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Past Letter  作者: 東師越
第1章 〝死神〟と呼ばれる男
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第12話 信じる

「……妾の子、それも王家となると……隠蔽は当然しますね……というか、あの王は確か独身だったはず」


「私は15年間、ルブラーンの王宮の小さな小さな部屋に暮らしていました……父の顔は見たことありませんし、私には名前もありませんでした」


「では、今の名前は?」


「私をルブラーンから出してくれた方に、付けてもらいました」




「──その時救われた、と……素直に思えましたか?」




「え……」


 唐突なニールの質問に、アリシアは一瞬固まった。


 確かにアリシアは「出してくれた」と言っただけで「救ってくれた」とは言っておらず、思ってもみなかった。


 口ぶりからすれば、アリシアは自分の意思でルブラーンから出た訳では無い。巻き込まれたという方が正しいのだろう。




「狭い鳥かごから解き放たれたのは大変喜ばしいでしょう……しかしアリシアどのはそれまでの自分の世界が突然途方もなく広がって、喜びより、困惑の方が強かったのでは?」


 アリシアは暗い過去の話と、ルブラーンから出た時の話のトーンが全く同じで、感情に大きな差が無い事をニールは察した。


「……はい、そうですね……その人にはただ走れ、そこにいる奴らを頼れ、とだけ言われて、何がなんなのか分かりませんでした……おとなしく捕まってもう一度閉じこもろうとも思いました……けど、夢だったんです」


「夢ですか」


「私の世界はおとぎ話で創られていたので、外にはどんな人がいるのか、鳥はどこに飛んでいくのか、とにかく出てみたかった──


 ──はずだったんですけど、いざ出てみたら……怖かった……決められていない(しがらみ)が無いってこんなに怖いんだって……思いました」


「今は、どうですか?」


「……楽しい、んだと思います……キューちゃんは優しいし、レオキスさんのご飯は美味しすぎるし、リドリーちゃんは……私にキスしてきたし──


 ──あとベイルは……ベイルは……分からない……行動一つ一つが何のためなのか……」


「確かに、不思議な方ですね……そういえば、マルベス先生はベイルどのの事をよく知っていたようでした」


「そうなんですか?」


「何でも昔共に行動していたとか」


「えっ、すごい人ですね……」


「自画自賛ですか?」


「えっ! いやそういう訳じゃ」


「謙遜は出来るんですね、ははは」


「……なんか、咄嗟に出て……」


「本音ですか、あなたは優しい方なんですね」


「……だといいですね……」


「人を信じられているだけでも、十分値しますよ」


「……分かりません」


 アリシアはスカートの裾を両手で握り、歯を食いしばって今にも泣きそうな高ぶる感情を抑え込み、話を続けた。


「……山を走ってる時、怖かった……目が覚めたら知らない人がいて、怖かった……ベイルの力を見て、怖いと思った……キューちゃんがレフレアの人達と話してる時の表情も、怖かった──


