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Past Letter  作者: 東師越
第14章 星空に舞う桜の花びら
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第515話 Beggar for love 17

 まさに圧巻と言えよう。


 陽ノ國軍はかつてないほどの力を付け、相対する魔人達に次から次へと勝利を収め続ける。


 特に光るのは、スバルやサクラを初めとする黄金の世代の活躍だ。


 爆発的な成長を遂げた彼らは勢いに乗り、ついに魔人侵攻以来約500年間奪われていた陽ノ國第3の都市──陽菫(ひきん)を奪還した。


 盛大に沸く陽ノ國の民達は、かつての暗い時期が嘘のように笑顔に満ちていた。


 年内には魔人の全滅が約束されたも同然だと、ずっとお祭り騒ぎが続いていた。






 しかし陽菫(ひきん)を奪還して以降、陽ノ國軍の進撃はピタリと止んだ。


 巧妙になった敵の策略にハマることが相次ぎ、これまでスバルを支えてきた熟練の家臣達が次々と戦死を遂げる。


 精神的支柱や陰の功労者を失った陽ノ國軍はことごとく上手くいかなくなり、徐々に押し返されてしまっている。


 奪還した陽菫(ひきん)は僅か半年で手放すこととなり、1ヶ月勝利が無いこともザラとなってしまった。


 それでもスバルの作戦とサクラの檄で拮抗することもあったが、疲弊と人数不足で時間が経つごとに効果は薄れていく。


 若さという最大の武器は上昇気流に乗れば無限に突き抜けられるが、1度落ちれば歯止めがきかなくなってしまう。


 ストッパーの役割も担っていた熟練の家臣達がいなくなることで、スバル達の持ち味が足枷となっていたのだ。


 戦況は芳しくなくなり、スバル達は2年もの間帰郷出来ずにいた。


 後退し続ける陽ノ國軍は、窮地に追い込まれていた。






 陽ノ國軍は、とある砦を最前線の拠点としていた。


 アオジとサクラが再会し、美しい桜を共に見たあの砦である。


 陽ノ國軍はこの2年間で、振り出しに戻ってしまっていた。


「スバルは辛いだろうな……」


「疲れているのは目に見えていますし」


 アオジは備品を医務室に運びながら、手伝ってくれているヒイラギとそんな話をしていた。


「まだ16歳だ、和人族として成人したとはいえ、心は未だ子供と大人の間にある不安定な時期だ」


「やはり1度帰郷した方がいいですよね」


「そうかもしれないけど、今の軍はスバルとサクラに寄り掛かり過ぎてるきらいがある、今ここを離れるのはデメリットの方が大きい」


 熟練の家臣は、もう1人として残っていない。


 戦場にてスバル達を陰から支えられる存在がなき今、彼らは心の安寧を失いつつある。


 さらに身内の不平不満や愚痴も耳に入って来ているためか、休む気は毛頭ないと言わんばかりに働き続ける。


 生まれた頃から期待され、今もずっと人々の期待を背負っているので、裏切らないように根を詰める。


 負の連鎖を、誰にも止められないでいる。


「ヒイラギみたいに上手いサボり方を知っていれば、違ってたのかもね」


「サ、サボっている訳ではないです」


「そう? 備品運搬なんて非戦闘員の雑務だからヒイラギがやる必要はないよ」


「邪魔でしたか?」


「助かってるけど、ヒイラギにはヒイラギにしか出来ない仕事があるんじゃない?」


「……休憩中です」


「そういうことにしておく」


 からかわれたことに腹を立てたのか、ヒイラギはアオジにそっぽ向いてしまう。


 5年前にサクラを無理矢理奮い立たせ、次期将軍として活躍させようという目論見は今のところ成功している。


 ただ、今のサクラが幸せそうかと言われたら首を傾げる。


 サクラの幸せを願っているならば、ヒイラギの選択は間違っているかもしれない。


 その覚悟と責任を負ってしまった彼女が、寄り掛かれる唯一の場所が自身というのはアオジも理解していた。


 だからこそ、こうやって甘えてくれるのは喜ばしい。


 安直にからかわれてそっぽ向く姿を見て、思わず頭を撫でたくなるくらいには可愛らしい。


「ひゃっ!? な、なな何をするんですか!」


「ごめん、かわいくてつい」


「か、かわ……っ……そういうのは姉様にしてあげてください!」


「そうしたいけど、まだ落ち着けないからね」


「と、とにかく! 私じゃなく姉様にですよ! 分かりましたか!?」


「何でそんなに慌ててるんだ?」


「うううるさいです! もう戻ります!」


 明らかに余裕がなさそうにしながら、ヒイラギは猛スピードでアオジの元から去っていく。


