REUNITE 神と王
「1ヶ月後には決行だ」
「……早いな」
この世のどこかに存在するジェノサイドアジト……その中にある無機質な部屋の、5メートルほどある段差の上にあるこちらも無機質なソファの上に仰向けに寝転ぶ男。
それを見上げて話しかける老人──コールド・プログは、かなり突拍子も無い男の発言も冷静に受け取った。
漆黒と純白が混じる髪、黄金の左目とサファイアブルーの右目というオッドアイが特徴的な、見てくれは少年のその男。
名をガービウ・セトロイ──〝魔神〟と称されて恐れられる、この世の裏社会を全て牛耳るジェノサイドの〝キング〟だ。
「そうだな、本来ならあと数年くらいかけてゆっくり確実に進めようと思ってたが……やっぱ1ヶ月前のアレがな~……」
ガービウ・セトロイはおろか、ほぼほぼ全人類が注目を集めている──〝星王〟アリシア・クルエル。
神の領域に踏み込み、その力で一瞬にして〝巨界〟の4分1を消滅させた事により、アリシアを注目するのがコーゴーやジェノサイドなどの一部組織だけでなくなった。
この事実がガービウ・セトロイの思惑を加速させる。
ガービウ・セトロイはベイル・ペプガールやハロドック・グラエルと同じく、自らの野望のためにアリシア・クルエルを利用しようとしている。
だがアリシアの力の真髄を理解していない愚かな連中が、その破滅的な力を兵器としか見ずに狙おうと企てる可能性が一気に飛躍した。
そうさせないためにガービウは、企てている計画の実行を速めようという決断を下した。
狙おうと企てる連中の根絶や、アリシアというモノの価値を急上昇させ、手が付けられないと諦めさせるなど方法は幾らかある。
しかしそれでもガービウが、わざわざリスクを負ってでも自らの計画を進めようとするのか。
それはアリシア・クルエルを狙うのが、チンピラのようなちゃちな連中だけでは無いからだ。
「コーゴーがついに動いた、ルシー・エブンの宣戦布告はそういう事だな?」
「いやルシー・エブンの独断という可能性もある、声明を出し挙兵するのが〝巨界〟で、兵がルシー班以外の全員が巨人族だという事はな」
実際にこれはコーゴーではなくルシーの判断だ。
コーゴーは約4億人という犠牲者を出した原因であるアリシア・クルエルよりも、約4億人という犠牲者を出した原因であるアリシア・クルエルを狙う可能性が高いジェノサイドを警戒したのだ。
先を見据えたのならばそれは確かに賢明かもしれないが、それは被害に遭った〝巨界〟の人々の心のケアや支援を無視するという意味も兼ねる。
そんなコーゴーの非情かつ身勝手な決断に異を唱えたルシーが、自らの力のみで全ての国と交渉し、世界そのものを巻き込んだ戦争をふっかけようというのだ。
全ては失われた人々の想いを果たすために、奪われた命のために一矢報いるために。
「……なるほど、となるとコーゴーは完全に俺ら狙いじゃねぇか」
「神の領域に入った者が誕生するとき、これまで等しく時代は変わってきた……ならばもう、時間の問題だ」
「えっと、俺らの狙いは確かコーゴーと〝自然郷〟と〝妖の里〟と〝龍界〟と〝陽ノ國〟……だったな?」
コールドに目を合わせる事無く寝転がりながら、口だけは饒舌に動かすガービウ。
指を折りながら数えた数をいちいち確認し、コールドはため息ひとつ吐かずに「そうだな」と返答した。
「だがガービウ……その前にお客さんだ」
「は? お客さ──」
ガービウ・セトロイが、あの〝魔神〟と謳われ世界最強の生物と呼ばれるガービウ・セトロイが、そこに彼女が現れる事が分からなかった。
本当に何も無い所から突然コールドとガービウの間に、浮遊して現れた彼女。
「おい、おいおい……おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい……」
思わずガービウもソファから起き上がり、立って彼女と面と向かう。
2人のあまりにも凄まじい気迫にコールドは身震いするが、オーラのぶつかり合いは無かった……彼女もガービウも、闘うつもりは無いという事だ。
一体何故こんな事になっているのか、ガービウにはさっぱり理解出来ない。
「お久しぶり、ガービウ・セトロイ」
身長はガービウと同じくらい、人間換算でいえば女性としては平均的な身長だろう。
やや膨らみの目立つ胸に長く細くて白い足、純白のワンピースに映える赤い瞳と、ピンクの小さな花束のような花飾りがアクセントの黒く艶やかな長髪。
その髪の黒と瞳の赤は、まるでベイル・ペプガールや完全覚醒状態のアリシア・クルエルによく似たものだ。
「とんだサプライズゲストだな……」
「サプライズが成功して嬉しいわ」
この世で、彼女を知らない者を捜す方が難しい。
この世の歴史を大きく変え、かつてはこの世の王として君臨し、新時代を創り出した──
