15「もうひとつの物語」
「何かあったってわけじゃない…けど」
「なんだよはっきり言えよお前らしくない」
俯いたまま栗宮は言葉を絞り出す。
「……昨日の夜メッセージが来てさ、明日渡したいものがあるから試合が始まる直前に自分のところにきてくれ…って」
「!!」
「お前が会場の外に連れて行かれた後、みんなで円陣を組もうとした時に急に富有が倒れたんだ。軽い貧血みたいだったけど何だか様子がおかしかったから今日はもう帰った方がいいって話になって。部員の1人が送っていくって言ったんだけど富有は自分一人で帰れるって言って聞かなくてな。体調は戻っていたみたいだったし気をつけてと声をかけてそのまま富有を家に帰したんだ」
俺の中で一抹の不安が頭をよぎる。
まさかそんなことってーー。
「なあ、お前が富有に会ってないって言うならさ、まだ富有はーー」
そんなことってあるかよ。
「栗宮。俺は会場の中を見てくる。お前はここでももが来るのを待って一緒に帰るんだ」
「それなら俺もーー」
「ここは俺に任せてくれないか。お前だって薄々気付いてんだろ。そうじゃなきゃお前がそんな顔をするわけないもんな」
「…でも……」
「お前はいない方がいい。俺だって決して適任じゃあない。でも今、あいつを探して声をかけてやれるのは俺だけしかいないんだ。わかってくれ、栗宮。」
栗宮幸太。俺の親友は本当にいい奴だ。
だがここでお前が富有のために走るのは絶対に間違っている。お前は今日、ももの勇姿に答える義務があるんだ。よく頑張った、嬉しかったと、ももに言ってやる必要があるんだよ。
だからこの役目は俺でいい。
俺も知らなかったとはいえ、事件の一端を担ってしまっている。まあ知っていたところで今日俺のやったことの他に方法が思い浮かぶとは思えないが。
「栗宮、もものことは任せたぞ」
俺は今朝の柿沼富有との会話を思い浮かべながら、体育館の中へと走っていった。
『お守りです。手作りのお守り。』
『仕方ないですね、諦めましょう』
『それにお守りなんてなくても直接伝えればいいんです。頑張ってって。』
俺はてっきりどこぞの格好いい彼氏を応援するためのお守りを作ってきたのだと思い込んでいた。ももの例があったから。
きっとバスケ部の中にいけすかないハンサムスマイルを浮かべて魅惑のプレーを発揮する、そんな彼氏がいるのだと。俺とは縁もゆかりもない、そんな男がいるのだと。
だが真実は残酷だった。
栗宮幸太には山岡ももという彼女がいる。
その事実は生徒会メンバーである俺でさえ知らなかった。
なら相手方のバスケ部の連中の中にだってそれを知らない者がいてもおかしくはない。
そして何も知らないままーー。
自然と恋に落ちてゆくことだってある。
「クソッ!なんでこんなことに!」
彼女は確実に会場のどこかにいる。
俺はあてもなく探し回った。
ロッカー室、体育倉庫、シャワールーム、休憩室。
めぼしい場所は全て回ったがどこにも彼女の姿はない。
ふと目の前に大会運営スタッフと会話をしているももを発見した。俺を摘み出した者の1人だ。
「あ、はるくん!」
ちょうど鞄を受け取っているところのようだ。
置き引き被害には合っていないようで安心した。
「もも!悪いが先に栗宮と帰っててくれ!あいつ今日ミーティングなくなったらしいから…ちゃんと家まで送ってもらえよ!」
「え?はるくんは…?」
「忘れもの!」
俺はももの横を走り抜けようとした。
しかしーー。
「お、おい君!止まりなさい!忘れ物なら我々が…」
スタッフの一人に阻まれる。
くそっ、なんでこいつらはいつも…!!
「じゃあ聞くが、試合が終わった後この会場のどこかで女子生徒を見かけなかったか?ポニーテールでジャージ着た子!きっと1人ぼっちでどこかにいるんだ!」
「い、いや見てないが…」
「じゃあ話しかけんな!時間の無駄だ!」
最低な捨て台詞を吐き、再び走り出す。
彼らには本当に申し訳ないことをしてばかりだ。彼らに全く非はないが無性に八つ当たりをしたくなった。
「くそ、あと回ってないところは……」
回れる限りのところは回りきってしまった。
つまり俺が意識的に排除してしまっているところがどこかにあるということだ。
あるいはすれ違って会場を出ていったか?
「!!」
一箇所だけ、回っていないところがある。
ある意味1人になる場所としては最も王道だ。
しかし、俺はそこに入っていいのか?
「迷ってる暇はないな」
俺は女子トイレへと駆け込んで、個室の鍵をチェックした。
3つ並んだ個室の一番奥、そこの鍵だけが赤く反転していることに気付く。
「はあ……はあ………」
額の汗を袖で拭う。
呼吸を整え個室の前に対峙した。
「富有…いるんだろ?」