第96話 空に詠う子守唄
「……なんやこれは……」
ルブラーンでの戦いに疲弊した一行達は、感じ取るという意味で目の当たりにする。
全てにおける力が抜けてしまいそうな程に強大なオーラはこの場にいる誰の心にも恐怖を植え付けた。
「……あいつか……」
クラジューはそのオーラが誰のモノなのか、ビオラのいた無人島での闘いを脳裏に浮かべて思い出す。
レオキスもクラジューもビオラもキリウスも、ルナの放つ最大限に戦慄する───。
※ ※ ※ ※ ※
ハロドックはゆっくりと立ち上がり、ルナは剣を拾い、再び真正面に向かい合った。
「……お前……黒い涙の意味知ってんのか?」
激しく激昂するその立ち姿から陽炎のように空気を揺らめかせるほど濃度の高いオーラを放つハロドック。
「何の話だ」
しかしそんなオーラをも上回る、全てを飲み込むブラックホールのように途方も無いオーラを放つルナ。
地下でありながらそのオーラはルブラーン中はおろか、人間界中、はたまた世界を跨いで別種族の世界にまで響き渡るほどに強大だった。
当然各世界各地の強者とされる者達はルナのオーラの存在をすぐに感じ取り、そのほとんどの者達に戦慄が走る。
※ ※ ※ ※ ※
全ての世界に伝わるほどのオーラなのだから、当然全ての世界と世界の架け橋となる〝ウーヴォリンの神樹林〟の中心にそびえる〝神樹ウーヴォリン〟にあるコーゴー本部にも届く。
序列内外聖戦士達も上等聖戦士達も、ルナと馴染み深い特等聖戦士達も、ルナを知る全てのコーゴーの戦士達は当然感じ取った。
中でも同じ混血のよしみということで気にかけていたホーウェンは、鬼気迫るこのオーラを感じ取ると自室で座っていた椅子から立ち上がり、両手を机につき俯いて歯を食いしばり、1人悔しげな表情を浮かべる。
「……ルナ……死ぬな───」
※ ※ ※ ※ ※
この世のどこに存在するか依然として不明とされている、全世界の裏社会を牛耳り、最大級の組織とされるジェノサイド、そのアジト。
その中で薄暗い部屋の真ん中にある長机に男女7人が座り、最奥に1人の男が掛けている謎の会合現場でもまた、その全員がルナのオーラを感じ取る。
「おいおいなんじゃこりゃ……俺達の誰よりも強くねぇか?」
「それは無い、確かにウチら7人よりかは強くても……ガービウ様にはかなわない」
ジェノサイドに所属する全ての者達はガービウ・セトロイを「キング」と呼ぶ中、7人の内の1人の女は「ガービウ様」と呼ぶ。
これはガービウ・セトロイにかなり近しい位置の地位を持つ者しか呼んではならない、鉄の掟だ。
「いやいや、十分俺を脅かせるぞこれは」
「ガービウ様、ご謙遜は」
「本音だ……っははは、ハロドックの息子か……懐かしいな……」
※ ※ ※ ※ ※
他世界との交流も盛んで、魔人族の魔力と同様に唯一無二の力〝霊力〟を有する種族、妖人族の暮らす世界、〝妖の里〟。
この地を統べる者はあらゆる人類が知りながら、その顔や実体は同種族でも一部以外は名前すらも一切不明の存在、〝霊王〟。
その情報は異名が上記のモノであることと、性は女であること以外全てが不確定となっている。
「───っ!!!!?」
〝妖の里の首都〝テードルカミア〟の宮殿に暮らす女もまたルナのオーラを感じ取り、食事の手が止まり驚愕の表情を浮かべる。
「ど……どうされましたか、霊王様……このオーラに心当たりが?」
「……いえ……でも……」
常に無表情で感情が揺れ動く事など無いからこそ、共に食事を取る3人の男女はひどく驚く。
女は胸に右手を当て、胸を弾ませるように速くなる鼓動を1度の深呼吸で遅め、オーラが放たれた方向を見て突然涙を流す。
「───会いたいよ……ハロドック……」
※ ※ ※ ※ ※
「そいつはカウントダウンの合図だ……生命維持に使う魔力すらも消費し始めたって事だ……死んだ細胞が体内で液化して汗とか涙になって出てくるんだよ……確かに強ぇが、文字通り死ぬほどヤベぇ力だ」
それはルナの身を案じての親心を含んだ言葉であり、文字通り命を削るルナに死への道を遮ろうと訴えたものだ。
「ふっ……」
「何がおかしい」
「おかしいだろう!!……殺し合いに敵に擁護などあってなるものか、滑稽な……そんな甘い奴だったのか?……ふざけんな!!!」
