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Past Letter  作者: 東師越
第14章 星空に舞う桜の花びら
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第476話 いざ参らん陽出ずる国へ

 目を開けると、山の頂上に立っていた。


 ベイルは周囲を見渡すが一行の誰もおらず、また気配も感じとれる範囲にはいないことを確認した。


「バラバラか……」


 予想外の事態だったが、ベイルが焦ることはなかった。


 かつて初代ホシノキズナ継承者のエリス・クルエルによって封印された際に、ベイル自身の力は肉体から奪われた。


 力は10の欠片となり、ベイルに匹敵しうるだろう素質を持つ10人の者に宿った。


 宿した者のほとんどは宿っている事すら知らずに生涯を終え、その度に次の素質ある者に宿る、ということを繰り返している。


 ベイルは既にその内の7つを回収し、本来持っている力の7割まで引き出せるようになっていた。


 これまでは例外を除くほぼ全ての存在する呪力を扱える〝全能(オール)〟を使い、足りない力を補って戦い抜いてきた。


 だが破壊神ガノシラウルとの戦いで、バニルを生き返らせる代償としてこの呪力を失った。


 確実にこれまでより弱体化したベイルだが、不安が皆無な理由は1つ。


 7割のベイルに脅威を与えられる存在が、そもそも極めて少ないためである。


 かつては平々凡々のお手本のような存在だった少年は、見出された才能を開花させて呪力抜きでも強者となった。


「よっと」


 山の頂上へ瞬時に駆け上がり、ベイルはその景色を目に焼き付ける。


「お~~、いい眺めだ」


 晴れ晴れとした空、煌めく太陽。


 見下ろす先には、感嘆するほどに立派な城がそびえ立っている。


 そこを中心に街が成され、とても数え切れはしない数の人々が賑やかに行き交っていた。


「腹減ったし、なんかあるかな」


 金など当然持っていないベイルは、欲求に従って山を降りていく。


 そこは天下の中心、陽ノ國首都の〝陽桜(ひおう)〟。


 7つの世界史上、最も謎に満ちた世界を統べる者が住まう地である。




   ※ ※ ※ ※ ※




 同じ頃。


 ベイルと同じように皆とはぐれて1人となったハロドックは、どこかの砂浜の上で佇んでいた。


「そう来たか……」


 何も、予想出来なかったことではない。


 扉樹をくぐるリスクは、ハロドック視点で言えば最近までよくあったことである。


 ここ1000年はこの世のほぼ全ての扉樹を〝コーゴー〟が管理していたため、くぐる際に事故やトラブルが起きることはとんと無くなっていた。


 しかし今回くぐったのは、40万年も放置された扉樹だ。


 自然郷側の扉樹が健在でも、陽ノ國側も健在とは限らないどころか、解体されたり破壊されている可能性の方がずっと高い。


 陽ノ國中で散り散りになった扉樹の欠片のある場所に、一行が散ったとハロドックは推測する。


 現在ハロドックがいる場所はもはや扉樹の影も形も無くなり、扉樹としての力だけが生き残った細胞が混ざった砂浜といったところだろう。


「とりあえず近い奴と合流するか」


 人っ子1人いない海沿いで、ハロドックは一行の気配を探る。


 同時に、ミレイティア大陸にて扉番のアネットから聞いた言葉を思い出す。


 40万年前、最後にあの扉樹をくぐったマレス王は〝聖器(ポーマ)〟──炎銃サンシャインを持って陽ノ國へ脱出したらしい。


 ハロドックが陽ノ國で求めていた〝聖器(ポーマ)〟とは異なるが、もしも入手出来たらどんな代償を払ってもお釣りがくる。


 それに自然族の〝聖器(ポーマ)〟となれば、ちょうど手が余っている者が一行にいる。


 キリウスが手に入れてくれたら、鬼に金棒だ。


「どうせそんな都合よくいかねぇよな」


 楽観視はしないハロドックは、砂浜付近の人里の前まで来ていた。


 漁を生業としているようで、小さい村ながら働く者達は活き活きとしている。


 身なりや家屋などを見る限りは貧しい生活を送っているようだが、女子供も笑っている暮らしがハロドックにはかなり印象的だった。


 陽ノ國に訪れるのは初めてだったが、どうやら血の気の多い世界では無さそうだと知る。


「…………」


 その時、ずいぶんと久しぶりに幼い頃の記憶が蘇った。


 子供の時にいた故郷と呼ぶべき村での生活も、貧しくはあったが毎日楽しかった。


 今はそうだろうか。


 ずっと自分が蒔いた種から育ったしがらみに縛られ、一瞬一瞬に楽しさを見出すことが出来なくなっている。


 もう元には戻れない、それがハロドックの選択した道なのだから。


「ちゃんと飯食ってっかな」


 故郷で共に過ごした唯一の生き残りを、1人静かに想う。


 村を通り過ぎたハロドックは、最も近くにいる一行のメンツの気配を追って駆け出した。




   ※ ※ ※ ※ ※




 同じ頃。


 まぶたを開いたアリスの視界には、ルミエルとバニルの安堵した表情が映っていた。


「無事ですね」


「よかったぁ……」


「えっと、他の人達は?」


 3人の女達は森の中にある神社の境内におり、2人は少しだけ気を失っていたアリスの目覚めを待っていた。


 厳かで思わず背筋がピンと伸びる雰囲気の境内に、3人は散り散りにならず飛ばされていた。


「近くにはいないみたいです、多分3人揃っている私達は幸運な方かと……」


「そう」


 ルミエルに素っ気ない返事を返すアリスは、自力で立ち上がって衣服についた砂埃をはたく。


 先の戦いで自ら〝必要悪〟になったルミエルの英断を、アリスだけは未だ気持ちの面で納得出来ずにいるためだ。


 破壊神ガノシラウルを倒すためには、ベイルとアリシアが全てを懸けるしかなかった。


 そのためにはガノシラウルの手により2人を絶望へと叩き落とす必要があり、ルミエルが自身の肉体に埋め込まれた魂の欠片を還した。


 結果、完全復活したガノシラウルは2人を限界まで追い詰め、それにより覚醒した2人のおかげで破壊神は完全に消滅した。


 もしこの行為が無ければ、今頃一行の誰も生きてはいなかったに違いない。


 ただ、あまりにも心が無い。


 必要だったと結果が示しても、胸の奥に残る怒りがこれが現実だと割り切ろうとしてくれない。


 今もなお、アリスはルミエルに失望している。


 ルミエルも理解しているため、自分から歩み寄ろうとはしない。


 途切れた信頼が平行線のまま、今日に至ってしまっていた。


「ということは、他は1人だけの可能性が高いんだよね」


「おそらくは……」


「じゃあ行かないと! 今のアリシアを1人にするのは絶対ダメだ!!」


 車椅子を押していたアリスは、ようやく現状を正しく認識する。


 今の一行が最優先で行うべきなのは、アリシアを1人にしないことだ。


 今やこの世の最重要人物の1人となっているアリシアは、戦いの後の心の傷が深すぎるため歩行すら困難な状態となってしまっている。


 護らなければならない存在とはぐれてしまった現状は、一行としては最悪のひと言に尽きる。


 アリスは今すぐアリシア捜索のため境内から出ようとした、瞬間。


「何者だ」


 朱色の鳥居の方から、声の主が階段を上って近付く。


 目だけを覗かせて顔を隠し、全身黒の装いに身を包む女は明確な敵意を3人に向ける。


 一気にヒリつく空気に、アリスはこめかみから脂汗を流す。

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