第18話 幕開け
「おはよ♪」
「……えっっ!!!?」
夕方、クラジューが目を覚ますと、澄んだ瞳を見せ優しく微笑む顔が反転しているゾーネの姿が映る。
簡潔に言うと、現在クラジューはゾーネに膝枕してもらっている状態である。
クラジューはゾーネの顔と同時に今にも顔面にくっつきそうな距離にある胸に驚き、思わず勢いよく後ずさりした。
「ぬあっ!?」
しかしベッドから後頭部をぶつけて落下し、その拍子に机の足にクラジューの左腕がぶつかり、机の上の鍋が頭上に落ちてきてクラジューは思い切り水を被った。
「……何なんだよ……」
「ぷふっ、あっはははははは!!」
ゾーネの弾ける笑い顔と笑い声を聞いて、クラジューも思わず笑っていた。
※ ※ ※ ※ ※
「お前、着替えたのか」
「そ~かりたの~♪ アリシアちゃんのへやにね~、たっくさんふくがあったんだよ~♪」
「あいつそんなに持ってんのか?」
「アリシアちゃんのじゃないらしいけどね~♪ なんかいろんなサイズがあったよ~?」
「意味分からん……」
「けど~それがど~したの~?」
「えっ、ああいや……似合ってるなって思って……」
「へっ!? あ、ありがと……」
クラジューが照れながら言ったセリフが嬉しくて、ゾーネは思わず布団で顔の目から下を隠した。
「……うちは……どんなびょうきだったの?」
「……えっと……ザルブかぜっつって、どこの世界でもある感染症なんだよ……ほっといたら普通に死ぬレベルだ、適切な処置したら治るけどな……昔はこれで村がいくつも滅んだらしい……」
「クラジューくんにはうつらないの?」
「大丈夫だ、俺は昔かかったからな、1回かかりゃ後はうつらねぇのが他の感染症よりマシなトコだ……けど、治療が遅れたらどの感染症よりも致死率は高ぇ……マジでよかった……」
「……うちね……にんげんかいにきて、ひとりぼっちだったの……ずっとずっとひとりぼっちでね……だからね、うれしかったの……クラジューくんとであえたから」
「そう、なのか」
「ここのみんなもやさしいよ、アリシアちゃんはともだちになってくれたしね、それからね……」
「ゾーネ……俺も……ひとりぼっちだった」
「……そう……なの?」
「ああ……家族を失って、故郷を失って、一族は誰もいなくなって…拾ってくれたジジイも、目の前で殺された……だから大事なモンはもういらねぇって思ったんだよ」
「クラジューくん……」
「──けど、お前に出会っちまった……会った瞬間に好きだって思った、でも分かんなくてさ……気の迷いなんじゃねぇかとか、どうせ今だけだとか……でも……」
ゾーネは黙って話を聞いていた。クラジューの言葉を一字一句聞き逃さないために、真剣な顔をして。
「……怖くなった……またいなくなるんじゃねぇかって、そしたらもう……俺は……同時に理解した、俺は本気でお前が好きなんだって」
クラジューは立ち上がってゾーネのそばに歩み寄り、そっとぎゅっと抱きしめた。
「く、クラジュー……くん?」
「お前は俺にとって、大事な奴だ……だから、絶対俺が守る、守り抜く、命を懸けて……だから一生そばにいてくれ」
「っ……うん……うん……」
ゾーネは孤独の中で、ずっと耐えてきた。
全く知らない地で、誰も味方はおらず、怖くて誰も近寄ってこないように、巨人化したまま眠る日々が続いた。
いつぶりだっただろうか、巨人化せずとも安心して眠れたのは。
いつぶりだっただろうか、誰かに抱きしめられたのは。
いつぶりだっただろうか、こんなにも涙を流し、こんなにも感情を露わにして泣いたのは。
奇しくも自分をその大きくて、ぬくもりのある胸の内に誘ったのは自分と同じ、もしかしたらそれ以上に辛い日々を過ごして来たかもしれない人だった。
──大好きな人だった。
2人は忘れかけていた。何かを好きになる感覚を思い出した。
愛を、思い出した。
※ ※ ※ ※ ※
「ようやく泣き止んだか」
「ひくっ……っく……うん……」
