第25話 びわ
「……あ……あ……」
クラジューは全身から血を流し、ルナに左手で首を掴まれ足はプランと浮いていた。
体は一切力が入らず、至る部位が折れ、潰されているために、身動きひとつ取れる状態では無い。
「うぅ……クラジュー……くん……」
「この程度か……くだらない」
その瞬間、首の骨が折れる音がその場に鮮明に響いた。クラジューの腕はだらんと伸びきり、ルナはクラジューを地面に落とした。
「……ぁ……」
ゾーネは膝から崩れ尻もちをつき、絶望を顔で表したような表情で、口を閉じられないまま止めどなく涙を流した。
「……仇は討たないのか……哀れなものだな」
ルナはゾーネの元に歩み寄ろうとするも、クラジューがルナの右足首を右手で弱々しくも強く掴んだ。
もうほとんど死んでいる状況にも関わらずそれでも動くのは、ひとえにクラジューのゾーネを想う心の強さとしか言いようが無い。
「……ゾ……ネ……」
「しぶといな……タフさは時に己を見失う、あの世で頭を冷やせ」
ルナはクラジューを振り払い、瞬時にゾーネの背後に回り後ろから右手でゾーネの右肩を置いた。
「ひっ……」
「お前は俺と同じ境遇なのにそれを利用しないとは、大罪もいいとこ……ろ……だ……っ!!?」
ルナがゾーネの肩に触れゾーネの力の奥の気配を探ると、突然ルナですら異様なまでの恐怖を感じる程の途方も無い闇が感じ取れ、ルナは即座にゾーネから離れた。
「ルナ長官!!」
「どうされましたか!?」
「……なんだ……これは……」
「……く……クラ、ジュー……くん……」
(違う……明らかにどの種族とも違う気配だった……というより、人の類いでは無い……この禍々しい力……こいつの中に、何がいるんだ?……)
ルナは早急に対処すべく、ゾーネの背後から剣で刺しにかかった。
しかしルナは、直前でその剣を止めた。
(……突然島の中心部付近から巨大な気配が1つ……それから、小さくも異様な気配もある……誰かが何らかの結界で姿をくらましていたのか……このどちらかがベイル・ペプガールかもしれない……好機は今しかない)
それと同時にルナはある可能性を示唆した。ゾーネに必要以上の、つまり命の危機に陥る程のダメージを負えば、あの闇が姿を現す可能性だ。
可能性の一端に過ぎないが、ルナがその手に感じたモノは確かで、それが脳裏に植え付けられている。
手がつけられないなら、自分だけではなく、連れてきた兵士達にも影響が及ぶ。
勘でしか無いが、最優先の仕事なども加味して、避けるべきだという独断を決行した。
「ルナ長官!」
「待機だ、誰にも手を出すな……特にその女は……不確定要素が多すぎる……」
「……了解……ではルナ長官は!?」
「上に向かう、すぐ戻る」
ルナは剣を鞘にしまい、島の頂上へとものすごい駆け上がっていった。
「ルナ長官!!……っ……この気配は……」
兵士達もベイルとビオラの気配を察知し、気を引き締め直した。
「……クラジューくん……」
ゾーネは張り詰めていた緊張の糸が急激に緩み、その場で気絶した。
(どうなっている……この気配で寸止めしたが、あそこでとどめを刺していたなら……〝何かが現れていた〟ということか?……とにかく生け捕りにして、コーゴー本部に送るべきか……)
※ ※ ※ ※ ※
ルナは数分も掛からないうちに、ラルフェウとアリシアの元に辿り着いた。
「っ!!……あなたは……」
「魔人族……何故ここにいる」
「……その気配と……魔力……まさか……ハ」
「聞こえないのか、何故ここにいる」
ラルフェウは何かを言おうとしていたが、ルナはそれを故意に遮った。
「……あなたに答える筋合いは無い」
「……王女は確認した、あとは……ベイル・ペプガールか」
「……どなたですかその人は」
「瞬きの数が少し増えたな、ここにいるな」
「……あなたを倒します」
「不可能だ」
ルナはラルフェウの目の前に詰め、右拳をみぞおちにに突き上げる。
しかしラルフェウは直前でアリシアを抱き抱えながら〝瞬間移動〟でかわした。
