第10話 知らない世界にいる、彼の恐怖に
マラクの深い傷は日光に当たると淡い緑色に光り出し、血が止まり、傷は徐々に修復されていった。
自然族は5つの一族の総称で、レオキスの〝コオリの一族〟の他に
──〝ヒの一族〟
──〝ミズの一族〟
──〝チの一族〟
そしてマラクは植物と共鳴し操ることの出来る、〝モリの一族〟である。
植物の生命エネルギーと共鳴し、身体機能を向上させて、普通ならば治療無しでは治らないような傷も自然治癒することが出来る。
(植物の生命エネルギーが最も大きくなるのは日光に当たっている際なので、日光に当たると自然治癒は加速し、働く力が光って見える)
「はぁ……はぁ……致命傷は避けられたようだ……」
ラルフェウは地面から突き上がってきた先の鋭利な木により、胴体の腹部に大きな穴を開けられ、口や鼻からも多量の血を吐き、気を失って身動きが取れないでいた。
「……嘘……キューちゃん……」
(何だよあの力……桁外れにも程がある……コーゴーってのはあんな化け物が何人もいるのか……)
アリシアはラルフェウの姿や、マラクの姿を見てただただ怯えていたが、リドリーは違っていた。
リドリーは闘値が見えない、まだその域に達していなかった。それでも感覚で分かる、同じ自然族としての次元の違い、踏んできた場数の違い、極限の中での命のやり取り……鳥肌や震えが収まらないまま立ちすくんでいた。
「……いくら魔人族とて、これでは死ぬだろう」
マラクはラルフェウが持っていて、地面に落とした剣を拾い、鞘に収めようとした瞬間に、ベイルが「おい」とマラクを呼び止めた。
「次はお前か」
「は? ラルフェウがやるっつってんだからやんねぇよバカ」
「何を言っている、そいつは死んだ」
「確認ぐらいしろよ、そんなんで死ぬ奴じゃねぇぞ」
ベイルのその言葉に呼応するかのようにラルフェウは目を覚まし、右手で木の先をもぎ取るように折り、左手で後ろ木を押さえて前に進み、血の水たまりのようになっている地面にうつぶせに落ちた。
「……何なんだこいつは……」
「かの〝魔人族最強〟の男が、唯一その素質を認めた魔人だ」
ラルフェウは深い呼吸を速く絶え間なくしながら、全く死んでいない眼差しをマラクに向けて、何とか立ち上がろうとしていた。
「んで、その魔人が自信を持って言った……ラルフェウは自分を超えるってな」
「ぎぃ……」
危機を感じたマラクは、即座に剣を握り、ラルフェウの首を刎ねようと振り下ろした。
剣は間違いなくラルフェウの首に直撃した。それは誰から見ても理解できていた。
剣は折れ、折れた刃はマラクの右足元の地面に突き刺さり、ラルフェウの首には傷1つついていなかった。
「つーか、そいつ俺の一部宿ってんだぞ?分かるだろ」
そしてラルフェウの右胸から全身に、紫色に光り出す強大なエネルギーが流れ、体外に放出していくオーラに、マラクは恐怖感を覚え、ジリジリと後退していった。
「──並みの致命傷で、そいつが死ぬ訳ねぇだろ」
ラルフェウの胴体の穴は完全に再生し、ゆっくりと立ち上がり、前に1歩踏みしめると同時に森全体に衝撃波が広がる。
それにより森中の鳥や獣が湖の近くから一斉に勢いよく逃げだし始めた。
「すみません油断してしまって……ちゃんと仕留めます」
ラルフェウは全身に満ち満ちた魔力を右拳に集結させた。
辺り一帯はラルフェウを中心に、強大な魔力のエネルギーが放つ衝撃波が吹き荒れ、木々は大きく揺れ、湖は大きく波打っていた。
「うぅ……うあ……」
「大丈夫だよアリシア、大丈夫……」
リドリーはアリシアが吹き飛ばされないように、アリシアの前に立って抱きしめ、庇っていた。
自身も立っているだけで精いっぱいにも関わらず、それでもアリシアを守るために、懸命にアリシアを庇っていた。
「っぐ……ぬああ!!!」
「はあっ!!!」
ラルフェウは最後の最後まで足掻いたマラクの顔面を、無慈悲に力強く殴り飛ばした。
殴り飛ばした際にブワッとより重く鋭い衝撃波が森全体に走り、何十本ものの木々がなぎ倒され、凄まじい轟音は地震のような揺れを引き起こした。
「はぁ……はぁ……」
ラルフェウはすぐに魔力を抑え、元の状態に戻った。
マラクはラルフェウの人並み外れた行動に目を奪われて頭が上手く働かず、防御も忘れその攻撃をもろにくらってしまった。
頭が潰れて、マラクはまもなく死んだ。
「……ラルフェウ」
「……ベイル様」
「てめぇ森壊すなっつったのにまあまあ壊しちゃってんじゃねぇよおいいい!!!!」
「大変申し訳ありませえええん!!!!」
「何だよ! 何を、なんかちょっと激戦繰り広げましたよ~的な無駄にインパクト強めの魔力!! 窮地から1発大逆転劇~とか!! さっさと終わらせろよ!!」
「すみません、しかし窮地という程窮地ではなかったですし……素の強さは向こうが勝っていたので致し方ないかと」
「甘えんなよもうちょい上手いことやれ!!」