10分以上は泣き続けた。どれだけ分の涙を流したか分からない程に。
ゾーネは目を腫らし、ベッドに座ったままクラジューを見つめていた。
「な、なんだよ……」
「えへへ~♪ なんでもないよ~♪」
「っはは、なんじゃそりゃ」
仲睦まじいやり取りを繰り広げる中、その空気をぶち壊すようにドアが突然開き、ベイルが倒れて入ってきた。
「うおっ! あ……ども」
「何だよ」
「いや~もんのすごいこっぱずかしいやり取りやってるから、盗み聞きして笑ってた」
「ぶっ殺す」
「いやいやぶっ殺すだなんて、別に悪気はねぇよな~ラルフェウ? ……ラルフェウ?」
さっきまでは確実にいたラルフェウだが、いつの間にかその場からいなくなっていた。
「殺す」
「まあ落ち着け俺達は共に笑い共にな──」
ほんの些細なからかいだったが、クラジューの逆鱗に触れたのでどうしようもない。
※ ※ ※ ※ ※
3日後。
一行は長い道のりを経て、ようやくセタカルド諸島直前の沖に辿り着いた。
「ベイル様、海着きましたよ、起きてください」
「……飯……」
甲板のど真ん中でうつぶせで気をつけの姿勢を保ち、声に生気が宿っていないベイルはここ数時間「飯」の一言しか発していない。
「無理もありません、もう3日何も食べていませんし……」
「まさかクラジューサンのおかげで尽きるとは思わなかったっす……」
「うるせぇな……」
クラジューもまたベイルと同じ姿勢でうつぶせになり、生気の宿っていない声でなんとか返答はしていた。
「クラジューくんだいじょ~ぶ~?」
「寝不足のようですが……」
あの後結局クラジューとゾーネは同じ部屋で寝ることになり、ゾーネには安眠が約束されたが、クラジューは下手に寝返りが打てず眠れない日々を送っていた。
「色々溜まってんだよ……」
「うちがはきだすのてつだうよ~♪」
「ば、バカか!! ガキのお前にそんなことさせられるか!!」
ゾーネは肩を揉もうとしているが、クラジューは別の何かを想像しているようだ。
ゾーネの言葉に驚いたクラジューは例によって跳び上がり、足を滑らせて後頭部を強打した。
この調子では心臓と後頭部が保たないかもしれない。
「ガキじゃないよ~もうひゃくねんくらいいきてるよ~♪」
「け、けど年下じゃねぇか!」
「クラジューさん何故目線がゾーネさんの胸部に?」
それはあくまで自然な目線移動だったが、何故か性に対して無関心すぎるこの一行の男共の中では、異常に思える正常に性欲が作動している。
「さわりたいの?」
「違ぇよ!! いや実は違わなかったりしたりした事もあったり無かったり……」
「クラジューくんのえっち~♪」
「何で嬉しそうに胸隠すんだよ……」
ゾーネはここ3日間ほぼずっと笑っている。溢れ出す幸せがそのまま顔に出ているのだ。
今までの自分からしたら考えられないほどの幸せに、ゾーネ自身は驚く暇も無く幸せを噛みしめている。
嘘偽りの無い笑顔が、ほんの少し一行の空気を明るくしているのかもしれない。
「ねえリドリーちゃん、何で私の耳塞ぐの? 何も聞こえないんだけど……」
「聞かなくていいの」
甲板でベイルが倒れたまま眠り、ラルフェウ、レオキス、クラジュー、ゾーネが談笑する側でアリシアは海を眺め、その後ろからリドリーはアリシアの耳を塞いでいた。
特に聞いても害は欠片も無いのだが、リドリーは過保護のようだ。
「ベイル様、釣りしましょう釣り」
「釣り? 道具は……」
「……あ」
「ねぇのかよ」
「素潜りで獲りましょう!」
「お前が……獲ってろ……」
「はい!」
「いやラルフェウサンが今潜ったら海進めないっすよ……」
「僕は……僕はどうすれば……」
「船を海に入れろ」
「……心苦しいですが、そうしましょう……」
アンビティオ号はようやく海に入り、セタカルド諸島の海を進んでいった。
「……すごい……」
「アリシアは海見るの初めて?」
「うん……青くて、静かだったり騒がしかったり、綺麗……」
「そうだね」
