ボケとツッコミの社会問題会議 ・超機械化時代の社会編
とあるマンションの自治会室。その場所にいまいち統一性のない人々が集まっていた。ただし、それには一応の理由がある。彼らはテーマとした社会問題に対して、少しでも面白くする為に、できる限り“ボケとツッコミ”を交えて議論しようという試みの為に集まっているのだが、様々な立場の人がいた方が、様々な角度からの意見が期待できるのだ。
(ま、今、考えたのですがね)
未だにどんな縁で知り合ったのかは分からないが、あるネット・コミュニティのメンバーである彼らは、それぞれ個性的な人間ばかり。その中の一人、久谷かえでが口を開いた。
「皆さん、お久しぶりです。
すっかり忘れ去られたかに思われていたこのシリーズですが、どうやら書き手が思い出したようで、なんと復活しやがりました!
因みに、このシリーズ。実は一品ほど、あまりに似たようなネタになってしまった事に嫌気が差して、未完のまま放置されている作品があったりなかったりする模様ですが、恐らくは永遠にお蔵入りでしょう! 今回はそうならない事を期待しています!(ならずに済んだみたいです)」
彼女は主にボケで、司会のよーなそうでないよーな役回りで、調整役っぽい事もする淡々とした感じのクールな女性。それに長谷川沙世がこう問いかけた。
「どうしていきなり復活したの? 誰からも望まれていないでしょう? このシリーズ」
……そこまで言いますか。
因みに、彼女は主にツッコミですが、天然ボケでもあります。
「書きたいネタが見つかったからみたいですよ。エッセイで書くのも味気ないので、何かひねってやりたくなったところで、このシリーズを思い出した、と。
どうやらそんな感じみたいです」
久谷がそう応えると、今度は立石望が口を開いた。
「と言うか、無理しないで初めからそうしていれば良かったのじゃないの?
そもそも作品に落とせるまでテーマの内容を理解しないと書けないんだから、このシリーズ。難易度高いのよ」
(本当に高いんですよ?)
彼女はボケ志向だけども、責任感の強さからツッコミに回りがち。この会議の議長でもあったりする。
「だな。分かり易く書くのは、難しいのが普通だ」
と、それに返したのは火田修平という男。彼はボケもツッコミもするけども、解説役がメインかも。で、やや過激な論調が目立つ。
(……繰り返しますが、本当に、難しいんですよ?)
「まぁ、間を空けると、キャラの感じとか文体とか色々忘れるからって事情もあるのじゃないかと思いますけどね。
因みに、だから、今も昔に書いたのを見ながら書いているらしいです、書き手」
そう言う久谷に「ぶっちゃけてきたわね」と沙世がツッコミを入れる。その後で、
「で、その書きたいネタってのは、何なのですかね?」
と、そこでそう訊いたのは村上アキだった。ボケもツッコミも程よくこなす解説役で、火田と違って温厚です。で、沙世が好き。
「ロボットや人工知能、またインターネットを絡めたIoTや3Dプリンタなど…… 言わば超機械化時代の到来ですが(因みに、世間的には第4次産業革命なんぞと言われているらしいですが、ここでは超機械時代と呼びます)。それらの応用で、これから先、社会がどう影響を受けるのか、それらをざっくりと扱ってみたかったみたいですね。SFっぽい思考実験も含めて」
そう久谷が答えると、「なんか、随分と漠然としていない?」と訝しげな表情で立石が言った。
呆れた感じで火田が続ける。
「“勉強した事を忘れない内に書いておこう”って腹が見え見えだな」
すると、それにやや困った感じで「まぁ、普通の小説じゃテーマにし難い部分をさらいたいって意図もあるのじゃないですかね?」とアキがフォローをいれた。
「普通の小説でざっくり全体を扱おうとすると、テーマがぼやけてしまって軸がなくなりそうだしな」
と、そこでそう更にフォローを追加したのは塚原孝枝という女性。大人っぽい人(と言うか、本当に大人です)で、落ち着いた雰囲気がある。どちらかと言えばツッコミだけれど、主には解説役。
「いや、議論小説でも、それだとテーマがぼやけて軸がなくなりそうなんだけど……」
と、そこで漏らすように立石が言う。その後でこう続けた。
「でも、ま、とにかく、各々が発言して軽いメンバー紹介も終わった感じみたいだから、そろそろ始めましょうよ」
「そうですね」とそれに久谷。
「じゃ、久谷、オープニングお願い」と立石が言うと、「はい」と久谷は頷く。そして口を開いた。
「超高齢社会を迎え、人手不足が懸念される昨今の日本社会。そんな状況下で、“救世主だ”と言わんばかりの勢いで、ロボットや人工知能といった夢の未来技術の数々がようやくここ最近、現実になろうとしています! やって来ました超機械時代!
ところがどっこい、その一方でそれらを受け入れる社会体制も文化も知識まったく整っていないのが現状……
果たして我々は、それらをどう受け入れ、どう付き合い、どう向き合っていけば良いのでしょうか?
