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Past Letter  作者: 東師越
第15章 Put an end of FATE
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第534話 馳せる愛情

 その夜。


 まだ疲れは残っているのに、サクラは全く眠れなかった。


 天樹アマテラスから帰還する道中もほとんど眠れず、濃いクマを作るほどの不眠に陥っている。


 日中は眠る訳にはいかず、もう1週間近く満足に睡眠をとれていない。


「……はぁ」


 ため息ばかりがこぼれる。


 ウーヴォリンの洗脳は、された側の心に隙があるが故に起こるという。


 ヒイラギには悩みがあって、それに気付けなかった己への腹立たしさが夜の静寂の中で木霊する。


 不安、後悔、苛立ち、絶望。


 サクラにとってヒイラギのいない夜は、負の感情の連鎖を呼び起こす厄のようだった。


「……」


 布団から出て、外に出る。


 目的は特にない、気が紛れたらそれでいい。


 目を閉じていると、ヒイラギを失ったあの日の光景がまぶたの裏に映し出され続ける。


 こんなときでも、月は美しく輝く。


 今はまだ月を美しいと思えるほど心にゆとりは無いが、それでもこの日の満月は魅入られるほどに光輝いていた。


「あれ、どうしたんですか?」


「……あなたは」


 暗い廊下を歩いていると、サクラはバニルとばったり会う。


 深夜まで修練に励んでいたバニルはついさっき風呂から上がり、用意されていた浴衣を着て部屋に戻る最中であった。


「眠れないんですか?」


「どうして分かったの?」


「えっと、すごいクマなんで……」


「あ……」


 言われてようやく気付いたのか、サクラは視線を逸らして少し照れる。


 その後は流れでサクラの部屋の前の廊下に2人で座り、月を眺めながら酒を酌み交わす。


「これ良いですね、月見酒」


「でしょ、私もたまにするんだ」


 当然城の者達は皆眠っているので、囁くような声音で話し合う。


「どうして眠れないのか、聞いてもいいですか?」


「……えっとね」


 サクラは、溜め込んでいた言葉をバニルに伝える。


 それは歯止めが利かなくなるほど言葉を紡ぎ、1人で抱え込むにはあまりに大きく重すぎた不安を吐き出していく。


 ヒイラギのこと、タツミやツバキのこと。


 気付けばその元凶になったかもしれない1000年前のことも話しだし、やがてアオジの名前がよく出るようになる。


 ずっと暗い雰囲気だったのが、アオジについて話すサクラの声色が徐々に明るくなっていく。


 饒舌になったかと思えば、やはりヒイラギの話題で口数が減るなど情緒が乱高下する。


 それでもバニルはひと言も発さずに、黙って真摯に耳を傾ける。


 30分ほど話すと、サクラはふぅとひと息つく。


「ごめんね、ずっと話して……あれ?」


「ぐすっ、ぅくっ……うぅ……サクラさぁん……」


 いつの間にか号泣していたバニルが、涙を腕でゴシゴシ拭って酒を一気に飲み干す。


「もう、どうしてあなたが泣くの」


「だってぇ……想いが伝わらないことに物凄く分かるからぁ」


「そうなの?」


「はいぃ……ぐすっ……」


 破壊神を倒した代償として、ベイルは力のみならず恋愛感情と恋愛の記憶を奪われた。


 バニルと過ごした日々の多くを覚えておらず、胸の高鳴りに応えてくれないベイルと共にいるから気持ちがよく分かる。


 何をしても振り向いてくれない感情は、抱え込むには苦しすぎる。


「それでも好きって気持ちが冷めないんだから、どうしたもんだって感じだね」


「分かりますぅ~……」


 1000根近くも同じ人に恋い焦がれる2人はすっかり意気投合し、月下にて共に想い人との思い出を語らう。


 共感したり、引いたり、笑ったり、怒ったり。


 あまりにも長き時を経た恋は決して色褪せることなく、今なお彩りが溢れている。


