第三話 普通じゃないプロデューサー
何でもしてあげられるほどに
放課後、文芸部で真剣に小説を書いている桜ちゃんの横で考え事をしていた。私にはずっと疑問に思ってることがある。あえて今まで聞いて来なかったけど、やっぱり気になるものは仕方ない。
「お迎えに上がりましたよ」
桜ちゃんたちに別れを告げて廊下を並んで歩いていた。窓の外は真っ赤な夕焼け空で思わず立ち止まってしまうほど綺麗だった。
「ねぇ、楓」
「その呼び方は……まぁ仕事じゃないし。なに?」
「楓はどうして何でも出来るの?」
「………歩きながら話そう」
楓は特に変わった様子でもない廊下の天井を見上げながら歩いていた。この質問は楓を困らせてしまったのかな。そんなに簡単に聞いちゃダメだったのかな?
「星月はさ、好きな人が出来たとして、その人の為に何でもしてあげられる?」
「う~ん……分かんない」
「僕は何でもしてあげられるんだよ。死に物狂いで、何が何でも絶対に出来るんだよ。出来るか出来ないじゃない。するんだよ。」
私の目を真っ直ぐに見つめて力強くそう言った。一点の迷いもなく言い切った楓は誰が見てもカッコよく見えたと思う。世界中のどこを探しても私の心を震わせるのは楓しか居ないのかも知れない。
「僕は好きな奴のためなら命を懸ける。何でもしてやれる。夢も叶えてやれる」
「それ、答えになってない……でも、嬉しい」
私の顔は多分真っ赤に染まってると思う。でもそれは、きっと夕焼け色に染まる空のせいだと思う。
「ほら、帰るよ」
照れを隠すように歩き出した楓の腕を掴んだ。そんな中途半端なことはさせないしされたくない。
「何でも出来るんでしょ? なら言葉で伝えてよ。真っ直ぐに言ってよ!」
「っ……まだダメだ」
「どうして?」
「今はまだ幸せにしてあげられない。俺は好きな人には幸せになって欲しいんだ。俺じゃそれが出来ない」
悔しそうにうつむいてそう言った。そんなの幸せかどうかは私が決めることだし、楓がそうやって決めつけてることに腹が立った。
「幸せかどうかは私が決めるっ! 勝手に決めつけないで!」
「なぁ星月、今はゆっくり歩こうよ。一歩ずつ肩を並べてさ。いつかは星月も僕の手の届かない所に行っちゃうんだから、今くらいはお互い一緒に歩こうよ。ゆっくりゆっくり、出来るだけ一緒に居るために」
窓の外を見上げて微笑んでいる。微笑んでいるはずなのにすごく寂しそうだった。人の為に一生懸命になれるのに自分を大事にしない。私の背中を押してくれる人はみんなそうだ。
「もし、楓と離れ離れになるならアイドル辞める」
「そんなバカなこと簡単に言うなっ!!」
初めて見た楓の怒ってる顔。凄く怖かったし、怒鳴られたのなんて初めてだからびっくりして泣きそうだった。だけど、だけどっ……!
「バカは楓だもんっ!! 楓が居ないのに私がアイドル続けられるはずないじゃんっ!!何でもしてくれるんでしょ!? じゃあずっと一緒に居てよっ!!!」
ほとんど涙のせいで上手く話せなかったけど、言いたいことは伝わったはず……ずっと一緒に居たから分かる。楓は私の為なら何でもしてくれた。何でもしてくれたけど、その代わりに私は楓が居なきゃ何も出来なくなった。何でもしてくれる。それに甘え続けた結果、今の私が居る。あの時芽生えた恋心も大木になった今、我慢することなんて出来るはずが無い。
「………今はそう言うの考えなくて良いんだよ。一緒に居られるならそれで良いんだよ」
「良くないもん……」
「約束するから。俺がいつか気持ちを真っ直ぐに伝えるから」
小指を差し出す楓は私の顔を見て微笑んだ。指切りなんかじゃ信用出来ない。大事な約束なんだからもっと大事に守って欲しい。
「そんなんじゃ守ってもらえるか分かんない」
「信用しろ。僕は何でも出来るんだ。約束の一つくらい守って見せるさ」
なんて軽口を叩いている。そんな事を簡単に言う人を普通は信用なんて出来ない。でも、それは普通だった場合だ。
「絶対ね」
何でも出来る私のプロデューサーは私の誇りだ。二人なら何でも出来ちゃうような気がする。なんだって出来そうな気がする。
「あ、あの子……」
楓が見つめている先には見覚えのある女の子二人が居た。初めてこの学校に来た時に曲がり角でぶつかった女の子だ。その女の子を楓が見かけたってことは。
「スカウトしなきゃ……」
謎の使命感に駆られた楓はもの凄い速さで女の子の所に走って行った。明らかに人間の出せるスピードじゃなかった。
「あのっ! アイドルかモデルしませんか!?」
「あっ……いや、私は……」
金髪の女の子は断り辛そうにしている。横の女の子に涙目で助けを求めているにもかかわらず楓はスカウトを止めようとしない。
「芽亜ちゃん……どうしよう……」
私が止めに行こうと走り出した瞬間に、私の横を何かがもの凄い勢いで飛んで行った。
「え……? 楓!?」
「うぅっ……あの子たちは僕がユニットとして成長させるんだっ!」
普通あんな勢いで飛ばされたら死ぬと思うんだけど。そもそも隣に居る女の子が強すぎる。例え格闘技のチャンピオンだとしてもあんな勢いよく人が飛ぶキックなんて出来るはずが無い。
「あの女の子はギャップで売れる……」
なんか訳の分からないことを言いつつ訳の分からない構えをする楓。止める言葉が楓には届いていない。
「せいっ!」
楓の掛け声と同時にさっきの倍以上の速度で突っ込んで行った。プロデューサーとしての誇りは認めるけど、せめて人として最低限のモラルは守って欲しい。ここは学校の廊下だし、放課後とは言え人も居るから危ないし。そもそも男の子が女の子に襲い掛かるなんて絶対にダメだし。
「しつこいっ!!」
何度も叩きのめされてるのに諦めない楓は急に笑い出して戻って来た。その光景に戸惑う私と女の子たち。
「ポケット」
楓の言う通り、女の子たちがポケットに手を入れると何かが入ってることに気が付いた。
「名刺?」
「気が変わったら連絡くれ!」
そう言って片足を引きずりながら玄関へと向かって行った。私は床に頭を擦り付ける勢いで謝った。
「ごめんなさいっ! うちのプロデューサーがごめんなさいっ!」
「ううん、あの人凄いね。普通死んでるよ?」
「普通じゃないんです!」
そう。うちのプロデューサーは普通じゃない。
「私は星月 輝夜。ここの二年生なの」
「ボクは天日 幸。多分隣のクラスだよ。多分」
どこのクラスとも言ってないの自信満々に言うことに少し疑問を抱いた。
「望無 芽亜です。コウちゃんと同じクラスなの」
二人に百を超える回数のごめんなさいを告げた後、楓を追いかけた。これからは楓にお迎えを頼むは止めた方が良さそう。