そして今回の事件は、より一層、ショウにトラウマを植え付けた。
胸が苦しくなり、感情が表に出ようと押し寄せてくる。
その一端として、ショウは鼻をすすった。
「ショウ。」
ナツミの声が背後から聞こえた。
振り向いて見てみると、彼女は優しく微笑みを浮かべていた。
視線を外し、目元を拭う。何も出ていないにも関わらず。
「どうでしたか?」
彼女が聞いてきた。
「…想像通りだったよ。彼女は何も知らない。俺が誰なのかも。」
「…そうでしたか…。」
彼女はショウに寄り添った。
「辛いですか?」
彼女が問う。
「……全然。」
「嘘ですよね?」
彼はそう言われ、黙り込んだ。
彼女はずっとショウの側にいた。だからある程度のことは見破れるのだ。というか、そんな彼女でなくても、今の彼の心情は理解できるだろう。
「辛いときは辛いと言ってくれないと分かりませんよ?」
「…辛くないって…! 俺は…男だ。 そんな、あれ程度が辛いなんて思うわけ無いだろ…。」
分かりやすく彼が否定した。
だが生憎、彼の声は少し潤んでいる。
顔を合わせまいと反対を向く彼の背中を、彼女は優しく抱擁した。
「…正直になってください。私たちは一緒に戦って、今はもう夫婦なんですから。」
「………。」
背中からじんわりと温もりを感じる。
彼女と向き合い、心情を吐露することにした。
そうだ、辛い、と一言だけ。でもそれに付け足すように、
「でも…それでいったらナツミだって…。」
父親は精神寄生生命体に乗っ取られた挙げ句に殺された。そして後に秘密結社に入り、母親と当時幼かった自身も兵器に改造され、その後はしばらくサテルで兵器として扱われてきたのだ。彼女だって辛くないわけがない。
「確かに私も辛かったですよ? でも何よりも辛いのは、私にとって大切なあなたが暗い顔をして悩んでいる時です。」
「……。」
「お父さんもお母さんも、どっちも奪われて…奴隷みたいに戦わされて…。でもね、ショウ。私はあなたと出会ってからというもの、まるで太陽が昇ったみたいに明るくなったんです。」
彼女はそう言うと、自分の胸に手を当て、過去を振り返った。
「 ラータ?」
ぼーっとしていた「ラータ」という名前をつけられたアンドロイドに男が声をかける。
「ぼーっとしてたけど大丈夫か? もしかして疲れてた?」
「いえ、大丈夫です。 疲れていませんよ。」
__ ショウは優しかった。
「まって…今回のエンディアって…?」
「よ、容姿からして……ゴキ…ブリ…ですか…ね…?」
見ただけで寒気がする焦げ茶色のテカり、長い触覚と気味の悪い手足にそれぞれ生えている細々とした毛…よく見たら鋭い爪が生えている上にゴツゴツとした手…。
「嫌だぁぁぁぁあ!! 触りたくねぇえええ!!」
「ま、助手にしては上出来だな。」
エージの手がショウの肩に置かれると、さも嫌そうに払った。
「ゴキブリ触った手で触れるんじゃないよ……。」
「うお!? 忘れてた!!」
エージは自分の太股に手のひらを何度も擦る。
『だー!! 鎧で拭くなよ! 汚いだろ!!』
キドラの声が大きく聞こえた。
__ なんだかんだ、誰かを守るために戦う。
「ショウ、そういえばお前は“ジクティア”ってコードネームでやってんだろ?」
エージが腕立て伏せをしながらきいた。
「そうだけど?」
「俺にもつけてくれよ!」
一旦筋トレを中止させてその場に座り込み、ショウを見る。
「ダンベルでいいって言ったじゃん。」
「言ってねぇよ! もっとかっけーコードネーム付けろ!」
「お前は何がいいのよ?」
「“ドラゴンファイト”なんてどうだ!」
「………………。」
__ 時々お茶目で、
「メリークリスマス!!」
サンタの格好をしたショウが地下室から上がってきた。
「クリスマス!? マジか! パーティーやろうぜ!!」
エージはそう言って起き上がり、急いで外に出ていった。
「エージ! どこ行くんだよー!?」
丁度良いタイミングで部屋から出てきたキドラが急いで彼の後を追って行った。
地下室からもう二人が上がってきた。
「騒がしいクリスマスになりそうですね、ショウ。」
ミニスカートサンタのラータと、
「あーあ。私はなんでこれをチョイスしたんだろ。さーむ。」
同じくミユだ。
__ 皆の中心にいた。
「この並び...最初の頃を思い出すな...!」
肩を回し、首を鳴らした彼は、ジクティアを見てそう言った。
「あぁ...。さぁ、いくぞ、相棒!」
「上等だ! 行くぜオラァー!」
「今からお前に魅せてやる! 最ッ高の勝利を!」
赤と青の鎧を身に纏った平和の守護者...。
勝利を名前に掲げ、誰もが笑って暮らせる世界を心から信じ、願う戦士。
「おいエンディア! そこまでだ!」
よくあるヒーロー番組で主人公の登場シーンに多く使われる台詞と共に、彼が現れた。
__ 正義の勇者
「そんなに暴れたいなら、“ジクティア”が相手だ!」
回想した彼女はショウの目を見て、また微笑んだ。
「…だから、辛いときほど私を頼ってください。ずっとあなたと駆け抜けた私を。これからの人生、ずっと側にいると誓った私を。」
「…ナツミ……。」
彼女はそう言うと、彼の手を握る。
「……うん…。そうするよ…。」
彼の表情に、笑顔が戻ってきた。
何を思い悩んでいたんだろう、と、バカバカしくなってきた。
過去はともかく、今は個性的な仲間たちやナツミがついている。
「…はは…。ルーグとかアライ モモとか出てきて、色々考えちゃってただけなんだ。…考えてても仕方ない。頭では分かってたけど…。」
「ショウ…。」
「…なに、もう大丈夫! おまえのお陰だよ、ナツミ。俺の親とか生まれとか、どうでもいいんだ。…いやよくはないけど、少なくとも今は“それで良い”。さ、改めて気付けたら、もうくよくよしてらんねーよな。」
彼女の頭を撫でると、コートをわざわざばさっとしてから川から離れる。
坂を登ると、茂みに隠れてたエージとアカリの2人と目が合った。
「ダンベル。そこでなにしてんの。」
「あ、ばれた。」
「そりゃバレるでしょーが。通報されてないでしょーね。」
「…されんのか?」
「怪しさMAXなんだからされるでしょーよ。」
エージはスッと立ち上がった。
_ このバカは…まったく変わらないな…。
ショウはふっと笑うと、手を打ち鳴らした。
「さ! 帰るぞー!」
離れたナツミにも聞こえる声で言うと、彼は皆に背中を見せた。
「ちょ、まてよー!」
アカリが言いながら、エージの腕を両手で引っ張ってついていった。
ナツミは本調子に戻った彼の様子に安堵のため息をつくと、急いで彼の後を追っていった。
道を進むと、ショウが立ち止まっていることに気付く。
彼の目の前には、2メートル程の大きさを持つ化物が立っていたのだ。
「ショウ…!」
