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俺はここにいるんだぞ

生前の世界では妹、ミカとはそれほど仲良くはなかった。血のつながった他人。喧嘩をするという仲ではない。趣味も違えば生活に必要なこと以上の話はしない。


俺は今日も家の窓を眺めている。ミカは塞ぎ込むことが多くなった。あれから1ヶ月たった。好きなYouTubeも見ていない。


元気づけるならどうするか。ミカは椅子に座って虚空をずっと眺めている。


例の量子通信で何か送るか考えた。「あまり塞ぎ込むなよ」とLINE経由で送ることにしたが、既にあるアカウントは使えないし、電話番号も作れないので、SMSの送信サービスを介してSMSを送ることにした。


少しイメージするだけでインターネットを操れる。SMSは送れたようだ。ミカはスマホをいじると、顔を上げて窓を見て、少しあるカーテンの隙間をそっと閉めた。


俺は続けて俺の天上界のことを送ってみたが、どうやら送られなかった。代わりに、「勉強しとけよ」と送ったが、何度やっても送れなかった。


どうやら自分のことを送ろうとしたのがよくなかったようで、生前の世界に矛盾をきたす、つまり死んだ人間が生きている前提で情報は送れないということのようだ。量子エンタングルメントが切れたのか、何をやっても送ることはできなかった。


ミカは時々カーテンを少し覗き、窓の外を怪訝そうな目で見回し、窓の鍵がかかっていることを確認した後眠りについた。


俺もやることはない。意識を窓からそらすと、視界は暗転し、文字通り何もない空間に投げ出される。宇宙の元々の姿。俺たちは無から始まって無へと向かう無限の時間の一部に過ぎなかった。音も、匂いも、色も、寒さも暑さも、感触も何もない世界。ここでは何も生まれないし、何もなくならない。


何もない世界はあまりにも退屈で、思考だけが空回りする。新しく何も起きない世界では、ただ過去の思い出を思い出すしかやることがない。19歳で死んだ俺は、80歳で死んだおじいちゃんより思い出は少ないのだろう。やり残した出来事を思い出すと、焦燥感で覆い尽くされて無力感が俺を苦しめた。


生前はお化けとか怪奇現象、心霊現象は否定派だったが、こうしてみると死者の怨念が生前世界に何らかの影響を及ぼしても不思議ではないと思った。俺はなぜかインターネットに条件付きながら干渉できるが、他の方法で生前世界に干渉している死者もいるのかもしれない。


俺は思考を一旦やめて、インターネットを意識した。


イメージは単純だ。パソコンのブラウザとキーボードを意識すれば良い。俺はひたすら、有り余った時間をインターネットに費やすことにした。食べなくても寝なくてもいい。イメージをすれば食べることも寝ることもできるが、必ずしも必要はなかった。


生前世界を眺めながら、しばらくネットだけをひたすらやり続けていた。しかしそのような日々も飽きが来る。俺は、ハッキング被害のニュースを見ながらふと思う。この世界であれば、何をしても犯罪にはならないだろう。


ただ俺はプログラミングを趣味としていたし、パソコンショップに行って無限にアラートが出るスクリプトを埋め込んだりしたいたずらはやった。ただハッキングというハッキングはしたことがないので、いろいろなことを知る必要があった。


手始めに、俺は住んでいた市のサイトを少しばかりいじることにした。技術もないので、俺はハッキングフォーラムの情報をもとに、ソーシャルハッキングを試みることにした。


「ご担当者様


先日は為になるお話ありがとうございました。


お渡しを忘れた資料がございますので、以下のリンクからダウンロードしてご確認ください。よろしくお願い致します。」


このメールを市の職員全員に送った。サイトの管理者に届けたいが、何の情報もないのでできない。そのためリスクはあるが全員に送るのだ。リンク先にはブラウザのCookieを盗むプログラムが設置されており、実行するとさまざまなサイトのログイン情報を得ることができ、これをもとに、他人の名義での買い物もツイートもし放題だ。もちろん、そのためではない。


結果的に7人がこれを実行し、一人はサイトの管理者だった。俺はCookieを使ってレンタルサーバー会社にログインし、市のトップページを改造した。


「市民の皆様 危険な道路があり、川が見えづらく直進してしまうと川に転落する危険な場所があります。通らないでください。」


最後には道路管理課の連絡先を大きく記載した。職員の平和な日々を邪魔することにはなるが、あの道路での次の死人は出ないだろう。もしミカが同じ大学に行ったら、あの道路を使ってもおかしくはないのだ。


俺は一つだけこの世界にいる意味を見いだしたように思う。


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