第11話 約束の地、約束の刀
4人が煙の上がる煙突の元に近付くと小さな小屋があり、その玄関前でレオキスは薪割りをしていた。
「何してんのお前」
レオキスが薪割りの斧を持つとかなり小さく見えるが、サイズは普通だ。
レオキスは片手で斧を持ち、器用に薪を割っていた。
「あ、アニキ……その人は?」
「アリシアの付きまとい……ん? 寄生虫か?」
ベイルがそう言った瞬間リドリーは思い切りベイルの背中を蹴り飛ばし、吹き飛ばされたベイルは小屋の玄関を突き破った。
「誰が寄生虫だ」
「怖ぇっすよ……」
「ってぇなヒス女が……ん?」
ベイルは目を開け前を向くと、1人の老いた男が立っていた。
腰が少し曲がり、口が見えづらいヒゲの量とツルツルの頭がベイルの目にまず入った。
「何だお前は、人ん家のドア壊して」
「誰だジジイ?」
「ベイル様!! 大丈夫ですか!?」
ラルフェウは半壊したドアを蹴り破り、家の中に駆け込んだ。
「何してんだワレコラぁぁぁ!!!」
「大丈夫ですかぁぁぁ!!?」
「人の話を聞けクソガキぃぃぃ!!!」
「黙れ老害」
「ええ!? こちとら被害者なんですけど!? 何だこの生意気なチビは!?」
「あと騒ぎすぎだろたかがドアぶつかっただけで」
「確かにそうですね」
「人の話聞けっつってんだろ耳ん中鉛玉でも詰まってんのか!! 何が、たかがドアぶつかっただけ、だよ弁償するか直せ!!」
※ ※ ※ ※ ※
その夜、なんだかんだ馴染んだ一行は男の小屋でくつろぎ、男は一行に白湯を配った。
(ドアはベイルとラルフェウがちゃんと直しました)
「……って湯じゃねぇか! お茶だろそこは!」
一行と男は部屋で真ん中で猪鍋を煮る囲炉裏を囲むように座っており、リドリーが倒したイノシシの肉をレオキスは捨てる事無く隅々まで使用し、森で採ったキノコ類と共に調理した。
「この辺に茶など無いし、湖の水美味いでしょ?」
「あの水飲めんの?」
「透明度すごかったでしょ?」
「しかし川と違って汚れが流れる訳ではないですし」
「沸かしてるから大丈夫大丈夫」
「水とか大して変わんねぇだろ、ましてジジイの老い舌じゃより分かんねぇだろうな熱っつ!!」
ベイルは喋りながら白湯を飲もうとわざわざ滝飲みにして、熱々のお湯がどういう訳か目玉に直にかかった。
「おい何を新しい単語作ってんだよ、水にだって良い悪いあるっつーの」
「なら色のついてる飲みモン出せよ、カレーとか」
「飲み物?」
「最悪味付いてりゃ歯磨き粉の水割りとかでいいや」
「えぇ……」
「……美味い」
「リドリーちゃんお湯の味分かるの?」
リドリーは自分に出された白湯を飲み干した後、アリシアのコップを手に取りわざわざアリシアが口を付けた所に口を付けて一気に飲み干した。
「700年飲まず食わずであそこいたから、染みる」
「700年!!!? 何で生きてるの……」
「養分さえもらえりゃね、自然族だし」
「腹ぶち抜かれて死なないのは異常ですよね……」
「ラルフェウ、今日のお前の出来事を思い出せ」
「はい、ぶち抜かれてますね」
「何なのお前ら……異常集団なの?」
「当たり前だろ」
「そういうことです」
「認めちゃうんすか……あ、鍋出来たっすよ」
レオキスがグツグツと煮える猪鍋の蓋を取った瞬間、ベイルは右手で中身を手掴みし、掴めるだけ掴んだ具を口に放り込んだ。
「肉美味ぇ!!!」
「汚ぇなてめぇ!!!」
「種類は変わりますがずっと鍋ですね……」
「はあ~~~」
「アリシアさんはいつも通り快楽の笑顔ですし」
「アリシア可愛すぎる……ってか何だこれ美味っ」
「すごいな君、家に住まないか?」
「おいジジイ! こいつは俺のシェフだこの野郎!!」
「えぇそんなに? 冗談なのに……」
「という訳でごちそうさん」
ベイルは猪鍋を飲むように食べ尽くし、ものすごく満足げな顔をしていた。
「お前ふざけてんのか! アリシアの可愛すぎる顔もっと見たかったのに!」
「知らねぇ~」
「殺す」
「リドリーちゃん落ち着いて! ちょっと残念だけど……」
「やっぱ殺す」
「アリシアさん、ただでさえ業火なのに油をまかないでください」
リドリーが本気でベイルに殺しにかかるのを、ラルフェウはリドリーの両肩を押さえて食い止めていた。
「ええ……ご、ごめん……」
「騒がしいな……」
「ZZZ」
「ここで寝んなよ……何でこの状況で寝れるんだよ命狙われてんのに」
※ ※ ※ ※ ※
その夜、かなり更けた頃。
一行は居間で各々の姿勢で眠っていたが、リドリーの下敷きになっているアリシアは目が覚め、脱け出して居間の隣の部屋に入った。
そこには僅かなロウソクの灯だけをつけ、刀をタオル越しに握り手を持ち、刃を手入れする男の姿があった。
「あ、あの……ニールさん……」
アリシアはものすごく真剣な表情で刀を手入れするニールの姿にしばし見とれていたが、気になって思わずニールに声をかけた。
「あ、起こしちゃいましたか?」
「いえ、何をどうしてもリドリーちゃんが絡み付いてきて一睡も出来てません……」
「ははは、それは災難ですね……どうぞ座ってください」
アリシアはニールと向かい合う位置に、ニールが差し出した座布団の上に座った。
「すいませんね、風呂が無くて」
「いえ、お構いなく……」
「いつもは濡らしたタオルで体を拭いてるので、汗とか気持ち悪いでしょう?」
「大丈夫です、そこまで気にしてませんから……」
「そうですか……あ、今日食べたイノシシですが、あれはこの辺りの主のイノシシでした」