ナツミは彼のとなりに並んで立った。
「…なんだこいつ…!?」
エージとアカリも身構えている。
真っ黒な体に、ペスト医師のマスクみたいな顔。だらんと垂れ下がる腕はアンバランスに長く、対して足は短い。
そいつはグルル…と呻いていて、ショウらの姿をじっと見つめるや、そいつは大きく咆哮した。
この辺りの住民の一部が窓のカーテンを開け、その化け物を視認すると、悲鳴をあげる。
更にその一部の人はスマホで撮影していたが…。
どのみちコイツが暴れだせば、逃げ出す人々で溢れることだろう。
「ナツミ、アカリ、避難する人たちのこと、頼んだぞ。」
ショウが言うと、彼女らはこくりと頷いた。
変身用のパッドを腕にあてがうと、自動的にベルトが巻かれて固定した。
パワーナイフを起動する。
まだ試験もしていないが…いや、丁度良い。
エージも隣に立ち並び、同じように変身の準備をした。
ナイフをパッドの口にさしこむと、閃光に包まれ、変身を完了させた。
ジクティアと、クレイが登場した。
「大丈夫そうだな。」
「すっげぇ久し振りだ…!」
「腕は鈍ってないでしょうね?」
「あったりめーだろ! いくぜ!」
ジクティアは専用武器、ジクティウェポンのソードモードを召喚して構えると、目の前の化け物に果敢に立ち向かった。
クレイのパンチは、本気を出せば一撃で象5頭を吹っ飛ばして気絶させることができる。ここでフルパワーにしてはどうなるか分からない。若干の手加減をしてパンチすると、そいつは後退りした。
すぐに腕を振り回し、反撃する。
横殴りされ、近くのお家の塀に体を叩き付けられた。
「いっでぇ…!」
クレイはそう言って腰を擦った。
ジクティアの剣による斬撃。
勢いよく一閃すると、黒い液体が飛び散った。
「うげっ…なんだこれ…!?」
反撃が来ると予想し、赤の力を発揮させて俊敏になり、一気に跳躍した。
案の定攻撃をしてきたが、それが命中することは無かった。
「大人しくしてなさいよっ!」
青の力を発揮させ、鉄槌を喰らわせる。
頭を道路にめり込ませてやることに成功すると、追い討ちを掛けようと剣を構えた。
しかし次の瞬間、ソイツの背中がバックリと割れた。
「はっ…!?」
中から現れたのは同じ姿をしているも白色になったソイツだ。大きさも一回りほど肥大化している。
そいつはくちばしのような口を開けると、そこから白色の光線を放った。
肩を掠め、体勢を崩すと、その隙を突いて長腕を薙いだ。
横殴りされ、地面に背中を、叩き付ける。
「く、そ…! 脱皮かよ…!」
「どーすんだ…あいつフツーに強ぇぞ…!」
「わかって……ん…?」
人の気配がしたので、その方向に視線を向ける。
ナツミとアカリだ。彼女たちは周辺住民の避難を促している。が、調子に乗っている若者がスマホでパシャパシャと撮影してはその様子を笑って見ていた。
まるでショーを見る子供のように。
「早く逃げてください!」
そんな彼でも護衛の対象だ。
そんなことしてないで早く逃げろよ…と思っていると、
「っせーな! 別にいいだろ! 俺ら一般市民を守るのが、アイツらヒーローサマの任務なんだろ?」
と茶化すような言い方をした。
ジクティアとクレイはイラッとしたが、聞かなかったフリを決め込もうとした。が、その言葉を聞いたアカリが怒りを込めて拳を腹部にぶち当てた。
スマホを落としたので、彼女はそれを拾い上げる。
「お前みたいなのを守らなくちゃいけない身にもなれよクズ。死にたきゃ死ね。」
見下しながら言うと、そのスマホを握り潰し、その使えない鉄屑を地面に投げ棄てた。
人間に戻ったとはいえ、彼女らのからだの中にはまだアーマーロイドだったころのエキスが染み込んでいる。
なのでさっきのナイスパンチも普通の威力ではないだろう。
でも男が無事ということは、これでも手加減しているのだ。
…嘔吐はしているが。
ジクティアとクレイがそれを見ると、少し背筋をゾッとさせた。
「お前のカノジョ、やべーな…。」
「怒らせたら…殺される……。」
ボソボソとやり取りしていると、化け物の巨大な腕が振り下ろされた。
それぞれの方向に回避しては攻撃を加える。
効いてはいるので、ごり押しでも可能な限り攻撃を加え続けた。
ある程度削ったので、ここで一気に決める。
「クレイ!」
「分かった!」
パッドを操作してエネルギーを拳に集める。
助走をつけてから高く跳躍し、拳を突き出すと同時に解放して敵の体内に膨大なエネルギーを叩き込んだ。
攻撃した部分がそれによって光る。
苦しそうにもがいたあと、爆発四散した。
「エンディア…じゃねぇよな。」
クレイがジクティアの目を見る。
「…ああ。テオスが壊滅した今、エンディアを生成できるヤツはいないはずだ。」
あてもない中思考する2人。
案の定何も分からない。
ここで電話の着信音が鳴った。タクミからだ。
≪お前ら、今どこにいる?≫
「水上家…俺の実の両親んとこだ。何かあったのか?」
≪首相からの集合命令だ。至急、官邸に集まってほしいと。あとはお前ら待ちだ。≫
「…分かった。すぐに行く。」
通話を終えると、クレイが用件を訪ねた。そのまま教えてやると、2人は急いで官邸へと向かうことにした。
首相室に全員が集まっている。
遅れてショウとエージらも到着すると、ルアフ首相が久し振りだねと言って優しく微笑んだ。
「君たちに集まって貰ったのは他でもない。2つの奇妙な事件についてだ。」
「無差別破壊に、精神錯乱ですか。」
タクミがきく。
「そう。破壊活動はいくら捜索していても全く証拠が出てくれない。現場にあった監視カメラにはなにも映らず、ただ何かが抉り取るような形で崩壊しているだけ。精神錯乱は暴徒化した市民を鑑定した結果で呼ばれているも、その経緯は不明。文字通り全てが意味不明だったが…先日、ある人物から情報を貰ったんだ。」
ドアがノックされた。
首相が返事をするとそれは開かれ、一人の男が姿を見せた。
「紹介しよう。彼の名は、麻生 光史。彼が、その情報提供者だ。」
コージと呼ばれた彼はすぐに状況を理解し、ショウたちに会釈すると、首相の隣に移動した。
「首相、例の居場所が判明しました。」
彼は首相に耳打ちする。
「…早速で申し訳ないが、出動してもらえるかな?」
「ええ、それは構いません。ですが、敵の情報の一切が不明ですと手の打ちようが無いと言いますか…。」
と、ショウ。
「自体は緊急を要する。現場に向かいながら説明するよ。なんせ私たちとしても、敵の正体や戦力に関しては不明なんだ。各自、急いで万全にして出動してくれないか。」
なんともむちゃくちゃな気もするが、仕方無い。ショウらははい、と返事をして部屋から出ていった。
現場に向かってバイクを走らせる。
後ろにエージが乗っていて、ナツミたちは家で待機させている。