 アオジはヒイラギの感情を全く汲み取れず、疑問符を頭上につけながら首を傾げた。


 ヒイラギは過去と決別したあの日、サクラと共に戦地へ赴くと決めたあの日からずっと、この謎めいた高鳴る鼓動と闘ってきていた。


 姉を裏切りたくない、その一心で秘め続けている想いである。




   ※ ※ ※ ※ ※




 数日後。


 前線から砦に帰還したサクラの軍は、いつも以上の痛手を被っていた。


 先陣を任されているガテツが左腕を切断され、ツバキはサクラの盾になって全身に傷を負う。


 特に殿(しんがり)をつとめたカナエの怪我は酷く、両目と両足を失うという非情な結果となってしまった。


 敗走してどうにか敵を振り切ったサクラは、外傷こそ無いが精神状態の悪さは極まっていると言えよう。


 重傷者はアオジの手で全快されて傷跡1つ残らず回復したが、今回の敗北は今まで以上に応えたようだった。


「明らかに敵の数と質が増えている」


 布団の上で食事をとりながら、カナエはそう呟く。


 聞いたアオジはどんどん悪くなる一方の現状が、これでさらに加速すると思ってしまった。


「もしも向こうの世界から大量に増員されているならば、止めようがない」


「特にヤバいのが3人、内の1人と出くわしただけで負けが確定するほどに負け続けている」


 隣の布団で仰向けになっているツバキは、悔しさを滲ませて拳を握り締める。


「そんなにマズい相手なのか……」


「あのデランズを使いっ走りにしていた連中が本格的に前に出て来たんです、どうすれば勝てるか皆目見当もつかない」


 先の見えない暗闇を走り続ける彼女たちに、かけてやれる言葉が見つからなかった。


 所詮は非戦闘員、いくら強力な呪力を持っていようが本物の痛みを知ることは出来ない。


 何より生徒が傷付く姿を見て、何も言えない自分自身を情けなく思ってしまう。


「心配するな、先生」


 ついさっき意識が回復したガテツが、上体を起こしてアオジを視界に入れる。


「俺たちゃ無敵だ、何回負けようがいずれ必ず勝ってみせるさ」


「ガテツ……」


「だから俺たちを信じて支えててくれ、あんたさえいれば俺たちは本当の意味で負けねぇんだからさ」


 心強い言葉だが、ガテツの手が震えているのを見逃すことはできなかった。


 励ましてくれた感謝の意を込めて見て見ぬ振りをするが、このままではいずれ自分たちが先に尽き果てるのは目に見えている。


 会心の突破口が見つからない限りは、ジリ貧で敗北必至。


 それでもアオジが出来ることは傷を癒すことと、信じて送り出すことだけ。


 歯がゆい思いを押し込めて、アオジは皆を鼓舞し続ける。




   ※ ※ ※ ※ ※




 同じ頃。


 1人で離れの小屋にこもったサクラを心配するスバルは、単身で会いに行く。


「今いいか?」


 ノックをして声をかけるが、返事がない。


 何かあったのかと二重に心配するスバルだったが、その不安は一瞬で吹っ飛ぶ。


 小屋の裏に回ると、そこには簡易の風呂で湯浴みをしているサクラの姿があった。


「スバル?」


「あ、いやすまん」


 すぐに振り返り、サクラから見て小屋の影に瞬時に隠れる。


 予測出来ずに油断していたせいで、僅かながら見てはならない部分が目に入ってしまったことをひどく後悔する。


 少し経つと、寝間着に使っている浴衣を着たサクラがスバルの前に現れた。


「何かあったの?」


「あ、えっと……すまない」


「いいよ別に、それより話があるんでしょ?」


 全く気にされないのも、それはそれで男として見られていない気がして軽いショックを受ける。


 気を取り直したスバルは、わざとらしい咳払いをしてから本題に入る。


「このままでは、俺達は負ける」


「……」


 肯定も否定もできなかった。


 それでも、スバルの言うことが正しいことだけは理解している。


「後が無い、万策は尽きたといっていい」


「……でも相談に来たってことは、あるんだよね?」


「察しが良すぎるな」


「私と考えても答えが出ないのは分かってるから、私に話ってことは策自体はあるってことでしょ?」


 物心がつく前から共に過ごしてきた幼なじみだからか、サクラにはスバルの考えが手に取るように分かる。


 惚れ直したスバルは、煩悩を振り払ってから言葉を続ける。


「間違いなく反対されるだろうから、先にサクラに聞いて欲しくてな」


「ありがとう」


 意を決して、スバルは言い放つ。


「──火ノ國と、同盟を結ぶ」

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