第465話 Despair upon despair
最初の邂逅は、デロヴァエル。
突如背後に現れたベイルに驚くも、すぐさま微笑んでみせて拳を振り上げる。
「な……」
直前で手首を掴まれ、拳は紙一重でベイルに届かない。
獣に噛み砕かれているかのようなとてつもない握力で、苦悶する間もなくデロヴァエルの手首は握り潰された。
「チッ、そう簡単にはいかねぇよな」
不意打ちは失敗したものの、立て直して再度攻撃を仕掛けるべく距離を取り──
「……は?」
気が付くと、デロヴァエルの体は爆散していた。
爆弾による攻撃でも、何らかの光線でも、能力や呪力ですらなかった。
ただ殴られただけなのだ。
デロヴァエルはベイルに殴打されただけで、全身が粉々に砕け散ったというのだ。
(クソ……再生しねぇ……!!)
賢者ベントスの特徴である、あらゆるダメージを被っても再生される肉体が機能しない。
核は破壊されていないのに、どうすることも出来ずにただベイルを睨み付けることしかできなかった。
そしてエネルギーが枯渇し、意識は突然失われる。
「ッ……!?」
一部始終を見ていたルミエルは、気が付くと逃げ出していた。
本能で、直感で、考える前に理解してしまった。
(アレは、関わってはいけない!!)
呪力で肉体を分子に変化させ、肉眼でも気配でも全く察知されないほど小さくなってこの場を脱する。
それでもベイルは捕らえる事が可能だったが、追おうとは思わなかった。
敵意もなく、危害も加えないだろうと冷静に判断したためだ。
「次は……いや、面倒くせぇ」
散り散りになっている賢者ベントスの元へ行くよりも、もっと速く戦い倒す方法はある。
自身を無視できない存在だと認識させるべく、保持するエネルギーを全面に噴き出してみせた。
香りで虫を呼び寄せるように、光で魚を呼び寄せるように、エネルギーで人形を呼び寄せる。
当然8体の賢者ベントスはベイルの気配を察知して、ガノシラウルの命令を遂行するために無視など出来ようはずがなかった。
賢者ベントスとは、ベイルを殺すために創り出された生命体なのだから。
「来たか」
数秒後、ベイルを囲むように8体の賢者ベントスが降り立つ。
ベイルは表に放っていたエネルギーを抑え、集った全員の顔をチラッと見て敵を把握する。
「2人足りないわね、もうやられたのかしら」
「もうちょっと粘ってほしいよね~」
カルフォンツェルとニンフェルが茶化すが、事の深刻さは8体全員が周知している。
相手はウーヴォリンの駒と聞いていた賢者ベントスは、想定どころか想像すらも絶するベイルの強さに恐怖を覚えていた。
自身達どころか、破壊神とも互角に渡り合える力に。
「出し惜しむ理由は無いな」
ヴィーヴェンティールの言葉に、賢者ベントスは無言で同意する。
8人が同時に発動しているため、周囲の大地は見舞われたことも無い大地震によって激しい揺れに襲われる。
またしても犠牲者は増加の一途を辿るが、ベイルは目の前の同胞を救おうというつもりなどハナからない。
攫われた少女を助けるために、弱いのに無鉄砲に突っ込んでいくベイルは、もうどこにもいなかった。
「貴様、名は」
「ベイル・ペプガール」
「我々は賢者ベントス、貴様を殺すために創り出された存在だ」
「そうか」
多種多様な色合いをしていた賢者ベントスの髪と瞳は、全員が今のベイルと同様に黒髪紅眼へと変貌する。
さらには頭上に禍々しいオーラを放つ漆黒の輪っかが現れ、一時的にだが神の力を手にした。
〝神力解放〟。
人形達の最大火力が、ベイルに迫る。
だが、
「終わりか?」
「何?」
「強くなんの、それで終わりかって聞いてんだ」
「何を言っ」
「なら、期待はずれだな」
戦闘が始まる事は、無かった。
結末は、無情だった。
ベイルがどんな力を持っていても対応出来るように、10種類の異なる性質を持つ人形を作った。
それを嘲笑うかのように、ベイルは賢者ベントスを蹂躙する。
ほんのひとつまみとはいえ、神の力を身に纏う人形達が束になってかかっても手も足も出なかったというのだ。
「ッ!! あ──」
最初に、エイウェルが消される。
「クソッ、があああああああア!!」
次に、ジエルが1度の蹴りで粉砕される。
「うっそ……」
ニンフェルは震えて動けず、為されるがままに破壊される。
「ぬおっ……!?」
巨軀の肉体も虚しく、ゼルキエルは爆散される。
「っ……無念」
運命を悟ったファルディエルは、逃げも隠れもせずに受け入れた。
「なんで……こんな化け物が……」
現実を受け入れられないフルーシェルは、嘆きながらグチャグチャに潰される。
「嘘、何よそれ──」
カルフォンツェルは最後の最後に完全に戦意を喪失し、無抵抗で破壊される。
「ぐっ……申し訳ありません、ガノシラウル様……」
最後まで抵抗を続けたヴィーヴェンティールは、力及ばず尽きてしまった。
ベイルがプランシュに戻ってから、約3分の出来事である。
何者にも劣らぬ力を手にしたベイルは、表情1つ変えることなく戦火の中心で1人だけ立っていた。
否、もう1人離れた場所からその様子を見つめる者がいる。
「…………ベイル……」
リミル・ゼルア。
誰より長く、誰より近くからベイルを見続けてきた女は、遠くから見るだけで動けずにいた。
今すぐ駆け寄り抱きしめて食い止めたい、体が本能的に震えるせいでそう思うだけで行動には移せなかった。
何より、ベイルを恐れている自分自身に腹が立つ。
どんなベイルでも愛すると誓った己に対し、恥ずべき感覚だと理解している。
ただ、理解を超越する存在へとなってしまったベイルに、どんな声をかけていいのか分からない。
それが、恐れている明確な証拠だった。
(どうすればいい……私は、今のベイルに何をしてあげられるだろうか……)
今のベイルの中に、自分はいるのか。
忘れられてないだろうか、覚えててくれてるのか。
あの笑顔を、あの声を、あの無鉄砲さを。
ベイルはまだ、持っていてくれているだろうか。
「っ……ベイ──」
意を決して声をかけるが、圧倒的な絶望が遮る。
「ッ!!?」
さっきまでの葛藤が消し飛ぶほどの衝撃が、空からゆっくりと降りてくる。
際立つ禍々しさ、煌めく極上の黒きオーラ、人類とは明らかに格が違う次元、姿だけで畏敬の念を抱きそうなほどの存在感。
「我が使徒を葬ったのは、貴様か」
「テメェが親玉だな」
破壊神ガノシラウル。
この世に4柱しか存在しない神の1柱にして、この世の破壊の理そのもの。
物が壊れる、命が尽きる、創造された森羅万象の終わりを司る死の象徴。
人の前に姿を現すなどあり得ない存在が、幾千年ぶりにベイルの眼前に降臨した。
「ペプガールとは、酔狂な名を名乗るものよ」
「ガノシラウルってのも中々ダセぇから、人のこと言えねぇぞ」
「良い、それほど口が聞けるなら資格あり」
今ここに、1つの時代の終わりと始まりが交差する──




