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Past Letter  作者: 東師越
第3章 ホシノキズナ
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第72話 偽善とは、偽りなき善

 「痛みはあるよ、激痛なんてレベルじゃない……これは精神力の問題だ……何故君がこれほどまでのダメージを蓄積していた体で、あれだけの動きが出来ていたのか理解しがたい……」


 「べしゃりは終わったか?」


 「……ラルフェウ君に是非とも教えてやってくれ……確かに君の才能はすごい……だが、努力を重ねたなら人は才能を凌駕出来る、人の持つ才能なんてその程度だ……


 ……才能に溺れる者は努力の価値が分からない、才能の無い者は努力への理解が足りない……真の強者とは己の器を理解し、価値を知り、運命に抗う者のことだ……と」


 目の色が変わる、包み込むような優しさと温もり、それらを物語っていた目は覚悟の色に染まった。


 直後、流れる魔力を具現化したエルドラドの右手にはラルフェウの矢のように魔力の型が色濃く残るものではなく、本物にしか見えない金属の質感や重量感を感じさせる剣が握られていた。


 両の手で握りしめ、目線はギュートラスの目を離さないまま大きく息を吐き、研ぎ澄まされた集中力がギュートラスに鬼気迫る。


 乾いた唇を舌でなめ、額には冷や汗が出だす……霧のように目に見えるかと思わせるほど、この部屋を漂わせる緊張感がギュートラスの心を穿つ。


 それと反比例するように、ギュートラスは高揚感に染まっていく……逃げ場の無い空気を醸し出すエルドラドは、紛れもない強者。


 イレギュラーな相手だがむしろ好都合……自分よりも強い奴が、自分に向かって本気で挑もうとしてくる……恐怖なんかよりも、ワクワクが勝る。


 「……1位っていや……原因不明の失踪して、死亡扱いになってるあの?……」


 自然とこぼれる笑み、幾多の人々の血で染まる剣の刃を舐め、やがてその目は狂気もにじみ出してくる。


 「まあ肉体は既に無いよ、人体に入れば二度と出た肉体には戻れないから必要なかったんだ……」


 「……こいつに、人生捧げる価値あったのか?」


 ギュートラスの中にある闘うという本能、血湧き肉躍る戦闘が一撃一撃に込められた思いがぶつかり合い、爆ぜる火花が一挙手一投足に命が左右される様な薄い希望が……。


 間違いない……全てはこいつと闘うための人生だった……そう思わせる程にエルドラドの放つオーラは圧倒的だ。


 「人が人の人生に価値を決めるなんて出来る訳がない、私の前に彼がいて助けを求めていた、ただそれだけだ」


 「地位と肉体捨てた割に合ってんのかって聞いてんだよ」


 やはりギュートラスはエルドラドの事を知っている、そんな口ぶりだ。


 「目の前の救いを求める人のために、自分と秤をかけるなんてバカなことを私は絶対にしない」


 「偽善かよ、楽しいかその自己満足」


 「相手が喜び、それを見た自分も思わず笑みがこぼれる……理性を持つ人の究極の真理と幸福、そこに善悪などない……君らがそれを偽善というのなら、僕はその偽善を貫くよ……誰が何と言おうと」


 「偽善者は頭もパンクしてんのか」


 「それにラルフェウ君だって魅力はある、〝聖器(ポーマ)〟の力関係なく、僅かな魔力を無駄なく循環する才能そのものの素質がある、ただ彼にそれを充分に引き出す器用さが足りなくてね……


 その分を〝聖器(ポーマ)〟の力で補う形なんだ、だからあの異次元の再生力を実現し、魔力の具現化さえも可能にしている……魔人族としてはトップクラスの実力を持っている、そうは思わないかい?」