≪ブリーフィングを始める。≫
無線が鳴る。ダイチの声だ。彼も同じく部屋でショウたちをサポートしているを
≪一連の事件の起き始めは、12月からと見られている。1月中頃から活発化し、今日に至るまで多くの被害を出した。これは透明なエンディアによる被害だという見解もあるが、長らく戦ってきたお前たちなら分かるように、規模が明らかに違う。コージが言うに、この事件にはいずれにも魔法が使用されているらしい。それも人ではない何かの…。ショウ、ヤツの言葉を信じるなら、巷で噂の化物が関係しているだろう。魔法ギャングが戦っている化物…。特定の一帯でしか発生しなかった連中…。きっと偽神が、ここにも現れたんだ。魔力数値が異常値を示しているポイントに目印をつけた。確認してくれ。≫
ダイチの無線が終えると、後ろにいたエージが専用の端末を開いた。
ナビゲーション機能を使ってそこまで向かっている。もうすぐ到着する。
にしてもここは普通の街だ。こんな所にソイツがいるとは思えない。
≪ショウ。≫
後ろに並んでいるタクミからだ。
「どうした?」
≪あれ見ろ。上だ。≫
視線をチラッと上に向ける。
空に浮かぶ城がそこにはあった。目を疑った。そんなことがあるものなのか、と。
絶対にあそこにいる。
≪どうやっていくんだ?≫
カズトが聞いてきた。
「…どうやって…か。必殺のキックで行けないかな。」
≪勢いがつくからそれで飛ぶってのか? はは…そんなことできるのか?≫
「無理だと思う。けど…結局はやってみなきゃ分かんないとしか言えない。」
≪それでも天才かよ。…よし、じゃあやってやるか。≫
一行はここで変身した。
そしてバイクを止めると、変身用のパッドを操作して必殺技を発動させる。
エネルギーを任意の四肢に集中させ、一気に解放するものが基本だ。
「いくぞ…!」
ジャンプし、足を突き出す。
彼らの体は斜め上を目掛けて邁進し、やがて天空に浮かんでいた城の壁を突き破った。
勢い余ってクレイがスッ転んでいく。
蹴破ったことでできた穴周辺の瓦礫ががらがらと落ち、そこから入ってくる空気の冷たさで身が凍えそうになる。
「ダイチ、敵地に突っ込んだぞ。」
≪あぁ、らしいな。ジクティア、ナイフは全部持ってるか?≫
「ああ。ウーペ、パレン、クート。しっかりみんなの分を連れてきた。あと、万が一の為にパッドの予備も。」
≪分かった。目標はその奥にいる。≫
「了解。急いで終わらせる。」
無線を切断すると、隣のウルフがジクティアの肩を叩いた。
彼が指差す方向に目をやると、おびただしい程の異形が姿を見せたのだ。
「…そう簡単には通してくれないのはお馴染みなんだね。」
ジクティアが呆れたように言う。
どうやら一足先にクレイが戦闘を開始していたらしい。ちょいちょい撃破したときに発生する爆発が起きていた。
「俺たちもいくぞ。」
レイシスが言う。
ダーブロルが首を鳴らし、軽くジャンプを数回すると、構えをとって突っ込んでいった。
ジクティアらもそれに続く。
一体、また一体と、呆気なく倒されていく。どうやらコイツらはそこまで強くは無いらしい。
ただ数が多いのが厄介だ。
「キリが無いぞ…。」
「倒しながら進むぞ!」
わらわらと集まっているが関係ない。
とにかく進む。
室内とは思えないほど広い廊下に出た。
奥に繋がると思われる道を進んでいく。
そういえばこいつら、どこかで見たことがある。
さっきクレイと住宅街で戦ったヤツにそっくりだ。でも弱体化しているらしい。
もしかしてここである程度力をためてから地上に降りていくのか…?
…。
だとしたら…マズイ。
地上にまだ沢山いるということになる。
「ダイチ!」
無線をつけてみる。
返事がない。
遅かったか…?
「どうかしたのか?」
レイシスが聞いてきた。
「俺とクレイはコイツらと一回戦ったんだよ。下に居たときは強かったのに、ここのやつは弱いんだ!」
「そういやそうか!!」
クレイが大きな声で言った。
「もしかしたらここで力をつけてから下界に降りてんじゃないかなって…。」
「…地上がこいつらで満たされるかも知れねえってか…。考えたくもないな…。」
ダーブロルが言った。
「言ってても仕方ねぇ! とにかくここを攻略するのが先決だ!」
ウルフが言う。
その通りだ。考えてどうにかなるもんじゃない。むしろここを如何に早く攻略するかに全てがかかっているんだ。
とにかく倒し続ける。とにかく走り続ける。
ひたすらに進み続けると、如何にもな扉を見付けた。
「開くぞ。」
ダーブロルが皆に言う。
「頼む。」
ジクティアがそう言うと、ダーブロルがその扉を開けた。
そこにあったのはひし形の宝石だけだった。もしかしてハズレか、なんて思ったが、クレイは真っ先にその宝石を剣でもって破壊した。
意外と簡単に砕け散り、地面に欠片が転がる。
「あ。」
思わず声が出た。
すると、突然体がふわっと、浮くように軽くなった。いや、ふわっと浮いている。
__ もしかして……。
直感した。
今、城もろとも落下しているのだ。
「アァァァァァ!! クレイテメーー!!」
「俺かよ!」
「オメーだよォ!!」
「どうすんだこれーーーーー!!!」
いや、どうにもできない。
下には街があるというのに、とんでもないことをやらかした。
「おーちーるーー!!」
瞬間、耳に拳をぶちこみたくなるほどの轟音と、強い衝撃が走った。
状況を理解するまでもなく、ジクティアたちはすぐに気を失ってしまった。
気が付くと、辺りは瓦礫に埋まっていた。
「ショウ! 無事ですか!?」
ナツミの声がした。
「…ナツミ…なんで…?」
「よかった…生きてた…。」
ミユもいるらしい。
瓦礫が蠢く音がする。直後、光が目を刺激した。
「おらよ。これで出られるだろ? さぁ、早く出てこい。」
ルーグの声だ。
ショウは言われた通り、その場から抜け出す。
「ショウー!」
アライ モモもいた。
ショウをぎゅっと抱きしめ、大事そうに自分の体に押し付ける。
「くるし……。」
「あぁ、ごめんごめん…! 生きてて良かった!」
「………ここは…?」
「“地獄”だよ。変な化物がこの辺に蔓延ってやがる。少なくとも、恐怖してるヤツもいるらしいし、他の人間にも見えているんだろう。」
空が紫色になっている。奇妙な世界になってしまっていた。
「他のみんなも気絶してて…。かろうじてエージは元気だけど。」
ミユが教えてくれた。
「ルーグ、どう思う?」
「………そうだな。お前たちからすれば、この状況は芳しくないだろう。」
「…だろうな…。」
「だがどうも、こちらの存在は気にしていないらしい。所々に穴がある。」
「穴…?」
「そう。俺は精神寄生生命体だ。ショウ、お前の体を少し借りるぞ。」
「はぁ!?」
