13「ささやかな勝利を」
何をするでもなく、俺はただ時間が過ぎるのを待った。ボールの跳ねる音、バスケットシューズが地面と擦れる音、そして人々の歓声。それらの音は外の世界にも漏れ出ており、俺はなんとなく試合の展開を把握することができた。今、どちらが優勢でどちらが劣勢なのか。
次第に会場から聴こえる応援は熱を増し、重なり合った轟音だけが耳に響く。
これではどちらが勝っているのかわからない。
白熱した試合はお昼過ぎまで続き、やがて試合終了を告げるホイッスルが鳴る。
この歓声はどっちの高校だ?うちの学校か、それともーー。
「はあ…はあ…はるくん…!!」
息を切らしたももが俺の元へ駆け寄る。
「どうだったんだ?試合」
ももは汗を拭いながら息を整える。
結果がどうあれももが成長したことには変わらないんだ。
だからこれ以上を望むのはあまりに欲深い。
それでも俺は、今日という日を最高の形で終えたい。
どうか神様、彼女の勇気に免じてささやかな勝利をーー。
「勝ったよ!うちの学校が勝ったんだよ!これで決勝に行けるんだよ!」
ももはいつにも増して嬉しそうだった。
「よかったな。これもお前が頑張ったおかげだ」
「違うよ、はるくんが背中を押してくれたから私も頑張れたんだよ。1人じゃなにもできなかったし、お守りを渡せてなかったらきっと試合に勝っても後悔してたと思う。だけどもう大丈夫!なんだか今は一人でも何でもできるような気がしてるんだ!」
その言葉こそ俺の望んだものだった。
彼女に自信をつけてやりたい、俺の願いは成就した。
山岡ももには彼氏がいてその彼氏のために頑張るもものあと一歩を踏み出すきっかけを与えただけの俺。
しかしそれでも確かな達成感があった。
何も手に入れていないはずの両手には抱えきれないほどの何かがあった。
「ももの力になれたのならそれでよかったよ。」
「本当にありがとう!はるくん!!」
元気いっぱいにももは笑った。
「何かお礼をしなくちゃね、何がいいかなあ」
「いいよ、そんなの。」
「そういうわけにもいかないよ!んーそうだなあ…。あ!私も鍵の開け方とか勉強して生徒会室の金庫を開けるの手伝うよ!」
「え?」
こういう言い方をしたら失礼だが、きっとももには不可能だ。実力の問題ではなく考え方の問題だ。鍵を開ける作業というのは実はそれなりの思考力が必要である。特にその思考は猜疑心のようなものに近い。
金庫を疑い、最悪のケースを疑い、自分の経験さえ疑う。
そうして得られた可能性の数が多い者ほど優秀な鍵師と呼ばれるのだ。
優しすぎるももには向いていない。
「気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ。これでももに開けられても悔しいからな」
「そ、そっか、わかった。じゃあ試合も終わったことだし帰ろっか」
「え、栗宮を待たなくていいのか?」
「選手たちはこの後学校に戻ってミーティングなんだって。それにチームメイトとの時間を邪魔したら何だか悪いし。こういう時は勝利した仲間との時間の方が大切でしょ」
胸を張ってそう言い切るももの顔はかつての臆病者のそれではない。自信に溢れ余裕に満ちている。
ここまで骨を折った甲斐があった。
「あれ?もも、かばんはどうしたんだ?」
ももは来る時には所持していたはずのスクールバッグを持っていなかった。俺にいち早く勝負の結果を伝えようとして会場に置いてきてしまったようだ。
「え?あ!やば!椅子に置いてきちゃったかも!ちょっと探してくるね!」
くるりと翻り、ダッシュで体育館の中へと戻っていく。
一皮剥けて成長したと思っていたが、こういうおっちょこちょいなところは変わらないな。
俺は再び腰を据え、ももの帰りを待った。