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Past Letter  作者: 東師越
第1章 〝死神〟と呼ばれる男
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第6話 野望の船

「……あれ……傷は……」


 気を失っていた男はベイルによって致命的だった傷や、大きなダメージなどは全て治り、数十分後には目を覚ました。


「治した、俺が」


 うつぶせに倒れていた男が起き上がった目の前に、夕日に照らされているベイルが立っていた。


「……嘘だろ……」


「嘘じゃねぇよ」


「っ……すげぇなぁ……」


 ベイルの言葉は常識から外れすぎているために、最初は戸惑った。


 命の危機に瀕していたのに、起きてみれば何事もなかった……むしろ独房に入っていた時よりも状態が良いときた。


 疑いようの無い事実が自分の体に起こっているのに、ベイルの言うことを否定する要素は無い。


 ベイルによって自分が救われた事に、男は涙ぐんだ。


「お前あれだろ、この女から街の奴ら氷漬けにして守ってたんだろ?」


「っ!!」




 ──見透かされていたようだった。確かに男は、街の人々を守るために凍らせた。




   ※ ※ ※ ※ ※




 男は人間界を放浪していた。


 空気中から氷を造り出せば喉の渇きは凌げたが、飢えは凌げなかった。


 もう何年も、食事と言える食事は食べていなかったのだから。


 そんな中訪れたのがこのレフレアの街。


 その巨躯や、別種族との交流がほぼ無い人間界では誰からも救いの手は差し伸べてもらえない中で、この街の人々は男を受け入れた。


 この周辺は王都ルブラーンの正門とは反対側にあるため発展は乏しく、貧しい集落が点在する程度で、外からの者を警戒は強いのだが、このレフレアの街の長は人を見かけでも判断しなかった。


 飢えた体に十分な食事を、汚れきった体に街の近くの澄んだ川を、疲れ切った心に雨風を凌げる寝床を、怯えと不信に飲まれていた心に人々の温もりを、街をあげて男を歓迎した。


 男は感動した。喜びに満ち溢れた。


 素性を何も知らないこの人達は、こんな自分を助けてくれたと胸いっぱいになり、男は笑い方を思い出した。




 しかし、現実は街の人々ほど優しくはなかった。


 ──王都へ納める税金すらも滞っていたにも関わらず外からの客を、しかも他種族を手厚く迎えた事により、派遣されたエイダの独断により、長をはじめとする人々が数人見せしめに殺された。