さぁ、議論してもらいましょう!」
が、それを言い終えるなり、こんな声が室内に響いたのだった。
「ちょっと待ったぁぁ!」
それに立石が反応する。
「なんてことなの? 懐かしの“ちょっと待ったコール”ですって? 今の時代に、分かる人がいるのかしら? とんね○ずのレギュラーもなくなろうかってこの時代に。ま、いいわ。とにかく、先に進めましょう」
「進めないでよ!」
と、また声。
立石は続ける。
「ここは無難に、村上君辺りから、意見を言っていってもらうってのはどうかしら?」
「ちょっと、無視しないでよ!」
と、また声。
「あ、塚原さんからってのもアリだと思うな」
「だから!」
と、またまた声。
その流れを受けて沙世がツッコミをする。
「そろそろ、ちゃんと反応してあげましょうよ、立石」
そしてその言葉で皆が、出入り口付近に立っている彼女に注目をした。
そう。彼女。卜部サチ。
ボケ担当で、ヒール役で、掻き混ぜ要員な女性です。
「久しぶりの復活なのに、あたしを参加させないってのはどういう了見よ?」
淡々とそれに立石が返す。
「久しぶり、だからこそでしょうよ。あんたの存在は混乱を招くから議論を進めるのが難しくなるのよ。ハードルを下げたかったのに…… まったく」
「ま、来ちゃったものは仕方ないのじゃないか? 取り敢えず、始めよう」
と、そこで塚原が大人の意見。
「そうでしょう。そうでしょう」と言いながら卜部は当然のように席に着く。
「許可出してないのに、座らないでよ」
なんて立石は言ったけれど、それを咎める気はないようだった。
「じゃ、ま、今度こそ始めましょうか」
そしてそう続ける。
が、そこでまた声が聞こえたのだった。
「待ってー、待ってー」
ドアの外から。
「この声は……」
と、一同が口を揃えて言う。立石は頭に手をやった。
「また、問題児じゃない。ある意味、卜部より厄介だわ」
「開けてー、開けて―」
と、そこにドアの外の声が重なる。なんだか泣き出しそうな勢い。
「鍵なんてかかってないんだから、さっさと自分で入って来なさいな!」
それに立石がツッコミを入れた。
そしてその一呼吸の間の後に、“キィ”とドアが開く音が。そこから顔を出したのは、なんだかひょうきんそうな顔の男だった。
「良かったー。僕だけ忘れられたのかと思っていましたよ」
なんて言って彼は部屋に入って来る。
「忘れていた訳じゃないのよ、ソゲキ君」と、その彼に向けて沙世が言った。そして、
「できれば忘れておきたかったわ」
と立石が続ける。
彼の名前は園田タケシ。通称ソゲキ。おっちょこちょいなお調子者で、よくカオスなボケをかます。
議論自体には、ほぼ役に立ちません。むしろ議論が長引く感じ。
「ま、来ちゃったものは仕方ないのじゃないか?」
と、そこで塚原がまた大人の意見。
「そうでしょう。そうでしょう」と言いながらソゲキも当然のように席に着いた。「あんたも勝手に座るし」と、それに立石が。
「いつも通りグダグダなオープニングになったが、取り敢えず、議論を始めるか」
と、それを受けて火田が言った。アキが困ったような感じで言う。
「このグダグダ感懐かしいですよね」
うんうんと頷きながら「なんかボケとツッコミの~ って感じがするわよね」なんてそれに沙世が続ける。
「とにかく、始めようや」と火田が言う。そこで卜部が口を開いた。
「始めるなら、ちょっと言わせてもらっていいかしら?」
立石がそれを聞いて物凄く嫌そうな表情を浮かべた。
「何よ、あんた。早速、なんか厄介なことを言うつもり?」
「違うわよ! むしろ逆! 厄介者扱いするから、しっかり役に立ってやろうって思って発言したの」
「へー」と、寒い感じに立石は返す。構わず卜部は続けた。
「そもそも、ここで言っている“超機械化時代”って何なの?」
その後で胸を張って卜部は言った。
「どう? この議論を始め易くする導入部の見事な質問! 役に立っているでしょう?ってなもんよ!」
「いや、それくらい沙世がやろうとしていたわよ、きっと」
と、立石が言うと沙世は「ははは」と笑った。どうもやろうとしていたみたい。
「そういうの良いから。とにかく、何なのか教えてよ」
「何なのって、そりゃ…… ロボットとか人工知能とか3Dプリンタとか」
それに軽く頷き卜部は言う。
「うん。そういう雰囲気は分かる。でも、具体的にはどーなのよ? 例えば、最後の3Dプリンタって別に機械が人間みたいに考えるとかじゃないわよね?」
それには塚原が答えた。
「まぁ、そもそも明確な定義はないよ。敢えて言うなら、これまで機械じゃできなくて人間ならではの仕事だと思われていたある種のタイプの仕事が、機械にも出来るになった…… しかも、人間の能力を遥かに超えて出来るようになった… って感じじゃないか?」
それを聞いて「さっきの3Dプリンタは、どうなるの?」と卜部が質問する。答えたのはアキだった。
「人間にしかできないと思われていた金型作りが、3Dプリンタを利用すれば機械にもできるようになった……
って、意味じゃ塚原さんの言った定義でも当て嵌るね。もっとも、それだけじゃないけどさ」
「……金型ってなんです?」
と、質問したのはソゲキだった。それには火田が答える。
「工場なんかで部品を精密かつ大量に作る為の型の事だよ。この分野は日本が得意だと言われていた訳だが、3Dプリンタの登場で暗雲が立ち込めているな」
「え? それってピンチじゃないんですか?」
「多分、ピンチだな」
「対策は?」
「俺もそれほど詳しくはないが、取っているって話はあまり聞かない。まぁ、これはこの話に限ったことじゃなくて、超機械化時代の新技術活用を、日本は他の国ほど積極的に行おうとしているようには思えないんだよ。
もちろん、民間レベルでは危機感を持っている人も多いようなんだが、少なくとも国はかなーり呑気だと言わざるを得ない。これが面倒だとか、仕事量が増えるとか、新しいことをやり始める勇気がないとか、その程度の理由だったならまだマシなんだが、どうもそうじゃなさそうなんだな」
「と、いいますと?」
「ぶっちゃけ、利権の確保だよ。天下り先とか、業界に対する影響力とかを保持しておく為には、新しい技術を活かすのに必要な規制緩和をやりたくない。
要するに、政治家や官僚の皆さんは日本社会全体のことよりも、自分達の欲求を満たすことにご執心って訳だ。
分かり易いのは“車の自動ブレーキ”だろうな。高齢者ドライバーの運転ミスによる死亡事故が多発しまくっているのに普及を積極的に後押ししようとはしてこなかった。自動ブレーキを導入すると、事故が60%も抑えられるってなデータがあるにもかかわらず、だ。もっとも、今は自動ブレーキの義務化を検討しているみたいだがな。
