第55話 〝魔神〟ガービウ・セトロイ
「……正義の味方ねぇ……」
マルベスもオレンジジュースを一気に飲み干し、渇いた口を潤した。
「当たり前じゃが正義とは善ではない、正義とは心じゃ……己の正しきを信じ、義とする心持ちを貫いて初めて、人は正義の味方となれる……」
「そうだな」
「ハロドック……お前の正義とは、自分以外のためにあるんじゃな…誰じゃ」
「……そりゃ……俺のす」
「……な……」
「さてと……はじめまして、マルベス・ロジエ」
2秒前には確実にマルベスの目の前にいたハロドックが急にいなくなり、入れ替わるように現れたのは、ガービウ・セトロイだった。
漆黒と純白が混じる髪に左目は金色、右目はサファイアのような青のオッドアイであり、ベイルと同じ程の矮躯ながら鍛え抜かれた肉体からは、王者のような風格を漂わせていた。
「ぬおっ!!……ぐぅ!!!……」
そしていきなりマルベスの左側頭部に向かって、軽~く右脚で蹴り飛ばした。
マルベスは直前に両腕でガードし直撃は免れたが、海とは逆側の、平地の方へと数十キロも一瞬で吹き飛ばされた。
「ぐっ……うあっ……」
地面を転がりうつぶせに倒れたマルベスだが、大量に吐血し両腕は粉砕骨折し、頭もクラクラしてめまいが起こり、立ち上がれなかった。
(あんな涼しい顔で……この威力じゃと……バカな……やはり規格外過ぎる……外部もだが、体の内側も……今の一撃が全身の内部に響いて……動けぬ……くっ……思考が……まとまらん……)
「ほう、タフだな……さすがは魔人族、頭脳派で老体でも肉体は頑丈だな」
そしてこの際の衝撃により、ベイル、ラルフェウ、バニルも目を覚ました。
ベイルとラルフェウが甲板に出ると、ガービウが椅子に座り、足を組んで待ち構えていた。
「はじめまして、ベイル・ペプガール」
「……誰だお前」
するとラルフェウは躊躇うことなく、ガービウに向かって殴りにかかり、ガービウはかわすことなく顔面に直撃した。
「っ!?……」
「やっぱりタッパは小せぇな、それでこそ〝死神〟だな」
ガービウは一切動かず、ダメージも全く無い様子でラルフェウの右拳を額で受けきっていた。
(やはり僕には眼中無しですか……)
その瞬間ガービウはどう動いたのか、ラルフェウの左横に立ち腹部を右脚で蹴り飛ばし、水平線の彼方まで吹き飛ばした。
「があっ!……」
ラルフェウは陸地が付近に全く無い海のど真ん中に落ちた。
「……さてと……俺はお前を殺しに来た……あんな奴らだが、俺の大切な仲間だ……お前を殺さねぇと、浮かばれねぇだろ」
ガービウはまるで力が入っていなかった両腕の感覚を開き、腕を組んだ。
(仲間仲間っつってふざけてんのかって思ってたが……マジなのかこいつ……ただクセぇ事言うだけの偽善野郎じゃねぇのか……)
「……まあ、出来れば俺は、お前を殺したくは無い」
「……は?」
「殺戮は何も生まない、当たり前だ、芽を摘めば花は咲かない……殺しとは、意味の無い行為の代名詞だ」
「組織の名前とは真逆の事言ってっけど、リーダー的に問題ねぇのか?」
「乗っ取った組織だから名前は正直意味はねぇな……せっかくだ、お前に聞きたい事がある」
「……何だ」
「……俺が創ったこの時代を、壊すつもりはねぇか?」
※ ※ ※ ※ ※
「……はぁ……ったく、相変わらず規格外の呪力しやがって……」
ハロドックがいる場所は、さっきまでガービウがいた、隊一個が全滅した街でガービウが立っていた場所だった。
「……大陸も別の場所か……おい、大丈夫か?」
ガービウがさっきまで話していた生き残った1人の兵士は、ハロドックの姿に怯え震えていた。
「……あっちだな」