 その魅力を知る者はやはり何度でも口にしたくなる……好きなアイスの新味がかつて無いほどに美味しいならば、何度でも人に話したくなるのと同じだ。


 ラルフェウというダイヤの原石は、魔力を知る者の心を魅了する。


 「ならお前に変わってどう変わるのか見せてくれよ、そのダメージのまま」


 するとギュートラスは消えるような速度でエルドラドの正面に迫り、右拳を顔面に撃ち込んだ。


 剣は使わなかった、肌で直接エルドラドの力を知るために……圧倒的を前にして小手調べ入れるほど、ギュートラスには心の余裕がある。


 実際にそんな余裕も油断も無いが、そんなことはどうでもよくなっている……ギュートラスが見ている光景は、ラルフェウの体躯をしたエルドラドではなく血で染まったこの部屋の未来だった。




 「……ちゃんと変わってんのか」


 「今の動き……この威力……君の専門は剣ではなく、格闘なのか」


 エルドラドは動揺の色や微動だにすることなく、左手でギュートラスの右拳を握りしめるように受け止めた。


 「そのダメージで何が出来る?」


 「自慢じゃないが、1ヶ月間寝ずに前線に立ち数万規模の部隊を1人で玉砕したことがあってね、この程度ならどうとでも無い」


 「玉砕?善人が人殺すのか?」


 軽い……どれもこれも軽い……ギュートラスの言葉はどれも軽い。


 一語一句にズシンとのしかかる、重みのあるエルドラドの言葉とは全然違う、薄っぺらい中身の無い言葉。


 エルドラドはそんなギュートラスにひどく失望した。


 「僕は善悪に縛られない、つまり正義の味方じゃない、目の前で困っている人達の味方になっただけだよ」


 「考え方の違いか?俺には矛盾してるように聞こえるな~?」


 「千差万別は世の基本、それより共通点を認め合う方が素晴らしいとは思わないかい?」


 きっとラルフェウの過去に深い傷を刻み込んだのは、幾多の人々を殺したのは、大した意味なんて無いんだろう。


 怒りがこみ上げる。


 奴が今まで奪ってきた命を、奴は何とも思っていない。


 命を殺めたことは咎めない、人は生きるために命を殺めるのだから……だが、そこに何の思いも、意識すらも向けられていない事に、腹が立つ。


 エルドラドはこの時ようやく、殺気らしい殺気を放った。


 かつてその力で、黎明期のコーゴーを今の超巨大組織に至るまでの礎を築いた……慈愛の男、歩く偽善、天使と悪魔の混血……いつの間にか様々な呼び名がついた。


 しかしあるとき突然行方をくらまし、以来どこにも現れる事のなかった伝説の男、エルドラド・サンダース。


 その怒りは今なお変わらない慈愛の心故の優しさ……命をかけた優しさ。


 強く剣を握り直し、冷静で落ち着きを見せながら心は熱く燃えたぎり、ようやく口を閉じる……ギュートラスとのくだらないおしゃべりはエルドラドの怒りが燃やし尽くした。




 ギュートラスは絶えず攻撃を繰り返しエルドラドは後退しながらも、余裕の動きを見せながらかわし、いなし、しかし反撃せずにいた。


 「舐めてんのか!!」


 「同じ魔人族としても、最大限の敬意は払っている」


 「敬意は?危機感持ってねぇって事か」


 「何も言っていないが?」


 「言ったようなもんだろ!!」


 ギュートラスの攻撃に怒りの感情が込められ始め、より強力になっていった。


 無駄なく魔力を消費し、剣で、拳で、脚で、とにかくしなやかで柔らかい全身を駆使し部屋中を立体的に動いてはエルドラドのスキを伺う。


 しかしその攻撃も、十中八九無駄だ。


 揺るぎない覚悟の元、己の成すべき事を自覚した意志の元、自らよりも弱きモノは一切の躊躇なく淘汰される剣の元ではギュートラスの動きの意味は皆無に等しい。


 「……こんなものでは無いだろう」


 するとエルドラドはギュートラスの攻撃をいなし、右手の平でギュートラスの額を押した。


 ギュートラスは僅かに怯み、エルドラドはそのスキにみぞおちに右拳を振り上げた。


 「ぅぐ……」


 そして右脚でギュートラスの顔面を跳び蹴り吹っ飛び、〝瞬間移動(ワープ)〟で先回りしてギュートラスの腕を固めた。


 「くそっ……」


 「スピードに偏りなにぶんパワーが足りない、パワーは戦闘においては命取りだよ」


 「うるせぇな!!」


 ギュートラスは抜け出そうとするも、エルドラドにより一向に抜け出せずにいた。


 やはり声をかけても、もう届いてやしない……ならば話し合いは出来ない…。


 本当ならばもっと待って話し合いがしたかったが、出来る状態ではないと知った……つまりギュートラスが選んだのは、慈愛の男、歩く偽善とまで称された男の慈悲を蹴った未来だ。


