第498話 春の嵐
スバル達が旅立った翌日。
陽蓮にある国境線を越えた先にある、盆地に造られた街。
昔ながらの懐かしさを思わせる風景は、まるで時間が止まったような雰囲気に飲まれそうになる。
そんな街の北部にある巨大な館の大広間に、7人の男女が集っていた。
「つまり、スバルはやる気なんだな?」
昼食の肉を貪るように囓るのは、大広間で1人だけ上座に座る男。
奇抜に見える白髪と燃え盛る炎のような緋色の瞳、威圧感を感じさせる黒と金色を遇えた着物。
背中に炎を連想させる模様の紋を刻み、スバルが国を挙げて戦争をする意向なのを知りわざとらしく微笑む。
「間違いないかと」
「ようやく決着つけられんのか、長過ぎたなぁ戦国の夜明け前は」
ホムラ・ジャグネット。
40万年前に自然郷からこの世界に逃れ、そのまま定住したマレス王の末裔。
もはやヒの一族の血は残っていないほど薄まったが、先祖返りして炎を自在に操れる和人の男である。
ホムラが王として率いる、火ノ國の最高戦力が大広間に集結しているのだ。
「そして現在、将軍2人と紫桜の家臣5人が揃って行方をくらましています」
「何?」
レッカ・シアラ。
王のホムラを支える参謀であり、和人らしい黒髪黒眼とメガネをかけた姿で高潔さと凛々しさを持つ。
ホムラが火ノ國で築く楽園の中でも最上位に立ち、この国で最も強く美しい女性として両性から好かれている。
「なら今が攻め時か?」
「いえ、懸念材料もあるので」
「懸念材料?」
「〝死神〟ベイル・ペプガールとその一味です」
「あの破壊神を倒したっていう?」
「生き残った全員がこの世界に渡ってきたので、将軍達がいなくとも攻め時とは言い難いです」
未だ火ノ國陣営には、ベイルとアリシアの件は伝わっていない。
ベイルには対破壊神戦で見せた力がほとんど無く、アリシアは身重なので戦うことはできない。
もしもこの情報が漏れていれば、火ノ國は一気に攻めてもくるに違いない。
「気にしぃだなもう~、でもそういうところが可愛いんだよな~、今夜どう?」
「今日の担当はクルミとアンズです」
「たは~、せっかくのハーレムなのに徹底管理されて自由に抱く子選べないの辛ぇ~」
「何度も言わせないでください、ハーレムはホムラ様のためでなく彼女たちのためだと」
「分あってるよ~」
「はいは~い、でもそれなら余計に今すぐ行くべきじゃありませんの~?」
挙手して元気よく発言した幼女の名は──キララ・メノート。
端から見ればただの10歳前後の活発な女の子だが、彼女も火ノ國陣営の最高戦力の1人であった。
「だよねだよね~、ヤバい連中とヤバい連中が一致団結したら流石にキツいよね~」
「もしも守護神様がこれ以上お恵みをくださらないなら、今すぐ行くべきだと思いますわ!」
「さっすがキララちゃん! 後で寝室に来て」
「わたくしに色目を使うと犯罪臭いですわ、か弱い乙女ですもの」
「いやあんた俺より年上だろ、しかもちょっととかじゃなくて俺のばあちゃんが幼女だった頃から生き」
瞬間、焼き尽くすような殺気がホムラを襲う。
「乙・女・で・す・も・の」
「は、はい……」
普段から情欲にまみれた稀代の女好きのホムラだが、何故か最も近しい女達には頭が上がらない。
キララの凄まじい恐怖感に耐えられず(芝居)、ホムラは近くで一応大事な会議中にもかかわらず昼寝をかます女に泣きつく。
「うぇ~んカレンちゃ~ん、キララちゃんが怖い~」
「むにゃむにゃ……あっそ~」
「そのおっきな胸とお尻で俺ちゃんを慰めて~」
「ん~……ダメー……すぴ~」
「いいもん、無防備だから勝手に触るもん」
鼻ちょうちんをつけながら猫のように寝る女──カレン・セリオットは、それでも寝ることをやめない。
ホムラは下心むき出しのだらしない表情をしながら、豊満な胸部に手をワキワキさせながら伸ばし、
「えっ」
直前、尾てい骨付近から生えた尻尾に弾き飛ばされ、天井に強く頭を打って床に落下した。
「ダメって言ったニャ~……ク~、カ~」
「すみませんでした」
ちなみに尻尾や頭の猫耳をもふろうものなら、胸や尻の10倍の威力でぶっ飛ばされるのでホムラも控えている。
「ホ、ホムラ様! そろそろちゃんとお話しましょう!」
タイヨウ・ホルメイラ。
自身が女好きであることを誇りとし、男など絶対的に論外だと言い張るホムラが唯一抱いた男。
艶やかな黒の長髪、くりっとした黒い瞳、華奢な体と高い声色、男と言われても疑わしいくらいに美少女の姿なのだ。
「どしたのタイヨウきゅん、いつもこんな感じじゃん」
「今回は国の今後を左右する大事な会議です! さすがにちゃんとしましょうよ!」