「それに、見てたらなんか頭がグラグラして……あれ……霞んで……」
するとアリシアは突然仰向けに気絶し倒れた。リドリーは咄嗟にアリシアを支えた。
「アリシア……アリシア!!!」
※ ※ ※ ※ ※
リドリーはアリシアは抱き抱えてアリシアとリドリーの部屋のベッドに運んだ。
「船酔いでしょうか」
「船酔いで倒れる訳ねぇだろ、アリシアどっか悪いんじゃ……」
「やはり3日何も食べないと、アリシアさん人間だしか弱いですから」
「何とかなんないのか!?」
「……では、僕の人差し指をアリシアさんの口に入れます」
「は?」
「魔人族だけが保有する力、魔力を与えたり貰ったりする〝贈与吸収〟でアリシアさんに魔力を与えます、他種族に魔力を与えれば栄養となりますから、船酔いもかなりしてますので嘔吐する可能性もありますが」
するとリドリーはラルフェウの胸ぐらを掴み、ラルフェウは足が浮いた。
「何でお前の汚ぇ指をアリシアの口に入れねぇといけねぇんだよ」
「点滴と同じじゃないですか」
「そういう話じゃねぇんだよクソ野郎」
「……分かりました、口がダメなら鼻の穴から指を入れます」
「は?」
「それもダメなら肛門から入れます、一応僕はお世話係なので、どんな手段を使ってもアリシアさんを守ります、ベイル様の命令は絶対なので」
ラルフェウは真っ直ぐな目でリドリーの目を見ていた。
ほとんど脅しのラルフェウの言葉と、森で見たラルフェウの底力を思い出し、リドリーは勝ち目は無いと理解した。
弱っているアリシアを助けられない己の弱さと、他人の荒治療にアリシアを委ねなければならないやるせなさで、自分に怒り、歯を強く食いしばった。
ラルフェウに悪気が無いため、尚更タチが悪く思えてしまう。
「見んな変態」
リドリーは行き場ない思いを吐き出すために、ラルフェウを床に叩き付けた。
「……ありがとうございます」
ラルフェウは一度洗面所で手を洗ってからアリシアの口に右人差し指を入れた。
ラルフェウの体にある魔力がアリシアの中に入っていき、アリシアの顔色も元に戻っていった。
「……ごほっごほっ……」
「おはようございます、アリシアさん」
アリシアは目を覚まし、ラルフェウは指を口から抜いた。
「ふぇ……何が……」
「気持ち悪いですか?」
「え……う、うん……うぅ……」
アリシアは再び少し顔色が悪くなった。
「三半規管が弱すぎます」
「うるさいさっさと出てけ」
「え?」
リドリーはイラついた態度を見せながら、窓からラルフェウを突き落とした。
「キューちゃん! リドリーちゃん、さすがにヒドいよ……」
「いいんだよ」
ラルフェウが海に落ちた事により船は止まった。
「あれ、もう少しで島だったっすのに……」
レオキスたちの目の前には小さな島が見えていた。
「ついたよ~クラジューく~ん♪」
「速いな……無人島じゃねぇか……」
「デートしよ~デート~♪」
「どこをだよ……」
※ ※ ※ ※ ※
時は同じく、キスイウ島兵団支部にて、ドグラ達の元に1本の報告が届いた。
「ドグラ支部長、先ほどセタカルド諸島領海に許可申請の遠っていない幽霊船が境界線を通り侵入しました」
「あっそ、やっぱ来たじゃん」
「既にケニー第二部隊長が隊と共に無人のティニフィア島に向かいました」
「オッケー問題なーし、さすがにテキパキするな~、じゃあ、臨戦態勢入りますか」
「え……部隊長最強のケニー隊長なのに、必要でしょうか?」
「バーカ、お前の口ぶりじゃあ相手は無傷で境界線超えてんだ、ケニーでも難しい……いや、無理だろ」
「……分かりました、それと間もなく、ルナ長官がご到着なさいますのでお出迎えのご準備を」
「ほ~い」
ドグラは立ち上がり、ルナを迎えるために支部施設の正門前に出て行った。
第1章 〝死神〟と呼ばれる男 これにて完結!
次回、第2章 Always "Sadness" in their heart
一行のさらなる冒険が始まる──




