第680話 ツキノワ平原の街道工事現場にて
一行が解散してから、約1年後。
来たる守護神ウーヴォリンとの決戦まで、後4年に差し迫った。
各々がその準備のためにあらゆる地を行き来している中で、陽ノ國に留まり何をするでもなくのんびり過ごしている者もいた。
「暇だな」
「なら手伝いに行ったらどうですか? ツキノワ平原の街道なら引く手数多だと思いますけど」
「めんどくさいからパス」
「どっちなんですか……」
ベイル・ペプガールは、今日も部屋の畳の上でゴロゴロしていた。
日中の人々が営む時間にもかかわらず、将軍から国賓待遇で迎えられている渦中の〝死神〟はだらけきった日々を送っている。
これをあまり良しとせず小言を言う役割に回っているのが、バニル・ローブロス。
冥神の器を覚醒させて〝浄印〟を扱えるようになった龍人の彼女は、両手を腰に当てて仰向けに寝転ぶベイルの顔を上から不満げに覗く。
「どこ行っても話しかけられて怠い」
「そりゃあ陽ノ國の英雄の1人ですから」
「お前もな」
「私も一緒に行ってあげるので、たまには顔出しましょう」
「うへ〜」
犬でも持ち上げるかのように、バニルはベイルを脇から持ち上げて無理やり立たせる。
陽ノ國の普段着の〝着物〟姿もすっかり馴染んだ彼女のお節介を、本気で嫌ってはいないベイルは腹を括って動くことにする。
ツキノワ平原は約1年前に火ノ國との最後の戦である〝陽火決戦〟の地であり、現在は分かたれていた2箇所を往来するための街道を作る工事をしていた。
火ノ國の跡地は陽ノ國の新たな土地に吸収され、現在も人々が暮らすための整備が進んでいる。
先の戦の際、火ノ國の凶悪な兵器に使われたエネルギー源がこの地の住人の命だと判明し、人1人残らずいなくなった原因が後味悪く突き止められてしまったのだ。
人々の追悼や地鎮の儀を終え、慰霊碑や祈念広場などを設けてから街の再開発を始めた。
旧火ノ國の土地は陽ノ國の1/3ほどと広大なため、全ての街の再開発を手掛ける訳では無いが、どれほど早く見積もっても30年はかかる大工事になるだろう。
将軍スバル・スメラギをはじめとする、陽ノ國の中心人物が一丸となって行う未来の平和平穏への事業にベイルもようやく手伝うことになった。
※ ※ ※ ※ ※
数時間後。
現場に到着したベイルは、作業着に着替えて早速現場監督の前に立つ。
炎天下の昼下がりながら、男達は今日も溢れるやる気と漲るエネルギーをフルに使って明るく作業に打ち込んでいた。
「なんであんな楽しそうなんだあいつら?」
「そりゃあ戦に勝って終わったんだ、景気も良いし嬉しいに決まってらぁ! ホントにありがとうな!」
気前のいい現場監督は、初対面のベイルを前にしても動じずにガッハッハと大きく口を開けて笑いながら歓迎する。
事実、この世界は戦後すぐに凄まじい活気に満ち溢れ、サクラの結婚やスバルの打ち出した新たな政策も和人の者達が明るくなるのに十分な報せだった。
火ノ國の領土を数千年ぶりに取り戻したことで、その土地にあった数々の炭鉱や鉱山を手中に収め、景気はグングンと上がっている。
幾千年と続いていた因縁や禍根が消え去った瞬間にめでたい事が続けば、人々は何をしても笑みが溢れるというものである。
「まあ別にいいけど」
「それより旦那ぁ、あれ見てやってくれよ」
現場監督が指差した先には、男物の作業着に着替えたバニルが現れた。
髪をまとめて手ぬぐいを頭に巻き、胸に巻いたサラシがチラ見えするような丈の短い衣で現れたバニルに思わず見惚れる。
「どうですか? 似合ってますか?」
「……サイズ他に無かったのか?」
「悪ぃな旦那、この時期は男衆は何も着ずに褌一丁で仕事するから誰も持ってきてねぇんだ」