ハロドックは東の方角の方を向き真っ直ぐに数百メートルほどを全力で走り、完璧な助走をつけてから、ぶっ跳んで船の方へと向かっていった。
※ ※ ※ ※ ※
「断る」
「何故だ?」
「俺は壊したくて壊したんじゃない、やりてぇなら自分が壊せばいい」
誰よりも強い、だから誰よりも信頼される。
「……ふっ……安心しろ……またしてもお前は、自分の意思とは関係なく壊す……俺が段階を踏んで、そのステージを用意する」
「……お前の野望は何だ」
全てを黒く染めてもなお、純粋な夢と叶えるための努力を繰り返す。
「〝最強〟になる事だ」
「もうなってんだろ」
「俺はまだまだ弱い、だからいつまでも追い求める、人が一番強くなれる近道は、夢を追う瞬間だからな」
仲間を大切にし、守るために携える力で、人々の明日を切り拓く。
「……よく分かんねぇけど、お前の質問の答えはNOだ、用がねぇなら帰れ」
「……俺の事は眼中に無いか……まあいい……無理矢理にでも、お前の生きる目的に俺を加える」
「どういうことだ」
あらゆる人々の業を背負い、血塗られた両手を持ってしてもなお、子供の頃に抱いた心を、いつまでも忘れない。
その無垢に、人は恐れを成す。
いつしか人は、そんな英雄をこう呼んだ。
〝魔神〟ガービウ・セトロイ
「……え……ベイル……さん……」
ガービウは椅子を自身の前に持ってきてから、その椅子とバニルが入れ替わり、ガービウは背後からバニルの首を掴んだ。
「バニル!!」
「こいつが大事なんだろ?なら、俺がこいつを殺せば、お前は一生俺を意識する……全ては俺のシナリオ通りだ」
「離せ……その手を離せ!!!!」
「いいぞ、その心の不完全さ、力の不安定さ、いいじゃねぇか……やはり俺とお前は同類だ!!!ベイル・ペプガール!!!」
「ガービウうううううううううううううううう!!!!!」
ベイルは今持つ全ての力を左拳に込め始めた。
全てはバニルを救うため、ガービウを殺すため、自分でもよく分からないほどの激情に駆られ、船や大地、海、空をも揺れ始めていた。
「っはははははははは!!!!!そうだ!!!!!全身全霊を込めて俺にぶち込め!!!!!」
ガービウはバニルの首を掴みながらバニルを自身の前から退け、左腕を伸ばしベイルの攻撃を受け止めにかかった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
エネルギーが逃げたり散ること無く、一点に凝縮された左腕を、真っ直ぐに、想い故の怒りを叩き込んだ。
衝撃波や光が、その場を大きく襲う事はなかった。
「……っぐ……」
「いい拳だ……ちゃんと力を取り戻せば……今ので俺は死にかけていた」
ガービウはベイルのエネルギーを、自らが繰り出したエネルギーと打ち消し合った。
ベイルが命をかけて繰り出したエネルギーは、ガービウの力の、ほんの一欠片の中の、塵のような欠片で圧勝した。
「……うあ……」
ベイルの拳は、ガービウには届かなかった。
届く前に、力尽きた。
「ベイルさん!!!!」
2人の前でうつぶせに倒れたベイルは何とか意識を保つも、目はぼやけ、思考もまとまらなかった。
「お前のはまだ必要ないな……さてと」
「うっ……」
ガービウはバニルを首を前から持ち、少し強く握った。
バニルはガービウの右手首を握り、必死に抵抗し続けた。
「さあ見ろベイル・ペプガール!!この女はお前のために死ぬぞ!!こいつはお前の代わりに死ぬんだぞ!!殺したのはこのガービウ・セトロイだぞ!!」
ガービウはベイルを煽り続けた、自らという存在をベイルの中に刻み込むように。
「人は脆いぞ!!お前がその手を伸ばせば届く距離に!!お前は届かない!!」
