第一話 あの時のお礼が言いたくて
あの時の君が背中を押してくれたから
小さな頃の記憶。近くに住んでいた年下の女の子と公園でよく遊んでいたのを覚えている。その女の子とは十年近くも会って無いんだけど、今は高校生くらいなのかな。その女の子とお別れしてから忘れたことなんて一度も無かった。
立花 桜ちゃん。私の背中を押してくれた大事なお友だち。あなたが居たから今の私が居るんだよ。って言っても多分覚えてないよね。昔のことだし、もし叶うなら一緒の高校に行きたかったんだけど……いや、今ならまだ間に合う。お仕事が忙しくて全然行けてない高校だけど、転校すれば何とかなる。高校二年生として桜ちゃんと同じ高校に転校するんだ。
「プロデューサー!」
「はい、何ですか?」
「転校の手続きお願い!」
「どこの高校にですか?」
「立花 桜ちゃんと同じ高校に!」
ため息交じりに部屋を出て行くプロデューサーを見送ってから次の現場の用意を済ませる。あの日、本気で願った私の背中を押してくれた桜ちゃんにお礼を言うために。
私がアイドルとしてやって来れたのも、桜ちゃんが応援してくれたから。ずっとずっとお礼を言いたかったけど、忘れられてるかも知れないって思うと怖くて実行できなかった。そんな意気地なしじゃファンのみんなも笑顔に出来ない。
私、星月 輝夜はアイドルとしてじゃなくて、一人の人間として桜ちゃんと向き合いたい。例え桜ちゃんが覚えてなくても絶対に諦めたくない。
「転校の手続きが終わりましたので、明日から登校が可能とのことです」
「ありがとっ!」
仕事の合間、ほんの少しの時間だけでも高校へと行かなきゃ。もう一度あの時みたいに桜ちゃんと話すんだ!
なんて意気込んでたのに、いざ当日になってみると緊張と不安で潰されそうだった。本当に忘れられてて存在すら無かったことになってたらどうしよう。なんて考えてる間に高校に着いちゃうし。ここまで来たらどう悩んでも引くことなんて出来ない。プロデューサーに調べてもらった桜ちゃんのクラスへと向かった。
「え~っと……こっちかな?」
何となく直感で歩いていると曲がり角で女の子とぶつかってしまった。見た感じ私と同い年に見える。
「痛た……ごめんね」
「ううん、こっちも急いでたから」
駆け寄ってくる女の子はこの子の友達かな? モデルとかやってるのかなって思うくらい美人さんだ。プロデューサーが見たら絶対にスカウトしてる。
「芽亜ちゃん! 大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ! それよりも急がないと!」
金髪の女の子と桜色のショートヘアーの女の子が慌てた様子で階段を駆け上って行った。今はお昼休みの時間だから授業とかは関係ないはずだけど。そんなこと気にしてる暇はなかった。早く桜ちゃんを探さないと。
校内を五分ほど走り回って、やっと桜ちゃんの教室を見つけた。学校に入ってすぐに左へと曲がったけど、右に曲がってたらそこまで走らずに済んだのに。ただでさえ注目を浴びてしまうって言うのに。
「桜ちゃん!」
もう十年くらいは会って無いはずなのに、それでも桜ちゃんの姿を見ると一瞬で分かった。あの頃よりも大人っぽくなってるしあの頃よりもはるかに可愛くなっている。
そんな姿を見ると気持ちが抑えられなくなって思わず捨て身のダイブをしてしまった。そんな私を避けずに抱きしめてくれる。やっぱりあの頃の優しさは今でも残ってるんだ。
「桜ちゃん! 会いたかったよ!」
「どうして私の通ってる高校が分かったの?」
「プロデューサーに調べてもらったんだ!」
プロデューサーって言っても私と同い年なんだけどね。なんで高校生なのにプロデューサーが出来るかって言うと、私が事務所にお願いして専属のプロデューサーとして雇ってもらっているからで、それには色々と理由があった。
「あの時、桜ちゃんが応援するって言ってくれたから今の私が居るんだよ」
「そうだったんだ……ごめんね、あの時のことはよく覚えてないの」
「ううん、それでも良いよ。こうして再び桜ちゃんと会えたんだもん」
桜ちゃんと話していると、自然と心が温かくなる。あの時、みんながアイドルになりたいって夢を馬鹿にしてきたけど、桜ちゃんだけは真っ直ぐに応援してるって言ってくれたんだ。その桜ちゃんの応援を無駄にしたくなかった私は必死になってオーディションを受け続けて今の事務所に居る。桜ちゃん以外の人も応援してくれるようになった。
「だからね、ずっと言いたかったんだ。ありがとうって」
「私は何もしてないよ……あの頃のお姉ちゃんがこうしてアイドルをやっているのって少し現実味が無くて驚いてるけど」
ところで、この女の子はさっきから石みたいに固まって動かないけど何かあったのかな? 身動きどころの話では無くて瞬きもしようとしないし。もしかして会話を遮って話しちゃたから怒ってるのかな?