はっきりと目で見て耳で聞いて肌で感じた記憶は残っていないものの、確かに存在した母親を死なせた男への復讐……そのために燃やす命をその時に燃やしているだけのルナに、標的となる男は自身の心配などしなかった。
自分の身を案じなくなったのはいつ以来かは分からない……それでも、他を案じる心は持ち合わせている。
怒りを表す理由は父親として死ぬことを許せないからでは無い───。
「……ああそうか……そうだったな……けどな」
ルナと比べてしまえば霞んでしまうオーラを放つハロドックは棍棒を右手で握りしめ、一歩前に右脚を踏みしめた。
「愛されてたんだよ……このクソみてぇな世の中に嫌われて、それでも笑って、笑い飛ばして懸命に生きた奴が……この世の誰よりも愛してたんだよ……」
今から灰燼に帰そうとするその命の誕生を誰よりも喜び、その存在を愛したもう1人の親の気持ちを裏切る行為に怒りを表すのだ。
「黙れ」
しかしルナはこれに耳を傾けない。
「二足で歩いただけで迷惑なくらい幸せ振りまきながら……お前が生きることを願った奴に……お前は死で応えるのか?……」
「黙れ……」
これに傾けたなら、唯一の生きる道を見失ってしまうからだ。
「命に無価値なモノは何一つねぇ、だが価値を付ける事も出来ねぇ……これは偽善じゃねぇ、事実だ……それすらも見えねぇその目に!!その涙を流す価値があるわけがねぇ!!!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れええ!!!!」
もう止まらない、止まれない、壊れようとその道を突き進むしかない……。
───復讐とは、人を等しく残酷な末路へと運んでいく。
「限りあるべき命を永遠のモノにしたお前が、命を語るな」
「……知った上でよく俺を殺すなんて言ったな……不可能だって……分かりきっていて……」
「なら永遠の苦しみを味合わせるだけだ」
直立したままその場で剣を瞬時に幾つも振るルナ、誰もおらず空を切ったはずの剣閃と全く同じ斬撃がハロドックの肉体に刻み込まれる。
「なっ……」
全身から血が噴き出るが、ラルフェウよりは遅いがものの数秒で肉体を再生させたハロドックは、握りしめた棍棒をルナに跳び上がって振り下ろす。
ここで起こった衝撃波がキブニウムの壁、天井、床をベコンベコンに凹ませ、亀裂はものすごい勢いで拡がり別の亀裂と連結して被害を拡大させる。
ルナは右手だけで構えた剣で無表情のまま余裕綽々として受けきる。
「……その目……ユリの目にそっくりだな……復讐に囚われて……ゴミみてぇな目になっちまってるがな」
「復讐の何が悪い」
「……いや……羨ましいんだよ……俺を……人を憎める優しさが……俺には欠けてるんだよ……生きすぎて……何も信じらんなくなったんだよ……」
「っ……お前の哀れみなどどうだっていい!!!!」
ルナはハロドックに今までよりも速いスピードで思い切り斬りかかる。
己の復讐に、人生に何よりも望まない男から受けた欲しくない言葉共々振り払うかの如く感情を露わにする。
ハロドックは何とか予測した通りに来たルナの一振り棍棒で受け、後ろに腰を逸らした。
「っぐ……ぅぐ……」
「誰が何と言おうがお前は母さんを殺した!!!!曲がらない事実だ!!!!───死力を尽くしてお前を叩き潰す」
「……やれるもんなら……やってみやがれえええええええ!!!!」
ハロドックは両足が床にめり込む程踏ん張って態勢を立て直し、剣をいなし、棍棒を床に突き刺し、左手で持って体を支えてルナの顔面を蹴り飛ばす。
「がっ……」
余裕を見せていたルナは油断し吹き飛び、反対側の既に原形を留めていない壁に激突した。
「叩き潰すだぁ?……怒りで目の前見えなくなってんじゃねぇよ……やるんなら真面目にやれ!!!!ふざけんな!!!!」
「っ……一発入ったぐらいで調子乗るなクソ野郎!!!!」
ルナはさらに激昂し、ハロドックもめり込む足を抜き、2人同時に動いて部屋の真ん中でさらに激しく激突した。
その衝撃波には火花が大きく散り、衝撃波だけで部屋中により大きな亀裂が入る。
「「うおおおあああ!!!!」」
2人はさらに速く凄まじくぶつかり合った末に地下13階の床は崩落し、2人は14階にぶつかり合いながら降り立った。
(ヤベぇな……マジで……何も出来ねぇ……強ぇ……お前のガキ俺より強くなってんぞ……だから───本気になんねぇとな……)
───空気が変わる、ルナも知らない異質なオーラによって。
