生まれ変わりってマジなのな
気づいたら、浮遊していた。
文字通りだ。
幽体離脱という言葉があるように、俺は自分を空から見下ろしていた。
ちょっと家から離れた、初めて行ったラーメン屋からの帰りだった。
早く帰って寝ようと思って自転車で飛ばしていたら、道から外れて川に突っ込んだみたいだ。
記憶が曖昧だけど、その後は救急車や、手術室の無影灯や、悲しそうな家族の顔が見えた。
すでに俺は死んでいた。
俺の人生の物語が始まってもいないのに死んだ。彼女を作って結婚してジジイになって、そして孫に看取られながら死ぬ物語は見事に幕を閉じたのだ。
こんな人生の物語は誰も面白くないだろう。
文字通り終わったのだ。夢オチのような感覚だ。全てが裏切られた。
焼かれて炭化していく俺の体は惨めだった。俺は焼かれていく俺の体をただ見ていた。
全てが焼かれたとき、この世界と同化するような、なんとも形容しがたい不思議な感覚に見舞われた。これで終わりだ。後は意識がなくなり、人類が滅亡して、地球がなくなり、この宇宙が終わって、永遠に俺は自分を忘れるのだろう。
神も来世も輪廻も信じない俺は、そうなると思っていた。あるいは、強引に地獄なり天国なりに連れていかれるかもしれない。
しかし、いつになっても天国や地獄といった別世界に連れていかれる気配もないし、神らしき姿もない。ましてや他に死んだ人もいなさそうだ。
時間の流れも同じように感じる。俺の骨が骨壷に詰められてからも、前にいた世界とこれといった違いがない。
お経が読み上げられる間、俺はマジメに現状を観察する。気づいたことがいくつかあった。
まず一つに、俺が生きていた世界を観察できているということだ。これは、この先の終わりのない幽霊生活をするのに飽きないだろう。
二つ、現実、いや、現実というのは語弊がある。生前の世界とでも言おうか。−そこには干渉できなさそうだ。物理が機能していない。この世界−天上とでも言おうか−と生前の世界とでは、因果関係がないのだろう。
三つ目を考えようとしたときに、俺の頭に通知のような音が鳴った。これは一体。ふと意識すると、Twitterのリプライが頭に浮かんだ。
「信じられないよ。あの日はメシ一緒に食う予定だったのに。一緒に帰っていたら、救急車もすぐに呼べたかもしれない。ごめんな。」
友人のアキヒサだ。大学に入って同じ学部で、俺のノートを大量に見せてやったヤツだ。確かに、その日はメシを食う予定だったが、アキヒサに用事ができて俺は一人でラーメンを食べに行ったのだ。
思えば最後の晩餐だったわけだが、最後にこってりでニンニクマシマシのラーメンを食ったので、お通夜は臭かったかもしれない。
それにしても、なぜか俺はインターネットに繋がれているようだった。理解はできないが、意識するとどうやって繋がっているのかを理解できた。
俺はもともとプログラミングを趣味としていて、そのおかげで大学に入れたようなものだ。なのでネットワークには詳しいし、コンピュータにも詳しい。
どうやら、量子エンタングルメントが関係しているようだ。仕組みはわからないが、天上界と生前世界で量子通信ができているようなのだ。
GoogleやらAppleやらが実験的な量子コンピュータを導入して数年が経った現在、それらはすでにインターネットに接続されているらしい。その量子コンピュータの量子ビットをどうやって観察、操作ができたのかわからないが、Googleだかの量子コンピュータをゲートウェイとして、生前世界のインターネットにこうして繋がっているようだった。
じゃあ、手始めに奴らを驚かせてやろうかな、と思って指をパキパキ鳴らす。いや、指はなかった。指どころか、体すらない。透明で、何もないという感覚が“ある”。慣れないが、とにかくツイートを行おうと意識する。
しかし、量子状態の転送がうまくいかないらしい。何かがおかしいのかわからないが、とにかくどのように意識しても俺の存在を生前世界に知らせることはできなかった。
仮定だが、今まで幽霊やら何やらが、実際に科学的に観察されていない以上、死んだ人が生前世界に干渉するすべはないのだろう。
俺はどうやら、この世界で一人らしい。
しかし、色々試すうちに、「俺が存在していること」を生前世界に情報として与えない限りでは、量子コンピュータ経由で生前世界に干渉できるようだった。試しに、新しくメールアドレスを作ってみたら、作れたのだ。
ただ、俺が以前使っていたメールアドレスにはログインできないし、Twitterの通知が頭に浮かぶといっても、Twitterにログインできるわけではなかった。つまり、俺が生きているという証拠が生前世界に残るような操作はできないというわけだ。Twitterの通知は、俺が持っていた焼かれていないスマホが通知を受信するときに、量子コンピュータ経由でそのスマホの中身にアクセスできたことで受信できたようだった。
なるほど、と呟こうとしても言葉は出てこなかった。
なるほど、である。生前世界と物理学的に隔離されてはいるものの、一部は繋がっているのだ。ただし、生前世界の物理法則を壊さないようになっている。
俺は俺として生前世界には直接干渉できないが、名の知れぬ「誰か」として生前世界のインターネットに居場所を持った。
俺はある意味で、生まれ変わったのかもしれない。