声を出したのはアライ モモだった。
彼女はショウを再びぎゅっと抱きしめると、ルーグをごみでも見ているような目で睨んだ。
「まぁ聞け。俺は空間に穴を開けることができる。だがそれには、もうこの体じゃ無理だ。お前らに搾取もされたしな。そこで、長いことアーマーロイドシステムを使っているショウ、お前の体を通して空間には開けんだよ。」
「どうしてわざわざ。」
ミユが睨みながら問う。
「それは見てのお楽しみだ。…ショウが死んだら困るのは、お前らだって同じだろう? 俺も困る。信用ないのは分かるが…そこをなんとかしてくれねぇかなぁ?」
ミユたちは絶対にイエスとは言わない。が、今はノーとも言っていない。
ショウはモモの手を退かし、ルーグの仮面の奥にある目を見た。
「裏切ったらクレイたちが、俺の体もろともにお前を倒す。」
「分かってるよ。俺だって死にたかぁねぇんだ。」
「ショウ!」
モモが叱咤するように強めに言った。
「母さんでもないくせにやめろよ!!」
彼が怒鳴った。
「………。」
「血の繋がりなんてあるわけでもないし…。育ててくれたわけでもない…。死人のクセに…! いい加減に母親面すんのやめろ…!!」
「ショウ。」
仲裁に入ったのはルーグだった。
「………っ。」
「…そうだよね……ごめんね…。」
ハッとした瞬間に罪悪感が襲った。胸が締め付けられるみたいに苦しい。
チラッと彼女の表情を見る。
彼女も苦しそうにしていた。目元をピクピクと動かし、下唇を噛み締めている。
鼻をすすると、彼女は立ち上がって背中を見せた。
「…どこ行くんだよ。」
「……被害、どれくらい出てるか…。見てくるよ…。」
震えた声でそう言うと、足早に去っていった。
「ショウ…言い過ぎでは…?」
「………うるさい。」
「…ま、今からじゃどのみちお前らの体力が持たないだろう。そっちの方が危険だ。こんな状況だしろくに休めねぇだろうが、少しは回復するだろう。他の連中も連れていく。先に家にいろ。」
ルーグが言った。
言う通りだ。身体中が痛む。
何とかして立ち上がり、ナツミとミユの肩を借りながらその場を去っていく。
ルーグはそんな彼の背中を見送ると、一人、空を見上げた。
「さて……いよいよだな…。」
彼はボソッと呟いた。
夜。
深夜になっても、アライ モモが戻ってくることはなかった。
さすがに少し心配になるが、それを表に出すわけにもいかない気がして普通のフリをしている。
どうせ戻ってくる。そう思っていたからだ。
時計が進む度、心配が増す。
「どこにいってしまったんでしょう…。」
ナツミが言う。
「ショウ…一応産みの親なんだからさ…?」
「産みの親ってだけだ。」
「…そうかもだけど…。」
すると、ショウ自室の扉が開かれた。
開けたのはルーグだった。
「ショウ、寝ろ。」
「眠れないんだよ。」
「先生がそんなに心配か?」
「…そんなんじゃ…。第一兵器開発の為に俺が創られたんだ。愛なんて上部だけに決まってる。」
「……今すぐ寝ろ。本当にそうか、夢の中で教えてやる。」
「…は?」
「言ったろう? 俺は精神寄生生命体だ。記憶をお前に流すことなんて造作もない。」
「……眠れねーんだって。」
「精神寄生生命体に不可能はない。嘘みたいに快眠状態にしてやるよ。ほら、寝ろ。」
ルーグがそう迫るので、仕方無くベッドに横になった。
するとルーグの体が発光し、ショウの体内に入り込む。
意識が遠くなるのを感じると、あっさりと眠ってしまった。
海のなかに突き落とされたみたいな感覚を覚えた。
実際、ゴボゴボという音も聞こえた。不思議な空間。
しばらく辺りを見渡すと、景色がボヤけて風景が一変した。
実験カプセルのなかで赤ん坊が眠っている。
空想科学ものの“研究所”にありそうなそれの前に、女が1人立っていた。
__ アライ モモ…。
「ビビー?」
モモは、ビビというその赤子が眠るカプセルに優しくノックする。
「おはよ、ママだよ。」
優しく微笑みながら発した声は、ガラス越しでもその赤子に存在を気付かせた。
ビビはじっとこちらを見つめるが、まだ寝ぼけているのか、半目の状態だ。それすらを愛しく感じ、言葉にできないこの感じをもどかしく思ったが、やっとのことで出たのはため息だった。
「ビビ、今日は特別な日…happy country dayだよ!」
モモは持ってきていた少し大きめの鞄から、2つのプレゼント包みを取り出した。
モモはにこりと笑い、一方の包みを開く。中から出てきたのは、ピンク色のウサギのぬいぐるみだった。
「可愛いでしょ! ビビも気に入るかなって! あ、もう一個はね……!」
一旦先に開封したプレゼントを脇に抱えながら、もう一方を開封する。
「じゃん! 男の子らしい色!」
中から出てきたのは水色の…ウサギのぬいぐるみだった。
「…えっと…ほんとは猫とかが良いって分かってたんだけどさ…その……たまたまこれしかなくて……。はは……。…さぁこの2つのぬいぐるみのうち、どっちが良い?」
脇に抱えていた薄ピンクのウサギと、今開封した水色のウサギのどちらもをビビの目の前に近付けた。
赤子はただ変わらず、きょとんとしている。
「ふむふむ、そうかそうか! ビビは両方欲しいんだね! この欲張りさんめー!」
モモは笑顔でそう言うと、ビビがいるカプセルの前にそれらを置いた。
「ビビ、新しいお友達だね! この前は確か…蒼いドラゴンさんに、黄色の虎さん…紫色のサメさんと…あとは……そう、灰色の狼さん! …あれ? 紺色だっけ…?」
__ …あれ…? その並び……。
「…あちゃぁ…もう時間か…。ビビ、また明日会おうね。ちゃんとお友達も連れて来るから、お利口さんに待ってるんだよ? 」
モモはカプセルにキスをすると、
「愛してるよ」
と言い、ぬいぐるみを回収してその場から去った。
…景色がボヤけ、また場面が変わる。
「それってどういうことなの…!? レイトさん…!!」
ここは…さっきとは違った施設らしい。
薬品を扱う研究をする場所のようで、薬品棚のなかには着色されている液体がビーカーに入って詰められていた。
「分からない…きっと俺たちの邪魔をしようとする奴らの仕業だろう……。」
「嘘だ…嘘だ嘘だ…そんな……水上さんたちが……信じられないよ………。」
「ミクさんは点滴の内容物が相違して死亡……シンスケさんは交通事故で死亡…。どう考えても誰かの仕業だ…。」
景色がボヤけて場面が変わる。
今度は…廊下に出た。
モモともう一人、若い男性の姿が見えた。
「……レイトさんが自分の娘さんを人柱に使う…とかなんとかで。さすがに非人道的じゃないかなーってことでみんな__ 。」
モモは耳を疑った。今入った情報を疑った。
“あの”レイトが自分の娘を、いわば“生贄”も同然の扱いをしているだと?