「……一応これでいいか」
ルナはラルフェウにかわされる直前に、アリシアの髪に王から渡された超小型装置を取り付けた。
(今の攻撃……速かったけど殺意は無かった……目的はあくまでベイル様とアリシアさんですか……)
※ ※ ※ ※ ※
「おーこの果物美味ぇな!何てんだ!?」
「びわ」
「すげー!種でけー!お前知ってたんか!?」
「ワタシもこの島にびわがなっていたことを今初めて知った……美味しい」
するとベイルとビオラがびわを食べながらルナに近づいてきた。
「……あれ、死にかけ多くね?」
ベイルは船のそばで死にかけている一行達の気配を探った。
「ベイル様!」
「……そうか……お前がベイル・ペプガールだな」
「誰だよ」
「……混血、しかも、魔人と人間……珍しいわね……」
「ベイル・ペプガール───コーゴーの名の下に、お前をここで殺す」
「おーやべーな、俺死にそう」
「死なれたら困るから、ワタシも闘う……本当は嫌だけど」
「おいラルフェウ、もうあいつら治したからさっさと戻れ面倒くさい」
「……はい!」
ラルフェウはアリシアを抱き抱えたまま船に走って戻っていった。
「……治した……だと?……これだけ離れていて……」
「は?治すのに距離関係ねぇだろ?……お前の顔あれだな……アリシアに若干似てる気がするな……何でだ?」
「っ!!……化け物が……」
「……ビオラ、お前ちょっと闘ってみて」
「何故」
「おいおい出会って数分程度の俺たちが連携プレーとか出来ると思ってんのか?1対2じゃなくて、1対1と1だぞ?そして俺クソザコだから足手まといだし」
「……そう……」
するとビオラはルナの前に立った。ルナの顔を見上げ、小さな体で一行達が感じ取っただけで挫けかけた強大な敵意に対抗していた。
「……何のつもりだ」
「あまり大雑把な攻撃はしないで、下履いてないから」
ルナはビオラの心臓を刺しにかかった。しかしその切っ先はビオラの服によって止められた。
「結界の力そのままなんだ」
「ええ」
さっきまでビオラが展開していた結界から作った服のため、結界の防御力はそのまま活かされている。
「……やはり量産型の剣ではここが限界か」
するとルナは間を取って目を閉じた。
「……っ!!!!?」
「なんだあいつ、瞑想?」
「……未来を視ている、怖い呪力ね……」
(どういうことだ……40万通りの未来を見た……なのに……勝利のルートが0……だと……何なんだこの女は……)
するとビオラは自身の前に七つの手のひら程の大きさの水の球体を創り出し浮遊させる。
「〝雨弾線〟」
その水の球体から止めどなく高圧力で凄まじい速度の水が球体から放たれた。
ルナは呪力を利用して予測をし軌道上から逸れてもビオラの思い通りに曲折することを知り、真正面から突っ込みかわしながらビオラの前に来て剣を首目掛けて振る。
「っ……」
ビオラは左腕で剣を傷ひとつ付けずに食い止めたが、ルナは瞬時に跳び上がり上からものすごい速度で剣を一振り一振り正確無比に無数に振るが、ビオラは最小限の動きだけでかわした。
(思考が読まれてるだけで、この速度を追いつけるとは思えない……)
(常に未来を視ている訳では無さそうね、追尾の攻撃も大してダメージにはならなさそう)
ビオラの背後に着地したルナは、着地の踏み込みですかさずビオラの首を突き刺しにかかるも、ビオラは全身とその半径30センチ程の空間を水の球体で閉じ込め、水の球体の外側は渦巻くように激しく回転しルナが突き出した剣を切り裂いた。
「ちっ」
ルナは即座に剣を捨て、右脚で水の球体を突破してビオラの首元に蹴り込んだ。
「っ!?」
ビオラはルナの柔軟な対応と一撃の破壊力に驚き、その一瞬の戸惑いが行動を遅らせ、ビオラはガードしきれないまま蹴り飛ばされ木々を薙ぎ倒しながら島の外にまで吹っ飛ばされた。
「あーあ」
(当然だが常に思考を読んでいる訳ではないはず、何者なんだあいつは)
ルナは一切敵意を発していないベイルは眼中になく、ビオラのいる方だけを凝視していた。
