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虚飾ノ命

12/27。

イルミネーションが飾られ、白い雪がその色を際立たせる。

世間はもう年明けムードだ。

12月の下旬というのは毎年ながら忙しない。

深海(フカミ) 波瑠(ハル)

彼は今、そんな街の様子を病室の窓から見下ろしていた。

この質素な部屋を彩るは花瓶に飾られた色取り取りの花たちだけで、あとは何もない。テレビもいい暇潰しになりそうな面白い番組はやっていなかった。

ただ連日、突如現れた謎のお城やら、街中に現れた未確認生物による暴動と、それを鎮圧するために戦った少年少女の魔法ギャングたちのニュースばかりが取り上げられている。

謎のお城…。

覚えている。

それはこの人間の世界を我が物にしようと画策した死神の王、ネクロマスによるものだった。奴は配下であるヤルダバオトの能力を使って虚飾の世界を作り、一般市民の言うバケモノ=偽神(ぎじん)を世に解き放った。

ハルは魔法ギャング組織のひとつであるTHE SHADOWのリーダーである。彼は仲間たちと共に諸悪の根元であるネクロマスを討ちに、虚飾で世界を覆ったその時に創られたお城に突撃した。

ハルが入院しているのは、そのせいだ。その無茶をした結果、1ヶ月は昏睡していたらしい。

今日で覚醒から2日。彼はその間、ただ恋人であるレイスや、家族、友人、みんなに心配をかけさせてしまったことを悪く思っていた。

ふと窓を見ると、空から白く綺麗な雪が降ってきていた。よくこれを妖精と例えることが多い。

窓にひたりと張り付き、すっと溶ける。白き妖精が残したのは、ただ一滴分の水分だけ。

白い…雪…。

机の方に目をやると、そこにはキーホルダーが置いてあった。

描かれているのは一輪の花。その花びら一つ一つがそれぞれ、THE SHADOWのメンバーのイメージカラーに染められていて、とても個性的なものになっている。しかしその花びらは9枚で、1枚足りなかったのだ。

1枚足りない…か。

ハルはそのキーホルダーを手に取り、変に白く塗り潰され、無かったことになっている欠損した部分を指で撫でた。

あの時、これをくれた彼が言った。なんで持ってたのかは自分も分からない…と。

…彼の名前はコハク。

泉宮(いずみや) 琥珀(こはく)

彼は…。

いや、彼こそが、ネクロマスをその身に宿す者だった。

ハルたちを敵に売り、始末しようと企てていた裏切り者だった。

いつもはかわいらしかった彼が感情を爆発させ、そんな本気の状態で一度やり合ったことがある。

ハルはコハクに対して殺意も、或いは絶対に許さないというある種の恨みや憎しみ等も抱かなかった。彼が感じたのは、助けたい、という思いだ。

しかしそれは叶わず。

ネクロマスに利用された彼は、いや、それに反逆した結果、彼は命を落としたのだ。

事切れる寸前、彼がハルに渡したのがそのキーホルダーである。

あの時、コハクを助けられたら…という後悔だけが不意に脳裏を過っていく。

恋人のレイスが見舞いに来る時は表に出さないようにしているが…。どこか寂しそうにしていたのだろう。彼女はただ黙ってハルに寄り添うのだ。

いかんいかん、と首を横に振る。

キーホルダーはまた机の上に置き、彼は入院ベッドの布団にくるまった。



1/4。

ハルは退院した。

家に入った瞬間から、退院祝いパーティー兼ネクロマス撃破の打ち上げが始まった。

ケーキやらチキンやら、みんながお金を出しあって並べられた食べ物に、そして何よりずっと一緒に戦ってきたTHE SHADOWと、彼らに力を貸してくれた神々の合計17人で行われた打ち上げは忘れることのできない思い出になった。さすがに部屋は少し…いや、だいぶ狭く感じたが……。

夜。

皆が帰ってしばらく経つ。

レイスは一足先にベッドで横になっていた。

パジャマに着替えるとき、ポケットに何か入っていたのが分かった。

取り出してみると、それはコハクから譲り受けたキーホルダーだった。

心の傷が抉られたような感覚がした。

“もう、コハクとは会えないのだろうか”。

…いや、その答えは既に分かっていた。

彼はハルの身代わりに、自分の命を糧にしてネクロマスを封印した。生きているなんてあり得ない。

もし会えるとしたらきっと夢の中だ。

あのとき、最期に彼が流した涙は嘘偽りのないものだったはず。

「…………コハク…。」

やるせない気持ちがハルをおそった。

考えていても仕方がないので、ハルはそのキーホルダーを棚の上に置いて床についた。



1/13。

11時頃。

今日は皆と会う約束がある。

「ハル、久し振りのおうちのベッドはどうだった?」

レイスが聞いてきた。

「レイスちゃんの寝顔がかわいかった。」

「なっ…!? ばか!」

照れ隠しでハルをパンチする。当然手加減をしているので痛くも痒くもない。ただポンポンと肩を突かれているだけだ。

「おいおい早速見せつけてくれるなー。」

スポーツ刈りでオレンジ色の髪の毛…シュンスケだ。

彼はジャンパーを着て両手をそのポケットに突っ込んでいた。

細目になって2人のイチャイチャの一部始終を見ていたらしい。彼にとっては…。

「リア充爆発しろー!!」

シュンスケが辛そうに言った。

「うるっさいなーシュンスケ。周りの注目浴びるのは勘弁して欲しいんだけど…。」

「こんにちわ、みなさん!」

リオンとテンは一緒に来たらしい。

「思い付きでこれからリブルーの遊園地って…。私とサツキに関しては受験生なんだけど?」

「なんだかんだリオンさんは来てくれていますけどね?」

テンはクスッと笑って言った。

言われた彼女は

「…まぁ……。」

と、頬を若干赤らめて一言言った。

「さてと、あとはユウとミサキとサツキとチアキか?」

シュンスケがスマホを確認する。

「やだなー。ボクのこと忘れないで欲しいよー。」

聞き覚えのある声がした。

独特の話し方に、この声…。

振り向くと、確かにそこに、彼がいた。

「おっ、わりぃわりぃ! 今ついたのか__ ?」

そんな、まさか…。

そこに立っていたのは、小柄で成長しきった様子を感じさせない男の子…。

「コハク…!?」

死んだはずの彼が、いま、ハルの目の前にいる。

「じゃああとユウたちを待つだけだな!」

シュンスケが言った。

待ってくれ。おかしいと思わないのか…?

「どうかしたのハル?」

リオンが声をかけてきた。

「…なんで…コハクが…?」

「なんでって…仲間だからでしよ?」

不思議そうに彼女が返した。

いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。

「ハルさん…大丈夫ですか?」

どうやらシュンスケだけじゃないらしい。

ハルはなんとか誤魔化してからコハクの目の前に立った。

「どうかした?」

男というより女の子といった方が適切だろう、その可愛らしい顔立ちでハルを見る。

そして何かを察したのか、彼の表情が一変してシリアスなものになる。

「えー仕方ないなー! ハルくんがどーーしてもっていうなら良いよー?」

わざとらしく、シュンスケたちに聞こえるように言った。

「ん? どうかしたんか?」

「ハルくんがー、どーしてもー、ボクと一緒にジュースを買いたいって言うからさー、ちょっと2人で行ってくるねー!」

「お前らほんとに仲良いよなー! いいぜ、行ってこいよ! ユウたち来んのまだかかるだろうし。あー、俺コーラね!」

シュンスケが親指を立てた。

「急ぐよ。時間が惜しい。」

コハクがハルにだけ聞こえる声で言った。そして服の裾を捕まれ、強引に皆から離されてしまった。


比較的人気のあまりない抜け道にハルを連れてくると、コハクがその裾を離す。

強いて特徴を上げるなら、それは近くにある自販機だけだ。

「何があった。」

ハルが問う。

「…結論から言うよ。これはネクロマスの仕業だ。」

コハクが相変わらずシリアスな様子で告げた。

ネクロマスはハルが無力化し、コハクが封印したはず。

「ネクロマスの仕業って…アイツは…。」

「そ。厳密に言うと、アイツの残留魔力…というか、残留思念の結晶みたいなヤツのせいだ。」

残留思念…?

ハルが聞こうとしたが、それを察したコハクがため息を吐いてから続けた。

「ネクロマスは撃破される寸前、保険のためかなんなのか、自分の魂を分裂し、思念と混ぜて四方に飛ばしたんだよ。強く感じた感情が、魂という核を手に入れて、自身を独立させたんだ。」

「つまり、ネクロマスの感情が命を得た…。」

「そういうこと。ハッ。命…ねぇ。命を刈ってあるべきところへ還す役割を持つものが…紛い物の命に酔いしれるとか。笑えるね。」

コハクがニヤリと笑った。他人を意地悪するときに出る可愛い小悪魔的スマイルではなく、単に他人を虚仮(こけ)にする嘲笑い方だ。

「ネクロマスの残留思念が…何をしてコハクを甦らせたんだ…?」

「甦らせる? 笑わせないでよ。ボクは変わらずただの死人だよ。」

「でも僕の目の前にいる。」

「あぁ。居るだけだよ。」

まさか体温がないとか、そういうことか…? と思ったが、どうやら彼の肌色は普通だ。

「全部を分かっている訳じゃないからなんとも言えないけど、ネクロマスの残留思念は4つある。1つは『命の価値に憂いを感じる者・“ニュクス”』。2つは『不確かな道を正しく導く勇者・“グリム”』。3つは『全てを終わりへと導く絶対的存在・“デス”』。そして4つは…『殺戮と破壊の顕現・“カーリー”』。今回の黒幕は恐らく“ニュクス”だ。」

「他のグリムとデスとカーリーは?」

「さぁ? 少なくとも今何も起きていないなら、デスもカーリーもまだ眠っているんじゃないかな。グリムは少し変わっててね。…だから何も分からない。」

「そうか…。妙に詳しいんだね。」

「そりゃあね。一時期ネクロマスを宿してたし。ただ流石に自律してる連中の足取りまでは分からない。ニュクスは生者と死者の世界の壁を壊そうとしている。そんなことしたら、この世界は混乱するだけじゃ済まないだろうね。魔界も神界も人間界も、全部まとめて崩壊する。そうなる前にニュクスを倒した方が良いんじゃない?」

「あぁ、そうしよう。」

「でも…ボクら2人じゃね…。流石に難しい。」

「2人…? みんなは…?」

「…ボクが目の前に現れてノーリアクションなんだよ? ニュクスの術中にハマっているとしか思えない。今でも洗脳されているのに連れてみな? 今のTHE SHADOWはまるで使えない。全滅するか、或いは操られて敵対するかだよ。まぁ最も、それでも良いなら好きにすれば良いんじゃない?」

