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Past Letter  作者: 東師越
第9章 人と人形と神の境界線
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第277話 ルミエルの覚悟

「完全に乗り遅れたな……」


「お前らがボサッとしてたからだろ」


「な~ま意気だなてめぇ」


「遅れたのはお前らのせいだろ」


 図星を突かれたハロドックとニコラスは何も言い返せず、ただ何となくクラジューを睨み付けていた。


 遠くの方で凄まじい激戦が繰り広げられていたが、ついさっきそれらが全て収まり、2人と1匹は急いでその方向にある湖畔へと向かっていく。


「おーい!」


 到着した湖畔には目立った外傷は無いものの、ペリーは霊力欠乏で座り込み、マルベスは魔力欠乏で大の字になって寝転んでいた。


「遅すぎるわよ」


「仕方ねぇだろ手がかりゼロじゃよぉ……お前らがいるって事はこれで全員合流か?」


「そうなるわね」


 クラジューは何故2人が苦戦していたのか少し理解に苦しんでいたが、アリシアの意識が無い状態を見て察した。


「……なるほどな」


「敵の正体と目的は?」


「賢者ベントスね、ルミエルをガービウ・セトロイに持っていきたいらしいわ」


「な~らアリスはどうし……ッ!!??」




 瞬間、この場にいた全員が目を見開いた。


 誰のモノかは認識出来なかったが、それが確実な敵意であり恐怖であると鳥肌を立てて冷や汗をかく。


「クソッタレ、時期はまだって思ってたが……ニコラス、3人乗せて飛べ! ここから離れるなよ!」


「分~かってる!」


 危機を察知したハロドックはいち早く動き、戦闘になれば邪魔になる動けない3人を地上から脱出させる。


 地面の下から湧き上がるオーラはだんだんと強く濃くなっていき、ついに湖畔が大きく揺れ始めた。


「ゾーネの時の比じゃねぇな」


「こいつは正真正銘マジの賢者ベントスだ、5000年前と何も変わら……むしろより強くなってやがる」




   ※ ※ ※ ※ ※




 同じ頃、洞窟内最奥部。


 同じ血を持つ賢者ベントスですら最悪と思う存在が顕現した地では、秒数を追うごとに増すプレッシャーに頭痛や吐き気すらも覚えてくる。


「エイウェル、呪力ハ!?」


「発動してるけどさ~、まず感情を受け付ける精神状態じゃないもんねあれ……」


 今のエイウェルの感情を共有すれば、レオキスとて廃人となり2度と自我を取り戻す事は不可能なほどに堕ちるだろう。


 それほどエイウェルは恐怖を覚えており、観測されていれば不可避の呪力の真骨頂が今発揮されるはずなのだが……。


「排除スル、全テハ楽園ノタメニ」


 史上最強の賢者ベントスと化した今のレオキスは、外側からの干渉を完全に拒絶する事によって不可避の呪力をはね除けている。


 誰も手を付けられぬ化け物は、無情の咆哮を上げて動き出す。


「ギィ……なッ!?」


 ジエルは迎え撃とうと一歩踏み出すと、凍り付いた右足が脆く切断されてしまう。


 何より恐ろしいのは切断されても痛みがほぼ無いことと、身も心も凍り付かせるほどの冷気に全く気付けなかった事か。


「ぐっ……クソ野郎がァ!!」


 即座に右足を再生させ、レオキスの槍に対して右拳を振り抜く。


 ジエル目的は攻撃ではなく、呪力によってこの場所からレオキスを排除する事にあった。


 ルミエル奪取のために一行を散り散りにしたその呪力なら戦闘も回避出来て、ルミエルと共にアジトに戻れば全てが問題ない。


 しかし、そう思い通りにはいかない。


「嘘だロ……」


 レオキスはどこかに飛ばされていく事など無く、槍先とぶつかり合ったジエルの右拳から肩まで凍り付き、直後に崩壊する。


 確かに呪力を発動し、食い止める類の呪力を用いない限りは生身で食らって効果が全く無い事にジエルは疑問を感じている。


(呪力を防ぐには呪力をぶつけるしか無いはズ、だが今の奴に呪力の気配は無かったガ……)