彼女は***が喋り終える前に走ってどこかへと向かった。
走り進んだ先、そこはいつもレイトがいた兵器関連情報が保管されているラボだ。
ドアを開け、彼を探す。見当たらない。
「レイトさんどこにいるの!!」
大声で呼んでみる。薄暗い部屋からの返答はない。舌打ちし、ドアを閉め、どこにいるかを考察してみる。思い付かない。彼は気分屋で、ある日は外へ出掛けるし、ある日は出勤すらしない。(裏社会なので咎められたりはしないが…。)
すると、突然走り去った彼女を心配して追いかけてきた***がどうしたのか尋ねてきた。
「あいつはどこにいるの。」
「あ、あいつって…レイトさんのことですか……?」
「良いから早く教えなさい!!」
彼の胸ぐらをぐっと掴んで大きく揺する。
「わわっ…! 分かりました分かりました! 多分ビビの居るところじゃないですかね…!?」
「…!? うそだ…どうしてそう思えるの。根拠を詳細に簡潔に分かりやすく教えなさい!」
「モモさん落ち着いて!!」
彼女の腕を振りほどき、肩を持つ。目を覚ませと前後に揺らすと、彼女はさっきよりも落ち着いた様子になった。
「レイトさんといいモモさんといい、最近おかしいですよ…? まったく…。」
「取り乱してごめん…。けど急がなきゃいけないの…。」
「…レイトさんがビビの所にいると思う根拠…ですよね? 最近のレイトさん、ビビのバイタルチェックを事細かにしてるような気がして…。今みたいな時間に。」
「…バイタルチェックは私の担当のはずでしょ…!? どうしてあの人がやってるの…!?」
「……さぁ…? たぶん保育カプセルのメンテも含めているんじゃ…?」
「…わかった…ありがとう…。」
モモが目をつむって少し深呼吸をする。さっきよりもより落ち着いたので、ビビのいる場所へ向かおうとした。
「待ってくださいモモさん。」
***が呼び止める。
「どうする気…ですか…?」
「…どうする気って…?」
「レイトさんが娘さんを人柱に使おうとしてること…。…ビビのバイタルチェックを入念にしていること…。…そもそも後者から察するに、あの人はあの赤子すらも人柱に使う気だと思えます。」
「………。」
「ビビの名前が出たとたん、冷静さが消えましたよね。」
「……………………。」
「…“どうする”気……ですか…?」
景色がボヤけた。
ゴボゴボと音がする。
しばらくしてから場面が浮かんだ。
「……。」
あの子を逃がした後は自分の家で一緒に暮らす。あの組織ともおさらばだ。赤子の服やら哺乳瓶やらは既に買ってある。2人で隠居生活をしつつ、装置を作ろうと思った。
アーマーロイドを組織に提供するつもりはない。これは連中が力を悪用したときのための抑止力として機能するのだ。
「もう好きにさせない……。」
モモはこの日、作戦を実行する覚悟を決めた。
__ 覚悟を…決めた…?
ゴボゴボと音がすると、場面が一気に変わる。
彼女がビビを回収してもうひとつのカプセルに移行させた。
ついでにチューブをもう一方のカプセルに接続し、薬液を貰う。それには酸素マスクも付属しているので、液が一杯になる前につけてあげた。これで全て整った。
……………………。
出口はもう目の前だ。最後までやり過ごせたようで、安堵の息を吐く。休むことなく早歩きでこの施設から出ようとしたが…。
「待てよ、モモセンセー。そりゃねぇよな。」
背中がゾワッとした。背後から声が聞こえ、ゆっくり振り向く。
レイトが兵隊を6人も連れてそこに立っていた。
「なぁ、モモセンセー。あんたが持ってるそれ…返してくれるか?」
「…なんのはなし…?」
「とぼけるなよ。俺が何の考えも無しにお前を泳がせていたとでも?」
「………どういうこと……?」
「お前はやたらビビのバイタルチェックに時間を掛けていたな。それほど自分が産んだガキが可愛いらしい。」
兵隊の機関銃がモモの背中に向かれている。レイトの合図1つで全員が引き金を引く。何の防具も身に付けていない彼女は確実に死ぬだろう。
「……あなたに私の何がわかるの。」
モモが言う。
「…フフフ…つまらねぇこと聞くなよ…。なぁ、ビビの両親が死んだのは何でだと思う?」
「…!」
「お前に兵器開発を一任したのは、ほんとは誰だと思う? 全てを見透かし、お前のようなクソみたいな正義感を持つヤツを、人形みたいに好き勝手やってたのは誰だと思う……?」
「…。」
「“俺”だよ……。」
彼の言葉のみが脳に入った。そしてそれが、モモの逆鱗に触れた。
「……キサマァァア…!!」
「笑いが止まらなかったね!! 全てが俺の描いた通りなんだからさァ!!」
レイトが高笑いした。
モモは怒りに震えているが、ここで深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「……さぁ…どうだろうね…。」