「……。」

洗脳されている…か。

確かにみんなを連れて行くのは危険だ。それは自分達もだが、そのニュクスとやらがどういうヤツなのか分からない以上、仲間たちも危ない。

かといって2人で戦いに行くのも危険だ。

どうすれば…。

「まだ時間はあるだろうし、まずは情報収集だよ。敵を知らずに突貫して死ぬなんて御免だし。」

コハクはそう言うと、ポケットから財布を取り出した。

ハルはそれを不思議そうに見ると、

「何見てんのさ。ボクが財布を持つの、そんなにおかしい?」

と冷たく聞いてきた。

「…一応自販機で飲み物を買うってことになってんだから、買っていかないと不自然だろ?」

コハクはそう説明しながら硬貨を入れ、コーラを購入した。

がこんっと音をたててコーラが排出される。取り出し口からそれを手にし、

「炭酸なんてよく飲めるよ…。こんなの無駄に甘い上に舌がピリピリするだけだろ…。君もそう思わない?」

と、コハクがハルに問う。

「…飲めないの?」

「…悪い?」

「いや…別に。」

なんだか以前より態度がデカイ。何故だ。何故なんだ。

ハルは自分のカフェオレを購入すると、みんなのところに戻っていった。


戻るとそこには遅れて来たユウたちの姿があった。

先にハルとコハクの姿を確認したミサキが大きく手を振る。さっきまでシリアスな様子だったコハクの顔が、皆の知るそれに変わっていた。

「みんなお待たせ! シュンスケくん、コーラ代はもらうよ?」

「言われなくても分かってますー! ほら、150くらいだろ?」

シュンスケがそう言って財布から硬貨を取り出し、それをコハクに渡した。

「さて、みんな揃ったし、そろそろ行こう。」

「おや? ユウさん、乗り気ですね?」

テンはそう言いながらユウを見た。

「あぁ。何せ友人とアトラクションなんてのは随分と久しいからな。」

随分と素直になった。ハルは、最初にあった頃の嫌なヤツだったユウが懐かしく思った。

…最初に会った頃…。

何かを忘れている気がするが、どうも思い出せそうに無い。

「ハル? 行くわよ?」

サツキが声をかけてきた。

はっとして、先に行くみんなの後を追った。


夕暮れ時。

ほとんどの乗り物を堪能した一行は、家族へのお土産や帰宅後の楽しみとしてグッズ販売店で色々買い漁った。

シュンスケやチアキ、ミサキらがリブルー遊園地のグッズのひとつである帽子を被りながら写真を撮っていた。

「小学生じゃないのに…また風船を貰っちゃいました...。私ってそんなに幼く見えますか…?」

テンはカラフルな風船を5つも引っ張っている。だが彼女がそれならコハクはもっとそうだ。

「風船…ねぇ…。」

ハルにしか見られないところでは邪魔そうにしていたが、みんなの前ではニコニコしていた。きっと役者になれる。

ハルはポップコーンが入ったショルダーケースをかけ、満足そうに微笑んでいる。

「ハル、何味にしたの?」

「キャラメルストロベリー味。」

レイスの問いに、即答した。

期間限定の人気メニューとされていては食べない選択肢は無い。彼はキリッとした表情でレイスの目を見た。

彼女も同じくポップコーンの入ったケースを持っている。ショルダータイプではなく、抱き抱えながら食べる仕様のタイプだ。

「レイスちゃんは?」

「私はブラックラズベリー!」

可愛らしい笑顔で答えた。

「カロリーとか気にしないの?」

リオンが間に入ってきた。

「へーきへーき! 元々私、食べる方だし。お菓子のカロリーくらいへーきだよー! ね、ハル?」

彼は少し返答に困った。

ここで首を縦に振ればそれはある種のセクハラになってしまうのではないか…と考えたのだ。

しかし横に振ると嘘になる。

なので首をかしげて、どうかなーっとだけ言っておいた。

「食べる方なのにスレンダーって凄いわね…。それもドランって種族の特徴なのかしら…?」

サツキが言う。

ドラン…とは、ざっくり言えば竜と人のハーフみたいなものだ。

その誕生にも様々な説がある。例えば魔界から来たドラゴン系魔物と人間が恋愛して交配した、とか。真実がどうなのかはわからないが。

「んー多分そうかも? 伯父さんとかとご飯行くと結構の量食べるし。私の弟も食べるし。」

「そういえば両親のどっちがドランだったか…?」

ユウが入ってきた。

チュロスを手にしているが、右手左手にそれぞれ一本ずつ持っている。恐らくどちらか片方はミサキのだ。

「ママがそうだよ。パパは魔法医。シャルル・リザイア。」

「魔法医に異種族…。確か祖父はジャック・リーフィスだったな?」

ジャックの名前は世界中に知られている。知らない人はまぁ居ないだろう。

彼は偉業をなし得た英雄として有名だ。

話をしていると18:30を知らせるチャイムが鳴った。

「っと…。そろそろ解散の時間か。」

シュンスケが言った。

「そうね。私もリオンも遊んでばかりいられないわ。そろそろ駅に行きましょ?」

「そうですね…! なんだかハルさんと初めてお出掛けした時のことを思い出しました♪」

テンの持つ風船が風になびく。

初めて出掛けた時……。

ハッとした。

そうだ。何かを忘れている気がしていたんだ。そしてその正体が分かった。

アストラたちがいない。

ネクロマスと戦ったとき、分裂したのは確かなはず。

彼らは…どこに行ってしまったのだろう…?

「ハル、ボーッとしてどうかしたのか?」

ユウが声をかけてきた。

「…あぁ…いや、なんでもない。」

「そうか? …またみんなで遊ぼうじゃないか。」

どうやら名残惜しいと思われたらしい。

…間違ってはいないが…今はそれよりも気になることが…。

「………。」

コハクがそんなハルの背中を見ながら、なにやら考え事を始めた。


夜。

皆は解散してそれぞれ家に帰っていった。

しかしハルはレイスを先に返し、コハクに呼ばれて駅に残った。

まだ人混みが途切れない時間なので、こんなところでは話もろくに進めなさそうだ。仕方がないので近くの喫茶店に向かった。

ここも時間を潰そうとしている人たちでいっぱいだった。コハクの目元がぴくりと動いたように見えた。

「仕方ないね。外で話そうか。」

喫茶店を出た時、思いがけない人物と遭遇した。

「…お前たち…。」

GLITTER WINGSのノルム…。ツカサだ。

「…! お前は確か…アンバーだったな…。何故ここにいる…?」

アンバーとは、コハクのコードネームだ。

「へぇ、ボクのこと知ってるんだ。」

彼はニヤリと笑ってツカサを見た。

「当然だ。それで…? 何故お前が……“死んだはずのお前”がそこに、グロースの隣に立っているんだ。…風船を手にしながら。」

「………これのことは気にしないで欲しいね…。」

さっきまでのニヤリとした笑顔が一気に羞恥のものに変わった。

このやり取りのなかで大事なことを、ツカサは口にした。

「今…死んだはず…って言った?」

「…ああ。お前が昏睡していた間、あの城で起きた事の顛末をクイーンやヴィーテ、レウスらから聞いた。そこで…アンバーは死んでいた、と。」

クイーンはレイスの、ヴィーテはシュンスケ、レウスはユウのコードネームだ。

「…君は洗脳されていないみたいだね。GLITTER WINGSの片割れのあの女はどうした?」

コハクが問う。

「…ここじゃなんだ。着いてこい。」

ツカサが言って、どこかへと向かおうとした。

「……着いていくしかないだろうね。アイツのことだ。少なくとも君を嵌めるようなことはしないだろ。ボクは…まぁこれでも色々したからね。不意を突かれても平気だ。行くよ。」

コハクがツカサの後を着いていく。ハルも最初からそのつもりだったので、後に続いた。


駅から歩いてアーケード街に入る。一本の大きなその道をしばらく行く。

十字の分かれ道を左に曲がると、地下に続くものと2階に続くものの2つの階段が姿を見せた。

ツカサが前者の方を行くので、ハルたちも着いていく。

黒い扉には「OPEN」と書かれたプラカードが垂れ下がっていた。

がちゃりと扉を開けると、そこに付けられている来客を知らせる鈴が鳴った。

「いらっしゃいませ。」

30代ほどのベストを着こなす男性がカウンターに立っていた。

お洒落なジャズミュージックが流れ、それに合うレトロな内装は、まずその空間にあまり馴染みのないハルとコハクを静かに驚かせた。

近いもので言うと、いつも使っていたファミレスだろう。しかしここのレトロとあそこのレトロは全く違う。何が違うって、まず静かであることだ。

語り合う人もいればただ飲み物を飲んでいる人もいる。

…あれ? 待てよ? ここって…。

「…ねぇ、ここBARだよね?」

コハクがハルにボソッと言った。

「…僕も…そう思う。」

イメージだが、BARはお酒を呑むところだ。高校生のハルたちが立ち入ってはいけない空間…な気がする。

「ツカサくん、今日はあの子はいないのかい?」

「サクラか…? …あぁ、まぁ…色々な。」

「なるほどね。それでその子達は?」

「ツレだ。今日は奥を使う。」

「あいよ。それじゃあ…3人だから…。」

まさか顔見知りとは。

「ノルムってあんなにませてたんだね。」

コハクがまたボソッと言った。

「…うん。」

ハルがこくりと頷いた。

「丁度貰うよ。分かってると思うけど、未成年飲酒は禁止だよ。ノンアルなら提供できるから、席で注文してね。」

「わかってる。お前ら、行くぞ。」

ツカサに誘われて奥にある角の席に向かった。

到着するとソファー席に腰を下ろし、壁にかけられている黒板に記されたメニューに目を通す。

「……アイツらボクのことを目障りそうに…! …クソッ…。…風船なんてすぐ捨てれば良かったな……。」

コハクはそういうのに敏感だ。

何故敏感か。彼の出生を知ればなんとなく納得がいく。

「僕が持ってるよ。」

「…うん…そうして。」

コハクが押し付けるように風船をハルに渡し、彼はそれを受け取った。

それぞれ気になったノンアルコールのカクテルを注文すると、早速話が始まった。

「それで…サクラだが…。急に“親がいる”とかいって抜け出したんだ。」

「親がいる…?」

「ああ。本人のいないところでベラベラ喋るのは俺としてもどうかと思うが…事が事だけにな。あいつは元々、孤児だったんだ。それも、“路上少年(ストリートチルドレン)”だったんだ。」

ストリートチルドレン。

社会問題にもなっていることだ。

その数は年々減少傾向にはなっているが、地域の治安が良くないところではやはり見かける。

「親がサクラを捨てたのか、自分から出ていったのか…。或いはどちらでもなく、何かの事故に巻き込まれ、しかしあいつだけは逃げ延びたのか…。その辺りは本人も思い出せないらしい。だが、十数年間も離れて俺と一緒に居たハズなのに急に親がいるなんて言って抜け出すのもおかしな話だろう。」

