12「会場外の出来事」
ももの投げたお守りは栗宮のいるところとは見当違いのところへ飛んでゆく。
もものコントロールは想像以上にやばかった。
「あ、あれ?」
常人なら確実に追いつけない距離だが、栗宮は常人ではないので華麗にそれをキャッチした。
息ひとつ切らしておらず、これが限界ではないことを感じさせる。
栗宮は自慢げにももに向けてお守りをかざす。
「ありがとな、もも」
「う、うん。頑張ってね、試合」
「おうよ」
恍惚の表情を浮かべるもも。
俺の目的は無事に達せられた。
そしてその瞬間、俺はようやく我に帰る。
一体あんな大声で何をしていたのだろうか。
「君!困るよ、試合前にあんなことされちゃ」
2人の運営スタッフが俺のところへ駆け寄ってくる。2人がかりで両腕をがっしりと掴まれ、身動きができない状態だ。
わかったわかった、自分で歩けるから手を離してくれ。
「ご、ごめんなさい、その人は私のために…」
ももが仲裁に入ってくれるが俺のしたことを考えればきっと何の意味もないだろう。
「試合を妨害されたらたまったものじゃないからね。悪いけど君のお友達は会場から出て行って貰うよ」
ももはそれでもまだ何か言いたそうだった。
「もも、俺は外で待ってる。そもそも俺はお前のためにここに来たわけであって別に試合が見たいわけでもないしな。だけどお前は違うだろ?一人にさせて申し訳ないけどももは試合を最後までちゃんと見届けるんだ、いいな」
ももは納得いかなそうな顔をした。
「ほら、歩いて」
彼らは俺を拘束して引き摺るように連行する。
依然逃走を続けていた連続殺人鬼がようやく警察官に確保されたときはこんな感じになるのだろうか。
途中、最後の力を振り絞って俺は栗宮に向かって声をあげた。
「勝てよ!絶対!」
いいから歩けと俺は催促を受け、そのまま外へと放り出された。
栗宮がどんな返事を返してくれたのかはわからないがきっとあいつのことだ。何も言わずに握り拳を俺に突き立てたに違いない。
俺が会場の外へ出されてから30分ほど経った頃、ようやく試合開始のホイッスルが鳴った。
今日の試合は地区大会の準決勝で、もしここに勝つことができれば次の決勝戦の相手はわりとうちの学校とは相性がいいらしいので優勝間違いなしとまで言われている。
しかし本日の準決勝は一度も本校が勝利をしたことがない、いわゆる因縁の相手。
それだけに応援にも力が入っており、体育館の外までこの大きな歓声が響き渡っているというわけだ。
「よっこいしょ」
俺はももとの集合場所だった体育館の入り口の階段付近に腰を下ろす。
帰るわけにもいかず、入るわけにもいかない俺はこうして試合が終わるまでここで待ってないといけないらしい。
しかしこれは完全に自業自得なので誰に文句を言うつもりもない。あれは完全に俺が悪い。
ただ、大目的である「ももがお守りを渡せるように協力する」ことには成功したので全くといっていいほど後悔はなく、むしろ清々しい気持ちだ。横をすり抜ける春風が気持ちいい。
強いて言うなら試合の行く末を最後まで見守れなかったのは興味はなくとも関係はあるので多少残念という気持ちはあるもののそれはきっと俺の役目ではないのだろう。
お役御免となった俺はあとはこうして試合が終わるまでぼーっとしてればいいのかもしれない。
俺はだらしなく口を開けて青い空を眺めた。
まばらに散った雲の一部が女性の裸体に見えてきて、俺はその胸に向かって手を差し伸べた。
「なにをしているの?いつにも増して変な顔をして」
階段下から声がした。
下を覗くとそこには仁王立ちで腕を組む制服姿のりん先輩の姿があった。
「り、りん先輩?どうしてここに」
「ももから今日のこと誘われていたんだけど家の用事が外せなくてね。断ってしまったのだけど時間ができたから心配で様子を見に来たのよ。ただ、杞憂だったようね」
いたずらに彼女は微笑んだ。
「なんでそう思うんですか」
「だってももがお守りを渡せていないのならあなたがこんなところで日向ぼっこしている訳がないじゃない。うまくいったからそうしているんでしょう?」
「いや、これには色々と訳がありまして…あ、でもお守りを渡せたっていうのは本当です。」
「そう、ならよかった。大方あなたが会場をどよめかせる程の奇行に出て、結果それのお陰でお守りを渡すことはできたもののあなた自身は締め出しを食らってしまったとかそんな所でしょうけど…それにしてもよく頑張ったわね」
勘とかそんなレベルじゃない。
本当はどこかで見てたんじゃないだろうか。
「はい、もも本当に頑張ってましたよ。ちゃんと自分で勇気を振り絞ってました。今回のことがももの自信に繋がるといいんですけどね」
「そうじゃないわ。あなたのことよ。」
「?」
「始めは私とみかんが誘われていて手助けをするつもりだったのだけど、2人とも都合がつかなくなってしまって。申し訳ないことをしたと思っていたけれど結果としてはあなたの方が良かったのかもしれないわね。正直感心しているわ」
いつも俺のことを罵倒して楽しんでいる彼女から初めて褒められ、内心とてもうれしかった。
どんな顔をしていいかわからず、何も言うことができない。
「それじゃ後のことは任せたわ。私はそろそろ戻らないといけないから」
「はい、任せてください」
りん先輩は踵を返して颯爽と歩いていく。
しかし数歩歩いたところでピタリと止まる。
少しだけ顔を覗かせて彼女は小さな声で言うのだった。
「今度は私の事も助けてね」
俺は言葉の意味がわからず、固まってしまう。
それを見てクスリと微笑み、再び彼女は歩きだしていった。
その背中が見えなくなるまで俺は言葉の意味を考えていたのだが結局何もわからなかった。