「怒らないでよタイヨウきゅん、せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
「かっ、可愛くないです! ぼくはたくましい男ですよ!」
そう言いつつ、頬を膨らませてプイッとそっぽ向くタイヨウにホムラは生唾を飲む。
「ダメだ可愛すぎる、チューしていいかな」
「だ、ダメに決まってるでしょう!? それに……こんな明るい内は、恥ずかしいです……」
俯いて恥じらう姿はまさに小動物、我慢ならずに音速で唇を奪いに行こうとするホムラをレッカが止めた。
ジッと黙って座るだけのタツミとツバキは、食事にも手を付けず会議が進むのを待っていた。
「しゃーねぇ、やるか」
ようやくやる気が出たのか、ホムラは上座に座り直してニヤリと笑う。
調子が出て来た合図だと分かった部下たちは、だらけきっていた雰囲気を急激に締め直すように表情を引き締める。
「始めるぜ、陽ノ國滅亡のためにな」
陽ノ國陣営もまた、知る由のない情報がある。
ホムラを含めたこの場の全員が、体に〝護印〟を刻んでいることを。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃。
都市や国の中枢を担っていた人物がごっそりいなくなり、慌ただしくなっている陽桜。
そんな慌ただしさとは縁のない辺境の村で、アオジはふと疑問に思っていたことを口からこぼす。
「天樹の試練とは、何をするのでしょうか……」
「え?」
「あ、すみません」
当人は口パクで言ったつもりだったが、診察を受けるアリシアにもしっかり聞こえるくらい声が出ていた。
アリシアは既に飢餓状態から回復し、肉付きや肌つやもよくなってきている。
驚異的な回復力はアリシアが強者側の存在たる証拠で、久しくそのような患者を診るアオジは毎日驚きが尽きなかった。
お腹の赤ちゃんも順調に育ち、母体の急激な健康状態の変化にも難なく適応していた。
しかしまだ混血の赤ちゃんのリスクは出産まで取り除かれず、油断せずに注意深く診ていく必要がある。
「試練というと、私も〝巨界〟で受けましたよ」
「そうなんですか?」
「でも、あの時の私はいっぱいいっぱいだったから、詳しく覚えてなくて……」
天樹イミルの試練を受ける前、アリシアは唯一の親友を失った。
親友は失っていた記憶が蘇り、これから奪われた時間を埋めるように毎日を過ごそうと思っていた矢先の事である。
ショックでアリシアは力の制御が取れず、大陸1つを更地にしてしまった。
少なくとも4億人以上の罪無き命を奪ってしまった後悔は未だ拭えず、以降はリドリーのことを思わない日は1日もない。
「でも、過去の記憶を乗り越える、という感じだった気がします」
「なるほど……」
アオジには、常識の埒外に在るものの考え方は理解できない。
過去の記憶を乗り越えるというのはつまり、逃げたり封じ込めていた嫌な記憶から来るトラウマを克服しろ、ということなのだろう。
何故それが必要なのかが分からないのも、アオジが常識の範疇にいる存在だからなのだろうか。
「アリシアさんは、乗り越えられたんですか?」
「私は乗り越えなきゃいけないくらいの記憶が無くて、他の皆は大変だったらしいですけど」
「そうですか、ならスバル達はきっと大丈夫ですかね」
スバル達が幼少期の頃から見てきたアオジは、彼らの強さをよく知っている。
もちろん壮絶な人生を送ってきているのでトラウマはあるだろうが、乗り越えられる力や意思も兼ね備えている。
それでも心配してしまうのは、親心というものが微かに残っているからなのかもしれない。
「でも、気がかりなのが1人いますね」
「そうなんですか?」
「ええ、あの子は……ヒイラギは、とても弱い子でしたから」
今や最強のくノ一として、姉のサクラの護衛部隊を率いている。
ヒイラギ・シンドウの弱さを知るアオジは、今回の試練で最も過酷な時を過ごすことになると確信していた。
その予想は的中し、ヒイラギはただ1人だけ天樹の中でもがき苦しんでいる。
「そろそろ昼食にしましょうか」
「はい」
アリシアは1人で立ち上がり、自らの足で居間に向かう。
補助もなく歩けるくらいまで回復し、アリスを号泣させたのはつい2日前のこと。
アオジはアリスとルミエルを呼び、娘のモモと共に食事を居間に運んで全員で食べ始める。
皆で食べたいというアリシアの要望に応え、今は楽しんで食事を行うようになった。
アリシアはようやく、自然な笑い方を思い出していた。
次話より、スバル達の過去編に入ります。
よろしくお願いいたします。