ハロドックの右目付近から口元にかけての顔から右側の顔や四肢全体に、燃える炎のようなどす黒い紋様が現れる。
これにより各世界の強者達は再び驚愕する……もはや世界の1つや2つを壊しかねない力と力のぶつかり合いが起こっていることを無視出来ない。
ハロドックが体の内から引き出したモノは、たとえ不死者とて引き出すことを躊躇する、緊急時とて叶うならば使いたくない存在。
───この世の真理に大きく影響を与える力。
「うおらあああああああああああ!!!!」
激情のままに叫ぶハロドックは強引に右拳を顔面に撃ち込みにかかるが、ルナは筋を読んで紙一重でかわす。
勢いそのままにルナはハロドックの右脇腹を薙ぐように振るも、紋様が現れた不死身の男の肉体はディアボロ化と〝零域〟を同時に駆使する力が入る刃を通さなかった。
「っ!!!!?」
「らああああっ!!!!」
ハロドックは時間が経つにつれ紋様が徐々に広がっていく右拳を、遅れたとも言えない刹那のスキをついてルナのみぞおちに叩き込む。
「がはっ!!!!……」
さらにハロドックは全身全霊を込めた右の剛拳を、怯んだ無防備なルナに打ち込み突き上げる。
ルナは為す術無く上に吹き飛び、キブニウムの天井を次々と破り、地下3階にまで到達した。
拳を振るった際の衝撃波は無い……込められた全てのエネルギーは逃げる事無くルナに込められ、反動でハロドックの右腕は引き千切れる
「うっぐ……っ!!!?」
「うおおらああああああああああ!!!!」
ハロドックはさらに両足が引き千切れる程に跳び上がり、地下3階の天井にめり込むルナに明らかに速度の上がった再生スピードで再生させた右拳をさらにみぞおちに叩き込んだ。
「うあっ!!!!……」
ルナはさらに天井を突き破り、王宮の天井をも突き破った。ハロドックは両足を再生させさらに跳び上がり、宙に浮くルナの顔面にさらに重く強く右拳打ち込み、地面に叩き落とした。
ルナはルブラーンの空を突き破り、王宮から少し逸れた地面に無抵抗なまま激突した。
地面には隕石が落下した後のような凹みが現れ、ルブラーンや山にも亀裂が入り、数十秒近くルブラーンの周りは揺れた。
※ ※ ※ ※ ※
「な……なんすか…今の……」
「……化け物かよ……」
「んん……クラジューく~ん♪」
「何で寝てられんだよこいつは……」
「嘘やろ……なんやねん今の……」
「───〝王醒〟」
「……なんやって?」
「……〝王証〟を覚醒させた者が使える、神にも等しい力……それが〝王醒〟……」
「……どういうこっちゃ……」
「……つまりハロドック・グラエルは……魔人族の〝王証〟───〝メツノチカイ〟を持っているということ」
※ ※ ※ ※ ※
ハロドックはルナの側に降り立ち、そして棍棒をナイフに変化させ、解いたはずの紋様が若干残る左腕を切り落としてから再生させた。
「はぁ……はぁ……これ……ちょっと使っただけで全部とんでもなく持ってかれるからな……マジで最後の切り札だ……」
ハロドックはいつぶりかも分からない、力を使い果たした状態に陥りフラフラながらも、ルナの元に歩み寄った。
ルナは地面に激突した直後に気を失っていたが、ハロドックが寄るとすぐに目を覚ました。
「───」
「解いたなディアボロ化……はぁ……はぁ……自殺は食い止めた……ぜ……はぁ……はぁ……」
「……あの衝撃を3度まともに食らって……俺は……生きているのか……」
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
ハロドックはルナの右側にあぐらをかいて座り込み、ひとまず息を整えた。
「……あれを出させたのも、食らって生きてんのも…お前と、ガービウ・セトロイだけだ」
「───」
「お前は……俺より強い……断言する……ベイル・ペプガール、ガービウ・セトロイ……あとは……妖人族の長の……〝霊王〟くらいか……俺が今まで闘った中で、俺より強かったのは……お前で4人目だ……」
「……何が言いたい」
「よかったな……丈夫な体に産んでくれて……」
「……俺を殺すのか」
「───ああ……スカッとすんのは勝手だが……それでも俺は前に進む……息子を殺すくらい、平気でやってのけねぇとな」
「……お前の目的は……何なんだ……」
「……ある女を……生き返らせる」
「……出来るのか……そんな事……」
