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俺が良ければ全て良し  作者: ギアマスター
「山岡ももの章」
11/58

11「待ちわびた放物線」


ももの勇気ある行動は神の悪戯かタイミングの悪い掛け声にかき消されてしまった。


せっかく勇気を振り絞ったのに。

せっかく一歩を踏み出せたのに。


その瞬間、俺には世界がスローに見えた。

全てがゆっくりと動き、まるでこの空間を俯瞰で見下ろす神になったようだった。


監督の声に反応して駆け出す栗宮。

ゆっくりと翻り、一歩、また一歩と走り去って行き、その背中は少しずつ遠くなっていく。


ぎゅっと握りしめたお守りの力が抜けて、呆けたように立ち尽くすももの横顔。

涙がじわりと滲んできている。

彼女はただ、少しずつ遠くなっていく栗宮の背中を見つめていた。


彼女は勇気を出して声を挙げた。

なのに何たる仕打ちだ。

これではあんまりじゃないか。


俺は知っていた。

ももの手先が器用でないことを。


俺は知っていた。

ももの指先に痛々しい傷痕が刻まれていることを。


俺は知っていた。

ももの覚悟を。


俺は何のためにここにいる?

俺は今日一体何をしにここへ来たんだ。


ももの夢を叶えるため?

それもある。だが俺はそんなにできた人間か?

俺は本当にもものためだけを思ってここに立っているのか?


俺には野望があった。

決して人に言う事はない、自分本位のどうしようもない野望だ。

そんな男が聖人のように人のためになることだけを望むことができるだろうか。

そうだ、少なくとも俺は自分のことしか考えていない。


自らの幸せが最優先に決まっている。

俺に関係のない面倒事などに興味なんてない。

ではなぜだ?なぜここまで山岡ももを手伝いたいと思っている。

こんな俺がももを助けたいと思っている本当の理由はなんだ。


だっておかしいだろ?

本当に自らの野望を果たしたいのならここでももを助ける事なんてなんの意味もないんだから。

彼氏持ちのももの事など早々に切り捨てて、さっさとりん先輩やみかんの攻略にシフトチェンジした方がいいに決まってる。


そうだ。本当は気付いている。

俺は俺のためにしか動けない。

俺が望む結末しか俺は結末と認めない。

それくらい俺は頑固で自己中で意地っ張りだ。




俺はただ、もものこんな顔を見たくないだけだ。

ももがどんな気持ちなのかなんて知った事じゃない。

俺が、その顔を見たくないと言ってるんだ。






ももの手元からお守りがぽとりと落ちたその瞬間。

栗宮が円陣へと入っていくその瞬間だ。








「集合ぉお!!栗宮ぁあァ!!」


俺は監督にも負けない声で栗宮に集合をかけた。

俺の怒号に会場はしんと静まり返る。

ボールが跳ねる音も観客の声も、一切の音がその場から消えた。


俺はももの手から抜け落ちたお守りを地面につく直前でキャッチした。ももの手を握り再びそれを握らせる。


「大事なもんだろ、しっかり握っておけ」


「う、うん…」


深呼吸をして再び俺は怒号を飛ばす。


「おい集合って言ってんだろ栗宮!!早く来いよ!!」


会場の全ての人間が俺を見ていた。

栗宮が壮絶な顔をしてこちらに急いで駆け寄ってくる。


「お、おい陽喜。そんなに大声を出すとみんなの迷惑に」


「迷惑だと!?迷惑被ってんのはこっちだ馬鹿野郎!俺がわざわざ休日潰してまで付き合ってやってんだ!せめてももの喜ぶ顔くらい拝ませて貰わなきゃ割りに合わねえだろ!」


「それってどういう…」


「お前の大事な彼女から渡してえもんがあるんだってよ!お前彼氏ならそんくらい気付いてやれよ使えねーなあ!!そもそも俺が試合観戦のためだけにわざわざこんなとこに来る訳ねーだろよく考えろよ!」


俺はもはや自我を失っているといっていい。

何の自制も効かず、ひたすら言いたいことをぶちまけている。


「お、おお、そうだったのか、もも」


「へ!?あ、うん…」


ももは俺の豹変ぶりに驚きを隠せない。

わたわたと慌ててどうしたらいいのかわからない様子だ。


「いいからさっさとぶん投げろ!渡さなきゃそんなもん何の価値もねえんだから!」


「でもお守りを投げたらバチが…」


「あたらねーよ!これはお前が作ったもんなんだから神様なんか宿っちゃいねえ!」


「で、でも…」


「これはどっかの偉い神様のご利益あるお守りなんかじゃねえだろ!これはお前があいつに頑張ってほしくて作ったもんだ!お前しか作れない、世界中のどんなものより価値があるもんだ!だから投げて渡したくらいでどうこうなるもんじゃねえから安心しろ!」


俺の勢いに圧倒されて、ももはお守りを放り投げた。


「く、栗宮くん!これ!」


お守りは放物線を描き宙を舞う。


この一瞬が今日の全てだ。

こうしてみれば何のことはない、ただお守りを放り投げただけ、たったそれだけの出来事。


それだけの事が俺にはたまらなく嬉しかった。


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