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Past Letter  作者: 東師越
第3章 ホシノキズナ
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第87話 Moon lullaby 12

 「決めたよ、ハロドック」


 「え?何を?」


 この4日間、2度の絶句するようなつわりを経験しノリコエタユリは安定期に入り、混血が原因となる流産の危険性は回避した。


 病院のベッドの上で、まだ目立ちはしないがそれでも少しずつ膨らみ始めている予兆を見せるお腹をさするユリは、ある決意を固めた。


 「覚醒、だっけ?……しないよ……私には、そんな気起きないよ」


 2人での旅の最中にハロドックは、〝ホシノキズナ〟を覚醒させるか否かの質問をユリに問うていた。


 アリシアやマナクリナとは違い、継承者ではあるものの覚醒させるための天性の大器を持ち合わせていないユリが覚醒するには、器となれるだけの厳しい修練が必要だった。


 アリシアにこのような覚醒についての説明を一切しなかった理由は、問答無用でも覚醒させる必要のあった緊急性があったからだ。


 その緊急性については今はまだ語る事は出来ないが、全世界の命運を左右しかねない事態がこの先起こることをハロドックが知った上での事だ。


 コーゴーもジェノサイドも特に変わった動きを見せないこの現在覚醒する必要性は皆無に等しいものために、あえて質問をした上でユリは答えを保留にしていた。


 「……そうか、まあ今まで覚醒した奴らも自分からしたくてした訳じゃなくて成り行きだったしな……分かった、問題ねぇよ、むしろ断る奴の方が多かったんだしよ」


 「そうなんだ……けど、今まで保留にしててごめんね……私はこの子と、ハロドックと、普通に過ごしたいな」


 世界の命運を背負うよりも大事だと思える存在が出来た事により、ユリはらしさ全開に即決してハロドックに意思を伝えた。


 「……いいぞ、何十年でも付き合ってやるよ、俺がババアになったお前を、そのガキと看取ってやる」


 これまでもそうしてきたように、ハロドックはユリの意思を尊重して己のやるべきことを決定した。


 「……ありがとう……そういえば、名前なんだけど……ハロドックは何か考えてるかな?」


 「俺は何でもいいよ」


 「え、何でもいいの?」


 「ユリが決めろって事だよ」


 「分かりにくっ……いいの?」


 「俺の絶望的なセンスに挑戦したいなら構わねぇけど」


 ハロドックのセンスが絶望的だという心当たりは特に無いが、正直な性格の彼自身がそう自負するならやめておこうと本気で思うユリだった。


 「……私は……もう決めたよ」


 「何だ?」


 「男の子ならルナ、女の子ならアリシア、どうかな?」


 「どっちも女みてぇだなおい」


 「そうなの!?」


 お腹の中に新たな命を宿したと知ったその日から、知識や呼び方、込める思いなどを考えに考えた結果決断した名前だ。


 「いやあくまで俺の感性だかんな」


 自分の感性がハロドックに指摘されるくらいにズレているのかと思い思わず立ち上がりそうになるが、よく考えればハロドックの感性が当てにならないために指摘も意味は無いと決め付ける。


 「よかった、じゃあ大丈夫だね」


 「俺センスは絶望的だけどそういうのは一般的だと思うんだ」


 「知らない」


 どうしても自分を肯定しようとついに一般論を持ち出したその見苦しさに思わず冷たい眼差しを向けるユリ。


 「何だよ……で、理由は?」


 これ以上は勝ち目は無いと踏んだハロドックは、明後日の方角に置いていった話を戻す。


 「……ルナはね、私が初めて見た月から…どんな暗闇でも、大きく光り輝き、皆を導く道しるべみたいな存在に……そうなってほしいなぁって」


 「意外と考えられてた」


 「意外って……それで、アリシアは、四柱の神様達の祝福を受けて、幸せに生きてほしいから……創造神アルカヴェルスのア、守護神ウーヴォリンのリ、破壊神ガノシラウルのシ、冥神ハーデリアムスのア、からとりました」


