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俺が良ければ全て良し  作者: ギアマスター
「山岡ももの章」
16/58

16「口上」



「……」


返事はない。


まったく生徒会室の金庫もまだ開けてないってのにこんな強情な鍵を先に開ける事になるなんて。


「まあいいや。何も言わないってんなら勝手にいさせてもらうから」


よっこいしょという掛け声とともに俺は地べたに座り込んだ。


「……汚いですよ」


個室の中から声がした。

聞き覚えのあるしっかり者の声だ。



「汚い?知ってるよ。だから座ったんだ」


「………」


さすがに引いてるな。

今のは自分でも気持ち悪いと思う。



「お前さあ、試合が始まってからずっとここにいたのかよ。もうすぐ昼過ぎだっていうのに随分と長いトイレだな。そんなにキレが悪いのか?」


「……最低。そんなわけないじゃないですか」


「じゃあこんな時間まで何してたんだよ」


「………。」


だんまり、か。


「…先輩こそ試合が終わるまでずっと外にいたんですよね?私とそう変わりませんよ」


確かにな、と俺は相槌を打つ。


「そして今度は女子トイレに堂々と潜入なんてどうかしてます。新手の変態ですか?」


「悪いな、古参の変態だ」


「……」


俺がこんな返しをしているせいで話がまったく進まない。

とりあえず適当に話を振ろう。


「そういや試合の結果だけどな、なんとうちの学校が見事勝利したんだぜ?まあ俺も試合を見てたわけじゃないから詳しいことはわかんないけど。うちの学校にとっては悲願の勝利、良かったじゃないか」


「…知ってますよ、さっきそんな話をしている子たちがトイレに入ってきましたから。でも私にはもう関係のないことです」


「どうして?」


「こんなところでうじうじ泣いてたからですよ!みんなが必死になってプレーしている時、私はここで自分のことしか考えていなかった!そんな私に今日の勝利を喜ぶ資格なんてないんです!」


彼女の大きな声がこだまして響き渡る。

俺は返す言葉を探した。


「……そうかもしれない。でもそれは俺も同じだ。俺は試合なんかみてないし正直あまり興味もなかった。だけどももの嬉しそうな顔見てたらさ、勝って良かったなって心の底から思えたんだよ。だからさ、お前だってそれでいいじゃん。俺みたいな外野と違ってお前は何倍も努力して今日のために色々頑張ってきたんだろ?そんな人が当日ちょっと席を外したからって勝利を喜ぶ資格を失うほどこの世界って過酷なのかよ。俺が喜んで誰も文句を言ってきてないんだ、だからお前だって喜んでいいに決まってる」


「……」


「喜びたい人が喜んで何が悪いんだ」


「!!」


やがてすすり泣く声が聞こえてきた。

きっと彼女がこの場所から出られないのは自身の失恋のショックだけではない。


自分の感情を抑えられなかったせいであの場に立てなかったことが悔しいのだ。

チームメイトへの罪の意識、それが彼女をここまで弱くした。


「せんぱい…どうしてここにきたんですか。それに私のこと、どこまで知って…」


「何も知らん。何も知らなかったからこんな事になった。お前だって知らなかったからこんな事になったんだろ。世の中、知らないことだらけだ。」


「…へんなひと」


「よく言われる」


くすりと彼女は少し笑った。


「あーあ、まさかもも先輩と付き合ってたなんて予想外でした……。『三色兼美』が相手なんて最初から私が敵うわけないじゃないですか。負け戦ですよ」


「そんなことねーと思うけどな。ももだって可愛いけどお前だって充分すぎるくらい可愛いだろ」


「なな!そんな傷心につけこんで口説こうったってそうはいかないですよ!だいたい先輩だって本当はもも先輩のこと狙ってるんじゃないですか!?普通、好きじゃなかったらあんなことまでやらないですよ!」


「ば、ばかお前!確かにちょっといいなと思ってた頃もあったけども…ももは大切な友達で生徒会の仲間だ!そんな邪な気持ちだけで俺はあそこまでしないぞ!」


「あははっ、先輩動揺しすぎですよ!」


楽しそうに彼女は笑っていた。

心の底から笑った声を俺は初めて聞いた。



「ほら、いい加減そんなとこに閉じこもってないで出てこいよ。」


「あの…それがですね……」


彼女の声がか細くなった。

なんなんだ一体?


「トイレ……」


「ああ、トイレだな、ここは」


だんっと個室を蹴り上げる音。

目の前で大きな音が鳴るもんだからつい仰反ってしまう。


「トイレしたいから出ていって!!」


慌てて外へと駆け出していく。

トイレに篭ってたら本当にトイレをしたくなったなんてそんなの言って貰わなければわからない。


「はあ…はあ…なんて勝手な奴なんだ……ん?」



ああ、終わった。

俺は死を覚悟する。



外へ出た瞬間、目の前にいたのは巡回の運営スタッフだった。しかもそれは先程時間の無駄だと罵った相手だ。


効果があるかはわからないが、一応弁明をしてみることにする。


「あの、スタッフさん、これは違うんです。確かに女子トイレには入っていました。しかしこれには話すと長くなる事情がありまして、とにかくやましい気持ちがあったわけではないんです!!それに先程の件に関してもご気分を害されたようでしたら正式に謝罪をさせて頂きたく……!」




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