モモが呟いた。
「ぁん……?」
ポケットに忍び込ませていた、もしものための銃を取り出した。
「なんだ、それで俺を撃つのか?」
「違う…。こうする…。」
ハンマーを引き、ビビが入っているカプセルに銃口を向ける。
「撃てるもんなら撃ってみろ。」
銃口を地面に向け、引き金を引く。弾丸が床を貫き、穴ができた。
「私は本気…。正義感を持ってるからこそ、人柱の数を減らして中断させるって手段もあるのよ……。」
「…チッ…小癪な…。」
兵隊たちに“待機”のサインを出す。
「何がしたい…。」
「私たちをここから逃がしなさい。」
「それはできないね。」
「なら…ビビを撃つ。」
「それも困るな。あんたも優秀な人材だ。俺は失いたくないと思ってる。」
「なら逃がして。」
「はぁ……。じゃあ…仕方ないよな…。」
再びサインを出した。“射撃用意”だ。
「…ごめんねビビ……。酷いことしてごめん…。けどもう少しだけ…もう少しだけだからね…。」
__ …………っ。
モモは銃口をレイトに向けた。
「…………。」
後戻りはできない。これが正しい選択だとは言えないだろうが、ビビを守れるなら、と、自分の死を覚悟した。
「………………………。」
緊張が走る。そしてついに_ 。
__ やめろーーーー!!
何発もの銃声が響いた。
体に穴を作られ、赤色の液体を大量に吹き出しながら、女が倒れた。
その腕の中には愛しの我が子が寂しそうにその顔を見つめている。
__ おい…! おい…しっかりしろよ!!
「ビビ……ごめんね……守るっていったのに……。」
苦しみで歪んでいた顔が、安らかなものになりつつある。
__ そんな顔しないでよ…! お願い…。
「…結局……水上さん…たちにも…嘘…ついたみたいに…なっちゃった………。」
ビビが手を伸ばし、カプセルの壁に触れた。
「あなたは…vivi…“生きる”人…。ビビ…お願い……。」
__ ………なに…?
「平和…。みんなの夢…。……あなたの夢………。未来に向かって…。」
__ ………っ…。
水上 翔。
その名前の由来は、未来に向かって翔ぶ者であれ。
だが皮肉にも、多くの人たちから翼を奪った者に長年呼ばれた名前だった。
__ ごめんなさい……母さん…。
ショウが呟くと、視界がぼやけていった。
それはきっと、今涙を流しているからではない。
ゴボゴボと音がする。
そして光を感じると、体が浮遊するような感覚を覚えた。
命を張って、自分を逃がそうと、守ろうとしてくれていた。
結局失敗はしたが、彼女は自分のために危険を冒したのだ。
翌朝目を冷ますと、枕元が濡れていた。
ああ、めちゃくちゃ泣いてたんだな、と思った。目が腫れているように感じる。
箱ティッシュを取りに行き、鼻をかむ。
そしてしばらくしてからまた涙が溢れてくる。
自分の発言を思い出したのだ。
なんてことをしてしまったのだろう。
ティッシュを取り、顔を隠しながらまた泣く。
「ショウ…?」
ビクッとした。
思わず顔を上げる。
「……怖い夢でも見たの…?」
アライ モモがそこにいた。
帰ってきていたらしい。
「…………なんでも…ないよ…。」
「…すごく泣いてるじゃん。」
「……………ごめんなさい…。」
「…え……?」
「…ひどいこと言って…ごめん…。」
また声が震える。
一度感情を抑えられず解放すると、何故か続けて押し寄せてくる。我慢ができず、涙が流れてしまう。
「いいんだよ…? 私はもう気にしないから…。」
「………。」
いたたまれなくなって、愛しのビビを抱き締める。
「…本当のお母さんなんかじゃないけど…これくらい、していい…?」
「………うん。」
初めて、ショウが抱き返す。
とても暖かい。
優しい温もりと匂いがした。
母さん、と呼んでみたいけど照れくさい。
モモはそんな彼の頭をポンポンと撫でた。
「一件落着。」
その様子を、ルーグたちは上の階から静かに見ていた。
「…アンタが仲裁……ねぇ…。」
ミユがじとーっと見つめながら言う。
「礼には及ばない。」
「誰が言うもんですか。」
ナツミが言った。
「…親子愛、ねぇ。ナツミ、どうだ。レイトの体だぞ?」
ハグをしようと両腕を広げた。
「殺しますよ?」
冷たい視線を浴びせてやる。
「ジョーダンだよ…。」
と、しゅんとしながら引っ込んだ。
準備は万端だ。
白いセーターの上にベージュのトレンチコートを着込む。
エージも黒の長袖を着て、準備体操していた。
緑色のジャンパーを着ていたカズトと、グレーのコートを着たタクミ。そして赤色のセーターオンリーのダイスケ。
それぞれの変身パッドもパワーナイフも全てが揃っている。
「さて、お前らが城を地べたに落っことしたお陰で奴さんが現れた。俺の調べによれば、アイツはカーリーっつーらしい。最初からマジでかからねぇとお前らも殺られる。その前に奴を倒すぞ。」
ルーグがブリーフィングをした。
「お前が仕切ってんなよ。」
エージが突っ込む。
「いーじゃねぇか。楽しくやろうぜ。ダイチは首相官邸から支援してくれるらしい。」
「…分かった。…いくぞ、みんな。」
ドアを開け、いざ戦場に赴く。
エージ、ダイスケ、カズト、タクミ、ルーグの順で外へ出ていった。
「ショウ。」
モモが声をかける。
「…無事に帰って来るんだよ?」
「……うん。分かってる。」
彼はナツミとミユにも視線をやると、にこっと微笑んだ。
「…いってきます。」
「いってらっしゃい。」
モモが返す。ショウは少し照れ隠しで笑うと、みんなの後を追った。
目的地はダイチが記してくれている。
そこまで各々バイクや車で向かっていた。
もう少しで着くというところで敵が立ちはだかった。
「ちっ…面倒だな。」
カズトはそう言いながらパワーナイフを構えた。が、後ろから発砲音がした。
振り向くとそこにはミユの姿があった。
「ミユたん!?」
「背中は任せて!」
他にもナツミら、元アーマーロイドの面々がいた。
「大丈夫かよ?」
ルーグが言う。
「こんなやつら程度ならいける!」
ホノカが親指を立てて見せた。
「エージー! カーリーとか言うやつ早くブッ飛ばしてこーい!」
アカリだ。
「タクミくん、旦那を支えるのが妻の仕事だよ?」
ミホが逞しく見えた。
「早く行けよ。」
…紫色の髪の女の子がいた。
「…誰………??」
「てめー! 喰い殺すぞ!!」
「…まさかローナか!?」
ローナはダイスケの相方だったヤツだ。
攻撃力に超特化しているとんでもないバーサーカーだ。
知っている限りでは人間に戻らないと言っていたらしいが…。
「カリンだ! 覚えとけこのやろー!!」
「…ウッソだろ結局人間に戻ったのかよ…。」
「ショウ、ここは私たちに。」
「…無理だけはするなよ?」
「お互い様です。」
「…頼んだ。」