「そうなんですか?」
「間違いない、ずっとここにいるから分かる……まさかあなたたちに狩られて人生を終えてしまうとは、夢にも思ってなかったでしょうね」
「……そうですね……」
アリシアは中々会話を広げられず、かといって眠れもしないので、とにかく目の前の話題について触れた。
「……それは、何をしてるんですか?」
「月に一度ほど、刀の手入れを行っています……もう50年近くしてますね」
「50年……え……ニールさんのですか?」
十分驚いてはいるが、リドリーの700年のインパクトが未だ残っているため大きな声は出なかった。
「ああいえいえ違います」
「じゃあ……誰かの形見とかですか?」
「……預かり物です、コーゴーの特等聖戦士のシキシマどのという方から」
「預かり物?」
「実のところ、僕も何故預けられたのか細かくは聞いてないんです」
「え?」
「50年前に突然ここを訪ねてこられて、これを預かってほしいと言われ……」
※ ※ ※ ※ ※
50年前の真夜中、吹き荒れる雨風の中。
若いニールの小屋に2メートル程ある男が訪ね、ニールはノックを聞いた途端に勢いよくドアを開けた。
「突然すみません、ここの住人の方ですか?」
「……はい」
必死な顔で飛び出した若かりし時のニールだが、男の顔を見てかなり残念がり、表情は暗くなった。
「実は折り入って話があるのですが……あ、俺はコーゴー本部特等聖戦士のシキシマ・アヤセと言います」
「……雨も強いですし、どうぞ中に……」
「いやここで、すぐ終わりますから……これなんですが……」
シキシマは布に包んだ刀をニールに見せた。
「……これは?」
「〝聖器〟です……〝伊弉冉三笠〟というのですが……」
「……だから、何なんですか」
「これを是非とも、あなたに預かっていてほしいのです」
「いや何を急に……それに、僕なんかが〝聖器〟なんてモノを持ったら死んでしまいますよ……」
「詳しいですね……大丈夫です、鞘は特注で作らせたモノなので持てますし、何でもいいので何か越しなら触れても問題ありません」
シキシマは半ば強引に、押し付けるように刀をニールに渡した。
「……どうして……僕なんですか……」
「人間界にはコーゴー支部が無いし、ここは人間界でも地図に載ってない小屋だったので、隠すにはもってこいだと思いました……いや、かなり深い森だ……目印が無くてはすぐに迷ってしまう……すみませんどこまでも自分勝手で……」
「……事情は、お話出来ないのでしょう……」
「はい、守秘義務があるので」
シキシマは理由を話すことはなかった。
それでもニールが見たシキシマの目は異常なくらいに真っ直ぐで、固い意思を秘めていた。
ニールは断れなかった。
シキシマの持つ強い意思を曲げられないこともあるが、生きる目的を見失いかけていた自分に降りかかった、目的なんだと思うことにした。
ニールは刀を強く握り締め、雨風などでは全く動じない強靱な肉体を持つシキシマの顔を見上げた。
「……承ります」
「ありがとうございます……取りに来るのに何十年かかるか分からないですが」
「構いません、何でもよかったので、何かにすがりたかった頃でした……こちらこそ、ありがとうございます」
※ ※ ※ ※ ※
現在に至る。
ニールは刀を鞘に収め、クローゼットの中に無用心に置いた。
預かった布は大切に扱っていたが、何十年も使用していたためにボロボロとなり、今では使っていない。
「これを預かった一月程前、僕は孤独になりました……何か習慣が欲しかった……じゃないと、自ら首を吊っていた」
「何があったんですか……」
「50数年前、レフレアの街で孤児だった僕をマルベス先生という方が助手と、幼いお孫さんと共に僕の前に現れ僕を拾ってくれて、この小屋に一緒に暮らしていました……マルベス先生は学者で、人間界の環境の調査をしていました」
「そうなんですか」
「というのはただの建前でした……」
「建前?」
「はい……先生の助手──コールド・プログは、ある日マルベス先生の所持していた重大な資料……内容は分かりませんが、それを盗んで〝ジェノサイド〟に向かっていったのです」
「〝ジェノサイド〟って何ですか?」
存在を知らない者がいるのかと驚くニールだが、言及せずに説明する。
「ジェノサイドとは、ガービウ・セトロイという男が筆頭となっている全世界最大の組織で、あらゆる世界の裏社会を牛耳ったり、果ては国一つの政治にすらも干渉する組織です──
──コールドはそのガービウ・セトロイとつながっていたのです、が、マルベス先生はそれを分かっていてコールドを助手に迎えたと言いました」
「どうして……」
「ジェノサイドの真の目的を探るためです……そして先生は、僕を置いてお孫さんと共にコールドを追っていきました……それから50年、一度も帰ってきていません」
「……そんな……」
「必ず戻ってきてくれると約束したのですが……あ、ありがとうございますアリシアさん、人と話すのは随分久しぶりだったのでつい長話を……」
「いえ、いいんです、私はあらゆることに無知なので知りたくて……今まで知れなかった色んな事を」
「……クルエルというと、王家ですが……何故彼らと行動を?」
これだけは聞いておこうと質問すると、アリシア暗い表情を浮かべ口を動かさない。
数十秒ほど間を置き、ようやく口を開いた。
「話すとすごく長くなるんですけど……まず──
──私は……妾の子らしいんです」