「いや女物もねぇのか」
「ある訳ねぇだろ? 夏にここに来る娘っ子は旦那の奥さんだけだ」
そりゃあほぼ全裸の男達が汗水流して働く現場に足を運ぼうなど、陽ノ國に暮らす普通の女なら考えない。
基本的には現場から離れた休憩所で飯炊きや備品の確認、事務作業、その他雑務を任せられているので、力仕事の要員として呼ばれる者はバニル以外いない。
「だいたい力自慢の女は皆兵士になっちまうし、飯炊きで雇ってるのも全員俺より年上だし、奥さんみたいに若くてバリバリ働いてくれる人がいると助かるんだよ!」
「ありがとうございます!」
「おう! 今日も頼んだぜ!」
「はは……」
気づくとベイルの視線は、頭に巻いた手ぬぐいを結び直すバニルの半袖から見える腋の辺りに誘われていた。
こんな無防備な格好でほぼ全裸の汗臭い男達に混ざって力仕事してるバニルを想像し、無性に胸のところがモヤモヤしだす。
上半身のサイズがやや小さいので、胸の谷間も普通にさらけ出している。
「はぁ……」
「どした旦那?」
「いや、細かいこと気にしすぎてダメになりそうだと思って」
「安心してくれ旦那、奥さんの腕っぷしはよく分かってっから誰もちょっかい出したりしねぇよ」
「っ!! 何も言ってねぇんだけど……」
「言わなくても分かるって、男なんだからよぉ! あんな美人妻を衆目にさらしたくねぇよなぁ、分かる分かる、分かるぜ旦那」
「どっちかっつーと、バニルはあんま気にしてなさそうなのに驚いてんだよ」
「奥さんは奥さんで無垢過ぎるぜ、旦那しか男を知らねぇ箱入りってとこか?」
現場監督の考えは、少し外れている。
バニルが無防備なのは、単純にベイルと一緒に仕事が出来るのが嬉しくてウキウキなため、ガードが緩くなってしまっているだけである。
普段はもう少し気にしてはいるのだが、1秒でもベイルに自分の姿を見て欲しいがために気を引こうという無意識の誘惑もあるだろう。
盲目的な恋心に浸るバニルは、その辺りのリミッターが外れているので本人も気付いていない。
幸いなのは、何があってもバニルなら自力で解決出来る膂力があること。
「それで、似合ってますか?」
「似合ってる」
「ふふっ、それじゃ行きましょう!」
上機嫌になったバニルは、ベイルの手を引っ張って現場に向かう。
現場監督は初々しいベイルの照れた顔を見てほっこりし、ぬるくなった水を飲んでもうひと仕事と気合いを入れたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
1時間後。
何かを壊すことに長けているベイルだが、基本的に無差別なので街道整備の作業では戦力外である。
故にベイルはバニルと共に、瓦礫や伐採した木々の運搬をすることになった。
当然重機のような人間が持つ文明の利器も無いので、牛車で引いて運んだり、大人数で運んだり、細かくして運んだりと人手が常に必要な作業だ。
そこに万力の腕を持つ者が2人も現れたら、効率が良くなるのは必然だった。
「助かるよ〝死神〟の旦那!」
「龍人の奥さんもいつも悪いね!」
「よっ! 最強夫婦!」
「ありがとうございますー! 皆さんも頑張って行きましょう!」
「元気だな」
バニルがこの現場を気に入っている最大の理由が、夫婦扱いしてくれることだと鈍いベイルは気付かない。
正式に婚約している訳では無いが、こうして2人でいられる時間が多くなるのはベイル自身も満更でもないのだった。
2人が岩石を運んでまた現場に戻ろうとした、その時。
「精が出るなぁ、最強夫婦」
「キリウスさん?」
「うわ出た」
「なんや人をゴキブリみたいに」
自然族の王が、2人を1年ぶりに訪ねてきた。




