第1話 創まりと出会い
1ー1 少年と少女
かつて7つの世界全ての人類がその存在を知りながらも、その誰もが見たことの無い幻の存在があった。
──名を、〝神証〟。
ある者は全世界の富を集結させた宝島、ある者は1口で不死の命を得られる果実、またある者は神そのものだと言った。
存在は不明、しかし〝神証〟はあらゆる書物にその名を連ね、人々の手によりその名は神格化していった。
──1万年前、その〝神証〟の存在をついに知った者が現れた。
その者は長く続いた全人類による大戦を、たった一撃で終わらせ後に〝霊王〟という2つ名で現在もなお名を轟かせる少女だ。
しかし全人類のほとんど全てが死滅したため、結果〝神証〟の存在を知る者は〝霊王〟と〝霊王〟がこの世で唯一愛した男の2人だけとなる。
その後2人の男が〝霊王〟と同じ方法で〝神証〟の存在を知り、後に全世界を震撼させ絶望のドン底に落とす。
〝神証〟とは、この世を創った神と同等の、実体の無い〝力〟。
この世の全ての破壊と、この世の全ての創造を幾度となく繰り返すことが可能な程に膨大な〝力〟。
それはまさに神の証、そして神がこの世に残した〝過去の手紙〟。
※ ※ ※ ※ ※
──5000年前、人間界。
降りしきる雨は、血で赤く染まった広大な大地を洗い流そうとしているように、止むことはなかった。
どんなに荒れ狂う嵐でも、この地に散乱した瓦礫ほどは吹き飛ばせないだろう。どんなに爆撃の多い戦争でも、この地に飛び散った人の肉片や、死体の多さにはならないだろう。
人間界はどの地よりも早く文明が起こり、発展していった。
その歴史は他の種族が参考にし真似するほどに、新時代の文化を牽引していった。そして発展した科学は人々を豊かにし、医療の発展は人口の爆発的な増加を招いた。
そんな人間界がたった1人の男によって、完全崩壊した。
たった1日で、たった1人の男によって……1度聞けば、誰もが聞き直すだろう。
それほどまでに、このいたるところに惨劇が散りばめられた人災が信じられないことということだ。
そんな地獄絵図では足りないこの地で行くアテなどなく、力が尽きかけて1歩ずつ、1歩ずつ焦土を踏みしめてゆっくりと歩く1人の男がいた。
男は怒りに満ち満ちた表情と、悲しみに満ち満ちた表情を混ぜたような面持ちを、時より俯きつつ前を見て浮かべていた。
丘のようにやや隆起した場所に向かって、ただ坂道を歩く……その姿は端から見たなら、近寄りがたい、怖いという印象を抱かせるだろう。
そんな雰囲気を漂わせながら誰もいない、草木1本残っていない地で辺りを見晴らせる場所に辿り着くと、周りを見渡す訳でも無く雨空を虚しく見上げ、顔に雨粒を受けながら、ゆっくりと目を開けた。
この男が何を思っているのか、何に怒り、何に向かってこれから口にする言葉を言い放ったのか……真意はこの男しか知らない。
「──殺してやる」
この世の絶望を全て経験したかのような目の色で、心の中で複雑に入り混じり絡まった感情を飲み込んで、涙をこらえて、声にならない捻り出した声で天を仰ぎながら言葉にした。
自身を愛してくれた人々は皆死んだ、この地に自身だけが生き残ってしまった。
後悔が尽きない、憎しみが消えない、怒りが収まらない。
それからしばらく、この男はこの地から動くことはなかった。
1人屍に囲まれて、冷たい雨にずっと打たれていた。
涙は流れ落としても、心に決めた覚悟と野望だけは流れ落ちない。
〝霊王〟の時代は終わり、新たなる時代が始まる────
※ ※ ※ ※ ※
──1000年前、7つの世界が交流するための交差地点である大草原、〝ウーヴォリンの神樹林〟北西部にて、大規模なエネルギーの爆発が起きた。
この地の中心に存在する約5000メートルの樹、〝神樹ウーヴォリン〟。
どんな植物よりも巨大ながら幹の中は空洞となっており、人の手が加えられて自然をほとんど感じさせない造りである。
この場所は、ある巨大組織が全権限を握っている。
《コーゴー》──あらゆる場所に支部を持ち、この神樹ウーヴォリンを本部とする巨大組織、その活動は世界の管理。
かつて全世界を巻き込んだ巨大な戦争、いわゆる〝千年戦争〟が勃発した。
その終息後、戦争を起こさないためにどの国、どの地域、どの世界とも直接関係の無い組織が誕生した。