 続くレオキスの攻撃を紙一重でかわしつつ、距離を取って体勢を立て直そうとするが──


「うぐォッ!?」


 レオキスは躊躇なく距離を詰めてジエルの肋を横からかかとで蹴り飛ばし、背後から蹴りにかかるエイウェルの足を掴んで地面に叩き付けた。


「くそっ……」


 するとレオキスの背中から樹木の蔦のようにしなやかで、生き物のように蠢く巨大な氷の触手を繰り出した。


 あたかも目の無い怪物のように触手の先端は口を開き、獲物を狙う肉食獣が如くジエルとエイウェルを狙って高速で伸びていく。


「うわあッ!!?? なんじゃこりゃ~!?」


「ちィッ!!」


 両者の呪力も通用せず、さらに戦闘能力も2人合わせてなお今のレオキスには届かない。


 ジエルとエイウェルは共に呪力ありきで強さを誇るために、能力も呪力も賢者ベントス10体の個体値を凌駕する今のレオキスに敗北しか見えていない。




「私を解放して」


 洞窟に響く声音に、双方とも振り向かずとも耳を傾ける。


「ふざけてんのカ」


「私があの子を止める」


 耳を疑った2人だが、敗北しか見えない現状の打破にはそれしか無いのではと脳裏によぎる。


 ルミエルが加わった所で戦局が大幅に変わるかと言われたら何とも言えないが、敗北のみの未来では無くなると思われる。


 2人に向けられたルミエルの視線には悪辣な思惑は無いように思えるが、何せルミエルに対する信用が欠片も無い。


「だとしても、お前を放すことは出来ないな~」


「放して」


「……なら契約ダ」


 ジエルは既に腹を括っていた。


 この会話の最中もレオキスに近付けずに攻撃を回避し続ける2人には、もう選択の余地は残されていない。


「放す条件として、俺達に着いてきてもらウ」


「な~るほど」


「仮に俺達が死のうと、現状を打破出来たならお前は何があろうと戻れ……破壊神ガノシラウルに誓っテ」


 賢者ベントスにとって破壊神ガノシラウルに誓う契約は、結べば果たされるまで死んでも破ることは許されない事を意味する。


 たとえルミエルが賢者ベントスであることを心から放棄したとて、ネットワークで繋がっている以上は契約に効力が発生するのだ。


 自力では脱せない磔から解放されても、100年以上かけて作戦を練った末に脱出に成功したあの場所へ戻る事となる。


 そもそもレオキスを止められる確信も無い中、ルミエルに迷いは無かった。


「分かった」


「いいんだ、戻るの望んでないんじゃなかったっけ~?」


「当然望んでない……けど、苦しむ我が子を助けるためならそれも厭わない──私はあの子の母親だから」


 母としてのルミエルの覚悟は、2人の理解を軽く凌駕する強さを誇っていた。


 レオキスのためならば自分はどうなっても構わない、レオキスが救われるなら自分が救われずとも笑っていられる。


(もしかしたらまた私を助けるために無茶をするかもしれない、でもどうか許してほしい──


 ──こんな何もかも上手く行かない私のために犠牲を払ってほしくない、きっと私がいなくてもレオキスは大丈夫──




 ──レオキスはもう1人じゃないのだから)






 枷が解け、冷たい地面に降り立つ。


 そろそろ氷点下3桁を超えようかという地下で、全身の素肌を曝け出すルミエルは寒がる様子も痛がる様子も無く歩み始めた。


 瞬間、レオキスはルミエルを見て動きを止める。


 吹き荒れる冷気も荒れ狂う氷の触手も止まり、動く必要が無くなったジエルとエイウェルはその行く末を見届ける。


 やがて目前まで近付いたルミエルは自我を失ったレオキスを見上げ、目を閉じて深呼吸した後に微笑みかけて口を開く。


「また少し、お別れの挨拶をするね」


 そしてルミエルは自身の舌を噛み切り、その傷口から膨れ上がるように溢れ出したどす黒い半固体がレオキスとルミエルを飲み込んだ。






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