「ぐっ……うっ……え……」
バニルが目を開けると、ガービウは叫び、不気味な笑みを浮かべながら、ポロポロと涙を流していた。
「……あ……ヤバい……まただ」
すると突然ハロドックが現れ、ガービウの右手首は既に切断されていた。
「っ……げほっげほっ……」
バニルは解放され甲板に倒れ込み、上体を起こして咳き込んだ。
「……そうやって悪役ヅラして、本心をそれっぽく言って、全部てめぇが背負い込んで……ふざけんなよ、汚ぇ世界の頂点立って、〝魔神〟なんて呼ばれて、偽悪振りかざして、何万何億の人の幸せ願って、自分の夢追って……
───すげぇよお前は……俺が本気で尊敬する2人の内の1人なのは、そういう所だよ……かわいそうなてめぇ自身を……いつまでも許さねぇお前を……俺は殺す……必ず」
「……はは……そうか……やっぱり俺は……なれねぇのか……まあいいや……殺す」
その瞬間ガービウの背後から、魔力を具現化した矢が1本突き刺さったが、ガービウは即座に抜き捨て傷を癒した。
そして矢が飛んできた方向とは真逆の方から、全身びしょ濡れのラルフェウが船に跳び乗り、ガービウに殴りにかかった。
ガービウは殴りにかかったラルフェウを左脚で振り抜き、船内に入るドアに激突した。
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
「おいまさかまたルシファーが……じゃねぇな……」
「……まだ……ここじゃない……ベイル様も……バニルさんも……死なせない!!!」
ラルフェウの意志は固く、命を投げ出す覚悟すらも見せ真剣な表情で立ち上がった。
「……そうだな……ABCのBにも到達してねぇプラトニックラブだ……まだ俺はその純愛を裏でクスクス笑い足りねぇんだよ」
するとマルベスが船に跳び乗った、そしてガービウは自身の力がマルベスに吸い取られる感覚を覚えた。
「まあ少なくとも、ベイルの味方では無いが、バニルちゃんの味方じゃからのう」
「───いや、クソ笑えねぇぞお前ら」
するとラルフェウ、ハロドック、マルベスの3人は突然うつぶせに倒れ、気絶した。
「……え……な……何を……したんですか……」
「こいつらの魔力の供給を止めて、魔力も消した……魔人族は魔力欠乏になると死に至る……だが魔力の負荷のせいで寿命は平均30年だ……バカな生き物だな」
バニルは直感的に、ガービウを恐怖の対象として見た。
軽々しく言っているが、ただでさえ魔力量の多いラルフェウとハロドックを含む3人から同時に魔力量を0にし、さらに供給も止めた。
これはどれだけ強い魔人族でも、そうでなくても不可能な所業だ。
そんなことをいとも容易くやってみせたガービウを、本能で、心から、怖いと思った。
「お前を殺すのはもういい……ベイル・ペプガールでなくても、〝霊王〟がいる……やはり俺とお前は同類だな…それだけ、人を引き寄せる」
「待っ!!!───」
※ ※ ※ ※ ※
「……え……」
徐々に回復していったベイルは、ようやく目の前の視界がはっきりとした。
そうして最初に見た光景は、自身を庇ってガービウの左手の手刀が背中から胸に貫通した、バニルの姿だった。
膝で立ち両手を横に伸ばし、ガービウに背を向けバニルはベイルを守った。
ベイルの安全を、己の手で確かめるために。
「……結果オーライってか」
するとガービウはその場から突然消え、ガービウの立っていた場所には小石がひとつ転がっていた。
「……あ……かはっ……」
吐血し、目は霞んでいき、うつぶせに倒れるベイルの顔の前に、バニルは倒れた。
「……バニル……バニル!!!!!───」