 「また微妙だなそりゃ」


 「そう?私が好きな本だと、四柱の神様達から祝福を受けてほしいって願ってアリシアって付けてたよ?」


 「どんな本だよ……」


 この四柱の神々は、実際に存在する全世界四大宗教でそれぞれ神として崇められている。


 「私が好きなのはあんまり人気無いけど、何故か皆からキューちゃんって呼ばれる英雄のお話は世界中で人気だよ?」


 ユリが言ったこの作品こそ、アリシアがその主人公とラルフェウを重ねて見たためにキューちゃんと呼ばれる事となった原点だ。


 この作品でのキューちゃんとは、名をキューザックというためその愛称で親しまれているのだ。


 「あっそう……ぶっちゃけ親の願い名前に込められても、付けられた子供的には迷惑じゃね?」


 「何でよー!?」


 「知ったこっちゃねぇからな、親の言うとおりに生きるなんてクソくらえだな俺は」


 「あっそう!」


 寝る間も惜しんで考えた子供の名前の理由をバッサリと斬り伏せられた気分になったユリは、頬を膨らませてそっぽ向く。


 母親になるのに頬を膨らませてそっぽ向くという少し子供っぽい怒り方を見て、ハロドックは思わずニヤけてしまう。




 「……それで……ルブラーンの事…調べてるの?」


 ハロドックはその数日間、この街や付近の街からも情報を得て、ユリが安全であれるように自分が成せる行動をとっていた。


 「ああ……あの後チャーリーの有罪が確定して流刑になって、正式にケイナンが王になったけど、特に変化無しだ……あ、けどユリの捜索は再開したっつってたな」


 「本当?」


 チャーリーが捕まって以降停止していたユリの捜索は、ケイナンが正式な王座に就いてからすぐに再開した。


 「陰謀が動き出してんだ、捜索は内密っぽいから、追い出されることは無さそうだな」


 「ちょっと調べて内密な事分かるって、すごいね……」


 「ジェノサイドとかコーゴーに比べりゃガバガバだな、発展してねぇからスパイ天国だぜ人間界」


 「そうなんだ……」


 この場にいればいずれは見つかってしまうのでは……だとすればこの街の人達にも迷惑がかかるかもしれない。


 そう考えるとより不安がかさ増しされたユリの心を見て、ハロドックは不意にユリの頬にキスをする。


 「へっ!?」


 「居場所は突き止めさせねぇよ、俺がついてる」


 「……さっすが私の忠実な犬」


 ハロドック・グラエルという存在が、たったそれだけがどれほど安心することだろうか……不安が少し消えたユリはクスッと笑い、いつものようにハロドックを犬呼ばわりして喜ばせる。


 「おうよ、じゃなくてわん!……だから安心して産みたまえ」


 「うん、頑張る!!」




   ※ ※ ※ ※ ※




 そして数ヶ月後、ユリは10時間の激闘の末に、元気な男の子を産んだ。


 元気な産声は医療所全体から外にまで響き渡り、ハロドックは張り詰めた緊張を払拭せんと廊下を歩き回っていたため、この産声を聞いて尻もちをつくようにその場に座り込み、喜びをかみしめる。


 病院全体はその産声を聞いてお祝いムードに入り、ハロドックや病室に向かって盛大な拍手を送る。




 そして落ち着いた後、ハロドックはぐっすりと眠る男の子を抱くユリの元に歩み寄った。


 「お疲れ、夜通しご苦労さん」


 「うん……頑張ったよ……」


 ユリは笑顔でハロドックにピースサインをした。


 かなりの体力を消費し疲れ切っていようが、好きな人への感謝の気持ちは忘れない。


 「やっぱりルナにすんのか?」


 「もちろん!迷惑なんて問答無用、母親からの最初の誕生日プレゼントなんだから、黙って受け取ってもらうよ…ありがとう、生まれてきてくれて、ルナ」


 そう言って目を瞑り、まだまだ柔らかい額に額を合わせ、生誕後最初の親からの誕生日プレゼントを渡す……名は、ルナ。


 「……まだちょいちょい捜索隊はうろついてる、そろそろ諦めてくんねぇかな……」


 「どうだろ……ケイナン兄様は一度こうだと決めたらやり切るまで諦めない性格だから……」


 ケイナンが遣わす兵士達の数もどんどんと増えていき、この街の近辺まで足を運び出していた。


 これでは見つかる事は時間の問題だが、それ自体にはハロドックは特別な危険視はしていない……全て1人でどうにか出来る相手だからだ。


 「……なあユリ……産んだ直後でこんなこと言うのもあれだが……ルナが成長して、父親の俺がどんな奴か知って、殺意なんかも湧くかもしんねぇ……


 ……お前の願い通りに育てば、そうなる可能性が捨てきれねぇ……その時、お前はどうする」


 ハロドックが最も心配していた事とはこれだ……要するに、子供が自らの敵になっても戦って大丈夫なのかと、今一度ユリに問うた。


 「……どんなことがあっても……ルナには悔いの無い選択をしてほしい……だからハロドックは……ルナの目とかから思いを聞き入れて、ルナが後悔しない道に出来る限り歩ませてあげて……