 「何より殺気が足りない、君は楽しんでいるだけで、それが思い通りにならず怒りが入ってきた、怒りは強者の条件から最も遠い感情だ」


 「えらそうに説教すんじゃねぇ!!!」


 「アドバイスだよ、他人の考えは貴重だ、自分を曲げないのは確かに良いことだが組み合わせてよりしなやかな思考にすれば、より強力な筋が通ることになる」


 「ああそうかよ」


 大声を上げて叫んでも、助ける気は無い。


 するとギュートラスは足を地面に踏み込み、固められた腕を軸に反転して右脚でエルドラドの脳天を右脚で蹴り落とした。


 「っ……柔らかいね」


 エルドラドは思わず手を離し、ギュートラスはエルドラドから距離を取った。


 「あれが全力か……呪力の空振りは痛いだろう、しかしあのようないかにも一対一(サシ)専用の呪力を使うことは、自らが相手より弱いと認めるようなモノだからね……起死回生にはうってつけだけど」


 「お前も出せよ全力、いつまで遊んでんだよ」


 「……そうだね……実は、僕が表に出ると……ラルフェウ君が長い眠りについてしまうんだ……中に在る〝聖器(ポーマ)〟から守るために……多分10年近く目覚めないだろう……これでもましな方だよ」


 そう言ってエルドラドは魔力の具現化で剣をより強固にし、さらに自身の肉体に魔力を充実させ始めた。


 ギュートラスの剣とぶつかり合うと火花の散るような金属と金属がぶつかった音が響き渡る。


 具現化をここまで器用に扱える者は、後にも先にもこのエルドラドだけだろう。


 「魔人族の細胞は酸素と魔力が必須、その魔力は霊力とは違い、大気中から呼吸により摂る他に手段が無い……


 ……正確に言えば魔素というべきなのだろうけどね……つまり上手い呼吸の仕方と、その使い方を身につける事が出来れば……魔人族はどこまでも強くなれる」


 正確には呼吸はせずとも魔力供給は可能だが、呼吸と同調すれば大気中から得られる魔力も増え、力もより固く強くなっていく。


 エルドラドは独自に生み出した方法で、いついかなる時でも呼吸と完璧に同調して魔力供給が出来る。


 しかしそれはハンパない体力を消費するので、ラルフェウの体ではエルドラドはその呼吸の半分も出せていない。


 「……いいね~、けどもういい」


 ギュートラスはスキだらけの無防備なエルドに渾身の拳を何十発も撃ち放つも、エルドラドは動じなかった。


 この攻撃だって、ラルフェウなら歯が立たなかっただろう……だが、エルドラドはそんな域を余裕で凌駕している。


 「くそがあああ!!!!」


 「精神力も基本のひとつだね」


 するとエルドラドはギュートラスを蹴り上げ、ギュートラスはキブニウムで造られた天井にめり込んだ。


 「がっ……」




 「〝魔剣衝斬波(スレイ・コラープス)〟」




 ───無慈悲な一撃がギュートラスを滅する。


 エルドラドは両手で剣を握り、大きく溜めて振り下ろした。


 その剣ごと斬れる魔力の衝撃波が落下するギュートラスの体を真っ二つに斬り、壁も真っ二つに斬れた。


 あまりにもあっけなかった。


 だがそれが、現実目に見えていた実力差。


 努力も才能も諦めた者には到達出来ない、強者の世界。


 「……ふぅ……待っててね」


 するとエルドラドはラルフェウと入れ替わり、うつぶせに倒れ気絶するように眠りについた。

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