14「栗宮幸太という男」
ぞろぞろと人が会場を去って行く。
見たところ出入り口はここ一箇所だけらしく、応援に来ていた者たちは互いに押しのけ合いながら退場している。その点、俺はすんなり会場の外へ出られたのでなんだか得をした気分だった。
俺の横を通り過ぎるとき何やらこちらを見てヒソヒソと話しているグループがたまにいるが、おおよその察しはついている。きっとあの奇行のことに違いない。
いずれ今日のことは学校にも広まってしまうだろう。月曜日が憂鬱だ、と思ったが元々月曜日は憂鬱なものなので大した問題ではなかった。
「えらく有名人になったな、陽喜」
俺の横にどすっと腰をかける。
「栗宮」
「まさかお前があんな奇行に走るなんてな。あいつらに言ったら何て言うと思う?」
「言わなくていい。」
俺のこういう話題を心底喜びそうな奴らだ。
噂が広まるのは仕方ないとしてわざわざこちらからネタを提供してやる必要もないだろう。
「はは、そんな怒るなよ、冗談だろ」
俺の肩をぱしぱしと叩きながら陽気に笑った。
「そんな事より激戦を勝ち抜いた親友におめでとうの一言もないのか?」
「いやそれはお前が揶揄ってきたから…まあいい、とにかくおめでとう」
満足そうに微笑む栗宮。
栗宮のこういう屈託のない表情にももは惹かれたんだろうか。
「なんだか凄く強いとこだったって聞いたぜ。うちの学校にとっては因縁の相手だったって。よく勝てたな」
「そうだな。正直めちゃめちゃ強かった。勝てたのが不思議なくらいだ。一歩間違えてたら負けてたかもしれない」
「お前なあ…」
「でも負けるわけにはいかなかった。ももがあんなに勇気を出して応援してくれたんだ、たとえ一歩でも間違えるわけにはいかないだろ?」
「……」
「それに、親友にも絶対勝てと言われたからな。俺には勝つ以外の選択肢がなかったんだよ」
「かっこいいなお前」
「まあな。でもまあその親友は俺の試合なんて1秒足りとも見ちゃいなかったわけだが」
いや俺だって摘み出されなければ誠心誠意応援してたさ。
せっかくの親友の晴れ舞台なんだから。
「正直お前にはめちゃくちゃ感謝してる。お前があのときとった行動は確かに常識的に考えれば奇行と言わざるをえないのかもしれないが、それでも俺は、俺たちはあのときのお前に助けられたんだ」
「そんな大袈裟な」
「明日学校に行ったらきっと今日のこと、広まっていると思う。お前の行動を馬鹿にして嘲笑う奴らもいるだろう。だが、決して忘れないでほしい、それで救われた人間が確かにいたってことを。」
こうして面と向かってそんなことを言われてもなんて返せばいいのかわからない。
なんだかむず痒くて照れくさい。
「あーあ、なんだか一気に疲れてきた。お前、この後ミーティングだろ?行かなくていいのか?」
「ああ、今日のミーティングはなしになったんだ。疲れてるだろうから今日は休めって監督が。練習は厳しいけどそういうとこ優しいからな」
バスケ部の監督。
学校で会ったときに俺は何て言えばいいんだろうか。やっぱり謝るべきだよな。
「そうだ、このまま3人でどっか遊びに行かないか?」
「は?」
「お前もこの後予定があるわけじゃないんだろ?今日のお礼になんか奢ってやるからさ、な?」
一試合こなしてきた男の提案とは思えなかった。体力が有り余っているのか、勝利の余韻でアドレナリンがドバドバ出ているだけなのか。
俺なんてぼーっと雲を眺めているだけでとてつもない倦怠感に襲われているというのに。疲れているからまた今度な、という断り文句が浮かんだが、こいつの前でそれを言う事はなんだか男として負けてしまう気がした。
「どんだけ体力馬鹿なんだよお前。疲れるってことを知らないのか?」
「おいおい。俺だって普通に疲れてんだぜ。せっかくお礼をしてやろうと思って身体に鞭打って誘ったのによ」
「満身創痍の身体に鞭打ってんじゃねーよ。帰ってちゃんと休めよ。体壊しても知らねーぞ」
「……」
栗宮は俺の言葉をきっかけにしたのか、なにかを思い出したかのように神妙な面持ちで黙り込んでしまった。
「どうした?」
「いや、今日試合前に体調を崩したバスケ部のメンバーがいてさ。せっかく勝ったのに一緒に喜べないのはなんか悲しいなって思って。お前ずっとここにいたんなら、すれ違ってるよな?」
ここで会ったのは用事の合間をぬって様子を見に来たりん先輩だけだ。それ以外には誰もここを通らなかった。
「いや会ってないけど」
「え?おかしいなあ。そいつ、うちのマネージャーなんだ。背丈はお前よりちょっと低いくらいで茶髪のポニーテール。一年生で青い校章のジャージを着てるはずだ。本当に会ってないのか?」
バスケ部のマネージャーで茶髪ポニーテールの一年生。
今朝、そんな奴の落とし物を一緒に探してやった気がする。
「それって柿沼富有のことか?」
「!!……お前富有と知り合いなのか!?」
「いや今朝ちょっと話しただけだ、知り合いってほどじゃない。でも本当に体調不良で早退したなら俺は絶対にここで会ってるはずだよな?」
どういうことだ?
家に帰ったわけではないと言うなら彼女は一体今どこにーー。
「栗宮?」
栗宮とは約1年もの間、ともに学校生活を送ってきた仲だ。だから当然すぐに異変には気付いた。
明らかに様子がおかしい。
まるで何かを隠してるかのようだ。
「お前、柿沼富有と何かあったのか?」
「!!」