確かにゴブリンは出なかった。
村人に教えて貰った『野宿に最適な場所』で、二匹の川魚と、持参した乾燥パンで夕食を済ませたサードは、石を丸く囲って作った簡易的な囲炉裏に、枯れ落ちている木の枝を投げ入れながら、塩焼きにした川魚の残りと、ゴブリン討伐のお礼に貰った干し肉をツマミにして、これも村で貰ったワインを寝酒として飲みながら、月明かりに照らされ、微かにシルエットが浮かぶ巨大な空船の姿を遠く眺めては、何故か?妙に落ち着かない気分になる自分に対して首を傾げていたが、ワインが入った瓶が空になる頃には、いつの間にか?深い眠りについていた。
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そして、またあの夢を見ていた。
真っ暗な空間に飛び交う光の束・・・
その光の筋に襲われている同僚を守るかのように、小さな黒い星を守るかのように、その巨大な躯体を横たえ盾とする・・・
そして、大量に降っていた光の筋の量が少なくなってきたころ、その巨大な躯体は背後の小さな黒い星を守るかの様に、光の筋が飛んで来る場所に向かってその巨大な躯体を向ける・・・・
その背後では、小さな黒い星が何かを叫んでいるようだったが、それでも巨大な躯体は向かって行った・・・・・
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「・・・・ ?・・・ ああ、またあの夢か?・・・・ 」と、独り言をつぶやきながらサードは目をこする。
幼い頃から良く見る夢・・・ 夢の内容は毎回同じ様な内容なのに、何故か?起きた途端に忘れてしまう。
だだ、またあの夢をみた記憶と、断片的な映像だけが残っている。
しかし、今回は少しだけ違う、あの巨大な躯体と、前方に微かに見える空船の残骸、そして、夜空に輝いて見える黒い月・・・・
サードが住むこの星には、8個の月が存在している。
その大きさも大小様々だし、色も赤い月、青い月、深い緑色をしている月、色々な色が斑に模様となっている一番大きな月、そして、黒い月・・・・
サード達の遥か遠い祖先達は、宙船を使って真っ暗な場合に浮かぶ星と星の間を渡って来たと伝えられているが、古い教会の伝承によると、サード達の祖先は、今、生活している場所とは違う場所から、永い旅の果てに辿り着き、この地に辿り着いた。遥か遠い祖先達は一生懸命に大地を作り、山を作り、海を作ったと言われており、その際、人の能力だけでは大地を作る事が出来なかったので、多くの人が、自分達以外の能力を持つ者の力を、その身に取り入れたと伝えられている。
そして、それらの子孫が鬼人や小鬼人、羽人、獣人、竜人達で、様々な種族に分かれ派生している。
そして、この地上には、それぞれの鬼人や小鬼人、羽人、獣人、竜人達が派生する際に暴走した魔物達が存在している。
鬼人に対してはオーガ達の種族、小鬼人に対してはゴブリン達の種族、羽人に対してはハピー達の様な種族、獣人達に対してはオーク達の様な種族、竜人達に対してはリザードマン達の様な種族達と・・・・
ただ、問題なのが竜達の種族、同じ竜達に見えるが、自分達に友好的で、色々と協力し合い、共に共存している竜も居れば、魔人や魔獣達の様に、問答無用で人や亜人族、家畜や村や町を襲い、ただ、自分の食料だとしか見てない竜達もいる。
これが冒険者達にとっては非常に厄介な事なのである。
特に、Dランク以上になるとワイバーンの討伐依頼を受けれるようになるのだが、これが、ワイバーンと軽竜騎士が騎乗している飛竜と区別が全くつかないのだ・・・
以前、サードも知り合いの竜騎士に質問をした事があるのだが、答えは、
「今からお前を頭から嚙るぞ〜!と、襲って来るのがワイバーンで、遊んでくれ〜♪と駆け寄って来るのが飛竜だ! 簡単だろ?」と笑いながら口笛を吹いて、その竜騎士は自分の相棒の飛竜を呼び寄せたが、サードには此方に駆け寄ってくる飛竜の姿を見て、ただ、恐怖しか感じなかったのを覚えている。