因みに、自動ブレーキの技術を世界に先駆けて開発したのは日本だったらしい。が、それを官僚が潰し、いつの間にか欧米に追い抜かれてしまったってな経緯があるんだとか」
そこでその会話を卜部が止めた。
「ちょいちょいちょい。話題がズレてない? 元はこのあたしが言った “超機械化時代”って何なの? って話題だったでしょう!?」
それに立石が頷く。
「うん。あんたが言ったかどうかはどーでもいいけど、確かにそんな話題だったわ。それに、そーいう話は最後の締めにこそ相応しい話題だから、控えてほしいし」
それに「ぶっちゃけるわね、立石も」と、困ったような笑顔で沙世がツッコミを入れた。その後で仕切り直すようにアキが口を開く。
「ま、これからの時代の機械技術に“これ”っていうようなものは存在しないと思うよ。“様々な技術の組み合わせでとんでもない事ができそーだ”ってのが渦巻いている感じって、曖昧に表現するのが正解じゃないかと僕は思う」
「例えば?」とそれに沙世。
「例えば、さっきの3Dプリンタだけど、インターネットと組み合わせると今までは考えられなかったような事ができるようになるんだよ。
仮に、ある人が素晴らしい形状の部品を考え出したとしよう。それを欲しいと思った人はわざわざその部品を送ってもらう必要はないんだ。そのデータをネットを介して送ってもらって、3Dプリンタで作ってしまえばそれだけで手に入れられる。もちろん、既に生産が終わっていて、従来では手に入れられなかったはずの部品も同じ方法で作り出せるね。今までは諦めるしかなかったけど」
それを聞いて卜部がポンと手を叩いた。
「ああ! なる! ろくでなし子のアレとかね!」
「それは部品じゃないから!」と、それにアキがツッコミを入れる(ある意味、部品だけど)。妙に納得した様子で久谷が言った。
「うんうん。珍しく下ネタが出ましたね。“芸術的な価値”があります」
もちろん、かなり含みを持たせた言い方で。
「被せてくるわね、久谷さん」と、それに沙世が。ソゲキが目をキラキラとさせながら質問する。
「今のがどうして下ネタなんですかぁ?」
「それはですね……」と、それを説明をしようとした久谷を「説明しない!」と沙世が止めた。その後で立石がこう続ける。
「3Dプリンタとインターネットの組み合わせが凄いのは分かったけど、なんかいまいちSF感が足りないのよね」
「いや、SF感って重要なの?」と、それに沙世。ところが、そこにアキがこう返すのだった。
「じゃ、こんな想像はどう? 3Dプリンタで作成する物の造形を、人工知能が勝手に考え出してしまう。そして、それをネットを通じて世界中に拡散したり。でもって、それが問題のある物だったり…… とか」
「それ、今の話の流れだと、なんとなく卑猥な物に聞こえるな……」
と、それに火田が。
塚原が言った。
「その話題、まだ続くのか?」
そこで間髪入れずにソゲキが質問をする。
「今のが、どうして、卑猥になるんですかぁ?」
「はい、これ、無視でいくわよ」と、それに立石。するとその後で塚原が言った。
「まぁ、人工知能が生み出した訳じゃないが、3Dプリンタに取り込めば、銃を作り出せるデータをネット上に公開してしまったってな事件が実際にあったな。原理的に言えば、もっと強力な武器のデータだって送信できるだろう」
それに卜部が頷いた。
「ああ、ある意味武器ですもんねー、ろくでなし子のあのデータは」
「その話題は、もういい!」と、それに立石がツッコミを入れ、
「どうして、ある意味、武器になるんですかぁ?」と、ソゲキが続ける。
「ソゲキ君…… 実は分かってて言っているでしょう?」
そしてそれに沙世がそうツッコミを入れた。その後で、何事もなかったかのように火田が口を開く。
「取り敢えず、今までの話からでも今騒がれている社会の“機械化”には少なくとも二つのキーワードがある事が分かるな」
妙に真面目な口調で。
「この流れでそう真面目に語られると、それもボケに思えるのよね……」
と、それを受けて立石が。
気にしないぞって感じで「そのキーワードって何ですか?」と、アキが尋ねると火田はこう返す。
「“データ化”と、“機械による自動作業化”だよ。
データ化できれば、極めて低コストでほぼ無尽蔵に複製が可能で、しかもそれを世界中に瞬時に送信できる。更にそのデータを用いて機械に自動作業させてしまえば、人間は労力なしで様々な生産物を得られる事になる」
うん、と頷くと塚原がそれに続けた。
「その代表例はデジタルカメラだろうな。画像がデータとして扱えるようになったお陰で、今火田が言ったような事が実際にできるようになった。今や世界中の人間がスマートフォンやデジタルカメラで写真を撮り、それを複製してインターネットを介して世界中に送信している。結果として従来では考えらなかった規模の膨大な量の画像が世の中に氾濫する事になった」
それを聞くとソゲキが言った。
「それは夢のある話ですね!」
「そうか?」と塚原はそれに淡白に返すとこう続けた。
「だが、その影響でフィルム技術は廃れ、多くの失業者を生み出す事になったんだぞ? デジタル技術の労働者の数は、フィルム技術よりも少なく済むんだ。しかも、圧倒的に」
その言葉に久谷が反応する。
「おっ! 上手い具合に繋がりましたね。社会の機械化と言えば、それによって生まれる失業問題ですよ。果たして、それは本当に問題なのか否か。興味深いですね」
アキが続けた。
「うん、まぁ、定番だよね。ただ、この問題は見かけほど単純じゃないんだよ。さっきのデジタルカメラの例だと、確かにフィルム技術は廃れて失業者を生み出す事になった訳だけど、その代わりに登場した新たなインフラ…… インターネット環境なんかの整備に労働力は使われているのだから、世の中全体を考えるのなら実は失業者を生み出してはいないのじゃないか?ってな、反論があるんだ。
もっとも、設備投資は初期にだけ多くの労働力が必要ってのが普通だから、長期的にはやっぱり失業者を生み出しているかもしれないけど」
そうアキが言い終えると、火田が言った。
「ちょっと待ってくれ。その辺りの話で、言っておきたい事がある。
それに関連しての話題で、重要であるにもかかわらず、世間ではそれほど騒がれていないある“現象”があるんだよ」
「“現象”と来ましたか!」
なんて、何故かそれにソゲキが喜ぶ。
「なんで喜んでるんだ、お前は? まぁ、いいけど。
説明するぞ?
