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Past Letter  作者: 東師越
第14章 星空に舞う桜の花びら
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第501話 Beggar for love 3

 1ヶ月後。


 アオジもようやく教師生活に慣れてきて、胃の調子も良くなってきている。


 授業も特に問題なく進み、優秀過ぎて手がかからない生徒たちのおかげで悩み事もさほどない。


「おはようございます」


「「「おはようございます!」」」


「うん、今日も全員無遅刻無欠席だね」


 あれほど不安だった生徒たちへの砕けた言葉遣いも慣れたアオジは、自然と言い直すことなく使いこなしていた。


 1度、教師陣や城の偉い人達から問い詰められたこともあったが、ムネミツの手紙で即黙らせることが出来たという日もあった。


 もはやアオジの平穏は、誰にも脅かされはしない。


「それじゃ、授業始めるよ」




   ※ ※ ※ ※ ※




 なんて思っていたのも束の間。


「骨折……!?」


 その日の昼過ぎ。


 剣術の授業を受けていた中でアクシデントが起き、担任のアオジは聞き付けるとすぐに医務室に駆け込んだ。


 そこには左手を治療してもらっているカナエと、そばで心配そうに見つめているサクラの姿があった。


「ええ、幸いくっ付きやすい折れ方なので治るのは早いとは思いますが」


 医務室に常駐している医者から、カナエの容態を聞く。


 カナエは剣術でサクラと組み手をしていたのだが、綺麗に小手を決められた際に骨も折れたようだ。


「全治1ヶ月といったところでしょうね」


「確かに防具も無しに木刀で打ち合っているので珍しくはありませんが、まさかカナエが……」


 剣術で骨折をすること自体は、あまり珍しくない。


 特進教室では実戦を想定して防具をつけず、竹刀ではなく木刀での訓練を行っている。


 特進といえどケガは頻発するが、今回は教室内で1、2を争うほど頑丈なカナエがケガを負ったことの方が重大だった。


 それも、サクラの手によって。


「サクラは確か、体術の類はあまり得意じゃないと聞いてたけど」


「先、生……」


 痛みで気が遠ざかっていたカナエは、目を開いてアオジの方を見る。


「カナエ、無理はするなよ」


「ご迷惑をおかけして、すみませんでした……」


「気にするな、とにかく安静にな」


「……はい」


 話し終えると、カナエは布団に横たわり眠った。


 ひと言も発せずにいるサクラはアオジが話を聞き終えて医務室を出ようとすると、後を追いかけるように出て行った。


 授業はその後も滞りなく終わり生徒たちは帰宅したが、サクラは1人で職員室のアオジの元を訪れる。


「失礼します」


「サクラ、どうしたの?」


「……アオジ先生」


 アオジの前に立つと、何も言わずに俯いてしまった。


 しかしアオジは用件を言うよう急かすことはせず、サクラが自分から話すまで目線を合わせるためにしゃがんで待つ。


 今にも泣きそうなサクラは堪えようとして歯を食いしばり、少し落ち着くと話し始める。


「私、まだカナエに謝れてない」


「そっか、カナエは今日はもう家に帰ったから明日言おう」


「アオジ先生も、一緒にいてくれる?」


「もちろん、見守るよ」


「……ありがとう」


 安心したのか、サクラは微笑みを取り戻す。


 夕日が窓から差し込む中、やはり笑顔が1番似合う彼女にアオジは頭を優しく撫でた。


 すると少し大きな足音が静かな職員室に近付いてきていることを、アオジもサクラも気付く。


「失礼いたす!」


 そう言って入ってくる大男を、アオジはよく知っていた。


 セイゴウ・モトムラ。


 千年戦争以前から将軍家に仕えるモトムラ家の現当主にして、将軍ハヤセ・シンドウの右腕としても知られる陽ノ國最強格の武人の1人。


 アオジが本物を目の当たりにするのは、1度医者として前線の拠点に駆り出された時以来となる。


「セイゴウ様……?」


「カナエ!」


 そしてセイゴウは娘のカナエの右腕を掴み、引っ張り出してきていた。


「貴君が担任教師か?」