それがコーゴーである。
全世界にも及ぶ広大な情報網と、世界3、4つ分とも云われている強大な戦力により、長い年月をかけて全世界に絶大な影響力を及ぼす唯一無二の組織となった。
そのコーゴー本部の廊下を歩いていた男2人女1人の男女3人は、爆発音が聞こえる数秒前に爆発を見ずとも察知し、爆発のあった方角を振り向き驚愕の表情を浮かべていた。
「……この方角……まさか……」
「シャレにならないぞ、上にどう説明するんだホーウェン」
「……頭の固い連中には、この天変地異を理解出来ると思えない」
「ねぇねぇ、復活したって事でいいんだよね?」
「……今のところそれらしき気配は感じない……だが間違いない……直ちに俺の班に調査させる、今日の会議は中止だ、ゼルクは住民の説明を頼む」
「爆発源は〝死神〟の仕業ですってか?」
コーゴー本部には本部勤務の職員が住居として利用している場所があり、またその家族も暮らしている。
立場が上であればあるほど、住居となる部屋は広く快適となる。
また人里から隔離している本部には、物資輸送のために荷馬車を引く商人なども毎日多く行き交い、宿泊施設も完備している。
「調査中と言えアイン、お前は仕事しないなら大人しく待機だ」
「ええ~!? これから部下ちゃんズとエッチ……じゃなくて、交流会の予定だったのに~!」
「会議脱け出すの前提かよ……中止だ淫乱女」
「は~い……ま、するけど」
「何か言ったか?」
「いいえ~?」
「緊張感の無い奴だな……下手すれば、全世界が滅びるんだぞ」
※ ※ ※ ※ ※
「はぁ……はぁ……」
朝が目の前まで来た深夜、土砂降りの雨が降り続く山の下り坂で、今にも土砂崩れが起きそうなほど緩い足場を、薄っぺらいボロボロの格好に裸足で駆けていく金髪碧眼の少女の姿が在った。
「いたぞ!! 捕まえろ!!」
その少女の後ろから武装し、走る度にガチャガチャと音の鳴ったまま、3人の兵士の男達が後を追って駆けていた。
「……はぁ……はぁ……」
少女は差の縮まらない兵士達との差に驚いている様子だった。
自分はこんなに走れないはずなのにと言わんばかりの表情を浮かべるも、同時に逃げ切れるという可能性を感じ、必死に走っていた。
「はぁ……はぁ……っあ!!」
少女は脇目も振らず走っていると足を滑らせ、目の前の豪雨により水嵩が増し流れが急となっている川に落ちた。
「……しまった……」
少女は顔を出して何とか呼吸をするが、急な流れに抗えずそのまま流されていった。
兵士達はその様子を見て、足を止めた。
「隊長どうしますか……川は危険で入れませんし……」
「俺が1人で下る、お前らはルナ長官に報告だ」
「しかし、既に死んでいるかもしれません」
「それだけはあってはならない、絶対に……でないと文字通り首が飛ぶ……生きている事に望みをかける、お前らは王宮に戻れ!」
「「はっ!」」
2人の兵士は、同時に返事をして、急いで行った道を戻っていく。
残った兵士は焦りを見せながらも、鍛えられた足腰を駆使して、川の流れの方に駆けていった。
(まさか……王にあんな隠し子がいたとは……何故今まで隠されていたのか……)
※ ※ ※ ※ ※
「……何故人が……」
数時間後。
雲一つ無い快晴の朝早く、山の麓の一面草っ原の高原で、黒髪の青年のような顔付きの1人の男が、流れの速い川から気絶して流れてきた少女を見つけた。
「……助けない訳にはいきませんよね……」
男は迷わず川に飛び込み、川の流れをものともせず介抱して、少女が飲んだ川の水を吐かせた。
「げほっげほっ……」
「……もしかして、彼女でしょうか……だとしたら、本当に1人でここまで……」
「おーい飯ー」
「あ、はい!」
男は少女を介抱するために、もう1人別の男の声が聞こえてきた小さな小屋に抱きかかえて小走りで向かっていった。
※ ※ ※ ※ ※
数十分後、少女は小屋にあるベッドの上で目を覚ました。
「……えっ……」
「おはようございます、怪我は大したことありませんでしたよ」
「……はい……」
少女が目を覚まして最初に見た光景はボロい天井と、心配そうかと思うとそうでもない感じの表情を浮かべる、川から少女を救った男の顔だった。
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