データの複製が極めて安価で行える所為で、データ化可能な商品と、それ以外の商品との間に著しい生産量の差が生まれる事になる」
「どういう事です?」と、それに沙世。
「例えば、芸術作品とも評される非常に高品質の農作物があるだろう?」
ソゲキがまた喜ぶ。
「ありますねぇ…… 一個、うん万円のイチゴとか。是非とも、一度で良いから食べてみたいですが」
「うん。が、それを3Dプリンタで作り出そうとしても無理だろう?」
「無理でしょうねぇ…… もし、できたらド○えもんの世界ですよ」
「しかしだ。これが芸術作品なら可能なんだよ。すると、“この作品のデータを売ります”なんて感じでそれをネット上で販売できる訳だ。仮にそれが一つ十円でも、世界中に売れるのなら充分な稼ぎになるかもしれない。一億売れれば十億円だからな」
その火田の説明にソゲキは目を細めて、恍惚とした表情を浮かべた。
「それは素晴らしい話ですねぇ」
火田はそれを無視して続けた。
「農作物の場合は、高いと言っても一個でうん万円程度。しかし、データ化できるなら、それが一気に億レベルにまでいく。つまり、同じ様に価値のある商品でも、データ化できるかどうかでその収入に天文学的な差が生じてしまうわけだ。これは充分に“不平等”として世の中で取り上げられるべき話題だと俺は思う。
どんな結論になるかは分からないけどな」
卜部がそれを聞いて言った。
「なるほど。どっちがおいしい商売かは一目瞭然だものね。一億稼げるのなら、あたしも肉体のある部位のデータを芸術作品だと言い張って売りたいもの(※注意 ろくでなし子さんは売った訳ではありません)」
立石がその発言に頭を抱える。
「また、その話題?」
しかし、その後で
「でも、もし3Dプリンタが一般家庭にも普及したら、そんな商売が裏で本当に誕生しそうで怖いわ。AV女優のです… とかなんとかいって。いや、もしかしたら既に探せばあるかもしれないわね」
なんて彼女は続けるのだった。
(あるんですかね?)
「なんか……、SF的な話のはずなのに、まったくそれっぽく聞こえない、なんか…」
と、それを聞いて沙世が呟くように言う。
「ま、エロの力は馬鹿にできないがな。ビデオデッキを普及させた原動力は、エロだとも言われているし……」
そう続けたのは塚原。妙な間が流れる。ところが会話が途切れてしまったそんなところで不意に、
「あっ! 思い付いちゃいましたよ!」
なんてソゲキが突然、口を開いたのだった。
「なんか、物凄く無視したいのだけど……」と立石が言うといかにも自信満々な感じでソゲキは返す。
「安心してください! 皆さんが大喜びするような話です!」
その発言を聞いてやや呆れたように表情を歪ませると、火田が言った。
「既に駄目な予感しかしないがな、一応言ってみろよ、ソゲキ」
すると、ハキハキとしながら嬉しそうにソゲキは語る。
「データで販売できる商品なら大金を稼げるんでしょう? という事は、この、今、僕らがしている会議だって販売できるって事ですよ! こいつぁ大チャンスですよぉぉ! 売って大儲けです!
金持ちの未来が見えましたね!」
やっぱり自信満々に。そしてその後で、変な白い空気が流れたのだった。
「予感通りでしたね」
と、うんと頷いてから久谷。
「ある意味、自虐ネタかも」
と、アキが続ける。
その皆の反応に、ソゲキはどうも納得がいかないよう。
「ホワッツ? どうしてです? 皆さん! だってデータを販売すれば、大儲けができるんでしょう?」
それに立石がツッコミを入れた。
「こんなグダグダの会議小説が売れる訳ないでしょーが! 0円だってアクセス数少ないのに! 1円でも値段をつけたら、下手したら読者0になるわよ!」
それにソゲキは「なんですってぇ!」とそう返す。
なんでか衝撃を受けているみたい。
「いや、でも、やってみないと分からないじゃないですか! どうして始める前から諦めているんですか!? 勇気を持ちましょうよ!」
「無謀と勇気を履き違えるな」
と淡々とそれに火田。
「夢くらい持っても良いじゃないですか!」
「夢と願望を一緒にするな」
とやっぱり淡々とそれに火田。
「諦めたらそこでゲームオーバーですよ! 安○先生もそう言っています!」
「初めからゲームオーバーなのよ。あんた以外はみんな分かっているわよ?」
と、今度は立石が返す。
それに卜部が頷く。
「ええ、そうよ。分かっているわ。でも、あたしが本気の女子力を発揮すればいけるかもしれないけどね」
「分かってないのがまだいた!」と、そう立石。頭を抱える。
「ホラ、卜部さんもこう言っています!」
なんてソゲキは喜ぶ。
「こいつがこう言ったから、どーしたぁ?」
ガッデム! って感じで叫ぶ立石。
「ええい! これ以上、こんな不毛な議論(?)はしたくないのよ、わたしは! 誰かこいつらを止めて!」
ところがどっこい、そこで火田がこんな事を言うのだった。
「まぁ、待て。いつも通りのグダグダだが、それでも不毛って訳じゃないかもしれないぞ?」
「こんな会話で、何か生えるんですか?」
と、それに沙世。
「草しか生えないわよ!」と立石が続けた。ところが火田はそれにこう返すのだった。
「いや、お陰で問題提起に繋げられた。データならば、極めて低コストで広範囲に販売ができる。が、それでも実際に利益を得られるのは一握りに過ぎない。ソゲキはその点を理解していないんだな」
それを聞いてアキが「なるほど。正のフィードバックですか」と言った。
「正のフィードバックって?」
と沙世がそう訊く。
「多分、前にも話したと思うけど、結果が原因を更に強める作用の事だね。商品が売れて話題になる。すると、それによって有名になって更に売れる。以後はこれを繰り返して一気に人気が爆発する…… みたいな現象の事だよ」
火田が頷く。