「はい。お気を付けて。」
ナツミがカーテンシー方式でお辞儀をして彼らの背中を見送った。
再びハンドルを捻って先へ行く。
真っ直ぐの道をひたすら進み、特定のポイントでバイクを止める。そこには以前まで天空に浮かんでいたお城が、地面に墜落してしまっていた。
ここに、カーリーがいる。
また探すところから始まるのか…と思ったが、全身が真っ赤な鬼のような形相をした人型の化物が姿を見せた。
見たところは約5.5mはある。
そいつはジクティアたちを見るに、すぐに戦うべき相手だと判断したのか、握りこぶしを作って構えた。
「さて…ここからがクライマックスだ。いけるか、ジクティア?」
ルーグが言う。
「ああ…。」
緊張感が走る。
見ただけなのに相手のおよその強さが分かるからだ。1人では勝てない。
「いくぞ!」
6人の戦士が駆け出す。
ダーブロルのマチェットとクレイの剣が同時にカーリー目掛けて斬撃する、が、命中しなかった。むしろ彼らの刃が届くことなく、後方に蹴り飛ばされてしまった。
ウルフが爪状刃で攻撃する。
それ自体は当たらなかったが、機転の効かせた回し蹴りを喰らわせた。
そしてレイシスがそれに続いて、彼は高く跳躍して直接顔面にキックした。
が、まるで効いていないみたいにウルフを蹴飛ばし、レイシスを掴んでは他所にぶん投げた。
直後にカーリーの目から光線が放たれる。
ジクティアとルーグを狙ったらしいが、命中しなかった。
先陣切ったのはルーグ。彼は丸腰の状態でカーリーに挑んだ。
拳を2連打、蹴りを喰らわせるもびくともしない。
「ちっ…! やっぱかてぇな…!」
カーリーの攻撃を全てスルリとかわし続ける。カウンターを叩き込むが、どうやら効いていない。
こりゃ参ったな、と内心思った。攻略はどうも難しそう。
体勢を崩した一瞬でアッパーを入れられる。いや、寸でのところでなんとかボディーをガードした。とはいえ、空中に身体を投げ飛ばされてしまった。
そのまま浮遊し、舌打ちする。
「遠慮はいらねぇってことか…。」
ルーグ目掛けて攻撃しようとした瞬間、カーリーの胸部をジクティアが一閃した。
「どうだ…!」
なんともないといった様子で、ジクティアの顔面をぶん殴った。
ドォンと派手な音を出しながら転がる。
「ウォオオオオオオオ!!!!」
クレイが雄叫びを上げながら突貫した。ダーブロルは剣にエネルギーを集中させ、一瞬で間合いをつめてから斬撃した。
効いている様子もなく、ヤツは拳を掲げてそれを振りかざした。
振り下ろされる刹那、クレイの刃がその腕に斬撃する。
勢いで地面にそのまま転がった。
その甲斐あってカーリーが一瞬怯む。
ダーブロルはその隙をつき、膝の部分をもう一閃した。
攻撃されたことによってバランスを崩したが、すぐに立て直す。そして攻撃したダーブロルに狙いをつけると、拳を振り下ろした。
予感がしたのでその場から急ぎ退却する。
振り下ろされた鉄拳は地面を穿ち、その威力は周りに衝撃波を生んだ。
それのせいで受け身に失敗し、転がる。
「こっちだ!」
ウルフが声を上げる。
気をとられたカーリーがその方向を見るが、そこに彼はいない。
振り向かれる前に特有の能力で逆方向へ走ったからだ。もちろん死角を行った。
跳躍し、カーリーの背中を引っ掻く。
6本の線がクロスに刻まれた。
ここでウルフがあることに気付いた。まだ推測の域を出さないが。
レイシスは必殺のキックをお見舞いしたが、一騎討ちしたあとに押し返されてしまった。
緑色の矢がカーリーに被弾した。
「“デストロイ・フィニッシャー”!」
ジクティアには特別な機能がついている。ラータの能力をベースに、他のアーマーロイドの力を上乗せすることができるといったものだ。
今はパレンの力を使い、専用の武器、ブレイクアローで攻撃したのだ。
必殺技を発動させ、それで攻撃したが、どうも効いていない。
「ちっ…!」
目が光り、仰け反った。光線を放つようだ。
「クート!」
パワーナイフを入れ直し、武器を改めて手にする。
クートの能力の大きな特徴は、空を自在に飛べると言う点だ。翼を展開して空に飛び、光線を避ける。
専用の武器はグレネードランチャー。
狙いを付け、引き金を引く。
空から放たれたグレネード弾がカーリーに直撃。が、その腕を振り払うことで煙を退かし、目から光線を放つ。
自在に空を飛んで避けつつ攻撃する。
「“バレットフィニッシュ”!」
特大のエネルギー弾を発射する。大きな爆発を起こしたが、ヤツは平然としていた。
そんなことは想像していた。
だから発砲した直後にパワーナイフを入れ替えた。
「ウーペ!!」
専用武器は、拳。
「“ナイトメアクラッシュ”!!」
エネルギーを右手に集中させ、カーリーの怖い顔にぶち当てる。
手応えがあったが、反撃の拳を当てられてしまった。
後方にすっ飛んでいくが、ルーグが彼を受け止める。
「あっ…。」
「礼には及ばない。」
「言わねぇし!」
「連れないねェ。」
ダーブロルらが悪戦苦闘するなか、ウルフが2人の元に行った。
「お前ら、聞け!」
彼が言った。
「なんだよ?」
「あいつに攻撃が通じないと思っていたが、どうもそうでもないらしい。」
「どういうこと?」
「傷はできてんだよ。アーマーがあるとかそんなんじゃない。そもそも痛みが感じないんだ。だから高威力のレイシスの必殺技は通じないのに、勢いのあるクレイの斬撃は効いたんだ。ダーブロルは膝を一閃して、それでも一瞬怯んだ。」
「なるほど。なら、相手を吹き飛ばす程の“圧力”が大事なわけだ。」
ルーグが言った。
「ジクティア、空のパワーナイフとパッド、あるか?」
「……あるけど…なにすんの…?」
「アイツを倒す方法、思い付いたんだよ。その為にはまず、その二つが居る。そして、お前の体を借りたい。」
「……そういや言ってたな。…わかった。」
「よしきた!」
ルーグはジクティアに手のひらを向けた。すると赤色の光がジクティアの体内に入り込むと、ルーグの姿は普通の黒崎 黎人のものに戻ってしまった。
彼は気を失っているのか、その場に倒れ込んだ。
「さぁて…。」
ジクティアの顔で、ルーグの声がした。
ゆっくりと顔を上げると、予備として持ってきていたパッドを左腕に装着した。空のパワーナイフを差し込むと、右と左のパッドがそれぞれに共鳴し合う。
「さぁ来い…。エル・シーヴァ!!」
左腕を高々と上げると、天空に大きな穴が空いた。それはかつて見たことのあるものだった。
その穴の中からはエル・シーヴァが現れ、再びこの世界に舞い降りる。
それを回想するかのように、同じくそこから彼女が姿を現した。
「フフ…さぁて…ここからだ…。」
彼女にパワーナイフの穂先を向ける。すると赤黒い光がその中に吸収されていった。
