第七話 非現実的シチュエーション
世界にはいろんな人が居るから
文芸部に居る時の桜ちゃんは明るく見える。何かに真剣に打ち込めるのが嬉しいって有彩は言ってたけど、人よりも上手く出来るってことを理由に悪く言われて出来ることも出来なくなるのは悲しい。桜ちゃんは本当にそれで良いの?
「どうしたの?」
「ちょっとね……」
屋上で練習していると、そう言うことばかり考えて悩んでしまう。練習に身が入ってない訳じゃないし特に支障が出ている訳でもない。
「ボクたちじゃ力になれそうもないけど、いつでも相談してくれて良いからね」
「幸ちゃん……ありがとね」
これは私が直接桜ちゃんにお話ししないといけないことだ。誰にでも優しくて全力で背中を押してくれる桜ちゃんは自分を大切にしない。誰かが困っていたら率先して助けに行く。自分のことを考えずに。
「喉乾いちゃった。一緒に何か買いに行こうよ」
「良いよ~」
芽亜ちゃんと幸ちゃんが飲み物を買いに屋上から飛び降りて一階の自販機へと向かった。休憩中だし、少しでも桜ちゃんのところに顔を出しに行こうかな?
「待って」
「どうしたの?」
「なんでスルー出来るの? 屋上だよ? この学校は五階建てだよ?」
パニックに陥ってる有彩は早口で言った。確かに普通の人は飛び降りたら終わっちゃうもんね。私が飛び降りたら楓が助けてくれるから特に問題はないけど。
「あの二人は楓よりも頑丈だから大丈夫」
「あの二人も輝夜ちゃんのプロデューサーも人じゃないよ」
「楓もあの二人も人間だから。ちょっと頑丈なだけだって」
頭を抱えて悩んでいる有彩を放置して文芸部の部室に向かった。桜ちゃんも今頃は小説に打ち込んでいるはずだ。一緒に文化祭の出し物に出ようって誘ってみよう。私は桜ちゃんにも出て欲しい。それが私のわがままでも。
文芸部の部室に入ると桜ちゃんが青原くんと楽し気に話しているのが見えた。他の子なら気を使って待つけど、青原くんなら別に良いや。
「桜ちゃん!」
「どうしたの?」
「文化祭のステージ一緒に出ようよ!」
「お姉ちゃんのお誘いだけど私は出ないよ」
桜ちゃんは悩むまでもなく一瞬で即答した。その即答ぶりに私が固まって動けなくなるくらいだった。
「何か出られない理由でもあるの?」
「美味しいものいっぱい食べたいから!」
「そっか……そうだよね。美味しいもの食べたいよね」
「うん! だからごめんね」
嘘をついてるような感じもないし、本当に出店を楽しみにしてるだけなのかな。断られちゃったし大人しく屋上へと戻ろう。
「お待たせ! あの二人はまだ戻ってきてないの?」
「うん」
桜ちゃんには断られちゃったけど、美味しいものをいっぱい食べて幸せそうに笑う桜ちゃんを想像したらそれだけで充分って言うか可愛すぎるって言うか。
「よっと、お待たせ」
屋上の柵を飛び越えて芽亜ちゃんと幸ちゃんが戻ってきた。その光景に目を丸くして驚いている有彩。
「おかえりなさい」
「待って待って待って」
頭を抱えて深呼吸する有彩。そんな有彩を不思議そうに見つめる芽亜ちゃんと幸ちゃん。今度は何でパニックになってるんだろう?
「ここ屋上だよ? なんで柵を飛び越えて戻って来れるの!? 人間業じゃないよ!!」
「ボクからすれば日本一のアイドルと日本一のモデルに文化祭の出し物に誘われる方が信じられないよ」
混乱して何が何か分からない有彩に幸ちゃんが冷静に話した。
「世界って広いからね。色んな人が居るよ」
芽亜ちゃんが言い聞かせるように話した。確かに色んな人が居るこの世界で何がおかしいとか決め付けるのは無理なのかも知れない。
「じゃあ練習の続きしよっか」
見てくれる人を笑顔に出来るようなステージにするために。それは夢を与えるお仕事をしている私や有彩のモットーだから。文化祭だとしても見に来てくれる人が居る以上、全力で挑まないと。