「そう。だから、同じ様にデータで商品を販売したとしても雲泥の差ができるんだよ。ほとんど0円って商品もあれば、数億円って規模の額を稼ぐ商品もある。仮に品質に差がなくてもな。これは自然に起きる現象で、ネットの普及によって更に激しくなった。“勝者総取り”なんて表現で言われてもいるがな。
もちろん、ある程度は仕方ないとしても、いくらなんでも差があり過ぎる。これをどう扱えば良いのか。社会はまったく答えを持っていない状態だと言わざるを得ないな」
そこに塚原が「ま、そもそもそういった問題があると認識している人もほとんどいないだろうし」と続ける。
が、そこで卜部がまるで抗議をするようにこう言うのだった。
「でも、それって間違いなくその人とか企業とかの功績なんでしょう? 仮にその正のなんたらで、すっごい額を稼いでしまったとしても。その人が全てを貰って、何か問題があるの?」
火田が淡々と答える。
「一部に金が集中し過ぎると、社会は劣化していくんだよ。貧困が広がって、充分な教育を受けられない家庭が増えれば、やがては労働の質の低下を招き、その社会は競争力を失ってしまうだろう。
それに、本当にその成功の全てをその成功者の功績と捉えて良いかどうかも分からないぞ? どんな商品であったとしても、それは何らかの社会的基盤の上で成立している。そしてそういった基盤を作り出したのは、その社会で暮らす人間達であって個人や一部の集団じゃない。一握りの人間だけが総取りしてしまって良いかどうかは意見が分かれるところだろう」
しかし、それを聞いても卜部は納得しない。
「ふーん。あたしにはよく分からないけど」
なんて返してくる。
そこに立石がこう言った。
「あんただって、少しくらいは、成功者のおこぼれが欲しいでしょう?」
すると卜部は目を光らせる。キュピーンと。そしてあっさりとこう返した。
「そう言われたら、同意せざるを得ないわね」
「せざるを得ないんだ」と、それに困ったような顔で沙世がツッコミを。その後で塚原が口を開いた。
「だが、仮にそれを不公平だと社会が認識するとして、果たしてどうやってその不公平を是正するんだ?」
「順当に言って、税金じゃないでしょうかね?」
と、そうアキが言い、火田もそれに同意した。
「正直、俺もそれしか思い浮かばない」
塚原も頷く。
「それは分かる。もしかしたら、社会制度をいじれば、少しはマシになる可能性があるにはあるが、やっぱり税金でってのが現実的な線だろうな。
しかしだ。税でやるにしても、やっぱり基準は必要になって来るはずだ。どういう相手からどういう理由でどのようにして取れば良いのか? やり方によっては世間の人間達は納得しないだろうし、その産業全体を冷え込ませてしまう危険性だってある」
そう塚原が言うと、火田もアキも難しそうな表情を浮かべて固まった。そんな彼らの様子に卜部が口を開く。
「そんなに難しいんだったら、やっぱり是正なんて諦めちゃえば良いのじゃないのぉぉ?」
会話の流れから三人には言い難いと判断したのか、それには久谷が答えた。
「それが、そうもいかないかもしれないんですよ」
と。
卜部は不思議そうな顔を見せる。
「どうして?」
「そうですね。今の時代、人間にしかできないと言われていた多くの作業が人工知能やロボットに可能になって来ていますが、例えば卜部さんは、ロボットや人工知能に真似できない特別な技能を何か持っていますか?」
それを聞くと「そうねぇ」と言って彼女は顎に手を当てて考える。
「色々あるけど、やっぱり一番はこの可愛さじゃないかしらね?」
それに「あんた、風俗で働く気だったんだ。あ、それとあんたが可愛いってボケはスルーでいくから」と立石が。
「風俗? なんでそうなるのよ!」
「なんでそうならないのよ? 今までの会話の流れをちゃんと聞いていた?」
「違うわよ! アイドルって道があるでしょうが!」
「あるか!」
そのやり取りを無視して、久谷が言う。
「飽くまで可能性の話ですが、このまま時代が進めば、そういった役割すら可能なロボットが現れるかもしれません。そうなってしまったなら、卜部さんにロボットでは表現不可能な特別な魅力でもない限り、そういった職に就く事は難しいでしょう」
「特別な魅力ならあるつもりでいるけど?」
「あんたは特別おかしいけど、魅力はないから」とそれに立石。やっぱり無視して久谷が言う。
「さて。卜部さんには職がない訳ですから、当然、収入源がありません。ならば、一体、どうやって暮らしていきましょう?」
「どうしてあたしが無職だって決めつけているのかは分からないけど、それはぶっちゃけかなり困るわね。
まぁ、でも、そうなったら結婚すれば良いだけの話じゃない?」
何故か威張りながら卜部はそう返す。
「あんた、できないでしょーが!」とそれに立石。
「失礼ね!」と返す卜部。
またまた無視して久谷が言う。
「仮に卜部さんが結婚できたとしても、男性パートナーに職があるとは限りません。なにせ、多くの仕事は機械達に奪われてしまっているのですからね」
それを聞くと「なんで“仮に”なのよ」と言いながら不機嫌そうに卜部はこう返す。
「そりゃ、そうなったら生活できなくなるかもしれないけど、もしそうなったら世の中はとんでもない事にならない? あたしだけの問題には思えないのだけど」
久谷はそれに大きく頷いた。
「はい。その通りです。ですから、当然国は何らかの解決手段を執るでしょう。ですが、その解決手段として考えられるのは何でしょうか?」
「そりゃ、金持っている人から分けてもらうしかないのじゃない? 税金ってことになるのかしら?」
「はい。それもその通りです。で、ですね、そうなると、さっき塚原さんが指摘した問題点が出て来るのですよ。誰からどんな理由でどう税金を取れば良いのか?