「親が…ねぇ。」

コハクが複雑そうな顔をした。

「…そういえばコハクは…。」

「ああ、そうだね。この手で確かに仕留めたよ。…けど、そのサクラってヤツと同じだった。ある日家に帰ろうと思うと別のところに行こうとするんだ。誰の家だか分からない場所に来て扉を開けると、ヤツらの姿かたちが目に入ったんだ。…最初見たときはビックリしたよ…。どういうことなのか、ってね。あのときの記憶が蘇ったよ。苦悶の表情を浮かべながらも無惨になったあの顔が、優しい笑顔で『おかえり』なんて。まるで最初から幸せな家庭みたいにさ。優しい優しい笑顔と声で、僕の帰りを迎えてくれたよ。ほんと……反吐が出るね。」

コハクが冷たく最後の一言を放つと、店員さんがカクテルを届けてくれた。

ただでさえ自分の年齢を忘れそうになるほど大人っぽい空間なのに、今からノンアルではあるもののカクテルを飲む。

コハクはそれを手にし、付けられているストローから一口吸い、飲んだ。

死んだはずのコハク。彼に殺されたはずの両親。そしてサクラの両親。

「…サクラの両親は…亡くなっていた……?」

ハルが呟くように言う。

「ボクもそう思う。ボクが君とみんなの前に現れたとき、皆からは『居て当たり前』みたいな反応されただろ? ニュクスの洗脳でそう思わされているとしたら、死んだはずのサクラの両親がいても『帰るところがあるのは当たり前』って思うことになっているはずだよ。実のところはどうかは知らないけどね。」

「気になることがある。アンバー、お前は両親がいても反吐が出ると言った。サクラは…何故顔も知らない親を、親として慕える…? さっき、洗脳…とか聞こえたが…。」

「そういえば説明がまだだったね。」

コハクがハルを見た。説明してやれ、という意味だろう。

仕方ないので、現状分かっている範囲の事態の説明をする。

ネクロマスの残留思念であるニュクスの存在、ニュクスの能力によって死者と生者の隔たりが無くなったこと、そして死者がいてもおかしなことはないと両者が錯覚させられていること。

しかし、何故かコハクとハル、そしてツカサには無効らしいことを。

「この三人でなにか共通していることがあるのかも…?」

「共通していること…ねぇ。」

ハルが呟くと、コハクはそう言ってまたノンアルカクテルをストローで吸う。

そういえばまだ一口も飲んでいなかった。ハルも一口、口に含む。

飲んだことない味…というほど不思議なものではない。かといってジュースとはなにか違う。口に含むとザクロの風味と炭酸が舌を刺激する。また、喉を通すと、ザクロと微かなレモンがほんのりと香る。これがいわゆる上品な味わいだろう。

よくは分からないが。

コハクは炭酸が入っていないものを選んでいる。なんというか、すこし可愛く見えた。

「グロース…お前は確か、俺たちでは到底到達できない領域まで行ったんじゃなかったか?」

到底到達できない領域…?

「…あー…グロース・オラトリオ…。“神の領域”か。」

コハクが言う。

「アンバーはネクロマスとの戦いで命を落とした…。お前たちの共通点は“純粋な人間ではない”ということか…。」

「それじゃノルムは?」

コハクが問う。

「普通の人間なら、“邪神の力”に耐えられない。」

それに答えたのはハルだ。

「…確かに俺が宿していた化神は元々は邪神側だ。…そうか、神の領域とまではいかないが、“人間ではない”と言えるのか。」

「…けど、ハルの彼女さんは? アレも人間の類いじゃないだろう?」

コハクが問う。

確かに…。

「俺が思うに、生きている者の常識から外れた存在には通用しないんじゃないか? それならそもそも、この世界の“命の価値”に該当しないのだからな。」

ツカサが仮説を言った。

「なるほどね…。確かに、神のグロース、邪神のノルム、死人のボク…。ハッ。面白い組み合わせだね。」

コハクが皮肉そうに言った。

「いや、お前もただの死人ならニュクスの洗脳に掛かっているハズだ。何か思い当たることはないのか?」

「……。」

コハクが黙ってカクテルを飲んだ。もう半分もない。

「…“聖杯”…。ネクロマス封印の鍵…。」

ハルが言う。

「神のグロース、邪神の俺、そして聖杯のアンバー…ということか。人間じゃないのは俺たちだけか? まだ一人居た気がするが…。」

まだ一人…?

記憶を辿ると、案外あっさり見付かった。

「…メモリーか。」

そう、彼。

メモリーはTHE SHADOWが有名になる前の強豪チームだったPhantom Xのリーダーだ。

「そういえばアイツは“悪魔使い”だったね。」

化神使いの対。悪魔をその身に宿す者。

THE SHADOWと邪神が対立していた頃、当然悪魔使いは後者の側についていた。

「丁度明日から学校が始まるんだし、そこで聞いてみるのはどうかな?」

コハクがハルに提案した。

「分かった。任せろ。」

「頼むよ。それとノルム、できればボクらと協力してほしいんだけど。」

「分かっている。サクラの幸せを壊すのは気が引けるが…世界の…あいつの“命”には代えられんからな。」

「助かるよ。」

ハルが微笑んだ。

以降、作戦はどうするかの話し合いが始まった。

終電の時間が近くなったので、今日のところは解散した。


1/14。

朝。

ドランは寒さに弱い種族だ。それでか、レイスがハルの隣で丸まって寝ている。普段は早起きして身支度を整えているというのに。

完全無欠とか思っていたのに、そんな彼女がなんだか愛らしく見えた。


学校、昼休み。

シュンスケらは何事もないように、何も知らないように日常を過ごしている。コハクがそこにいることに対して、何も違和感を覚えていない。ニュクスの洗脳にまんまと嵌まっているわけだ。

昼食を食べよう、と誘われたが、用事があるといってその場を凌ぐ。そしてメモリー…リクがいる教室へと向かった。

解放されているドアから中を様子見する。リクの姿は…どうやら無い。

となるとPhantom Xの作戦会議に使っていた生徒活動室だろうか…。

ハルは次に、そっちに向かう。

いつもなら昼休みにそこで他のメンバーと会議をしているハズだ。

到着し、ノックしてから中を見る。

そこには誰もいなかった。

ここでもない。

あとは……。

思考していると、腰を誰かに叩かれた。振り向くと、コハクがそこに立っていた。

「なにしてんの。」

「メモリーを探してるんだ。」

「…それでなんでここ…?」

「Phantom Xの作戦会議に使ってたから、いるかなって。」

「……あのさ、ネクロマスとの戦いに勝ってから、ギャングチームというものは無くなったんだろ? Phantom Xだって例外じゃない。」

………。

…あぁ、そういえばそうか。

うっかりしていた。

コハクがはぁっとため息を吐いた。

「となると…食堂辺りが有力かな…?」

「ボクも手伝って上げるよ。今のTHE SHADOWの連中といるとストレスがかかるからね。」

ハルたちが移動を始める。

「お前ら。」

すると背後から声がした。

この声は聞き覚えがある。

「リク…。」

目の前に、お目当ての人物が突っ立っていた。

「…なんでここに…。……ってお前!?」

彼はコハクを見て驚愕した。良かった、推測が当たったらしい。

「リク、緊急事態なんだ。ちょっと話をしたい。」

「…話…? ……分かった。なるべく手短にな。」

彼らは生徒活動室に入っていった。


「それで、話って?」

リクが問い出す。

「ここ最近、身近で妙なことはない?」

「妙なこと…? ……あぁ、ひとつだけ…思い当たる節がある。」

彼の表情が暗くなった。

「…事故でなくなった父さんが生きてた。」

やはりか…。

予想はしていた。それなのにその話を彼の口から聞くと、なんだか鉄球を落とされたような衝撃を感じる。

人の口から簡単に出る命。でも本人や、その周りにいる人からすればその価値や重さはとても重く感じる。

「…父さんが亡くなって、1人で身体を壊してまで母さんが働いてた。俺1人を養うために。その結果今、病気で長期入院をしている。…これは以前お前にも話したな。」

覚えている。

忘れもしないあのとき。

唆されたとはいえ、リクは邪神と協力関係にあったのだ。それを、ハルは止めた。拳と拳を、互いの顔面に叩き付けながら、魂の叫びを相手に浴びせながら。

「父さんが生きてて、母さんが退院した…というか、そもそも入院なんてしてなかったみたいな有り様だ。…なにがなんだったのかな…。妙なことって言えばそれぐらいだ。何かあるのか?」

「簡潔に言うよ。それはネクロマスが作った呪いみたいなものだ。放置すればこの世界が滅びる。」

コハクが淡々と述べた。

「…要するになんだ。その呪いを打ち破れってか?」

リクが問う。

「そう。」

コハクが答える。

「…そうかよ。…正直俺はそれで構わない。」

リクが言った。

「君がそれでよくてもボクらが困るんだよ。」

コハクが返す。

「俺は母さんが苦しむところをもう見たくないんだよ。そうなるくらいならいっそこの世界なんて…。」

リクが続ける。

「知らないよ。君の母親のことなんて。」

コハクのこの言葉を耳にしたリクの表情が変わった。

ぎろりとコハクを睨み、彼の前に迫る。

「知らない…? そりゃあ知らねぇだろうな。平気で人ぶっ殺すお前には…!」

静かに、しかしその怒りは凄まじそうだ。しかしコハクの表情は全く変わらず、そして一歩も退かない。

「君だって一時は“ボクの部下”の言いなりだったんだろ。同じじゃないか。」

「お前と一緒にすんじゃねぇよ!!」

リクの拳が、コハクの頬にめり込んだ。

体格差もあって、彼は堪らず倒れ込む。

ハルはコハクに寄ろうとするが、彼はアイコンタクトで来るな、という意思を示した。

「お前みたいに何十人の命を葬った奴が…他人の家族の命を語るな!!」

「…過去は消えないだろ。結局君の手も汚れてるんだよ…。そんな薄汚れた手を持っておきながら“家族の命”とか笑えるね。実に浅はかで下らない!」

「てめぇっ!!!」

更に殴りかかろうとするリクを、流石にハルは止める。

「やめなよ!」

「大体お前が悪いんだろ!! お前なんかが…お前なんかがこの世界にいるから…! この事件だって、ネクロマスが関係しているんだろ!? 元を辿れば全ッ部お前に行き着く!! お前なんか…お前なんか__ !!」