何故?サードが、今、そんな事を考えていたか?と言うと、先程からサードの頭上をワイバーンの群れがグルグルと旋回しているからだ、そして、その群れの先頭を飛ぶワイバーンのギラギラした目は、今もしっかりとサードに固定されているのを感じていた。
サードが眠りから目覚めたのも、ワイバーンの群れが羽ばたく羽音で目が覚めたのだった。
何度か、ワイバーンの群れは上空からサードに向かって急降下していたが、毎回、途中で何かに気付いたか?の様に急上昇するという、その動作を繰り返していた。
そしてサードは、その様子を不思議そうに眺めがら、あの村人が言っていた事は事実だったんだと・・・
村人は『あの場所は、絶対に魔物や魔獣、そして、魔人は立ち入る事が出来ない安全な場所だ!だから安全して野宿すると良いよ♪』と言っていた事を思い出す。
もう何度目の急降下なのだろうか?ワイバーンは相変わらずサードに向かって急降下を繰り返していたが、先頭を飛ぶワイバーンが首を上げて急上昇し始めた瞬間、団子状に固まっていたワイバーンの群れに、何か?黒くて大きな物体が、物凄い勢いで突入して来て、先頭を飛んで群れを率いていたワイバーンを、その大きな口に銜え身を捩じる様にして翻り、異常な速度で空高く高く上昇し、その場に留まると、先ほど口に銜えたワイバーンを一口で丸吞みしてしまう。
天空高く舞い上がったソレが、何故?ワイバーンを丸吞みにしたと分かったかと言うと、天空に佇む巨大な竜が、大きな翼をゆっくりと羽ばたかせながら、長い首を上に持ち上げ何かを飲み込むシルエットが見えたからだ、それも、まるで残ったワイバーン達に見せつけるかの様にゆっくりとした動作で・・・
それから数十分後、30匹前後の群れだったワイバーンの群れが、その巨大な存在の襲撃で半数以下に数を減らした頃、数匹のワイバーンがギャーギャーと鳴き始めたのを合図に、少なくなったワイバーンの群れは山の向こう側へと飛び去って行く、そして、それを悠然と眺めながら見逃した存在が、大きな翼を羽ばたかせながら、ゆっくりとサードの目の前に降りてきた。
サードの目の前に降り立った存在は、真っ黒な鱗で全身が覆われた巨大な竜だった。
サードが立っている場所は地面から20Mぐらいの高さだろうか? それでもサードを見下ろす竜の頭はかなり高い位置にある。
しばし黒い竜に見惚れていたサードは、はたと何かに気付き『助けて頂いて、ありがとうございました。』と竜に対して頭を下げると、その行動に反応したのか?竜は片目を近づけてサードの顔を覗き込む仕草をすると、しばらくサードの顔を眺め、フン!と鼻息を吐くと、頭を上空に向けてゆっくりと舞い上がっていく、その巨大な竜の口には、4M級の大きなワイバーンが銜えられたままだった。
「しっかし、大きな竜だったな~ あれって体だけでも30~40Mは有ったよな? それに尾はそれ以上に長かったと思うし、全長は80M級以上か? しっかし凄まじかったよな・・・」と独り言を言いながら、空船の上から眼下を眺めると、そこには10匹近いワイバーンの残骸が転がっている。
この残骸を多少なりにも持ち帰る事が出来たら、結構な額の臨時収入を得る事が出来るだろうし、その金で台車と人手を雇って、また、このワイバーンの残骸を回収しに来ても良いかな?と、ニコニコとしながら眼下のワイバーンの残骸を眺めていると、突然、木の上から何か?ベットリとした物体がサードの左肩の上に落ちて来た。
一瞬、何だ?と思ったのも束の間、次の瞬間には焼ける様に激しい痛みを感じたと同時に、ゴトッ!っと音を立ててサードの左腕が地面に落ちた。
激しい激痛の中、溶け落ちた自分の左腕を見たサードの脳内では『しまった! 油断してた! スライムに頭上から襲われた! やばい! 逃げないと死ぬ!』と思考する事が出来たのだが、サードの身体はスライムに強酸で溶かされる激痛で動けなくなっていた。
そして、サードの意識も激痛に侵されてプッツリと途絶えてしまった・・・・