因みに、国が国民に対し、最低限の所得を保障する制度をベーシックインカムといいます。非現実的な政策とよく言われていますが、もし仮に“機械に職を奪われた社会”に至ってしまった場合、この制度を実現しなくては社会は成り立たなくなってしまうのですね」
それに卜部は「ああ、なる……」と言いかけてから変な顔をした。
「ちょっと待ってよ。その前に、本当にそんな事が起きるの? 心配し過ぎじゃない?」
それには即座に火田が答えた。「それは、はっきり言って、分からん」と。
「“分からん”って、そんな無責任な……」という卜部に対しアキが返す。
「分からないものを“分かる”って言う方がよっぽど無責任だよ」
すると沙世がこう訊いた。
「どうして“分からない”の? なんか世間では色々と言われているみたいだけど? これからなくなるんじゃないかって仕事のリストが出て騒がれたり」
「うん」と頷くとアキは説明をする。
「確かに色々と言われているね。機械が発達していけば、人間は職に就けなくなる。だけど、それにはこんな反論もあるんだよ。
歴史上、新たな技術が生まれた事は何度もあったが人間が職を失うのは一時だけで、やがては新たな職が生まれて再び働けるようになった。これから先もきっとそうなる。だから心配する必要はない」
「ふーん」と沙世が言う。直ぐにアキは続けた。
「だけど、それってよく考えてみると根拠としてはかなり弱いんだよね。だって、過去の機械化と今の機械化は同じだとはとても言えないから」
それに塚原がこう言った。
「一応断っておくと、今のところは失われた仕事よりも新たに誕生した仕事の方が多いのじゃないか?って話があるぞ」
「はい。どうもそうらしいですね。ですが、社会の機械化はまだまだ始まったばかりです。これから各技術が発達して機械の性能が本格的に上がり始めた時、果たして“失われた仕事の数”に“誕生する仕事の数”が追いつくかどうか。それはまったくの未知数だと僕は考えています」
「なるほどね」とそれを聞くと沙世が言った。
「だから、“分からない”なのね。でも、本当にそんなに心配するような話なのかな? それ」
それに「どうしてそう思うのよ?」と立石が尋ねる。
「だって、世間では“単純作業は機械に任せて、人間はよりクリエイティブな仕事をすればいい”みたいに言われているじゃない」
それには火田が答えた。
「が、しかし、人間じゃなくてもできるからな、クリエイティブな仕事は」
それに沙世は不満そうな声を上げる。
「でも、小説を書いたりとか、絵を描いたりとかは……」
「できるぞ」
「え?」
「だから、既に小説を書く人工知能も絵を描く人工知能もいるって言っているんだよ。それだけじゃない。作曲も、新作料理のレシピも考えられるし、新たな映像だって創り出せる。
しかも、質も良かったりするらしい。そのうち人工知能にファンがつくかも…… なんて話も冗談じゃなくなってきている」
沙世はその火田の説明に素直に頷いた。
「つまり、“人間は人間にだけできる仕事をすれば良い”なんて言って油断はしていられないって話ですか?」
「そうだよ。
それにだ。そもそも仮に人間がやるべき人間らしい仕事とやらがあったとして、その仕事をできるだけのスキルを持った人間ってのはそんなに多いのか? 百歩譲ってそんな人間がたくさんいたとしても、その労働需要はそんなに多いのか? 社会の全労働者分、その需要がなくちゃ、やっぱり失業者は発生する事になっちまう」
そう火田が説明をし終えると、卜部が気に食わなそうな感じで口を開いた。
「でも、“分からない”んじゃ、結局、どうすれば良いのか分からないじゃない」
それには塚原が応える。
「そんな事もないだろう? 要はそんな事態になる前に備えておけばいいんだ。直ぐに対応できるようにな……
もっとも、今の日本の現状を考えるのなら、むしろ社会の機械化は願ったり叶ったりなんだろうが」
「どうしてです?」
と、無邪気な感じでソゲキが尋ねた。
「労働力不足だからだな。超高齢社会で、現役世代への負担がどんどん重くなっている。今年(2018年・春)なんて特に物流コストが上がって酷い事になっているって話題になっているだろう?
