3 帰れないんです
ぐぅぅう。
変な音がする。
あ、私のお腹の音かも……お腹すいたよぉ。
「ん……」
私の声が聞こえる。
ああ、やっぱり全部夢だったんだ。異世界にいる事を夢じゃないって思い込んでるというややこしい悪夢だったんだねー。良かった。
ほら、ふかふかのお布団に寝ているもの。ここは日本の私の部屋なんだ……。
「引越し先決まってなかったよね?」
我に返って、私はムクリと起き上がった。
それに、普段寝袋だし!
もし日本なら誘拐の可能性。
異世界なら……あれっ、異世界でも誘拐の可能性?
「ううん、違うよね。確か声がして……」
男の人が複数いた気がする。
私、ほぼ裸だったのに!?
かあっと顔が火照るのがわかった。
改めて自分の体を確認すると、シンプルなシルクのガウンを着せられている。たくましい腕は綺麗になっていて、血は残っていなかった。
このたくましさ、やっぱり異世界にいるのが現実だね。
そろそろと周りを見渡すと、部屋もシンプルな感じで、家具も生活感もなく普段は使われていないお部屋って感じだった。
でも、けっこう広いし、壁の絵画は高そう……。お金持ちのお家なのかな。
フワッとした絨毯に裸足のまま降りて、浴室とトイレがありそうな小部屋に進んだ。
思った通り、鏡があった。そこには、まるで別人が写っていた。
「ええええ? これが……私? えええー」
別人の顔が、思った通りに表情を変えるのが面白くて、ついつい百面相をしてしまった。
筋肉隆々の体に見合う、いかついとも言えるような顔立ちの女性がそこに立っていた。
黒い目と黒髪だけが、私の面影を残している。
「うふふ、強そう!」
私はニコッと笑った。
心から楽しくて微笑んだけど、きっと誰も見惚れたりしないし、「俺に微笑みかけて誘惑した」と詰め寄ってきたりもしないだろう。むしろ怖がられちゃうかもしれない、迫力のある笑顔だもん。
すごい、これってやっぱり戦の神様の加護のおかげなのかな? 顔だけでも腕っ節が強そうだけど!
さっきの動物に襲われた時の異常な力といい……体が丈夫って言うレベルじゃないよね。
「なんとか、生きていけそうかも」
私は嬉しくなって、鏡の中の自分にまたニッコリ微笑んだ。
「おーい」
「はーい?」
「あんたナルシストなの? 鏡に夢中で、俺が何度もノックしたの聞こえてなかっただろ」
振り向くと部屋の入り口に、赤髪の、人間に見える男性が立っていた。
ツンツン立ててある赤い短髪。少しキツく見える整った顔立ちだけど、面白い昆虫でも発見したような表情でこっちを見ている……私が昆虫的立場なんだよね、きっと。
「あの、私を助けてくださったのですよね? ありがとうございます」
深々と礼をする。記憶にある声の主だと思ったから……違っても、このお部屋の関係者だろうしお礼言っておいて損はないよね。
「!? ぶっ……ククッ、俺の主人の指示だったからさ、お礼は向こうに言ってくれ」
吹き出して笑われちゃった。異世界では私って面白い存在なのかな?
「あんた、見た目に似合わない声と態度だよなぁ。どこのお姫様かと思ったぜ、ブフッ」
自分で言って、笑ってるし! 私、馬鹿にされてる? それとも褒められてるんだろうか。
「ありがとうございます?」
小首を傾げて、一応お姫様って言葉にお礼を言ってみたら、爆笑されちゃった。むう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
渡された服に着替えて、扉の外で待っていてくれた赤髪の青年に案内されて、彼のご主人が待っている部屋に向かう。
肌触りのいいシンプルな服は、サイズがぴったりだった。ほぼ裸の状態からさっきのガウンに着替えさせてくれたのって、誰なんだろう。恥ずかしくて考えたくないけど、でもきっとその人が用意してくれたんだよね、この服も。
私の今の体は、全体的に筋肉でガッチリしていて、胸まで筋肉になってるみたいだった。自分で見てもあんまり女性らしさを感じない。だからってわけじゃないけど、裸の件はもう気にしなくてもいいかな。ここは日本じゃないし、また獣に襲われて死んじゃってたかもしれない事を思えば些事だよね!
「カミュー、連れてきたぜ」
適当なノックをして、赤髪の青年は豪華なドアを開けた。
「失礼致します」
私はまた深くお辞儀をしてから、部屋に入った。
案内された部屋は、豪華な調度品に囲まれた応接室のようだった。
頭を上げた私の視界には、二人の男性が見える。
一人は立っていて、まっすぐこちらを見つめてくる。少し長めの茶髪の、真面目そうな、整った顔立ちの青年だ。赤髪の青年とはタイプが違うって印象を受ける。
もう一名は、椅子に座ってこちらを感情のない瞳で探るような視線を向けてきている、美人さん。男性だなってわかるんだけど、中性的にも見える、美しい造形をしている。流れるようなサラサラツヤツヤの長い金髪は後ろで一つにまとめられている。
これだけすごい美形だと、さぞかし大変だろうなぁ。色々。
「……ジュノ・オウサカと申します。この度は気を失っていた私を助けて頂きありがとうございました」
誰も何も言わなかったので、私から挨拶することにした。みんな洋風ぽい顔立ちだし、逢坂樹乃って言うよりしっくりくるかと思ってのジュノ・オウサカ。
「カミュー・ミルドゲルン・フォン・リセラウムだ。ジュノはこの国のものではないのか?」
うわぁ、美人さんはお名前が長い。偉い人なんだよね、多分。声も凄くカリスマ性がありそうな、素敵な声で、やっぱり色々大変そうな気がする。この世界にストーカーがいるならば、常時数名にストーキングされてそう……かわいそう。
「はい、私はこの国の出身ではありません。気がつくと見知らぬ場所におりましたので、帰る方法も帰る場所もわかりません」
帰れって追い出されても困るの。
「ふむ……何か事情があるのか? そこにいるミハエルか、ここに立っているテオに相談してみるといい。あとはまあ……かた苦しくしなくていいぞ。俺も普段は適当なんでね」
カミュー様はニヤッと笑いかけてきた。
案外気さくな人なのかな?
「ご親切に、ありがとうございます」
私もニッコリ笑い返した。
「え……」
茶髪のテオさんが驚いた顔でこちらを見ている。
「ほう?」
カミュー様も少し戸惑っているような表情だ。
「ぶくく……!」
ミハエルさんは、私の後ろで笑っているみたい。
失礼な気もするけど、でも悪意はないみたいだし。私としては、すごく新鮮な反応でなんだか嬉しくなっちゃった。
自然体に振舞って大丈夫だなんて、異世界って楽しいかも!