「リクッ!!!!」

ハルが必死に名前を呼ぶと、ハッとしたようで、彼の動きが止まった。

「……悪い…。」

「………。」

コハクは俯いた。その表情は読み取れなかった。

「……ハル…悪いけど…俺は協力できない。一回引っ掻き回されちまったらもう…全部リセットするしか無いってのが俺の考えだ…。…じゃあな……。」

リクは震えた声でそう言うと、足早に教室から出ていった。

「…………コハク…?」

静寂がこの場を支配するが、彼は肩で呼吸をしている。

「………。」

なにかボソボソと言っているで、内容が少し気になって聞き耳をたてる。

彼はひたすら、ごめんなさい、と繰り返していた。すすり泣きながら、息の続く限り、ひたすらにごめんなさい、と。

ハルは彼に寄り添い、背中を擦った。

「ハルくん…ぼく……ぼくは…。」

分かっている。

彼は本当は弱い。だからネクロマスという闇に堕ちてしまった。

そしてその闇を、彼は死の前に自ら拒否することができた。

「大丈夫だよ…。」

ハルが一言かけると、コハクはまた泣き出した。

自分の罪を理解しているから。取り返しのつかないことをしたなんてのは、誰よりも自分が知っているから。

自分なんてほんとは、いない方が良いんだと、本当は理解していたから。


ある程度落ち着くと、ハルは自販機から水を購入し、それをコハクに飲ませた。

「…コハク、もう大丈夫?」

「…うん。」

涙袋は腫れ、涙が通った軌跡が真っ赤な頬に記されていた。

しばらく間が空いてから、

「…ボク…明らかに言いすぎたよね。」

と呟いた。

「僕もそう思う。」

「…うん。…言いたいこと…思ったことがすぐに出ちゃったんだ…。」

反省しているようだ。

「コハク。さっき邪神のこと、自分の部下って言ってたよね?」

「…よく聞いてたね。あえてそう言ったんだよ。洗脳されてるなんて夢を見てるようなものだけど、キツイ一言を言えば現実に戻るでしょ…? …失敗した上に怒らせちゃったけどね。…考えてみれば分かることだよ…。ボクとしたことが…。」

決定的失敗(ファンブル)だね。」

「…“へまをする”…か。ぐうの音も出ないよ…。」

コハクはふふっと笑い、水をまた一口分、口に含んだ。

「…でも困った。リクは協力してくれないらしい。」

ハルが言う。

「…協力してもらうよ。君たちが命を賭けて取り戻したこの世界…。残留思念なんかに崩させてたまるか…。」

コハクはそう言って、ペットボトルの蓋をしめた。

「アテはあるの?」

「そんなのないよ。メモリーが折れてくれるまで何度も申請する。」

「でもそればかりじゃ、きっと納得してくれないよね…。」

「…“引っ掻き回されたら全部リセットするしかない”…か。…過去は変わらない…けど現在(いま)を改めることはできる…。過去のある意味を……。」

案を考えていると、予鈴が鳴った。

昼休み終了10分前だ。

ひとまずここで解散し、放課後また2人で話すことを決めた。

生徒活動室の外で、リクは黙って2人の会話を聞いていた。


放課後。

コハクはハルとの約束があるので、集合場所である生徒活動室へ向かおうとした。荷物を持ち、教室から出ようとすると、そこにリクがいた。

「あっ……。」

思わず情けない声が出た。

「…お前は何で、ハルの隣に居れるんだ…?」

「………っ。」

「答えろ。」

リクが問い詰めた。

鞄のベルトをきゅっと握る。

「…困るから…。」

「…なに?」

「…ここじゃみんなに聞かれる。場所を変えたい。」

そう言って教室から出ようとした途端、肩を掴まれ、止められた。

足が先に進まなくなる。

「お前にとってあいつは、お前が殺そうとした相手だろ?」

コハクにしか聞こえないだろう声量で聞いてきた。

「…それは過去だよ。」

「お前は言った。過去は消えないってな。それで言うならお前はあいつの側には居られないハズだ。」

「それは過去なんだよ…!」

「……。」

「確かにボクは許されないことをしたししようとした…。だからこそボクは罪を償いたいんだよ…。過去は無かったことに出来ない。一生背負い続けることになる。でも背負ってるだけじゃ意味がない…。そうだろ…?」

コハクがリクの目を見る。

そのとき彼はコハクから何かを感じた。先程まであった生意気な態度が無い。きっと彼は、コハクは、何か伝えようとしている。自分の人生を糧に、彼はリクに訴えている。

「だからボクは、その一生付きまとう罪と向き合って、償っていきたいんだ。この命を賭けて。」

「…。」

「それに気づかせてくれたのは紛れもないハルくんだ。君とおんなじだよリクくん。ボクもハルくんと殴り合い…ううん、斬り合いして、ズタズタになったんだ。ハルくんはボクに、こんっな最ッッ低なボクに救いの手を差し伸ばしてくれた。ネクロマスの闇から抜け出すきっかけを、作ってくれたんだ。」

「…ハルが……。」

「だから…ボクは、償いも兼ねて、この世界を守りたいんだよ…。」

「……………。」

「…だから…協力してほしい。ううん…。力を、ハルくんに…かっ…か、貸して…あげてく…っ…ださい……。」

敬語を使いたくなかったのか、途切れ途切れになりながらも最後まで伝えると、最後にぺこりと頭を下げた。

リクは少し考えたが、彼の肩をぽんっと叩いた。

「…案内しろ。」

「…え?」

頭をあげてリクの目を見る。

「残留思念とかってやつをなんとかすんだろ? 早くしないとヤバイだろ。」

彼はそう言ってぽかんとするコハクの目を見た。

「…早くしろよ。」

リクがそう言うと彼はハッとし、ハルが待つ生徒活動室へ案内した。


放課後、生徒活動室で合流した3人。

ハルは最初驚いたが、どうやらリクは力を貸すことを約束してくれたらしい。

ハルとリクは互いに敵同士だが信用している。助けたし、助けられたからだ。

一行はさらにリブルーまで移動すると、そこでツカサと合流した。

これでニュクスに対抗できる4人が揃った。

ツカサとリクはハルを警察から助けて以来だ。奇妙な絆がここにある。

「THE SHADOW、GLITTER WINGS、Phantom X…。誰も知らないところで三大ギャングチームのリーダーが手を組んでいるなんてな。」

リクが言った。

「そういえばここにいるのはリーダーばかりだな。アンバーを除いて。」

「ボクもある意味リーダーだったけどね。」

「そうだったな。お前は“邪神の”リーダーだもんな。」

リクがわざとチクリとする一言を言う。ムスっとしたコハクの肩をハルは撫で、落ち着かせる。

「さて、作戦会議をしたいけど…まず場所は…。」

「それなら、日中ならあのBARを貸しきりで使わせてもらえる。俺にとってあそこのマスターは代わりの父親みたいなもので、頼んだら快く引き受けてくれた。夜も使うなら一般客扱いだ。あと、日中のドリンクは水だ。」

ツカサはそう言うと、店へ案内してくれた。

なんというか…本当に濃い面々だと思った。



店に到着すると、「close」と書かれたプラカードがぶら下がっていた。しかしドアを開けてみるとあっさり開けられた。

いつしか見たあのマスターがもてなす。

貸しきりなのにわざわざ奥の席に座り、しばらくしてお冷やを受けとる。

「水のおかわりならタダにするよ。どうも聞かれたら困るらしいし、俺はバックヤードにいる。だから欲しいときは勝手に入れてな。あ、余計なものいじったらつまみ出すからな。」

マスターはそう言ってはけていった。

大したお方だ。

「さて、話し合いをする上で欠かせないのが、その話を纏めるリーダーだ。」

リクが言い出した。

「ここにはジャンルはともあれ、それぞれのリーダーがいるが…。俺はグロースを推薦する。8人ものグループメンバーを纏めている上、規模の大きいCLOVERSのボスだしな。」

ツカサが言う。

「無論ボクもハルくんだね。というかハルくん以外の指示は聞きたくない。」

「俺もハルが適任だと思う。…あのクセが強いTHE SHADOWを纏めているしな。……満場一致だが、どうする?」

みんなからの謎の圧力を感じる…。断るわけにはいかなさそうだ。

「任せろ。」

ハルはこのグループのリーダーを引き受けた。

「頼んだぞ。」

ツカサがハルに言った。

「さて……まずは事態の再確認だ。もう一度説明してくれるか?」

リクが言った。

昨日からこの異変は始まった。

死者が蘇っており、生者もそのことに違和感はない様子だ。それどころかその者は元々死んでなんかおらず、普通に生活しているといった有り様。

これを引き起こしたのは、命の価値に憂いを感じる者・“ニュクス”。これはネクロマスがやられる前に散りばめた4つの残留思念のうちの1つだ。

「俺たちの目的は、そのニュクスを倒すことか。」

ツカサが問う。

「何も分かっていないけど、そもそも残留思念を相手に対話ができるかどうか…。だから、今のところはきっとそうだ。」

それにハルが答える。

「あいつらは意思。魂を模した玩具で遊ぶ、ただの“感情”だ。話し合いなんてできないよ。」

コハクが言う。彼がそう言うなら間違いないだろう。

「目標は決まってるな。次はどうやって目標を討伐するかだ。居場所も何も分からないんだろう?」

リクが言う。

確かにその通りだ。

なんの根拠も無しに動いていたずらに時間が経過するのだけは何としてでも阻止したい。

ヒント…ヒントはないのか…?

「ハル。この事態、ヤルダバオトの能力に似ていないか?」

ツカサが聞いてきた。

それだ。

確かにヤルダバオトは世界を虚飾に塗り潰す。そうしてこの世界を一度混沌に陥れたこともあった。世界を虚飾に塗り潰す…それは膨大な力が必要…。

膨大な力を身に宿し、そして世界をまた混沌に満たすことができる…。

「……“狭間”…。ネクロマスの城があった所だ。」

「…なるほどね…。確かにあそこは魔力を供給するには持って来いの場所だ。それに、ネクロマスを倒してからそう時間は経っていないし、残留している魔力をも喰らっているのかも。」

コハクがハルの発言に続く。

「“ニュクス”は“ネクロマス城跡地”にいる…と。それで、次の問題だ。ヤルダバオトを倒しても虚飾は直らなかったらしいな? それじゃあニュクスもそうなるんじゃないか?」