これを軽減できるんじゃないかって、ロボットや人工知能、ドローンなんかが注目されているんだよ」
その塚原の説明の後で沙世が続けた。
「介護分野でも期待されているわよね。ロボットとかそーいうの」
「沙世でも知っているんだから、よっぽど深刻なのね」
なんて、それを聞いて立石が言う。
それに「失礼なヤツね……」と沙世はこぼした。それからソゲキが再び口を開く。
「しかし、アレですね。もうこうなったら、いっその事、仕事は全て機械がやってくれたらスッキリするのにっって思いますね。
世の中、全員、失業者!」
それに直ぐに卜部が同意した。
「ああ、それいいわ……
ロボットに仕事は全て任せて、毎日遊んで暮らせる…… 素晴らしいじゃない!」
それに対して沙世が言う。
「ん~ でも、それはそれでわたしとしては少し怖いんだけど…… それって人間がいらなくなっちゃうってことでしょう? そんなことになったら人間って一体、どうなっちゃうんだろう?」
「ああ、よくSFとかである機械に人間が支配されたり滅ぼされたりってやつですかね?」
なんてソゲキがそれに返す。すると、卜部が笑った。
「プププ… SFの話を信用なんかしちゃって」
「いや、今まで話していた内容だって充分にSFっぽいと思うのだけど……」
と、それに沙世はツッコミを。
その後で塚原が口を開いた。
「人間が労働する必要がなくなったとしても、それがイコール機械による人間支配に繋がるって訳じゃないが、まぁ、確かに関係はあるな。卜部が言ったように、一見フィクションだけの話のように思えるが、さて、本当にそうなんだろうか?」
それを受けてアキが言った。
「世界中で、色々な人が人工知能が暴走することに対して警鐘を発していますね。自我を持った人工知能が、人類の敵になるのではないか?って。
ただ、その一方で“自我や意識が何かも分かっていないのに、人工知能が自我を持つなんて有り得ない”という反論もあります。少なくとも、人工知能開発者達のほとんどは、目の前の実務的な課題をクリアしようとしているだけで“自我を持った人工知能”を生み出そうとなんてしていないとは言えるそうです」
ソゲキがそれを聞いて明るい声を出す。
「なんだ。それなら、心配ないですねー」
しかしそこで「本当にそうか?」と塚原が言った。
「と、言いますと?」
「実は“人間には理解できないプログラム”を既に人工知能は生み出しているんだよ。だから、人間が知らないところで、いつの間にかに人工知能が自意識を獲得していた、なんて事態も有り得ない訳じゃないんだ」
「プログラムを自動的にコンピュータ内で進化させる“遺伝的アルゴリズム”なんかですね」と、それにアキが補足する。
「他にも全脳エミュレーションなら、人間が理解していなくても人工知能が自意識や自我を身に付ける可能性があるな」
更にそう塚原が付け足した。
「全脳エミュレーションってなんですか?」とそれに沙世。アキが「簡単に言っちゃえば、脳をコピーして人工知能に活かすって感じかな」と答えた。
その後で卜部が言う。
「ん~。やっぱり、現実的な話には聞こえないな~」
いかにも馬鹿にした感じで。
「どうしてあんたはそんなに偉そうなのよ」
と、それに立石が。構わず卜部は続けた。
「だって、そーいうのと似たような話って過去にも色々と言われていたんでしょう? でも、実際にそんな事は起きて来なかった。
なら、これからも平気なんじゃないの?」
すると、意外にも塚原は「そうかもしれないな」とそれを認めてしまった。
「もちろん、杞憂じゃないか?って可能性もあるだろう。人工知能の発達がある到達点を迎え加速度的に機械化が進行する……シンギュラリティと言われているものの中には、どう考えても誇大妄想にしか聞こえないものもある。
人工知能によって人類は不老不死を手に入れられる、とか、人類を遥かに超越した知能を手に入れた人工知能はやがては新たな宇宙を創造する……とか。正直、ついていけない。科学というより、宗教で扱うべき内容に思えるな」
それを聞き終えると、がっくりとソゲキが項垂れた。
「宇宙を創造? なんですか?それは…… いくらなんでも恐ろし過ぎる。そんなの人類に対処のしようがないじゃないですか!」
「いや、だから、誇大妄想だって言っているだろうが」と、それに塚原はツッコミを入れる。
そこで立石が口を開いた。
「まぁ、あれね。つまりは気にしても仕方ないってことなのかしら?」
それにはアキが応えた。
「いや、予防策くらいは打っておいてもいいかもしれないって僕は思うけど? リスクの大きさを考えるなら」
「予防策って?」とそれに沙世が質問をする。
「例えば、“人工知能が人工知能を修理する事、改良する事を禁止する”とかね。もちろんロボットの場合も同様」
「んー」とそれを受けると、ちょっとだけ悩んでから沙世は尋ねた。
「どうして、それが予防策になるの?」
「機械に機械を変えられる事を認めてしまうと、人間の知らないところで勝手に機械が進化するかもしれないだろう?
人工知能やロボットが人間の管理外になってしまったなら、何が起こるか分からない。だからそれを封じておくんだよ」
そのアキの説明が終わると「ま、念のためね」と卜部が言った。
「だから、なんであんたは偉そうなのよ?」
そう立石がツッコミを入れる。その後で塚原が言った。
「もっとも今のところ、そういう国際ルールができそうな気配は見えないがな。人工知能は危険だと警鐘を発している人間達が、もっと積極的に何か現実的な案を提示していかないと無理だと思うぞ。恐怖を訴えるだけじゃなくて」
火田がそれを補足する。
「人工知能の全面禁止なんてできるはずがないから、もし規制するなら、世界中の国や企業が許容できる範囲の何かを考えなくちゃ難しいってことか。
――しかしそういった規制が充分に効果を発揮するものでなければ意味はないな……」
それから少し考え込むような仕草をした後で火田は口を開いた。
「ただ、もしかしたら、どれだけ人間が人工知能を管理しても、機械が人間を支配するのは防げないかもしれない、とも俺は思うんだがな」
その発言にアキが驚いた。
「火田さんにしては珍しいですね。“人工知能への恐怖は、新たな存在に対する過剰な拒絶反応に過ぎない”くらい言いそうだと思っていたんですが」
それに立石が同意した。
「わたしも驚いたわ。“SFと現実を一緒にするな!”っ怒り出しかねないって思っていたから」
その二人の反応に、冷静な口調で火田は返す。
「どうして、SFで語られているような話が全て虚構だと言い切れるんだ?」