 男は川から戻ると街の道端に転がる死体を見て激昂、エイダと戦闘するも呆気なく惨敗。


 人々を凍結させて守り抜きはしたが、人々の命と引き換えとして、男は自由を奪われることを受け入れた。


 かつて人間界で計画されていた、地下交通網の跡地に取り付けられた簡易的な独房に自ら入っていった。




   ※ ※ ※ ※ ※




「槍そこに置いてっから」


「……かっこいい」


「え?」


 男は慌ててベイルの前で正座になり、涙を右手で拭ってから両手を膝についてベイルの目を凝視した。


「先生って呼んでもいいっすか!?」


「っすって付き始めた……」


「いきなりですね……」


 急激な変わり様に、アリシアもラルフェウも若干引く。


「え~堅苦しい」


「じゃあ師匠!!」


 男は片膝を立てて、より声を張り上げた。


「もっと堅苦しい」


「じゃあ……アニキ!!!」


 男は立ち上がり、さらに力を込めてベイルに向かって言葉をぶつけた。


「……え?」


「アニキ!!!」


「……おほっ、もっかい言って」


 ベイルは照れ笑いしながら突然欲しがりだした。


「アニキ!!!」


「おぉ~もっと」


「アニキ!!!」


「……ベイル様、どうされましたか?」


「下僕が1人増えた」


 そういう事を聞いた訳では無いが、やや落ち込むラルフェウ。


「そんな……僕だけでは不満でしたか……」


「何人いてもいいだろ、てか真顔で言ってんだから大して心こもってねぇなおい」


「そんなことありません!」


「……あ、すいません、ちょっといいっすか」


 すると男は街の中を走り、ラルフェウが最初に入った家に入って氷塊に槍を突き刺した。


 槍は吸い込むように氷を吸収し、氷塊は失せ、中にいた4人の男女が出てきた。


「生きてるんですか?」


「何とか生きてるっす……冬眠状態に近い感じっす」


「……う……ん……」


 その4人の男女は目を覚まし、レオキスを見た瞬間に瞳を潤した。


「……レオキスさん……」


「レオキスさん……大丈夫なんですか!?」


「もう大丈夫っす、この方があいつを倒してくれたっす」


 ベイル達3人は呼ばれた後、レオキスを追って家の中に入る。


「……そうなんですか?……」


「形としてはそうなったな」


 ベイルの言葉を聞いた4人は涙を流し、ベイルに対し額を床につけてを最大限の感謝を示した。


「ありがとうございます……ありがとうございます!!」


「何の感謝だよ……」


 彼らを救ったのはレオキスであるため、自身に感謝される理由をベイルは理解出来なかった。


「何のって、もちろん、レオキスさんを助けてくれたことですよ!!」


「……は?」




 予想外の返答に、思わず声が出る。


 彼らとレオキスはあくまでも他人同士であり、レオキスが救われる事で彼らが喜ぶ理由なんてどこにも無いはずだった。


 ベイルには到底理解出来なかった。


 人の優しさ、人の善意、人の人を想う純粋な気持ち。


 それらを理解し納得出来ているなら、ベイル・ペプガールは死神になんてなりはしなかったのだから。




「レオキスさんは……我々の家族ですから!!」


「……皆……」


 レオキスはその言葉に感化され、涙を流し、4人と抱き合い喜びを分かち合った。


 温もりに包まれたこの光景にアリシアは思わずまなじりに涙を浮かべ、本当の人の優しさに初めて触れる。


「……訳分かんねぇ」


 一方でベイルは冷めた表情を浮かべてそう言い残し、家を後にした。


「……ベイル様」


 心配し、ラルフェウはベイルを追っていった。




「……そういえばベイル様、あれは何をしたんですか?」


「首の骨粉々にした」


「……少し触れただけで……さすがです! ……あ、彼は連れていかないんですか?」


「ん?……あ」


 ベイルは瞬時に家の中へと戻っていき、喜び合って泣いているレオキスの頭を右手でチョップした。


「痛っ! なんすか!?」


「来やがれデカブツ、そしてアリシア……は何してんだよマジで」


 アリシアは状況に着いていけず、完全に蚊帳の外に置かれた上であたふたしている。


「え……あ……えと……」


「じゃ、とりあえずこいつ連れてくわ」


 そう言ってベイルはレオキスの左腕を掴み、自身の2倍近くある巨軀を引きずっていった。


「オ、オレも着いていきたいっす!!」


「……レオキスさん……私たちはいつもあなたを」


「ごちゃごちゃうるせぇな、そういうのいいから、ほら行くぞ」


「は、はいっす! あの! お世話になりましたっす!!!」


 再会の余韻に浸る間も与えられず、ベイル達はレオキスを連れて船に戻っていった。


「行きましょうかアリシアさん」


「けど……他の街の人は……」


「……ここ以外は全滅でした……陥没に巻き込まれなかったのはここだけです」


「……そんな……」


 エイダによって虐殺されたり、かろうじてレオキスが凍らせて守った人々も先ほどの大規模な陥没で死は免れられなかった。


 ラルフェウは4人の前に立ち、一応の情けをかけてこう言った。


「兵団はこの街の住人の味方はしません、なので生きたいなら……レオキスさんの思いを裏切ってここから逃げ、他の街で自分を一生偽って生きてください」


「え……」


「レオキスさんにこの街を襲われ、逃げてきたと言えば助かるでしょう……それが嫌なら死ぬしかありません、僅かな慈悲の奇跡に全てを懸けて──生きるとは、残酷です」


 ラルフェウはそう言い残して街を去り、ベイルとレオキスを歩いて追った。


 レオキスがいつでも帰ってこられるように、また迎えるためのこの村を捨てなければならない。


 旅人や放浪人でも無い限り、故郷を捨てるというのは酷な話だ。


 それでも決断しなければならない。


 たとえ張本人がこの世から消え去っても、残された爪跡に苦しむのはどこまでも被害者であり、弱者なのだ。


 アリシアはラルフェウを追おうとするが、絶望感を表す4人を見てどうにかしたいと思うも、即座に自分が何も出来ない事を知り、負い目を感じながらラルフェウの後を着いていった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 そしてその夜、レフレアから少し離れた草原の真ん中に船を止め、一行は甲板で鍋を囲んでいた。