リクが鋭い質問をする。

「洗脳自体を解くには、別の方法が要る…ということか?」

「そうだね。何か方法はある?」

「それなら、うちのサクラに任せてほしい。あいつの化神、オーロラはヒーラー能力に長けている。それは洗脳を解除するのにも役に立つだろう。」

化神…。

その単語をきいたリクがみんなに問う。

「…そもそもお前らは今、“化神”使えるのか?」

………。

「…………………………。」

……。

彼の質問に、誰も答えられなかった。

ネクロマスを倒して以降、偽神も虚神も、他の化神使いも姿を現さない。

もしかしたら使えない可能性だって大いにあるわけだ。

ハルに関しては余計にその懸念がある。

何故なら自身の化神であるアストラと分離してしまったからだ。

「お前ら…まさかそこ知らないで戦うっていってた訳じゃないよな…!?」

「ボ…クはつかえる…よ? ………タブン…。」

「俺は……どう…か。」

「………僕は…分からない……。」

「……あ、あぁ…は…ははは……。……お前らな…何よりも大事だろ、そういうの…。」

さっきまで生き生きしていたのに一気に減速した。

「ま、まぁほら! 城跡地に下見にいくついでにさ! いっちょ変身すればいいんじゃないかな! うん!」

コハクが無理矢理提案を捻り出した。

万が一使えないとなったらどうするべきか…。

その時用の案は分かってから出すことにした。

今日のところは解散し、翌日から行動が開始される。



1/15 放課後。

制服姿ままの4人は集合場所に集まると、そのまま目的の場所へ移動する。

近付くにつれ、空気が重く、禍々しく感じる。何故そう思うのか。恐らくだが、周りにいる通行人が全くの無言で、且つ暗い表情でいるからだ。

普通はもっと街の音というものがするはずなのに、聞こえてくるのは歩行信号のかっこうと風で微かに揺られる木々の音だけ。

確かに皆が皆ずっと笑顔だったり、必ず友達やら仕事仲間やらと歩いているわけではない。

それは分かっている。分かっているが、何か違和感を覚えるのだ。

「おい、あれ…。」

ツカサが指差すその先には、まんまバベルを彷彿とさせる形状の巨大な塔が鎮座していた。

バベルの塔。それは、実現されない人類の夢だった。しかし塔は、いや夢は、神の手により潰されてしまったのだ。

もちろんこれはハルの世界にはないお話である。彼らにとっては強大で、そして神々しい城が建っているとだけしか見えない。

「きっとあのなかにニュクスが居る。護衛かなんかが居るかもしれないから、先に変身しておこう。…まぁ本題のひとつでもあるけど。」

コハクが言った。

確かに…。力が使えないのは死活問題だ。

一行は人目の着かなさそうな場所に移動し、そこで変身を試みる。

「来い…レルベルク…!!」

ツカサが己の化神を呼び出す。

白い光に身を包まれ、そしてそれがやむと、ノルムとしての姿に変わっていた。

どうやら化神の力は使えるらしい。

その後もリクは悪魔使いとしてのメモリーの姿に、コハクはアンバーの姿に変身できた。

「残るは君だけだよ。」

「…来い…アストラ…!」

…。

返答はない。

そして変身もしていない。

「…っ!」

「やっぱりか…。」

何度もアストラを呼ぶ。しかし変身されない。

頭上から気配がしたので見上げる。

間接が曖昧で歪な異形が五体、降ってきたのだ。

「危ない!」

メモリーはあわててハルを退かす。

「下がってろ!」

ノルムが仮面に触れると、自身の武器であるカリバーを召喚した。

「早速勘づかれるとはね…。厄介なやつだ。」

アンバーが舌打ちした。

「でも変身を試しておいて正解だったな。制服のまま突入してたら確実にハルは死んでいたぞ。」

「あぁ。不幸中の幸いだよ。行くよ!!」

アンバーも自分のレイピアを召喚し、その穂先を相手どもに向けた。

先に攻撃に出たのはノルムだ。

カリバーを使い、一体に向かって斬りかかる。

一撃、二撃と斬撃をお見舞いしてやると、その手応えからあることがわかった。

こいつに物理は通用しなさそうだ。

「チッ…物理耐性だと…!」

「関係ないねェ!!」

アンバーが前に出て、そのレイピアで高速の斬撃をお見舞いする。

どういうわけか効いているらしい。

反撃の拳(?)を振り下ろしてきたが、彼はそれをスルリと避け、懐に潜り込む。

「遅いんだよノロマァッ!!」

いつの間に召喚したウインチェスターを構え、至近距離でぶっ放す。だぁんッという激しい音が鳴ると、そいつの体が消滅した。

スピンコックしてリロードし、すぐに隣にいる別個体の脇腹にぶっ放す。

二体同時に消滅させた。

「…所詮は雑魚か。」

つまらなさそうにアンバーが言った。

「なるほど。魔力を剣先や銃弾に貯めて放ったわけか。」

メモリーが言うと、アンバーはニヤリと笑った。わかってるじゃん、という意図を汲み取ると、ハイタッチして今度はメモリーが前に出た。

「蹂躙しろ、アモン!!」

彼の背後に、人とも動物ともとれぬおぞましい、2m程はあるだろう巨大な人影が現れた。そして目の前にいる一体に赤黒い光の球をぶつけると、ソイツは爆発してからすぐに消滅した。

ノルムは刀身に光を集中させ、それで空間を一閃する。

すると光の線が現れ、そこにいた二体を一気に斬撃した。ソイツらは瞬く間に蒸発し、これで奇襲を仕掛けてきた連中を全滅させることに成功した。


戦闘後すぐにその場を離れる。

「僕はこの辺の調査を進めておこうか?」

変身できないハルが言う。

「…いや、この辺の様子はきっと見ての通りだよ。それに、一応ボクも気付いたことはあるからね。」

「気づいたこと?」

「うん。ここにいる人たちは皆死人だよ。」

アンバーの言葉を聞いて耳を疑う。それはハルだけではなかった。

「連中の顔色が悪いのも、音が極端に少ないのもきっとそうだ。周りの人になんの関心もない。どこに向かっているつもりなのかも分からない。差し詰め、あの塔から死者が復活して世に出ているんだ。そして同時に、あの塔から世界中の人たちを洗脳している…っていうのがボクの考えだよ。」

通りすがる人たちの顔を、死者のものと理解すると、確かにそう思えるようになった。というのも、顔色がやけに蒼白しているのだ。

聞こえてくるはずの足音もなく、彼らはどこかへと向かっている。

家族のもとへ向かっているのか、或いは生前の自宅へと戻っているのか。

「考えていたって仕方ない。まずは塔をのぼるぞ。ハル、お前もついてきてくれ。万が一変身できないのに襲われでもしたら、絶対に無事ではいられないだろうからな。」

化神を召喚できないとはいえ、どうやら身体能力の強化はされている。皆についていくことくらいはできるだろう。

「一度見つかってる以上、どこにいても襲われるだろうし仕方ないよ。」

アンバーがそう言った。

行くしかない。

ハルたちは改めてニュクスのいる塔へ向かった。


大きな門を何とかして抉じ開けて侵入すると、眼前に広がったのは、外からでは想像もしていなかったような景色だった。

というのも、うっすらと紫色に光る回廊“しか”ないのだ。

「…これは…。」

メモリーが道の先を見て一言言った。

「この先はきっと何らかのエネルギーが集まっているんだ。干渉すれば、きっと時空が捻れる。でもここだけ、まるで穴があいたみたいになってるんだ。だから…まぁ帰ってこれない訳では無さそうだよ。どうする?」