「はい、そうですが」


 唐突な問いに戸惑いながら答えた瞬間、セイゴウは四肢と額を地べたにつける。


 左手でカナエの頭を押さえて一緒に土下座させ、アオジとサクラに向けて頭を垂れた。


「この度は我が愚女がサクラ様のお手を煩わせ、お心を傷付けてしまわれたこと、深く謝罪申し上げます!」


 よく響く低い声音で、謝罪を述べる。


 カナエは抵抗することなく、父の言葉に続くように「申し訳ありませんでした」と言う。


 彼女の顔を見ると左頬にアザがあり、下唇にも傷がついている。


 平手ではなく拳で顔を殴られ、泣かないように下唇を噛み締めて耐えていたのだろう。


 泣けばさらに殴られると、カナエは分かっているようだ。


「2度とこのようなことがないよう娘共々精進して参ります故、どうかお許しください!」


 サクラに向けられた言葉は、あまりにも重い。


 自分のせいでカナエが傷付いて、謝らなければいけないと思っていたのに、どうしてカナエが謝るのか。


 当事者でもないセイゴウが突然現れて、何故頭を下げているのか。


 ひどく混乱し、またも何も言えなくなってしまう。


「セイゴウ様……あの」


「貴君にも迷惑をかけた、まだ1ヶ月程度だが勉学を嫌うカナエが学術の時間が楽しいと言っていた、とても良い教師だと思っている」


「それはありがたいですが、それより」


「今は何も言わずにこの謝罪を受け取ってくれるとありがたい、頼む」


 とても卑怯で、狡いと思った。


 行き過ぎた忠義のせいか、罪の意識から逃れたいからなのか、セイゴウは自身の望む答え以外は聞かないらしい。


 厳格で自身にも他者にも厳しい態度をとり、鬼のセイゴウとして味方からも恐れられる存在だ。


 アオジが下手に口を出せばどうなるか分からない、それでも話し合いをしなければサクラが救われない。


 武士としては尊敬出来ても、人として、父親としては敬えない。


 衝動に駆られそうなのをどうにか堪え、握りしめる拳の行く先は失われた。


「分かった」


 か細い声で、サクラがそう言った。


「もういいよ、許すから、出てって」


「ありがたきお言葉、それでは失礼いたした」


 絞り出すように出した言葉を真摯に受け止めたセイゴウは、カナエを引っ張って職員室を去る。


 可哀想なカナエを見ていたたまれない気持ちになったが、あれが虐待ではなく教育なのも重々承知している。


 極限の戦地で生き残る精神力を鍛えていると分かっていても、まだ理解ができない子供には酷なことだとつい同情してしまう。


 甘味屋の三男として可愛がられて育ってきたアオジには、その痛みの理由を根底まで分かってやることは出来ない。


「サクラ、大丈夫か?」


 大丈夫じゃないのは、見れば分かる。


 サクラは静かに涙を流し、何も言わずにアオジに抱きつく。


 身長差で胸ではなく腹に飛び込んだ訳だが、溢れる涙を止めようとアオジを力強く抱きしめた。


「アオジ……先生」


「……何?」


「私……っ……分かんないよぉ」


「何が?」


 優しく声をかける。


 今持ち合わせている全ての優しさを、サクラに問いかける声色に注ぐ。


「私……カナエに、ケガさせちゃったんだよ」


「そうだね」


「痛がってたから、傷付けちゃったから、謝らなきゃって……思ってたの」


「……そうだね」


「なのに、何でカナエが謝るの……? 何でセイゴウも謝るの……? 悪いのは私、なのに……っ……何で?」


 戸惑いの理由は、価値観の齟齬。


 サクラは誰とでも対等な関係を望んでいるが、カナエやセイゴウにとってはそうはいかない。


 カナエにとって悪いのはケガをしてしまうほど脆弱な自分自身、セイゴウにとって悪いのはサクラに罪悪感を抱かせてしまった娘と娘を育てた自分自身。


 よって、骨を折ったサクラには何の罪もない。


 なんて歪な考え方か。


 サクラにはそれが理解出来ず、頭の中がグチャグチャになってしまったのだろう。


「っ……」


 アオジは意を決して、目と目を合わせる。


「サクラ」


「……何?」


「課外授業に行こうか」


 そしてアオジは、サクラの手を引いて陽桜城の外へ出て行く。

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