「改めて、レオキス・フィリウと申します! 自然族のコオリの一族っす!」


「ラルフェウ・ロマノフです」


「……アリシア……クルエルです」


「アニキだぜ!!」


「はいっす!! あ、もう食べ頃っすよ」


「っぬ!!! 美味ぇ!!?? なんじゃこりゃ!!!!」


 ベイルは取り皿と食器を持たず、素手で熱々の肉を掴んで口に運ぶ。


 この世で食べたことの無い味にテンションがおかしくなり、暴れ回りかねない体を抑えるために声を荒げる。


「……本当に美味しいです! 誰かに習ったんですか?」


「独学っす、母さん曰くオレが生まれる前に死んだ父さんは有名なシェフだったそうっすけど、あんま関係ないっすよね」


「……アリシアさん……何故泣いてるんですか?」


 アリシアは器とフォークを持ち、口に具材を含んだまま何も言わず静かに涙を流していた。


「お口に合わなかったっすか?」


「……あ、ごふぇんなふぁい……ふおく……すごかったです」


 アリシアは口の中のものを熱がりながら飲み込み、言葉が見つからずに思いを発する。。


「ちょっと何言ってるか分かんないっす」


「えっと……美味しすぎて……漏れそうです」


「トイレ行ってください」


 涙を拭いつつ、アリシアはトイレに向かっていった。


「よしレオキス、お前飯担当な」


「はいっす!!」


「ごちそうさん」


 ベイルは喋りながらも、鍋の中身を一気に飲み込む勢いで食べ尽くした。


「もう空っすか……」


「ベイル様、鍋とは皆で食べるのが定番なんですが」


「知るか」


「……あれ……無い……」


 直後にトイレから戻ってきたアリシアは、空の鍋を見つめて再び静かに涙を流していた。


「ベイル様……」


「え~俺ぇ~?」


「すぐ作るっす!!」




   ※ ※ ※ ※ ※




 数時間後、アリシアは幸せいっぱいの笑みを浮かべながら眠り始めた。まるで初めて美味しい食べ物をお腹いっぱいに食べた後に、倒れるように眠った。


「すぅー……すぅー……」


「アリシアさん部屋に運んできますね」


「おー」


 ラルフェウは眠っているアリシアを抱き抱えて、アリシアの部屋に向かっていった。


「鍋以外も作れるんだろ?」


「もちろんっす!」


「かぁ~毎日が楽しみっていいな~」


 ベイルは仰向けに寝っ転がり、微笑みながら星空を眺め始める。


「そんなにっすか?」


「お前、明日の朝飯何なのか楽しみのまま寝るとか至高の幸せじゃねぇかよ」


「……そうっすね」


「うし、暇だし船の名前でも決めるか」


「決まってなかったんすね……」


「決める必要なかったからな、何がいい?」


「オレも考えていいんすか?」


「アイディアは多い方が良い! ちなみに俺はスターグランダークネス号がかっこいいと思う」


「ダサいっすよ……」


「じゃあ何がいいんだよ」




「──アンビティオ号……なんてどうっすかね……」


 


 レオキスの一言に、ベイルは思わず絶句する。


「いや、古代言語で野望って意味なんすよ、かっこいいかなぁと思って……」


「かっこいい」


「へ?」


「最高じゃねぇかよ!! 俺のグランドダークネススター号よりかっこいい!! よし決定ー」


 ベイルは跳ね上がって起き上がり、レオキスに右手の人差し指で指差した。


「名前変わってないっすか?」


「ZZZ」


「……寝てる……」

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