アンバーがハルの方を見る。

「行こう。」

彼がそう言うと、全員その中に足を進めた。


この常識離れした回廊を抜けると、やがてやけに小綺麗な部屋に出た。

やや広めくらいで、辺りを見渡しても特になにもない。

その部屋から出る。

部屋の中とは全く違う光景が広がっていた。まず壁や床が道路のアスファルトだ。そして所々に赤い血の痕がついている。

この景色はハルたちに、交通事故の現場を彷彿とさせた。

途端に脳内に甲高い悲鳴が響いた。

アンバーだけ悲鳴に聞き慣れているようでまるでノーリアクションだった。

「なるほど。命の終わり…か。」

さっきの小綺麗な部屋は病室かなんかだろう。だとすればこの回廊は本当に交通事故現場…。

胃にあったものが混み上がってくる。口を手で押さえ、必死にそれを抑え込んだ。

「ハル、大丈夫か…?」

ノルムが彼の背中を擦る。

「ここでじっとしてても始まらない。今は先に進もう。」

メモリーが言った。

そうだ。ウダウダしていられない。

ハルはとにかく、この不気味な塔を攻略することを優先させた。

といっても、自分じゃ着いていくだけで精一杯だが。

必死に走り回って探索する。そしてやがて2枚扉になっている所を見付けた。

アンバーがゆっくり、警戒しながら開いて覗いてみる。

「…合計5体だね。近いところに2体、遠くに3体。さっきみたいにはいかないと思うよ。」

「なるべく温存していかないと…まだまだ先はあるんだしな。」

メモリーが苦い顔で言った。

「…なにか聞こえないか…?」

ノルムが言った。耳を澄ますと確かに呻きに似た声が聞こえた。

「命を欲しがる亡者の嘆きってやつだね。気にしない気にしない。」

アンバーが言う。

「…もしかしてこれ、あいつらが言っているんじゃないか…?」

「となるとあれは偽神とか、神の紛い物っていう類いじゃ無さそうだね。」

「それこそ、命を欲しがる亡者の化身なのかもしれないな。何にせよ、俺たちに襲い掛かることは間違いない。」

「…焦れったいね…。いっそ突撃しちゃうかー…。ハルくんはここで待っててね!」

アンバーがかわいらしい笑顔でハルに言うと、3人は彼を置いて突撃した。

さすがに気付かれた。それもそうだ。

先手必勝と言わんばかりにレイピアを構え、早速ヒトガタのそいつのうち一体に刃を叩き込む。

がきんっと音がした。

「な…!? 硬化だと…!?」

反撃を予測して一旦離れようとする。が、そのタコの触手みたいに伸縮する腕で捕まってしまった。

「わっ…!? なっ…き、きもちわる…ッ!!」

ジタバタと抵抗するも解けそうにない。

そのまま地面に叩きつけられ、僅かにバウンドしたせいでがら空きのボディに触手でド突かれた。

「アンバー!」

後方へ吹っ飛び、壁に背中を打ち付けられる。ごはっと肺の空気を全部吐き出してしまった。

「変な能力を持ちやがって…! 」

メモリーも武器を召喚すると、まずはアモンを召喚し、魔法を使っていわゆるデバフを相手にかけた。

「味わうがいい…! レッドンバ!!」

無数の剣のコピーが現れ、五体のうち二体に直進する。

ビュンッと音が鳴り、被弾と共に爆発した。

戦闘が行われている場所から離れているハルもその音にビックリした。

煙がはれると、内一体は消滅していた。

「よし、いけ! ノルム!」

「…まて…なにか変だ…。」

辺りを一瞥し、まさかと思って上を見る。そこに、ヤツはいた。

レッドンバを放たれる直前、天井に張り付いていたらしい。

ヤツはメモリーを見つめ、彼目掛けて攻撃をしようとしていた。

「メモリー、避けろ!!」

無理だ。もうヤツはすぐそこまで迫っている。

「ちぃっ…! アモン!!」

悪魔を召喚し、対抗を試みる。

その隙をつこうともう一体が迫る。

「させるか…! レルベルク!!」

ノルムの化神が姿を現し、そいつを蹴り飛ばした。が、その後ろから二体、更に迫ってきていたのが見えた。

「邪魔してんじゃねぇよ…!!」

アンバーの声色が荒々しいものに変わった。そしてつい手放したレイピアのグリップを握ると、血走った眼で乱入する敵を睨みながら駆けた。

「ぶち殺せ! エレボミス!!」

化神を召喚し、攻撃する。

見たことあるのは白いエレボミスだが、現れたのはどす黒色のそれだった。

荒々しい剣さばきで二体同時に攻撃する。ダメージは負わせているらしいが、致命傷でもなんでもない。

「クソがッ…!! 耐えれるもんなら耐えてみやがれ!! ゼトネス!!」

エレボミスの瞳が一瞬閃光すると、ゼロ距離で、内一体を爆発した。

さすがに耐えられず、消滅する。

「アーッハッハッハッハッハッハッ!! どうだ!! これが力の差だ!! お前もとっとと死ねー! ラキューア!!」

赤黒い光が集まり、それが槍の形を模す。それは高速で一体の胸部を貫き、消滅させた。

「おい! そんな戦い方してたら…!!」

メモリーがアンバーに言う。

「ちっ…。一人で突貫するとはな…! メモリー、速やかにこいつらを消すぞ!」

「…分かってるよ…!! あーもう!! 喰らえ! ゼグラウドロー!!」

「貫け! ウェーブソード!!」

メモリーは土属性最強の魔法を放ち、またノルムは魔力の剣を作りそれで穿ち、それぞれ対抗した一体を消滅させた。

しかし敵はまだ一体いる。

敵の瞳が一瞬だけ閃光すると、爆発が起きた。

全身に走る怒号と衝撃。たまらず後退り、アンバーは膝をつく。

皆命中こそはしていないが、目の前にいるそいつの姿を見て驚愕した。

なんと、太陽に似た物体が宙に浮いていたのだ。

「チッ…他の奴らとはワケが違うってわけか…! アンバー、無事か!?」

「うるさいよメモリー…! ボクの心配より自分の心配したらどう…?」

「ったく、親切にしてやったのにそれかよ…。」

「お前ら、痴話喧嘩は後にしろ。」

目の前にいる太陽のように、しかし生きているとしか思えない炎はひたすら、自分の体を燃やしている。

「行くぞ…!」

「やるしかないな…!」

「…ちぃっ…。ボクに命令するな……!」

3人は再び武器を構えた。


どれ程の時間が経ったか。

彼らにしては掃討するのに手こずっているらしい。

ハルは心配で、ちらりと覗き見た。

皆が太陽のような敵を前にボロボロになっているのが見えた。

いや、よく見ると太陽だけではない。しかし、なにやらそれと同じようにして炎を灯している小さいヤツが周辺に何匹もいるのだ。

たまらずそこから出る。

「みんな!!」

「ハル…! お前…出てくるな!」

メモリーが言う。

「でも皆が……!」

「お前は戦えないんだ! 下がっていろ!!」

ノルムが言った。

「……っ。」

_ 戦えない…か。

確かにそうだ。今の僕には、皆をどうにかして助ける手段を持ち合わせていない。

……。

…“ここで負けるのか”…?

…“それでいいのか”…?

僕は僕に問い掛ける。

「……良い訳……ない…!!」

僕は問いの答えを、声にした。


ハルの瞳に、青い炎が弾けるビジョンが見えた。ぱきんっと音が脳内で木霊する。

気が付くと彼の身体を、青い炎が飲み込んだ。

「これは…!!」

着ていた服が、今や懐かしい紫色のコートに変わる。

ごうごうと燃え盛る青い炎。それが示すのは…正義の神の復活だということだ。

「来い…!! アストラーーッ!!」

彼の呼び声に呼応するように、彼が姿を現した。

「グロース…!」

アンバーの瞳が恍惚のものになった。

「待たせたな、皆。立てるか?」

「……あぁ…もちろんだ…!」

ノルムがフッと笑った。

「いこうぜ、グロース!」

ふらつきながら、メモリーがまた立ち上がる。

「ヨユーだよ…!」

アンバーが見栄を張りながら言った。

「It's…Show Time!!」

グロースはダガーをペンのように手の中で踊らせると、その穂先を生きる炎に向けた。

「グロース、そいつは魔法攻撃が効かないよ! 殺るなら物理でやるしかない!」

「了解した!」

アンバーのヒントを聞いたので尚更ダガーで行くべきらしい。

まずは挨拶代わりに第一斬撃を浴びせてみる。

その時に分かったが、こいつは見た目通り、近付いただけで火傷しそうなほどに熱い。皆は離れて銃で攻撃していたのかもしれない。が、グロースはそんな炎平気だ。何故なら彼の化神であるアストラが炎使いであるからだ。

構わずに斬撃するグロースを邪魔しようと小さな妖精みたいな奴らが現れる。

…が。

「邪魔すんなって!」

メモリーとノルム、そしてアンバーがその相手をした。

生きる炎もただやられているだけではない。攻撃を仕掛けてくるが、身軽なグロースにとってそれを避けることなんて朝飯前だ。スルリと攻撃をかわし、離れれば銃撃し、隙あらばまた斬撃する。

そんな脳筋みたいなごり押しをすると、ある程度弱ったらしいので最後のトドメとしてダガーを突き刺した。

甲高く、また大きな悲鳴のように、炎が叫ぶと、ボウッと音を出しながら弾け、消滅した。

妖精みたいな連中も、アンバーたちがさっさと片付けてくれた。

「“運が悪かったんだよ、お前らは”。」

グロースがフッと笑って、そう言い捨てた。


「はぁ…さて、先に進みたいところだけど…ちょっと苦戦しちゃったね…。弾薬も空だ。」

一息つくと、今日のところは撤退すべきだという話になった。グロースが特効の相手にグロース無しで挑んだ結果だ。

「…それじゃあ明日からちまちま攻略していこう。」

グロースが皆に言った。


今日は塔内の雰囲気を知ることができた。

敵は偽神とかの神系ではない。

たまにとんでもないヤツが現れる。

たまに呻き声が聞こえる。

命の終わりを描いた空間。

ますます奇妙で、不気味だ。

そしてもうひとつ。

あの塔に入っていると本当に時空が歪む。

外に出る頃には翌日の昼になっていた。

今日は元々休日だったから良かったものの…。攻略にはタイミングを考えなければならないらしい……。

「明日から…ね…。何分経過で何時間か…或いは何時間経ったら何日経過とか、とにかく法則性も分からないんだ。下手に動かない方が良いのかもしれないよ。」

こうして話し合った結果、ニュクスの塔を攻略する曜日を決め、その日に限っては必ず集合することを約束した。


1/16…1/17…1/18…。

いつも通りを装い、洗脳されたTHE SHADOWの皆と以前の日常を送る。

ネクロマスとの戦いなんて、もう彼らの記憶にはないんだろう。

そう思うととても寂しい気がした。

1/19…1/20…。

1/22。

この日は塔を攻略しに出向いた。

ある程度は進めることができた。

地形が変わったりなんてすることはない。

休憩に使えそうな部屋を見つける度、皆が嬉しそうにする。

確かにぶっ続けで進むなんてとてもではないが無理だ。

塔から戻ってくると、1/23になっていた。

1/23…1/24…1/25……………。

そして次の潜入日。

1/29。

2/5。

一向に果てを感じないのは、探索に時間をかけられないからか。

またはやはり広いからか。

或いは…両方か。

ここまで誰も弱音を吐いていない。

時々集まっては会議をすることがある。

そこで出た話題に、“アストラのこと”があった。

確かに分離したはずなのに、どうして召喚できたのだろう?

それに戦闘以外では何故か話し掛けても返ってこない。

以前の彼に、そんなことはなかった。

2/12。

2/19。

気が付くと中盤は過ぎていた。

あんなに大きな塔だったのに、いざ登ってみるとそうでもなさそうだと思った。

気になったことと言えばまだある。

ツカサの相方であるサクラの両親とリクの父親は何らかの理由で死亡している。

そんな彼らが現世に戻り、それぞれの幸せを堪能していることについてだ。

そこでハルたちはこう仮説にした。

生者が死者のいる仮想…言うなれば、“こういう幸せが欲しい”という願望をわざわざ叶えているのではないか、と。

サクラであれば、サクラ本人。リクの父親なら、リクと彼の母親。

コハクが甦ることは、THE SHADOW全員或いはハルの願いであれば分かる。

では…“コハクの両親”は…?

それを気にしてハルが問う。

「……さぁね。両親がいないボクに情けでもかけたんじゃないかな。」

コハクは冷たくそう言った。

やはり自分の親に対しては何とも思っていないらしい。

彼の扱いの話を聞いたハルは、なんとなく納得がいった。


2/26。

以前から妙にハルとコハクの様子がおかしい。

薄々そう思ったのはリオンとサツキとレイスだ。

レイスに関してはハルと一緒に暮らしている。特定の曜日だけ、何故か帰りが翌日の昼になる。

朝帰りでも大変なこに、それどころじゃないことについて余計に怒る。

その曜日は遅く帰るから、と言われたが、当然納得できない。なんで、と問うと、話を逸らされたり曖昧なことを言って誤魔化していたのだ。

リオンが彼女に何かあったのかと聞いてみるが、レイスも分からないのでそうとしか答えられない。

この日、ちょっと探りを入れていたわけだが、その報告をするため、THE SHADOWの皆を呼んて家に上げた。

「…どうやらリクとツカサも、ハルたちと一緒にいたみたいだよ。」

リオンがまず報告した。

「リク…ツカサ…ハル…コハク…? 何かあったっけ…?」

レイスが思考する。

考えれば考えるほど、何か忘れている気がしてきた。

とても大事で、忘れてはならない…ような…。

コハク…。

コハク…?

ここで、レイスがハッとした。

それはシュンスケらも同じだったらしい。

「…な…なぁ…。コハクって…よ……。」

シュンスケが言い出す。

そうだ…なんで忘れていたんだろう…?

あの時、皆が命懸けで戦った。必死で抗った。全力で立ち向かった。

あの日、あの時…。

「コハク…なんで…居るの…?」

ミサキが言った途端だ。

脳内でパキンっと何かが割れるような音が響いた。

思い出したくても思い出せ無かった。喉に異物でも絡んだような不快感がここずっと続いていた。

けどそれが晴れた。

目の前に青色の光が十字となって現れる。それが一体何なのか分からないが、次に瞬きをした頃にはすでにそれは見えなくなっていた。

「…ハルさんたちは、何か知っていると思われます…。それが何なのか…。」

「テンの言う通りね…。でも迂闊にあの4人のとこには入らないべきよ。私たちは私たちにできるサポートをした方がいいわ。」

「例えば、どんなの?」

サツキの提案に、チアキが質問した。

「それは……。」

答えは出なかった。

が…。

「世界を嘘に染める…何かと同じ感じがしないか?」

ユウが皆に言った。

「…そう言われれば…ヤルダバオトの虚飾に似てる…。っていうことは…ヤルダバオトレベルのヤツと戦かってるってこと…!?」

チアキの表情が青くなった。

嫌な予感に、寒気が通ったのだ。

「んーハルたちは確かに強いけど…ぶっちゃけ4人だけじゃ…まず袋叩きにされてオワル…と思われ…。」

ミサキが言う。確かにそうだ。

「なら、私たちが皆さんを正気に戻させるというのはどうでしょう? 皆さん…と言っても時間は限られるでしょうし、Phantom XとGLITTER WINGSの2チームに応援をお願いするんです…!」

「それだぜテン!」

シュンスケが大いに肯定した。

話はそれで進み、早速明日から説得を試みることにした。

上手くいくといいが……。


3/5。

長く続く階段を登り、あちこちの部屋に飛ばされ、それでも諦めずに前に進み続けた。

そしてやっと、ここまで来た。

大きな二枚扉が眼前に、なにやら威厳を放ちながら現れた。

きっとこの先に、ニュクスがいる。

「分かりやすくて助かるね。」

アンバーが鼻で笑った。

「この先に…か。ヤツを倒せば…俺の父親も……。」

メモリーの表情が陰った。

「亡者が戻ってくるのは、確かに遺された者たちからすれば喜ばしいことだろう。…だがそれは、命を冒涜しているとも言える。哀しみを背負っていても、前を向いて進むしか無い。」