「だから大雑把な攻撃やめて」
ビオラは一瞬で海の上から、ルナの顔の目の前にまで現れた。
(速い……)
「今見えたよね」
ビオラは表情を変えず、勢いよく右拳をルナの腹部にねじ込み、お返しのように吹き飛ばした。
「がはっ……」
ルナは船とは真反対の方角に吹き飛び、10数キロ離れた有人島の街の教会に衝突した。
「な、なんだ!!?」
「人が降ってきたぞ!!」
街全体が騒然とする中、厳かな雰囲気で教会内で儀式を行っていた1人の教徒の男は、突然教会内に突っ込んできた瓦礫に埋もれたルナを見て、驚いたまま硬直していた。
「……え……死んだ?……」
男が一歩前に足を出した瞬間に瓦礫からルナは右腕をバッと伸ばし、瓦礫から何事もなかったようにルナが現れた。
「うわあ!!……い……生きて……何で……」
「…すまない、この島の名前はなんだ?」
「え……パンシャ島です……」
「そうか……思いのほか飛ばされなかったな……っ……」
ルナは全身に痛みが走り、殴られた腹部を左手で押さえた。
(飛ばなかったからダメージが大きいのか……明らかに体の内部に響いている……拳で……闘値は見えない、見せなくするほど器用ということは、間違いなく特等聖戦士に匹敵する力量だ……それに、まだ何かを隠している……分が悪いか……)
「あ……あのぉ……体、大丈夫……なんですか?」
「……まあいい、王の動向次第だが……ここは長居は無用だ」
そういうとルナは、突っ込んで穴が空いた教会の天井に向かって、少ししゃがんで大きく跳び上がった。
教会の床はその衝撃で砕け、大きな亀裂も入った。
「……飛んだ……」
※ ※ ※ ※ ※
「ようやく来たわね」
「遅っそ!」
ルナが跳び上がってから10数秒後に、ベイルとビオラの前にルナが大きな音を立てて着地した。
「……今の一撃、殺意は無かったな」
「アナタを殺すつもりは無い」
「そんな事で俺を退けるとでも?」
「ワタシには勝てないと今アナタ自身が悟ったじゃない」
「……そうだな、俺はもう闘う気は失せている」
「ワタシは何人たりとも傷つけたくない、もうワタシのせいで流れる血を見たくないの……だから立ち去って……これは懇願や忠告じゃない───命令」
「……ふっ……」
ビオラがそう言い放つとルナは全身から鳥肌が立ち、顔から冷や汗が出、手足が小刻みに震えていた。
(……何だ……何なんだ……このプレッシャーは……この威圧感……ホーウェンさんのモノとは異質だ……面白い……)
ルナは張り詰めた緊張感とビオラの醸し出す恐怖感を一身に浴びて、その状況をむしろ楽しんでいるようにも見えた。
「速く立ち去りなさい」
「っ……」
ルナは少し硬直した後、震えを止め冷や汗を拭い、立ち去っていった。
※ ※ ※ ※ ※
「……はぁ~~~……」
ビオラは安堵のため息を深く吐いた。
「何だよ」
「……脅すのは初めてだったから……」
「マジか」
「緊張した……ワタシは……何かを、誰かを守って死にたいって……彼の目を見て思った……彼の心は……荒んでいた……かわいそうに」
「人の心に立ち入るってそんなに覚悟しねぇとダメなのかよ」
「……ワタシは、感受性は幼女のように強いから……」
「今も大して変わんねぇだろ」
「……そうね……変わったと……思っていたのだけれど……」
ベイルとビオラは船に向かって歩いていった。
「にしても、似てるな~あいつ」
「誰とどこが?」
「脅されてんのに、自分より強いかもしれないのを前にして、その緊張感とか楽しんでるところとか……あの変態野郎まんまだわ」
エグゼル化
生物にはいくつもの限界が設けられてありその内、最初に壁となる限界……心身が崩壊する限界に達したとき、体から湧き上がり、溢れ出すエネルギーを体に満たした状態を、エグゼル化という。
エグゼル化によって見込まれる身体能力の強化はさほど無いが、エグゼル化最大の利点は、人の強さを総合した闘値が数字として目で見ることが出来ること。