──〝霊王〟ノエル・シルバーハート。
「お前が呼んだのかコールド」
今までの軽い口調から打って変わり、少しの怒りも加わった重い口調でコールドに問うガービウ。
「……そうならどれだけよかったか」
実は数日前、コールドは部屋で1人仕事をしていた際に、今と全く同じ方法で〝霊王〟が突然現れた。
もちろんコールドは顔を見合わせて1秒で降伏宣言、それから〝霊王〟の提示した条件を全て飲んだ。
この日のこの時間に、ガービウ・セトロイに会うためにこの部屋に再び現れるというだけの条件だ。
「……お前1人か」
「ここは私以外知らないもの」
「何でお前は知ってんだよ」
そんなことはどうでもいいと〝霊王〟も、またガービウも同時に思考し、〝霊王〟から開かれた口からは嘘偽り無く遠回しでもないありのままの言葉が放たれる。
「これ以上私達と、ハロドックをいじめるのはやめてほしい」
愚直とも取れるその幼い言葉遣いに、ガービウは顔色1つ変えずにこう答えた。
「無理だな、俺の野望にはどちらも不可欠だ」
「っ……ならばハロドック、ハロドックだけは手を引いて」
堂々たるガービウの返答に舌打ちのような音を立て、少し目を尖らせた。
「そんなにハロドックが大事ならお前が護ればいいだろ」
「……それは……出来ない……」
ガービウは〝霊王〟とハロドック・グラエルにどのような関係性があるのかを知らない、それでも並々ならぬ想いが〝霊王〟にあることは、その声色と表情を見れば一目瞭然だ。
「私はハロドックのために世界を滅ぼした、ハロドックのために世界を作り直した、ハロドックのために〝霊王〟になった──
──だからハロドックと、逢えなくなった」
突然の独白、しかし〝霊王〟の由来はかなり抽象的な言葉ばかりで詳細は謎のため、興味が無いどころか興味深々である。
しかしあえてガービウは聞かない。
聞くのは野暮だと思った訳では無い、本当は聞きたくて聞きたくて仕方が無い、是が非でも聞き出したいと思っている。
それだけ〝霊王〟の私情はガービウにとって計り知れないほど有意義な情報なのだ。
「……今は聞かねぇよ、どうせまた会うしな……世界がまた終わる前には必ずな」
今絶対に必要という訳では無いその情報、いつかは必ず聞き出せるという絶対的な自信、自意識過剰にも思えるガービウの傲慢な心が、今この場での〝霊王〟のプライベートの開示は避けられた。
「……とにかく忠告したわ、私達と、何百回も愛したハロドックをもし侵してくるならば──殺す」
少女の見てくれの割にはひどく恐ろしい目つきで、少女の声音にしてはあまりにドスの利いた威圧的な声音。
王の貫禄としては申し分ない圧倒的存在感を残し、あのガービウ・セトロイから僅かな時間であっても目の前の計画から意識を逸らせた、余裕を奪った。
それだけで偉大な功績ともいえる結果を残し、〝霊王〟はジェノサイドアジトから姿を消した。
「っふ、っはは……はははは……あっはははははははははははははははははははは!!!」
目の前から〝霊王〟が去った後にガービウは突然腹の底から笑い出し、ソファに尻もちを付くように座り込む。
「どうした」
「っはは……いやぁ、とんだ茶番だったなぁコールド……いや──ヴィーヴェンティール」
〝死神〟ベイル・ペプガールを殺すために、破壊神ガノシラウルによって創り出された神の分身体──賢者ベントス。
10体の中で最も破壊神ガノシラウルに忠義を尽くし、賢者ベントスの統率者として賢者ベントス最強と謳われる存在──ヴィーヴェンティール。
ガービウ・セトロイが賢者ベントスを復活させるため、数千年をかけてこの世のあらゆる地を捜し回り、最初に復活させたのがヴィーヴェンティールだ。
志半ばで命を落としてしまったヴィーヴェンティールは、ガービウ・セトロイから破壊神ガノシラウルと同じ何かを感じ取り、今ではガービウと共にジェノサイドを牽引するナンバー2である。
コールド・プログという偽名で名を通し、ジェノサイドのため、賢者ベントスのため、破壊神ガノシラウルのため、ガービウ・セトロイのために休むこと無く動き回っているのだ。
「その名で呼ぶという事は、方針は固まったのだな」
「ああ、まず最初に狙うのは──」
「た、大変です!!!」
ガービウの言葉を遮り、バン! とうるさくドアを開けて入ってきた男は、慌てた様子で息を切らしながら報告をする。
ジェノサイドアジト内で活動する者は全員ガービウの部屋の位置を知っており、常時報告は口頭で確実に伝えるようにと言い付けられている。
「言え」
もちろんジェノサイドアジト内で働く者達は全員相応の戦闘能力を有しており、まず闘値が1億以下はいない。
「はぁ……はぁ……ルミエルが……賢者ベントスのルミエルが、脱走しました!!!」