ノルムが言った。

「…分かってる…。分かってるのに心が否定する…。」

メモリーが苦しそうに言った。

ぎゅっと自分の胸部を握り、誤魔化そうにしているのが分かる。

「お前は、なんとも思わないのか?」

ノルムがアンバーに問う。

「今さらボクが怖じ気付くとでも?」

彼は余裕そうに笑った。

しかしグロースには何か思うことがあるようで、彼も複雑そうな表情を浮かべた。

そうさせているのは、アンバーの存在だ。

助けたくても、助けられなかった友。その彼が目の前に現れ、また一緒に過ごせた。

でもそれも、来週一杯で終わろうとしている。

それが…正直辛い。

その表情から全てを察したアンバーはため息を吐いた。

「ボクは大罪人だ。生き延びたいだなんて思わない。いいかいグロース。ボクはね、君や、君たちが守り抜いたこの世界を壊させないために手を組んでいるんだ。」

「…わかってる。来週、ここを片付けよう。」

「………………。」

グロースの言葉はなんだか弱々しかった。迷いが見てとれる。

だがそれは他の皆も同じだった。

…今日のところは、解散した。


3/11。

塔完全攻略決行の前日の夜。

ハルはコハクに呼ばれ、街の喫茶店に来ていた。

コーヒーの香りが心に安らぎをくれる。レトロチックなジャズミュージックがスピーカーから流れ、とてもリラックスができる空間。

やがてコハクが入店し、目の前の席に座った。

「……コハク…?」

「…なに?」

「急に呼び出して、どうかしたの?」

コハクはハルの目から視線を外す。そのせいか、表情に陰が見えた。

「あのさ。」

「…?」

「単刀直入に言うけど、ボクはとっととこの世界を元に戻すべきだと思ってる。」

…あぁ、その話か。

ハルはそう思った。

「分かってるよ。」

「分かってないでしょ。」

「分かってるって。」

「なら、何を迷ってんのさ?」

「…。」

「ほら、迷ってる。」

つい図星のリアクションをとってしまったらしい。

言葉が詰まった。…いや、詰まらす言葉も無い。

コハクが腕を組み、ソファー席の背もたれに身体を預けた。

「…差し詰め、ニュクスを倒した後にボクが消えないかとか、そんなことだろ?」

「………“そんなこと”……?」

「そんなことなんだよ。所詮は…ね。」

「…コハク……!」

「君は仲間を大事にするリーダーだ。裏切り者のボクの死に涙を流すくらい、純粋で優しい、いいヤツだ。」

「…………。」

「…まったく君のそういうあまっちょろいところはほんっとに嫌いだよ。騙されるし利用されるし殺されそうになる。…けどそれでも君は…。君自身はきっと、自分のことも仲間のことも、裏切りとかそういうのはしないんだろ?」

「…。」

「…ボクとは真反対の性格で正直ウザイけど、ボクは君のことが好きなんだ。だからこうして心配するし、あの時君に生きて欲しいと思ったから、封印を肩代わりした。ボクが聖杯に願ったのは、君を守ること。君が、君の仲間と笑っていられる当たり前を過ごせるように。君が守ったこの世界に住む皆も同じように、幸せになれるように。」

「……。」

「いいかい、ハル。」

「…?」

「君が悩めば悩むほど…それはボクの命や願いを裏切ることになるんだ。」

「……。」

「この際ハッキリさせたい。君は、この世界をどう思うの? あってもいいと認めて全ての破滅を待つか…。冒涜された“命”の仇を取るか。」

コハクがじっとハルの瞳を見つめる。

頭の中が真っ白で何も思考できない。

だが口が、勝手に動く。

「……わかった。討とう。命の冒涜者を…。」

ハルがそう言ったのを確かに聞くと、コハクはついつい笑みを浮かべた。

見られないように俯くが、それでも見られる。

すぅっと息を吸い込んで顔をあげ、またハルを見つめる。

「その回答を待ってたよ。それでこそボクのヒーローだ。」

「…迷っててすまない。」

「…本当だよ。ばか。」

コハクがにこりと笑った。

「…“信じてるよ”。」

コハクは彼に、そう言った。

何を迷っていたんだろう。

まったくコハクのいう通りだ。ハルは両頬をぺちぺちと叩き、気合いを入れる。

決行は、明日だ。



2/19。

グロース、アンバー、ノルム、メモリー。

彼らが塔の前に立つと、今まで見向きもしなかった亡者らが一斉に襲い掛かってきた。

この量はさすがにどうもできない。彼らはワイヤーやら能力やらを使って宙を舞った。

「コイツらに構っていられる時間はない! 先に進むよ!!」

「分かってる!!」

建物の屋根を伝い、目標(ターゲット)との距離を詰めていく。

途中、偽神らしきものが現れ、目の前に立ち塞がった。

「ちっ…時間が惜しいのに…!」

総員、武器を握りしめる。

もう恐れたりしない。例え友人がまた消えてしまっても、例え家族が絶望に染まっても、生者は彼らを嘆いて滅んではいられない。

それがどれだけ辛くても、前を見て進むしかないんだ。

「命の価値を…お前らが語るな!!」

メモリーがアモンを召喚し、攻撃をしかける。

「喰らわせろ…アモン!!」

「「ロキア!/ベリアル!」」

声が誰かと重なった。上空を見ると、そこにはPhantom Xのルパンとマジシャンの姿があった。

それぞれ化神を召喚し、目の前の偽神らしきを一瞬で葬る。

「…お前ら…!」

「1人でこそこそやってんなーと思ったらそーゆーことね。」

ルパンがニコニコと笑いながら言った。

「メモリー、水くさいぞ。俺たちを誘わないなんて。」

「………言えるかよ。親父を消しに行くとか。」

「そこだけ言ったら勘違いされるね!」

ルパンが笑った。

しかし目の前に、また偽神らしきが現れた。嫌な気がした。まさか無限沸きなんかしないよな。

「ここは任せろ。お前たちは先に行け。」

「いーや、お前らだけに任せたりはしない。俺もやる。」

「メモリー、お前は…!」

「俺を正してくれたのはグロースだが、支えてくれたのはお前らだ。お前らを置いて行けるか。」

メモリーがにやっと笑う。

「グロース、行こう。」

アンバーが彼の裾を摘まんだ。

「任せたぞ、グロース。」

グータッチを交わし、グロースらは偽神の奥へ進む。

阻もうと伸ばした腕をロキアが弾いた。

「行くぞ…お前ら! オシゴトの時間だ!!」

リーダーであるメモリーの服装が、一瞬だけ青白く輝いた。


しばらく先を進むと、門の前にゴリラのような見た目の、強そうな偽神らしきの姿を確認した。急いで身を隠し、様子を伺う。

「……3vs2…。だが体格差を考えると…。」

ノルムが戦力を分析しようとしたところ、内の一体が気付いて攻撃を仕掛けてきた。

命中する前にその場から離れる。

建物が跡形もなく砕け散った。あんなもの喰らったら一溜りもない。

「まずい…俺たちだけじゃ…確実に……!!」

地面に降り立ったところを狙われ、電撃魔法を放たれる。

避けられない……!!

目をきゅっと瞑り、いっそ覚悟を決めた。

が、それが彼らに直撃することはなかった。

「…待たしちまったな…相棒!!」

「間に合って良かった…!」

「…!」

グロースが見たもの。

それは、見慣れた男らの背中だった。

≪まーったくもー! リーダーもお前らも無茶しやがってさー!≫

やがて現れたのはTHE SHADOWの面々。相対する偽神らしきも集合を始めた。ざっと5体はいる。

メジェドが通信越しに、グロースらの盾になったヴィーテとレウスを叱った。

「…今の直撃だったろ……。」

アンバーが引き気味に言った。

「んなわけねーじゃん? アグトとウルグラを召喚して弾き飛ばしたんだよ!」

振り向いて答えるヴィーテ。その顔はドヤッとしていた。

「グロースの両腕をナメるな。」

全く視線を合わせようとしないレウス。

声から誇らしげにしているのが分かる。

「もう! 心配ばっか掛けさせないでよ! ばか! バカグロース!」

クイーンだ。

彼女はプンスカと怒りながらグロースに軽いパンチを肩にぶつけた。

そういえば彼女には内緒にしていた…。余計に心配させてしまったか……。

「ノルムーー!!」

その声に聞き覚えがある。

断じてTHE SHADOWの者ではない。となれば、そう、GLITTER WINGSのもう一人。ブロッサムだ。

「お前…なんで…!」

「…パパもママも急に居なくなって…。混乱して…その時思い出したの。全部が嘘偽りなんだって。ただの妄想…夢に過ぎないって…。」

「ブロッサム…お前…!」

「それと…私には、ノルムっていう男のお世話をしないといけないだったーって!」

「ブロッサム…………おまえ…………。」

さっきと同じ言葉なのに、なんだか意味が違って聞こえた。不思議だ。

「お前ら先に行け! ここは俺らが食い止めるからよ!!」

「お前らだけでは心許ない。俺も戦おう。」

ノルムが言った。

おいおい、とヴィーテが言い掛けたが、グロースがそれを止めた。

ノルムが戦う理由は最初から、ブロッサムの為だったのだから。

「アンバー、グロース! 負けたら罰金5億!!」

「はっ。まぁ見てなよ。期待以上を約束するよ。ボクとグロースなら、ね。」

小悪魔的ににやっと笑うアンバーがそう言った。

偽神らしきは今、彼らを包囲しつつある。

切り抜ける道が断たれたらしい。

「…悪かった。」

ヴィーテがグロースに言った。

「まんまと敵の策略に嵌まり、お前を助けてやれなかったとは…情けない。」

レウスが申し訳なさそうにグロースを見る。

彼は、そんなことかと静かに笑った。

「…でも、みんな戻ってきた。」

グロースはそれぞれの肩をポンッと叩き、背中を預けて前に立つ。

THE SHADOWらは自分のリーダーの背中を見届けてやると、武器を構えて戦闘に入る。

「どけどけ!! 天下のTHE SHADOWがリーダー、グロースとアンバーが罷り通るぜーー!!!」

ヴィーテはそう大声で言うと、大きなアックスを担いで敵の中に突貫していく。

レジナもシェンツァもフーディらも、そんな彼に続く。

化神を一斉に召喚し、魔法をぶっぱなして偽神らしきのある程度を蹴散らした。

「おい聞き捨てならないぞ!! 天下はGLITTER WINGSだ!! いくよ! ノルム!!」

ブロッサムが言った。

彼らが切り開いた道を、グロースとアンバーが駆け抜けた。

塔の大きな扉を、アンバーとグロースの化神によるゼトネスで弾き飛ばす。

その勢いのまま突入した。

外もそうだったが、とうやら今回は敵が多い。

構ってやる暇はないので、可能な限り避けていかないといけないだろう。

敵前逃亡しているみたいで気にくわないが、ここで消耗してしまってはどうにもならない。

どんどん先に進む。

一度は通った道だ。迷ったりはしない。

ただあの時より邪魔が厄介になっただけだ。

とにかくまっすぐ進む。

そうしてやっと辿り着いた“あの門”。

「………行こう、グロース。」

「…ああ。」

その門に手をかけた途端、がこんっと重い音が中から聞こえた。

内蔵に響くほどの轟音をたてながら、徐々に門が開かれていく。

やがてそれが完全に開かれると、そこから奥の方までレッドカーペットが敷かれていた。その先、奥に、“それ”はいた。

ドレスを身に纏い、黒色のマントをつけた女型(めがた)の人影。目は人間のものでも、ましてや他の動物とは異なる形状をしているらしく、黄色に常に発光しているその眼差しは、確かにグロースとアンバーの両者を見つめていた。