 ……もちろん人生は後悔の連続だけど…大事な選択は……絶対に後悔して欲しくない」


 名前に込められる意味は限りがあれど、伝えたい気持ちに限りはない。


 ユリはルナがかわいくてかわいくて仕方なく、どんなモノにも代えられない自身の全てを捧げたいと思っている。


 「───殺してほしいって……頼まれてもか?」


 「……ルナが全てに腹を括って、本心でそう思っているんなら……そうしてあげて、けど、そうじゃないなら絶対に生かしてね、私も全力を尽くすから」


 ハロドックのとんでもない質問も、あり得ない話でないためにユリは覚悟を決めてハロドックを見つめる。


 「母親は自動的には強くなれねぇ、子を思う心がねぇとダメだかんな……これはお前が選んだ人生だ、胸張ってドンと構えろ」


 「分かってる、だから、ちゃんと見ててよ、私とこの子の生き様」


 「おう」




   ※ ※ ※ ※ ※




 同じ頃、ケイナンへの報告のために王宮の王室に、ギュートラスが武装をしたまま1人で入っていった。


 「一応人間界全体の捜索は終わった、1回やったのに必要あんのか?」


 「ジェノサイドからの情報も無い、奴らの捜索範囲は恐ろしく広い上に人員、捜索スキルに置いて我々の遙か上、そのジェノサイドが、人間界以外考えられないと言った……


 ……人間界は我々がやると見得を切った、十中八九ハロドック・グラエルだが……」


 「ハロドック・グラエルの行動パターンとか読めねぇのか?」


 「簡単に読めたならジェノサイドもコーゴーも動いてるはずだ、たった1人で外から両者の均衡を支え、千年戦争をはじめとする大小問わずあらゆる人同士のいざこざを、影から鎮圧してきた奴だ……


 ……仮に人間界全体に人を箱詰めみたいに動員したとて、向こうから現れない限りどうにもならないと……」


 正直、ハロドックを捉えて追跡するだけでもこの世界ひとつ動かしても掻い潜られるだろう。


 「無理ゲーってか……おいおいおいおい、王様向いてねぇんじゃねぇの?金の無駄だろ、成果も上げられねぇんじゃ王宮従者は貧乏になり、税金の無駄となり、民衆はデモを起こす、負の連鎖だ、分かるだろ?


 ……先見過ぎて、目の前の石ころに躓くなよ」


 「……ああ」




   ※ ※ ※ ※ ※




 ギュートラスは王宮を出て、ルブラーンの裏道のさらに裏道を抜けた所にあるドアを開き、地下の階段を下りドアをノックした。


 「合言葉は」


 「セシリア・フレブル」


 「どうぞ」


 ギュートラスがそう言うとドアは開き、ギュートラスはカウンターに座った。


 「あんたも大変だな、シュベレット・フレブルさんよぉ」


 「まあ、こうしてルブラーンにいられるだけマシです」


 シュベレットはワイングラスに牛乳を注ぎ、ギュートラスに差し出した。


 「……今んところユリ・クルエルは見つかってねぇよ、まあハロドック・グラエルがいれば問題ねぇよ」


 「……そうか……よかった……」


 「コーゴーが首突っ込んでも大して状況は変わらないだろう……が、まあそもそも入ってこねぇか」


 ギュートラスはワイングラスに入った牛乳をちびちびと飲んでいた。


 「……何か、あるのか?……」


 「……ああ……可能性はほぼゼロだが……コーゴーで一番偉いのが動いたらマジで状況は一変する、ありゃマジで化けモンだ」


 「…〝神官十一機構(シント・セチャルダス)〟の誰か、という事ですか?」


 「馬鹿野郎、あんなデブ親父共がそんな力持ってる訳ねぇだろ……最高長官だよ」


 「……最高長官って……その存在はほとんど都市伝説ですよ」


 「元特等がよく言うぜ、何万人もいるジェノサイドの一幹部だった俺ですら誰か分かってんのに」


 「……何故分かるんですか……」


 「公表してるからな、ジェノサイドはコーゴーの戦力とか情報とか……当然だが全局員の個人情報までジェノサイドは把握してる……


 ……それはコーゴーも同じなはずだ、計らいの差って奴だ、だからジェノサイドには絶えず人員が入ってくる、衣食住の生涯保証は、社会のゴミどもにとっちゃ天国だ」


 「……その最高長官とは……誰ですか?」


 「……そいつの名前は……」




   ※ ※ ※ ※ ※




 数日後、ハロドックが不在の間にルナに母乳を飲ませているユリの元に、鈴のついたおもちゃを持った1人の女が現れた。


 「……ユリ・クルエルだな」


 「……どちら様、ですか?」


 スレンダーな体でスタイルがよく、露出もかなり多い服装の女は、ミステリアスな雰囲気を漂わせてユリとルナに近づく。


 「……よく吸うな、元気な子だ、将来は大物になりそうだ……どんな道でもな」


 「ありがとうございます……あの……お知り合い……じゃないですよね?」


 「この子の父親とは知り合いだな、色々と」


 「そうなんですか……知り合いの多そうだしね、あの人」


 女が持ってきたおもちゃにかなり興味を示し、無垢な満面の笑みで鈴を鳴らそうと手を伸ばす。


 「……私はもう出る、お前の顔を一度見ておきたくてな」


 すると女はおもちゃをルナに手渡した。


 ルナはおもちゃを触り、振って鈴が鳴ると、ルナは満面の笑みで笑いながらおもちゃを振った。


 「……お名前、教えてもらってもよろしいですか?……」




 「───リミル・ゼルアだ」




 そう言ってリミルは部屋を出て行った。

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