「はあ……」
ベイルのざっくりした、本人は説教のつもりの愚痴みたいな言い訳みたいな何かにラルフェウも困惑の色を拭いきれなかった。
その後ラルフェウはアリシアとリドリーの元に近付く。
アリシアはまだラルフェウに少し怯え、リドリーはラルフェウを睨み付けてアリシアの前に立った。
「申し訳ありませんでした、軽くした方だったのですが、怖がらせてしまいました……」
「あれで軽くって、ふざけてんのか」
「いえ、決してそんなことは……」
「なら魔人ってのは全員あんななのか」
「それは違います……僕は人より魔力量が多くて、加減しても力を込めたらあれほど出てしまうんです」
〝魔人族〟──固有のエネルギーである《魔力》を体内に循環する種族。
《魔力》は主に身体機能の飛躍的向上が図れ、単純なパワーやスピードの上昇の他に、再生と称される程の驚異的な治癒力も生まれながらに持ち合わせている。
その代償として、魔力は常に体内に循環させなくては死に至るが、魔力によって体に負荷がかかり、平均寿命は30年~40年とされている。
しかし2000年前から1000年前まで全世界を巻き込んで起こった巨大な戦争──〝千年戦争〟により、魔人族の世界である〝ヘルアンドヘブン〟は生き物の住める世界では無くなり、事実上魔人族は滅んだ事になっている──
「……キュー……ちゃん……」
アリシアは目を合わせられないまま、ラルフェウに勇気を振り絞って話しかけた。
「はい」
「……キューちゃん、は……私の……味方なの?」
「ええ、少なくとも今は味方です」
「今はって事は、敵にも……なり得るんだよね……」
「それはアリシアさん次第です、僕は無条件で味方になろうと思えるほどアリシアさんを知らないですし、アリシアさんはまだ、僕らに自分は信頼出来る存在だと認識させていません」
「……そう……だよね……」
「まあ、ずっと味方でいてほしいなら、今の状況下に甘んじて〝物〟になれば良いと思います、その方が安全な場合もありますし……しかし、それはアリシアさんの気持ち次第です」
「私……の?」
「人は自分から動かないと変われない生き物です、殻を破るのも、アリシアさんの自由です……自分が信じられるモノを、信じ抜く覚悟のある道を、アリシアさん自身の手で決めてください……その先に僕がいるかはアリシアさん次第です」
「──」
ラルフェウの言葉はいつも、アリシアの胸を打つものばかりだった、今回もまたそうだった。
だが、今までとは違う……誰かは見つけてくれない、自分自身で決めなくてはいけない事を、愚かにもラルフェウに問うてしまい、ラルフェウはそれに丁寧に答えてくれた。
胸を打つ感覚は似たようなモノなのに、アリシアは黙り込んでしまった。それだけ、自分には足りないものだらけなんだと、改めて知らしめられた。
※ ※ ※ ※ ※
それからベイルはレオキスを水に沈めて起こした。レオキス曰く、人生で2、3番目に命の危険を感じたそうだ。
一行は散り散りになって食料を採取するつもりだったはずが、レオキスは1人で森に入り、ベイルは逆方向に向かう。
ラルフェウはベイルに着いていき、アリシアはラルフェウに着いていき、リドリーはアリシアに着いていくという連鎖が起こった。
少し涙目だったレオキスの顔は誰も見てなどいなかった。
※ ※ ※ ※ ※
さっきのラルフェウの戦闘と、リドリーのアリシア以外に向ける嫌悪感のせいで微妙な空気になり、誰も喋らないまま特に何かを採取もせず、すごく気まずい散歩をしている状況となった。
そんな中で4人の前から巨大なイノシシが突っ走ってきた。
熊ほどの大きさながら、猪突猛進さながらに4人に向かって普通のイノシシよりも速い速度で突進してくる。
ラルフェウが対応しにかかったが、リドリーが前に出て右脚で真っ向から迎え撃って蹴り飛ばす。
イノシシは木々をなぎ倒しながら吹っ飛び、完全に伸びた。
「何でお前がわざわざ」
「アリシアを安心させるため、あんなのに任せてたらいつかアリシアが傷付く」
リドリーはラルフェウを見てその言葉をラルフェウに吐き捨てた。
ラルフェウはそれを聞き、アリシアの怯えや恐怖感を含んだ視線を見て、やや俯いた。
果たして自分の行動は正しかったのか、アリシアに投げかけた言葉は必要だったのか、ラルフェウは悩んでいた。
「今日は猪鍋じゃああああ!!!」
4人に漂う嫌な雰囲気を払拭せんと、ベイルがリドリーが倒したイノシシの角を右手で持ち、振り回して3人の周りを、子供みたいに走り回っていた。
「また鍋ですか」
「いいだろ別に、レオキスんトコ行くぞ~」
「……はい」
ベイルはイノシシの角を持って引きずりながら歩き、一行は湖の場所まで戻ってレオキスがむかった方へと向かっていった。
「気配はこちらなのですが……」
「……あ」
アリシアがふいに上の方を見ると、煙が立つ煙突があった。
「何故に家が」
「絶対何かあるじゃねぇか……」