『……………。』

それは口はあるが鼻は無く、人の形をしているくせに人間らしさというものはこれっぽっちも感じさせなかった。

「あれが……ニュクス…!」

グロースが言う。

「さぁ…あいつを倒すよ…!!」

「分かってる……。」

グロースらは武器を構え、ニュクスにその穂先を向ける。

ヤツも武器を手にし、彼らとの戦闘に備えている。

「………。」

グロースは目を閉じ、深呼吸して軽く瞑想した。

「…いくぞ!!」

グロースの声を合図に、彼とアンバーが駆ける。

「消え失せろ!!!」

レイピアの刀身に闇属性の魔力を結晶化させ、殴るように振るう。しかしバリアによって直撃を防がれてしまった。

アンバーが大きく舌打ちした。

ニュクスは武器を持っていない反対の手のひらを、彼の体にかざす。

嫌な予感がした。

「プライム・ダガーッ!!」

グロースは専用武器を使って強化形態に変化する。

「グレネイトフィアー!!」

続け様に魔法を炸裂。

見事ニュクスに被弾させることに成功したものの、ダメージを受けた印象は受けなかった。

ゆっくりとグロースを見、そしてその手のひらを彼に向ける。

手のひらの真ん中辺りが閃光すると、今までに経験したことのない風圧に吹き飛ばされてしまった。

そのまま身体は宙を流れ、壁に背中を打ち付けると、衝撃と痛みのあまりに大きく咳き込んで肺にあった空気を全部出してしまった。

「ブチ射抜け!!」

アンバーの瞳が邪悪な赤に染まる。

現れた真っ黒なエレボミスが、自身の武器である剣で勢いよくバリアを突く。バリンッとガラスが割れるに同じ音がした。

光の壁を粉々に割ると、余所見をしているニュクスの体に、その刃の穂先で刺す。

しかし、全くそれを通さなかった。

魔法による防御か、或いはそういう体なのか。

ニュクスは今度こそ、手のひらをアンバーに向け、グロース同様に凄まじい風圧で吹き飛ばした。

「クソが…!」

アンバーがペッと唾を吐き捨てる。

一方のグロース。

手離してしまったダガーを拾い、逆手持ちに方を変える。そして高く跳躍し、構えた。

「ハァァアッ!!」

落下の勢いを利用し、直接ニュクスに斬りかかる。

バリアが張られ、直撃を防がれた。

無理やりねじ込むように力を込めるが、諦めてダガーを手離し、代わりにプライムの銃と通常の銃の二丁拳銃に変える。

「くたばれ…!!」

交互に発砲する。

ダァン、ダァン、ダァン、ダァンと連続して引き金を引き続ける。

弾倉が空になるまで続けるが、バリアには傷ひとつ入っていなかった。

しかしこれでいい。

ニュクスは完全にグロースに気をとられている。

「喰らいやがれーーーッ!! キュルバリガガバーーーー!!!」

アンバーは最大電撃魔法を炸裂。

ニュクスの体を雷の槍が貫き、その衝撃によってヤツは後方にぶっ飛ばされた。

壁に身体を打ち付け、そのまあまあの大きさからドゴンと大きな音がなった。煙のように塵が舞い、姿を隠す。

当たる直前にグロースは華麗に跳躍による回避をし、アンバーの隣に着地した。

「まだ来るぞ!」

塵がおさまり、ニュクスの姿を目視する。そしてそこには、3つのヒトガタの影も。

「…分身か何かか…!?」

グロースが言う。

「きっとその類いだ…。くそ…邪魔だ…! さっさと片付ける!!」

2人は再び構え直す。

ニュクスが武器である剣を横に振ると、その三体の分身が奇妙な走り方をして迫って来た。

アンバーの(レイピア)はまず一体の腹を貫いた。すぐに引き抜き、やって来る分身を蹴り飛ばす。

先に射抜いたヤツにトドメの斬撃を浴びせてから、蹴り飛ばされたヤツの首を貫いた。

一方のグロースは逆手持ちしたダガーで一閃して即座に撃破させた。

するとニュクスは、今度は6体も分身を召喚した。

「…またか…! 即座に黙らせるぞ!」

また構える。

グロースはまず、再接近したヤツを横に一閃した後、続けて斬撃を喰らわせてからダガーを突き刺した。

2体目に思い切り拳を叩き込んでやり、キックして牽制、続けて3体目の顔面目掛けてハイキックした。

最初の1体目からダガーをぶっこ抜き、トドメとして火炎魔法を浴びせてやった。

2体目3体目にも大きく斬撃。一気に殲滅した。

「…フフフ…あははは…! まとめて掛かってこいよ…。すぐに…全員…ぶち殺してやる!!」

言葉を理解しているのかはたまた偶然か、確かにヤツらはまとまって掛かって来た。

が、その程度でアンバーの手が煩う訳がなかった。

(レイピア)を振るう。

一撃、二撃、三撃。しかしそのどれも、一体ずつに一撃ずつ。確かに急所に当てたからか、連中は足掻くこともなくすぐに倒れ、消滅した。

アンバーの体から暗黒のオーラが見えた。かつてのネクロマスを彷彿とさせるそれを帯びると、彼が楽しそうに、狂人の笑みを浮かべていた。

「後はお前だけだね…ニュクス…!!」

「……。」

しかしニュクスは、今度は9体、分身を召喚した。

「チッ…。雑魚がわらわら…わらわらと…。」

アンバーの声に苛立ちを感じる。

「目障りなんだよゴミどもが!!」

声を大にしてそう言うと、真っ黒に染まったエレボミスを召喚した。

「ボクに合わせてよね、グロース!!」

「任せろ!!」

2人の声が重なる。

「「グレネイト・ゼトネス!!」」

真っ赤な光が連中に集まると、立派な炎の柱を作り上げてから大きく爆発した。

視界が真っ赤な閃光に染まる。

それはグロースら、ニュクスの両者ともそうだった。

が、僅かな瞬間だ。

巻き上がり、燃え盛る炎にトンネルができたように見えた。

そして現れたのは、ダガーを振りかざすグロースの姿。

「ハァッ!!」

勇ましい声と共に、今度こそ確かにニュクスの体に、深い斬撃を成せた。

「アンバー!!」

彼の名前を呼ぶ。

「ハァァァァァァァアッ!!!!」

気合いの入った雄叫びを上げながら、僅かに残る炎の中に身を投じる。そして確かに捉えたターゲットの身体を、隙だらけのその身体を、何度も何度も何度も何度も切り刻んでやる。怒りのままか、或いは何かの恨みか、彼は斬撃し続けた。

「目障りなんだよ!! 消え失せろォーーッ!!!」

斬撃が止んだが、レイピアはウィンチェスターに姿を変えた。

グロースはプライム・ガンに魔法石を嵌め込み、魔力を貯めていた。

ゼロ距離からそれぞれの弾丸を喰らったニュクスは、壁を突き抜け隣の部屋に押し出される。…いや、そこは隣の部屋なんかじゃない。もはや外だ。ヤツは落下し、背中を打ち付けられたせいか、身動きができなさそうだった。

「トドメだ!」

「分かってるよ、グロース。」

「……っ。」

一瞬だけ、グロースは迷ってしまった。

アンバーの顔を見てしまったからだ。彼自身は何とも思っていないらしいが…。

「………。」

「…?」

「…コハク、ありがとう。」

「……礼を言うのはボクさ。ありがとう、ハル。大好きだよ。」

「…ああ。」

互いの顔を見てフッと笑う。

告白みたいだね、なんてジョークを言おうとしたが、止した。アンバーが冷たい目で見てくることを予想したからだ。

「いくぞ!!」

アンバーの刀身に、光が宿った。

グロースはプライム・ダガーに魔法石を嵌め込み、魔力を溜める。

一斉に降り、振りかざす。

アンバーの光の刃がニュクスを一閃し、続いてグロースの(あか)い刃がそれに続いた。

クロスに刻まれたその体。

ニュクスは身動きしなかったが、ゆっくりと背後にいる2人の方を見る。

彼らの背中を見ると、要領オーバーした魔力が暴走し、大爆発を起こした。

「………やったか。」

グロースは振り向き、様子を伺う。

さっきまでニュクスが居たところまで近付いて、念のために辺りを見渡してみた。

その背中を、アンバーは静かに見守ると、剣を地面に突き刺し、そしてウィンチェスターを置いた。

「……やった…! コハク、やった__ !」

振り向くとそこに、彼の姿は無かった。

ただ彼が使っていたレイピアとウィンチェスターだけが、唯一さっきまでそこに彼がいた証明になっている。

「…………。」

喜びに満ちていたのが、全て無に帰す。

刹那、全ての感情がごちゃ混ぜになってしまった。

2人でニュクスを倒した喜び。しかし何も言わずに消えてしまった彼への静かな怒り。緊張が解れた楽と、友が消えてしまった哀。

「……。」

けどすぐに、立ち直る。

迷いは彼への、裏切りだから。

目にたまる涙はやがて溢れ、頬を伝う。

つぅ、と線を静かに描くと、そのしずくはぽたんと地面に落ちていった。

それがきっかけになり、次々と涙が溢れ流れる。

止めようと思うと止まらない。

でも泣いていられない。

彼は涙を拭うと、遺されたその武器を手にし、この空間から脱出しようと試みた。

「…!」

そこで、目にした。

謎の男がナイフのような機器を手にし、そしてそこに不思議な光が集まっていくその光景。

思わず身構えてしまった。

「…これで…全てが揃った…!!」

「お前…何者だ!?」

「フッフフ…俺か…? 俺は…(ニュクス)すらを超越した存在…いや…究極の外側神(ヨグソトース)になる者だ!!」

彼はそう言うと、見たことない機械を腕にあてがった。そしてそのナイフの形をした機器を、それの挿入口に入れた。

血色の光が、溢れんばかりに輝く。

「アッハッハッハッハッ!!」

光に包まれたその男は、どこかへと飛び去って行ってしまった。

放って置けない…!

グロースは急いで彼の後を追い、光の翼を形成して空を飛んだ。



To Be Continued

To…

英雄之仮面 Android & 化神

ゴーストアーマー

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