 ──熊に襲われて、ボロボロのレオキスさんを見て、キューちゃんがお腹を貫かれて、そこからものすごい力を見せつけられて……ずっと……怖いんです……」


「アリシアさん……」


「信じたい、私を助けてくれた皆を信じたい……なのに! 私は皆を怖いって思ってる自分の弱さが……辛い……」




 こらえきれなかった涙が裾を強く強く握り締める手の甲にこぼれ落ちるとき、アリシアは心の奥に秘めていた思いを口にした。


 全てが上手くいくと信じていた、全てが思い通りに行くと想像していた。


 そんな稚拙な思いを、現実はことごとく破壊していく。


 ベイルもラルフェウも守ってくれているが、その存在感や考え方があまりにも未知で恐怖を覚えてしまった。


 何も分からないが故の恐怖、思い通りにいかない甘えが故の恐怖、ベイル達の圧倒的な力を見たが故の恐怖。


 こんなにも自身の事を大切にしてくれているのに、ベイル達の考える事が分からないが故の恐怖。


 信じたいのに、信じなければならないのに、どうしても恐怖が勝ってしまう。


 アリシアは誰にも打ち明けられなかった葛藤を、今ここでニールにぶつけた。




「……それを、彼らに言えないほど、追い詰められていたんですか?」


「……言えません……言ったら……」


「怖くて当然でしょう、あなたの以前の暮らしを知ればなおのことよく分かります……ならば逃げますか?」


「……私には……皆以外の居場所は……」


「なら、信じる他にありませんね」


「──」


「たとえ、これがあなたが望んで進んだ道でなくても、信じて辿った道でなくても、既に歩き出してしまっています……だから、止まる訳にはいきません」


「……私はひどい人間です、こんなに良くしてもらってるのに、自分の思った通りに事が運ばなくて……信じたくないことが目の前に溢れて、分からなくなっちゃった……皆を怖がってる……私も、私が怖い……」


「怖いということは、寄り添おうとした、ということですよね」


「……え……」


「ああいや、あなたは信じたくて寄り添って、その結果傷付いてしまって怖れてるということですよね……なら、ひどい人間だなんて言わないでください」


「……だけど……」


「アリシアさん、あなたは優しい人だ……大丈夫、人というのは非常に面倒くさいもので、傷付かないと成長出来ない種族なんですよ」


 誰でもよかった、誰でもよかったからその一言を言ってほしかった。


「……私でも……成長なんて……出来るのかな……」


 救われたかった、自分がこんな状況で生きている事を認めてほしかった。


「彼らは、バカで頭のおかしい奴らだけど」


 信じてるのに、近付く度に遠のいていく気がしてならなかった。


 私を特別な何かを持つ道具としか思っていないみたいで、怖い。


「──あなたが信じていることは、きっと気付いてますよ」


(……ニールさんはもっと、ずっと辛い思いをして生きてきたはずなのに……私もニールさんみたいに強くなりたい……いや、ならなくちゃいけないんだ)


 アリシアは涙を拭うも、より止めどなく涙が溢れ出した。ニールが黙ってハンカチを手渡し、その小さな優しさにも気付かないまま、溜め込んでいた思いがハンカチを濡らしていた。




「……そろそろ、眠った方が」


 少し時間が経ち、ニールがそう言ったときには既にアリシアは眠っていた。


 ニールはアリシアの背中に毛布を掛け、居間で寝転び眠りにつく。


(世界の運命を握る男、か……)




 アリシアとニールの会話を隣の部屋で、両手を頭の下に組み仰向けで寝たフリをするベイルは全て聞いていた。




   ※ ※ ※ ※ ※




「……アリシアぁ……ん~…………は?」


 翌朝、リドリーが目覚めるとリドリーはベイルを抱きしめ、ベイルはリドリーの胸に顔を埋めて眠っていた。


 リドリーは本能的な速度でベイルの顔面を思い切り膝蹴りし、みぞおちに右拳を入れて小屋のドアを突き破り森から出るまで吹っ飛ばした。


「何の音ですか~、あれ、ベイル様……ベイル様知りませんか?」


「誰だそれ」


 リドリーはアリシアの眠っている居間に飛び込み、アリシアの顔を自分の胸に埋めた。


「アリシア~何で勝手に出てくんだよぉ~!! アリシア分が足りなくなるだろぉ~!!!」


「んん!!? リドリーちゃ……息……出来な……」


「ベイル様あああ!!!」


「もう何すか朝から……穴開いてる……」


「どうしてもウチのドア壊したいのか? どうしても……」




   ※ ※ ※ ※ ※




 数分後、ベイルは責任を負わされてブツブツ言いながらもドアを瞬時に修復し、船に戻るために一行は小屋を出た。


「ニールさん、お世話になりました」


 アリシアはニールに深く頭を下げた。


 その顔は凜とした表情で、新たに決意を固めた自信を持つ顔だった。


「また来てください、暇だし」


「はい」


「こんな不幸しか呼ばねぇボロ小屋誰が来るか!!」


「ベイル様、今回の戦犯はアリシアさんなのでボロ小屋は関係ありませんよ」


「ボロは否定してくれないんだ……」


 一行はリドリーを新たに加えて船に戻っていき、森を後にした。

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