 朝日が顔を出す直前まで続いた話は、バニルの寝落ちでお開きとなった。


 寝不足のはずの2人は、朝からスッキリしたような顔つきだったそうな。




   ※ ※ ※ ※ ※




 数日後。


 陽ノ國全土にばら撒かれた〝リルティア・タイムズ〟には、火ノ國との全面戦争が行われると報じられた。


 サクラ主導で民衆の避難を行い、火ノ國よりなるべく遠い地へ何万人もの人々を移動させなければならない。


 中には有志で戦に参加すると残る者達も意外に多く、付け焼き刃ながら志願兵達の訓練も執り行われる。


 故郷や家と心中しようとする者達の説得には苦労したが、戦で民を死なせたくないサクラの熱意が届いたおかげで避難してくれた。


 10日で陽ノ國の集団疎開は完了し、陽桜の街はもぬけの殻となった。


 火ノ國側は未だ動きを見せない。


 日に日に不気味さを増していく敵に、陽ノ國の者達は気を引き締めて戦に備える。




   ※ ※ ※ ※ ※




 同じ頃。


 多くの避難民を受け入れた場所の1つに、アオジが診療所を構える村が数えられる。


「皆さーん! 落ち着いてゆっくり進んでくださーい!」


 アオジは率先して避難誘導を行い、避難民の治療やケアも無償で引き受けていた。


 陽ノ國の各地にはいずれ来る戦に備え、千年戦争後に建設された巨大な避難所が多数設置されている。


 中規模の街1つがそのまま避難所となり、それぞれ500世帯分の家が準備されていた。


 アオジの暮らす村のそばにもこのような避難所があり、受け入れた避難民を村民総出で誘導していた。


 陽ノ國将軍の命により、毎年必ず行われる避難訓練と誘導訓練の成果がついに出た結果の迅速な対応だった。




「今日は騒がしいですね」


 村の診療所のベッドで座っていたアリシアは、窓の外を見てそう呟く。


「ごめんなさい、うるさかった?」


「ううん、珍しいなって」


「実は──」


 この2ヶ月半、診療所から外に出ていないアリシアは世情に疎くなっていた。


 モモから話を聞くと、この先大きな戦があるため戦場になり得る地の民衆が避難しに来ているとのこと。


「千年戦争って大きな戦の後に、非戦闘員の死者を減らすために街1つ分の避難所をあちこちに作ったの」


「そんなに?」


「将軍様……特にサクラ様は、人を助けるためならお金も時間も惜しまないからね」


「そうなんだ……」


 驚きのシステムに同じ王として尊敬し、見習おうと強く思う。


 また皆のために立ち上がるためにも、大きく膨らんだ自身のお腹を撫でて元気な子を産めるように祈る。


「あ、蹴ったかな」


「ホントですか? 触ってもいい!?」


「いいよ」


「どれどれ……ホントだ!」


 アリシアのお腹に手を添えると、内側から小さなぶつかったような衝撃が響く。


 妊娠して約4ヶ月前後ながら、アオジ曰く既に8ヶ月目ほどに成長している。


 人間の出産は受精からおよそ10ヶ月程とされているが、魔人族はおよそ3ヶ月とされているので成長が早くなっている。


 混血の子が流れやすい理由の1つとして、胎児の成長が母親の種族より早かったり遅かったりして母体の健康が損なわれるケースがある。


 しかしアリシアは極めて頑丈な肉体なので、その心配はほぼほぼ皆無だそうだ。


「予定日はいつ頃?」


「ちょうど来月くらいかな」


「任せて、今まで何百人という赤ちゃんを取り上げてきた達人だから!」


「うん、よろしくね」


 その顔を見る日を、手と手を触れ合う日を、抱きかかえる日を。


 今から待ち遠しくて仕方ない。











「やっほー、妊娠おめでとーう」


 瞬間。


 空気が凍り付き、アリシアは負の感情が煮凝ったような表情を浮かべる。


 今、この世で最も会いたくない者が目の前に現れてしまう。


 名を、守護神ウーヴォリン。


「元気そうだね、あーりん」

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