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2/12

普通寝る前に「次の日起きられますように」なんて願わないよな?

俺は生前世界で気になっていた同期の女の子、アケミのツイートを、パラパラと読んでいく。生前世界のようにスマホをフリックしたりする必要がなくてとても楽だ。


彼女は中学、高校が同じで、今医学部に入るために浪人している俺の知り合いだった。彼女の最新のツイートは「ショックで悲しい」だった。それほど関わりはなかったが、こうした感想を抱いてくれる人がいることに俺はありがたみを感じた。


俺は先ほど作ったメールアドレスで新しくTwitterアカウントを作って、「いいね」を押してみた。これはできるようだ。


しばらく俺は天上界からネットをうろつき回り、自分の死んだ時のニュースが配信されているのを見つけた。そこには、記憶と同様に、俺は道を外れて、運悪く川に突っ込んで、頭を強打していたとの記録があった。救急に運ばれ、処置の甲斐もなく死んだのだ。


記事には現場は昔から危ないと指摘されているとの記者のコメントもあった。


俺は意識して運ばれた病院を思い浮かべる。すると、病院の今の様子が軽々と“視認”できた。もちろん数日前の話だから、今となっては自分もいないし、俺がいた霊安室には別のおじいちゃんが横たわっていた。


続いて、俺が死んだ場所を“見てみる”。道路から川にかかっている橋が、道路の幅より狭く、ちょうど歩道が途中で無くなっているような形になっている。柵をつける予定だったのかは不明だが、俺は自転車でここから川に落ちたのだ。


俺はふと考える。俺は果たして死んでいるのだろうか?こうして意志を持ち、考え、制約付きだが世界に干渉できる。


その意味では俺は生きている。


ただ、俺が存在していること自体は世界の法則からどうやっても生前世界に伝えることはできないから、世界に俺はもう存在していない。それを人々は死と呼ぶのかもしれない。


俺は生前世界では名前も残すような偉大なこともしていないし、交友も広くなかった。お葬式も親族と少ない友人だけだった。子孫も残していない。


彼らが死ねば、もう俺を覚えているものはいない。


考えれば考えるほど、なんとも理不尽な話だ。さらに苛立たしいのは、俺自体が「終わって」いるのに、まだ生前世界に干渉することができるという事実だ。


しかしこうやって苛立つ感情を感じるという事実は、まだ俺の自我はどこかに保たれ、俺という存在を俺が認識していることに他ならない。


そう思いながら、俺は生前いた大学の席に“座る”。もちろん生前世界では何も起きていない。


今となっては全てが懐かしい。「追慕」とでもいうのだろうか、本来は亡くなった人を懐かしむような気持ちで、大学の授業を“受けている”。


一番後ろの席で寝ている人やスマホで遊ぶ人、真面目に聞く人やぼうっとしている人、全てが愛おしく感じる。生きているだけで幸せなことに、誰も気づいていない。


俺は自分のメールアドレスを使って大学の履修システムを覗こうと思ったものの、やはりどうやってもアクセスができないようだ。当然ながら、自分のアカウントを使うと、自分が生きていることを生前世界にアクセスログとして残すことになるので、矛盾を生じるからだろう。


生前世界のゆるやかに流れる授業時間を、窓の外を眺めたり、周りの人を観察したりして過ごした。こうしているだけでもなんともあたたかい気持ちになるものだ。今となってはバカみたいに重いレポートの課題や、発表でしてしまったミスも全て些細なことだ。


ゆっくりと意識を家に向ける。なんだか、家に入るのは憚られたので、カーテンの隙間から中を覗く。仏壇には俺の笑顔。父や母、妹はリビングで一言も喋らないまま昼ご飯を食べていた。目は赤い。


俺はこみ上げるものを感じて、覗くのをやめ、家の屋根に“登ってみた”。初めて登った屋根からは、ゆるやかに流れる雲と、立ち並ぶビルが見えた。春の陽気と、時折吹くほんの少しだけひんやりとした風が、心を落ち着かせる。


そして、もう二度と会話ができない家族のことを思うと、涙が頬を伝って、屋根の瓦をほんの少しだけ濡らしたような気がした。


まだ俺は「この」世界に未練がある。その上俺は「死んでいない」。まだできることはいくらでもある。


意識を天上界に戻すと、無の感覚に包まれた。意識して向き合うと恐ろしく孤独で、何も感覚がない恐怖。しかし、これはただのノンレム睡眠だ。天上界でも必要らしい。


ぐるぐると渦を描いて落ちるような眠りの感覚を感じながら、俺は願う。


次の日も起きられますように。


こんな当たり前のことは生前願わなかったけれども、今日だけは。


いや、今後とも。


何をしたいのかはわからない。


「未練」がなくなる日まで。


意識が続きますように。

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