「さあ……だが出来ねぇとは決まってねぇ……不死身もそうだ……何の手違いで無くなるか分かんねぇ……命を狙われたり、居場所を失ったり……そういうギリギリを生きてねぇと……退屈なんだよ……
……長いこと生きたら……時間の流れが恐ろしく速くなる……常に変化と新しいを感じてねぇと……あっちゅーまに何百年だって経ってんだよ」
ハロドックは「よっこらせ」と声を出しながら立ち上がりナイフから変化させた棍棒を持つと、ハロドックは魔力を具現化させ、棍棒の先を槍のように尖らせた。
「鼻を狙う、脳幹ぶち抜いて即死だ、いいな」
「……死にたくねぇな……微かに……ほんの微かにだけ……ある……母さんの姿が……」
するとルナの頭には走馬灯のような記憶が凄まじい速さで駆け抜け、ユリの姿が映った瞬間に、黒くない綺麗な涙が両頬を伝った。
「……最期になんか言う事あるか?」
その言葉を聞くと微笑んで目を閉じたルナ───ルナ・グラエルは、迷うこと無く心のままにこう告げた。
「───死ぬなよ………親父」
「───死なねぇよ……不死身だからな」
※ ※ ※ ※ ※
「ルナ」
聞いた記憶は無いのにどこか懐かしさを覚える声を聞き目を開くと、ルナの目の前にはある1人の女の姿があった。
自分とよく似て、向けられるその笑顔がよく似合う……自らの母親───ユリの姿があった。
「……そうか……俺……死んだか……」
「……もう、馬鹿!……親より先に来てどうすんの!」
その笑顔はすぐに解かれ、怒った表情でルナの腹部軽くパンチする。
「……ごめん……俺……」
「……もういいよ、全部許す……ハロドックは許したんだし」
「……話したいこと……ありすぎて……何から話せばいいか分か」
するとユリはルナの話を遮り、優しく、されど力を込めてギュッと抱きしめた。
「……やっと……やっと……大人になったルナをこう出来た……抱きしめられた……」
「……母さん……」
ルナは少し恥ずかしそうに抱きしめ返す。
「……知ってる?ちっちゃい時もずっとハグしてたの……って、覚えてないか」
「……ごめん」
「もう!謝りすぎ!そういうのは後で聞く!……けど……一つだけいいかな」
「……うん……」
「───ハロドックを……許してあげて」
「───」
ルナが黙り込むとユリはハグを解き、一歩下がってルナの顔を見上げる。
息子の顔を立ったまま見上げる事に嬉しくなり少し微笑むと、幸せそうな声色で言葉を並べる。
「ド変態で、いびきはうるさいし、バカだし、迷惑ばっかりかけるし……けど……けどね……」
ユリは目をつむり、ハロドックとの記憶を思い出していた。
「……この世で一番タイで好きな……大切な人……タイだけど、ちょっとルナの方が上だよ?……私を殺したのはやや比喩っぽいけど……もっと正確に言えば……死なせてくれた……かな、えへへ」
ユリは終始ほぼ笑顔でルナと話していた。
その笑顔を見続け、声を聞き、抱きしめられた現実を思い返した瞬間に、溢れ出した涙が止まらなくなる。
「……保留……後でゆっくり考える」
「……そうだよね、ずっと忙しかったもんね……偉い偉い、頑張った頑張った」
ユリは背伸びをして、ルナを少し屈ませ、両頬を伝う涙を拭ってから頭を優しく撫でた。
そうしてまだまだ子供だった時のように優しく撫でた後に、愛を込めて額にキスをした。
「……それ……前も……」
「うん、したよ……よかった、覚えてくれてて」
何故だかこのキスの感覚は強く残っていたのか、前にもされたような気がしたルナ。
「……ダメだ……何も頭に浮かばない……」
「あとでいいって!時間はたーーーっぷりあるんだし、ね?」
「……うん」
「……ルナ」
「何?」
「───大好き!!」
「なんだよ……いきなり……」
「いいじゃん!大好きだから大好きって言ったの!」
「……俺も……大好きだよ」
「……ありがと、じゃ、行こっか」
「うん」
ユリは右手でルナの左手を優しく握り、ルナも左手でユリの右手を握り返すと、光に包まれたどこかへと歩いて行く。
復讐に燃える男とそれを受けて立つ男とではなく、父と子の言葉を交わせたルナは、生まれ落ちた人間界にて、父の手により最期を迎える。
ルナが会いたくてたまらなかった母と再会し、共にどこかへと向かうその時、父ハロドック・グラエルが涙を流した事は、誰も知らない。
綻び解かれた家族の絆はこの瞬間、再び強く固く結ばれる───。