「大丈夫? お~いっ!」
「ぁっ………」
聞き取れるかどうかの小さな声を漏らして徐々に震えが大きくなっている女の子は明らかに救急車が必要なレベルでおかしかった。こんなのドラマとかでしか見たことが無いってくらい震えてる。
「月奈ちゃんはね、お姉ちゃんの大ファンなんだ! 握手してあげて!」
「そうなの? ありがとっ!」
女の子の手を握った瞬間にこっちの体も振動するくらい震えてた。こんなに震えてる人を見るのはホラー映画の撮影に御呼ばれした時以来だ。それに号泣してるし。涙の量が尋常じゃなく流れてるし。ペットボトル一本分だったら一瞬で溜まるくらいには泣いてるし。
「あっ……ありがとうございますっ……」
ここまで喜んでもらえるとは思ってなかったけど、それでも喜んでもらえるのは素直に嬉しいことだ。今までの頑張りも誰かに喜んで欲しくて、笑顔にしてあげられるようにって思ってやって来れたんだから。
「推しが可愛すぎて辛い……今までありがとうございましたっ!」
この子の中では多分スタッフロールが流れてるんだと思う。ずっと泣いてるし傍から見ればドラマや映画の最終回のワンシーンにも見て取れるし。流石に困っちゃうなぁ。
「桜ちゃん、止めてあげて?」
「うん。月奈ちゃん! ストップストップ!」
涙をハンカチで拭って何とか落ち着いてもらった。今の一件で時間が結構過ぎちゃったし、自分の教室にも顔を出しておかないといけない。前の学校では私を特別扱いばかりして
一人の友達として見てくれる人は居なかった。
教室に入ると前の学校の人たちと同じ反応で、すぐに囲いが出来た。でも、ポツンと一人だけ私に目もくれず小説を読みふける男の子が居た。あの子なら私を普通の友達として見てくれるかも知れない。話しかけてみよう。
「小説、面白い?」
「え? うん」
「そっか」
「……綺麗な色だね」
私の顔をじっと見つめた後、微笑みながらそう言った。初めて見た人たちは銀髪の方に目が行くのも無理はない。
「私も気に入ってるんだ」
「好きな人に一途な色がする」
「………え?」
何もかもを見通すような眼をしている男の子に思わず驚いてしまった。私だってアイドルだし大きな会場で何度もライブを重ねていくうちに、小さな緊張や驚きが無くなったつもりだけど、この子は違う。この子は私の知らないことをいっぱい教えてくれるのかな。
ううん、それよりもこの男の子は何かが変だ。普通の人なら話せば大体のことは分かるけど、この人はそれが分からない。喜怒哀楽、心の色、そのどれもが偽物みたいで何も読めなかった。
「本当の君はどこに居るの?」
何となく本心を知りたくなって、少し意味の分からない質問をしてしまった。そんな質問に男の子は驚いたような表情を見せたけど、さっきとは違う温かみのある本当の微笑みで呟いた。
「ずっと探してるんだ。桜の木を見上げながら」
好奇心旺盛な私は、この男の子の本心に興味が湧いてしまった。いつかきっと仲良くなった時に、この子の本当の温かみのある笑顔を見てみたいって。
「私は星月 輝夜。あなたは?」
「僕は青原 夏海。よろしくね。星月さん」
「ええ、こちらこそ」
せっかく初めての授業を受けられると思ってたのにプロデューサーから電話が掛かってきて次の現場へと向かう羽目になった。
青原くんに手を振って、玄関口で待ってるプロデューサーの元へと駆け足で向かった。桜ちゃんにお礼も出来たし、面白そうな男の子も見つけたし。こんな話をしたらプロデューサーは嫉妬して機嫌が悪くなったりするのか。
「ねぇ、楓! 今日は面白かったわ!」
「その呼び方は仕事場でしないで欲しいな。ほら、次の現場に向かうよ!」