第六話 万能翻訳
可愛いは正義
「えっとね、ここでぱ~っと!」
「???」
「で、ここでド~ンと」
「???????」
放課後、屋上で振り付けや演出を計画している。頭の中では最高の演出なのに、私の語彙力フィルターに通すと一切通じなくなる。有彩の頭の右上に『?』がいっぱい見える。本当は二人きりで決めたかったけど、もう無理だ。出鼻を挫かれてしまった私には頼る以外の道は残っていない。
「と言う訳で、協力して欲しいの!」
文芸部の部室でパソコンと睨めっこしてる桜ちゃんに協力を要請することにした。私の言うことを理解してくれるのは桜ちゃんしか居ないし。
「良いよ! お姉ちゃんの頼みなら喜んで!」
やっぱり桜ちゃんは良い子だ。もうもの凄く良い子だ。強く抱きしめて頭を撫でたいほど良い子だ。こんなにも眩しい笑顔で承諾してくれるんだもん。
「立花さん! 良いネタが思い付いたんだけど……取り込み中?」
そんな桜ちゃんに駆け寄ってくる男が一人。この天使みたいな桜ちゃんに惹かれてしまうのも分かるけど、傷つけられないか心配だ。悪いことをされて泣かされるかも知れないし。
「青原くんだっけ? 少し桜ちゃん借りるから」
「良いけど……睨むのはやめて欲しいな。怖いよ」
まぁ良いや。この人に割いてる時間は無いし、時間の無駄遣いだ。桜ちゃんの手を引っ張って屋上へと向かった。
「お待たせ! 翻訳係連れて来たよ!」
「有彩? 二人で何してるの?」
桜ちゃんに文化祭のことと、私の語彙力じゃどうにも伝わらないことを説明した。桜ちゃんは私の壊滅的な語彙力でもしっかり理解してくれるから助かる。
「なるほど、ここのぱ~っとって言うのは舞台袖から出て来た時に照明を当てて明るさと派手さを演出するんだよね。で、ド~ンとって言うのは音楽と同時に紙吹雪を舞い散らせる空気砲的なやつを打ち上げるんだよ。この流れから行くなら、一曲目は派手でアップテンポな盛り上がる曲を持ってくるってことだよね」
私が思い描いているものを一寸の誤差なく伝えてくれる桜ちゃん。やっぱり私のことを理解してくれてるんだ。一曲目にどういう曲を持ってくるとは言ってないけど、そういう所も分かってくれるんだ。
「で、二曲目は少ししっとりとした振り付けや演出に集中してもらえるような曲で、三曲目にデュエットソングの盛り上がる曲を持ってくるって感じで、文化祭でもらえる時間的にはこれで盛り上げてから終わるんだよね」
「凄いね、桜が居ないと理解出来なかったよ」
「ありがとね! 助かったよ!」
何曲するともどんな曲を持ってくるとも言ってないんだけどね。一言もそういうこと言ってないのに私の頭の中を覗いたんじゃないかってくらい正確に伝えてくれるんだよね。少し怖い。
「あれ? 輝夜ちゃん?」
「芽亜ちゃん! どうしたの?」
「ちょっと夕陽を見たくて。輝夜ちゃんたちは何してるの?」
「文化祭についてちょっとね」
なんて話をしていると有彩が目を輝かせながら芽亜ちゃんを見ていることに気付いた。
「ねえ、この子誰? めっちゃ可愛いんだけど」
「この子は芽亜ちゃんだよ」
「芽亜ちゃん。よろしくね芽亜ちゃん!」
「あ、うん……」
有彩の勢いに引き気味の芽亜ちゃん。この光景に見覚えがあるけど、あのプロデューサーとは違うから大丈夫だ。多分。
「メアちゃん! ここに居たんだ」
有彩はもの凄い力で私の腕を引っ張って目を輝かせている。まるで大好きなアイドルが目の前に現れたんじゃないかってくらいにテンションが上がっている。
「あの、名前なんて言うの?」
「ボク? ボクは天日 幸。よろしくね!」
今にも暴走しだしそうな有彩は私の腕を強く引っ張りながら大きな声で言った。
「四人組だ! 文化祭は四人組で出る!」
後になって、何で桜ちゃんを誘わないのか聞いた。桜ちゃんはあの二人と同じくらい可愛いのに。なんで誘わないのか有彩に聞いた。
「桜は人よりも上手く出来ることをしたくないんだよ」
「なんで?」
「中学の頃、桜は合唱コンクールで指揮をしたり文化祭でクラスの出し物の振り付けを考えたりしてたんだけどね、何でも人よりも完ぺきにこなす桜を妬む人が居たんだよ」
出来ることをやりたくない。それってもの凄く勿体ないことなのに、そうやって妬むことしか出来ない人のせいで桜ちゃんは……
「桜は初めてのことでも人より遥かに上手く出来るんだ。だから桜が文芸部に熱中してるのを見て安心したんだ」
そうだったんだ。桜ちゃんのこと全然知らなかった。もし私たちに協力して欲しいって言ったら桜ちゃんはきっと笑顔で引き受けてくれる。でも、それって自分勝手過ぎるような気もする。私は桜ちゃんのために何がしてあげられるだろう?