カーリーがそれに気付き、目から光線を放つ。
エル・シーヴァは何もしていないのに、その光線は彼女に命中することなく途中で消失した。
彼女はにこりと、笑っていた。
ジクティアはパワーナイフとパッドをセットにしてレイトに向けて放る。そしてジクティアの体から赤色の光が抜け落ち、レイトの元に戻っていくと、再びルーグの姿になる。
「ルーグお前…!」
「まぁ見てな。…“アームド”…!」
パッドを装着して変身する。
ルーグの最終形態。シヴァレスだ。
「ガーディアンズの中に、俺以上の力を持っているヤツはいない。が、ジクティア。お前には俺と同じステージにいける権利がある。最終手段にしていたストロフのナイフを見てみろ。」
彼に言われた通りにする。
ストロフとは、ジクティアが使える中で最も攻撃能力に長けている物で、暴走の危険性が大いにあったものだ。大いにあった、ということは過去形で、今はその力を掌握できている。
そのストロフのナイフが変化していた。金属光沢のような艶のある黒だったのに、それすらないマットな黒になっていた。他、血液を彷彿とされる模様が禍々しく描かれていた。
なんだこれ…。
エル・シーヴァがジクティアの隣に降り立つ。相変わらず高身長な女性だ。
「そいつを使ってみろ。もしかしたら、俺を越えるかもな?」
ルーグの言うと、ジクティアは半信半疑になりつつもそのパワーナイフを起動させた。
パッドの挿入口に射し込むと、瞬間でビリッと身体中に強い電流が伝わるのを感じた。ビクッとし、その痛みと苦しさに思わず膝を地面につけてしまった。
赤黒い光が現れ、ジクティアの体を包み込む。やがて内側から虹色の光に変化していくと、弾け飛んでいった。
姿を現したのは、ルーグを葬った奇跡の姿、守護者に似て非なるアーマーを装着ジクティアだ。
純白な鎧が、漆黒になっていたのだ。ストロフにも似ている。
“シヴァレス=ジクティア”。
「これは…?」
「光と闇。ラータベースとは違った、配合鎧だ。その力、実際に試してみるんだな。いくぞ?」
「……上等だ!」
2人が高速移動し、光の線が軌跡を描く。
カーリーがダーブロルを掴み上げて攻撃しようとしたので、とりあえず蹴る。一発のただの蹴りとは思えないほどの威力に、カーリーの体が宙を浮き、ダーブロルを手放した。投げ飛ばされる形でとんでる彼をエル・シーヴァが受け止めてくれた。
「なっ…!?」
「うふふ♡」
驚く彼に、彼女は優しい笑顔を見せた。その笑顔が恐かった。
ジクティアとシヴァレスが交互にカーリーを攻撃する。そのあまりの衝撃と速度に、カーリーの体が徐々に浮かんでいく。
「ほら! パスだぜ!」
シヴァレスがキックする。
飛んできたカーリーを、何度も攻撃してから地面に叩き落としてやった。
ガーディアンズが集まっているので、そこに着地する。
「あー! いーなー! またパワーアップしてやがるー!」
クレイが言った。
「言ってる場合かよ? 奴さんはまだピンピンしてやがんだぜ?」
「一気に畳み掛ける! 最大、からの大っ大っ大ッッ出力だ!」
ジクティアが言った。
全員が返事すると、それぞれ利き脚にエネルギーを溜め込み始める。
跳躍し、クレイ、ダーブロル、レイシス、ウルフの順で奴の体にエネルギーをぶつけていく。ただこの程度ではやられはしない。
1人の必殺技が命中する度に宙に上がっていく。そうすることでガードしにくくするのだ。
その先、上空でシヴァレスが一足先に待機していた。ワープを使ったのだ。そして膨大なエネルギーを溜め込んだその足でキックすると、真っ直ぐ向こうへ飛んでいった。
「トドメを刺してやれ! ジクティアー!」
「ハァアーーッ!!!」
ダッシュし、勢いをつけてからジャンプする。シヴァレスが使っていた剣を手にし、カーリーの胴体を一閃した。
『…………!』
ゆっくりと自身を斬り抜けたジクティアを見る。
何かを感じたのか、カーリーの表情が若干緩んだ。
そしてヤツは、直後に大きく爆発した。
上手く着地し、周辺を見てみる。
どうやら本当にやったらしい。
「よっしゃー! かったー!」
クレイが嬉しそうに両腕を上げた。
「はぁ…。」
ジクティアがため息を吐くと、脱力したみたいに地べたに座り込む。姿はいつものものに戻っていた。
「…こういう道も、あったんだな。」
シヴァレスがボソッと呟いた。
「あん?」
レイシスが反応する。
「…何でもねぇよ。はははっ!」
「笑ってんじゃねぇ。」
ウルフがシヴァレスの背中を蹴った。ダメージもなければ衝撃もない。
終わったんだ。今度こそ。
空を仰ぎながら内心で思う。
と…。
「お前…!」
ダーブロルの声が強張った。何があった?
起き上がってみると、そこにはコージの姿があった。
「あんた…手に持ってるのはなんだ……!?」
どう見たってジクティアらの使っている変身パッドだった。
嘘だろ…あれを持っているのはガーディアンズしかいないはずだ。どうして彼が…?
「助かったよ、ガーディアンズ諸君。これで計画は次の段階に行ける。」
コージが言った。
「面倒事は御免だぜ?」
シヴァレスが彼に手をかざすと、衝撃波を放った。生身の彼が喰らえば木っ端微塵になると思われるので、手加減はしている。が、後方に吹っ飛びくらいはするだろう。
しかし予想と反し、彼はバリアを張って自身を防御した。
「無駄だ。お前たちには見えないだろう? この私の力…。“化神”…!」
「バケガミ…だと…?」
「破壊者カーリーの力は…この私の目的を達成するための礎となる!」
パワーナイフを天に掲げると、そこに赤い光が集中していくのが見えた。
「アッハッハッハッハッ!! 次は…ニュクス…!!」
眩い光がジクティアらガーディアンズの眼を強く刺激した。
それが収まり、視界が戻る。
周りがエンディアどもで溢れていた。
「…やれやれ…。俺も主犯の時はこうして時間稼ぎしてたけど…メンドクセェ上ウゼエことしてたって今分かったよ。ジクティア、これ持っていけ!」
自身の使っていたナイフを彼に投げ渡す。
「ニュクスとやらの場所はダイチに聞けばわかる! きっと同じくしてどこかで戦ってんだろうよ!」
「なんでわかるんだ!」
「急にデケェ気配を感じた…。西だ! 西の方向真っ直ぐに行きゃ、そのうち出会う! ここは俺らに任せて、お前はさっさと行け!!」
シヴァレスが身構えた。
「こいつの言いなりなのは気になるが…言う通りだジクティア!」
「さっさとコージのヤツを取っ捕まえろ!」
レイシスとウルフが彼に言う。
「……わかった…!」
ジクティアは彼らに背中を預け、ニュクスが居ると言っていた西へ向かった。
To Be Continued
To…
英雄之仮面 Android & 化神
ゴーストアーマー