5「デート」
土曜日。ももとのデート当日。
普段は家で寝転んで日々の疲れを癒している時間だが、俺は今駅前の噴水を眺めている。
9:30。
少し早く来すぎたかもしれない。
カジュアルなズボンに紺色のジャケット。
髪も少しセットして清潔感を出した。
シンプルだがあまり攻めすぎてもよくないだろうからこれくらいで丁度いい。
「あ、はるくーん!」
少し小走りで駆け寄ってくるのは我が校の生徒会会長、山岡もも。
ひらひらのスカートに薄い黄色のカーディガンを着ている。まるで天女の羽衣のようだ。
「ごめんね、待った?」
お約束のこの言葉。こちらもお約束で返すとしよう。
「待ってないよ、今来たところ。なんか私服って新鮮だな」
デートにおいて忘れてはいけないのは相手の服装を褒める事だ。恥ずかしさから集合してすぐに目的地へ歩き出すカップルが多いが、これはNGだ。
きっと俺が起きるよりもずっと早く起きて身支度をし、どの服がいいかと迷った挙句、約束の時間が近づいてきて「ええい、ままよ!」と直感的に決めてきたに違いない。そんな努力を労うこともせず昨日の晩飯の話なんかをしながらふらふら歩き出す男を俺は男とは認めない。
「あはは、そうだね。はるくんも私服かっこいいね!」
くそ先手を取られた。まあいい。
「ありがとう。ももも凄く綺麗だよ。大人の女性って感じだ。」
服を褒めるポイントは逆を攻めることだ。
低身長のロリロリガールなら大人っぽいといい、背の高いお姉さん系なら可愛らしいという。これが必ずしも正解というわけではないが、成功確率は高い。
「え、大人っぽいなんて初めて言われたよ…えへへ」
抱きしめたくなる気持ちをぐっと堪える。
デートというのは己の理性との戦いでもあるのだ。
俺たちは談笑しながら肩を並べて歩き出す。
みかんとりん先輩には申し訳ないが、こういうのは早いもの勝ちだからな。
いよいよデートのスタートだ。
「買い物に行きたいって言ってたよな。何を買いたいんだ?」
「あ、えっとね、裁縫道具…」
裁縫か。
あまりそういうイメージはないが案外手先は器用なのかもな。
「へー、裁縫とかするんだな、ちょっと意外だ。普段はどんなものを作ってるんだ?」
「いやいや普段はぜんっぜんそんなのしないんだけどさ!ちょっとそういう女子力高いやつに挑戦してみようかなって思って!」
「なるほどね。自分磨きだ。」
「そう!自分磨き!」
そんな話をしながらとぼとぼ歩いて俺たちはショッピングモールへと足を運ぶ。ここならお目当てのものが買えるだろう。
中へ入り、俺たちは裁縫道具の売ってそうなエリアをうろうろした。
「ごめんねーせっかくの休日なのに買い物に付き合わせちゃって」
むしろせっかくの休日なのに俺と二人きりで出掛けてくれてありがとうって感じだ。
俺が国のお偉いさんなら今日というこの日を適当な理由をつけて国民の祝日にしていたに違いない。
「いや今週はだいぶ暇してたし丁度よかったよ。こちらこそ誘ってくれてありがとう」
俺は優しくももに微笑みかけた。
もももにこりと笑みを返す。
そして俺たちは裁縫道具を扱う店に辿り着いた。
店についてからは心優しき店員がどの針が縫いやすいだとかどの生地が人気だとか懇切丁寧に教えてくれているが人見知りをこじらせているももは何も言葉を返すことができず、何故か俺が間に入って通訳みたいな役を買ってでなければならなかった。
やがてめぼしいものが決まると手早く会計を済ませ、逃げるようにももが退散したため俺たちは早々にやることがなくなってしまった。
しかしデートの醍醐味はここからだ。
やることがなくなってからがデートの真髄である。
「このあと、どうしよっか」
「とりあえず歩き疲れたことだしどっかで休むか」
俺たちは近くにあった喫茶店へと足を運んだ。
適当に飲み物を注文し席に座る。
「いやーありがとうね。お陰でいい買い物ができたよ」
ももは満足そうに本日の戦利品をこちらに見せてくれた。
「あまり役に立てたかはわからないけどな。ところでその買った材料で一体何を作るんだ?」
この質問をした途端、ももは俯いた。
あまり聞いてはいけないことだったのだろうか。
「ごめん、聞いちゃまずかったか?」
「え、あ、ううん。そんなことないよ。せっかく買い物にも付き合って貰ったんだしちゃんと話さなきゃね。」
神妙な面持ちで話を続ける。
「お守り。手作りのお守りを作りたかったんだよ」