「だって、意識とか自我って現代の科学じゃ手も足も出ないんでしょう? そんなものを人工知能が手に入れるなんて、やっぱり現実離れしているわよ」
そう言う立石に対し「そこだよ」と火田は言った。
「どこだよ?」と、それに立石。
「世間では自我や自意識ばかり注目されている気がするがな。機械が人間を支配するのに、果たして本当にそんなものが必要なのか?って俺は思うんだよ」
「いやいやいや」とそれを聞くとソゲキが反応した。
「意識がなくて、どうやって支配するって言うんですか?」
それに火田はやはり冷静な口調で返す。
「もちろん、人間が普通想像するような意味での“支配”は無理だろう。だが、“支配”と表現できる状態には、必ずしも意識や自我は必要じゃない。
“利己的な遺伝子”って知っているか?」
それにアキが頷く。
「有名なリチャード・ドーキンスの著書ですね。生物は遺伝子の乗り物に過ぎず、遺伝子が生き残り易いように進化しているだけっていう」
その言葉に大袈裟にソゲキが驚く。
「ええ!? その話って本当ですか? なんてこった! 僕らは遺伝子の言う通りに動いているだけだったのですね! オーマイガー!」
その発言を卜部が馬鹿にする。
「は? 何を言っているのよ、遺伝子が利己的とかってそんなオカルトみたいな話があるはずないじゃない! トンデモ系の理論でしょう?」
すると、その後で直ぐに火田が言った。
「以上、このよーに、勘違いされているケースも時折目にするが、ここでいう“利己的”っていうのは別に遺伝子に意思があるとかそんな話じゃない。飽くまで“そーいう風に見える”って意味の比喩的な表現だ。つまり、“遺伝子の意思”なんて想定していない。
が、しかし、その意思のない遺伝子がまるで生物体をコントロールしているように見えるって話ではある。さて、なら、これと同じ理屈が人間の使っている機械にも当てはまっても別に良いとは思えてこないか?」
それを聞くと塚原が言った。
「機械を仮に生物だと考えてみると、人間の役に立つ事によって人間を利用し、繁殖・進化しているように見えるな」
そこで沙世が疑問を口にした。
「でも、それって、飽くまで人間が使っているだけですよね? 機械の方が何か人間に働きかけている訳じゃないから、“支配”って言われるとピンと来ないな」
しかし、それに火田が「そうか?」と返す。
「だが、俺達の生活は機械の影響で大きく変わっているじゃないか。意識があるとかそういうのを取っ払って、客観的視点から捉えてみろよ」
すると、それには立石が返した。
「うーんと、工場のお陰で大量生産ができるようになって、車や電車のお陰でそれを遠くまで運べるようになった。更に冷蔵庫のお陰で食べ物を保存できるようになって、たくさんの人が一緒に暮らせるようにもなった。結果として、都市が巨大化した……
なるほど、機械からわたし達は大きな影響を受けているわね」
そこに塚原が続ける。
「まだまだあるだろう? インターネットの登場で遠くの地域に住む人間達との交流や協力が可能になった。その繋がりが新たな文化を生み、人々の生活スタイルは一変した」
火田がそれらを受けて言った。
「そしてこれからはそんな機械からの影響がより直接的になる。人工知能の能力を借りて、生活するようになるんだからな。
もし仮に、“労働は全て機械に任せる時代”が来たとしたなら、それは“機械に人間社会が管理されるようになった”と言えるかもしれない。それは考えようによっちゃ機械によって支配されている、とも表現できるぞ。もっとも“人間は機械に寄生するようになってしまった”とも表現できるがな」
それを聞き終えるなり卜部が言う。
「なんだか分かったような分からないような話だけど、それが正しいとして、一体何が問題なの? 機械に寄生していようが、支配されていようが、楽に生活できるんだったら別にそれで良いじゃない」
「機械に依存し過ぎて、もし機械がなくなったらどうするのよ?」
と、それに立石が。しかし、卜部はこう返す。
「そんなの今でも同じじゃない」
「確かに」と、塚原。
珍しく卜部の反論を認めてしまった。
「もし仮に機械がなくなったら、人間社会は破滅するな」
そこで皆は静かになってしまった。それはつまりは現時点で既に人間社会は機械によって支配されている、とも表現できるということでもあったから。
そこで久谷が、手を一回だけ「パンッ」と叩きつつ口を開いた。
「はい」
と。
皆がそれで彼女に注目すると、彼女は語り始めた。
「どうも哲学的と言うか、概念的と言うか、実利的な方向から話が逸脱してしまったようなので修正しましょう。
人工知能で“支配”といったら、わたしとしてはやっぱり“人間による支配の強化”の方が気になります」
「ああ、中国とか中国とか中国とかの話ね」
と、それに立石が言った。
「もう少しくらいはオブラートに包みましょうよ」
なんて沙世がツッコミを入れる。その後でアキが言った。
「なるほど。今やカメラと人工知能による監視体制の強化で国民から自由が完全に失われたなんて言われていますからね、中国では。当にディストピア的なSFの世界が現実になっちゃったって感じです」
頬杖をつきながらそれに火田が重ねる。
「以前は専制的な体制っていうのは非常に脆かったんだよ。そーいう社会は一部の人間が利権を貪るから不満が溜まり易いし、統率力ってのは規模が拡大すればするほど弱くなっていくものだからな。
だから中国は資本主義を取り入れて、自己組織化現象を活かす方向に社会を動かし、なんとか体制維持を実現させたんだ。
が、ここ最近、その流れが変わりつつある。都合が良いように憲法が変えられ、専制的な支配体制がより強化され、かつての時代に逆戻りするのじゃないか?って懸念の声が上がるまでになっている。
それが可能になったのは、或いはインターネットと人工知能の発達があったからなのかもしれないな」
それを聞き終えると、沙世が不安を口にした。
「それって大丈夫なのですか?」
「さぁ? なんとも言えない。
ただ、中国が人工知能をはじめとする超機械化時代の新技術開発に驚く程の力を入れているのは事実だよ。
今までの人間社会では不可能だと言われていた“安定した専制主義体制の巨大国家、その長期間の維持”が果たしてそれによって可能になるかどうか。ま、もし実現できたとしても、そんな社会で暮らしてみたいとは絶対に俺は思わないがな
今の中国の状態は、“壮大な社会的実験を行っている”とも表現できるか」
そう火田が説明を終えると、アキが言った。
「そういう話を聞くと、新技術の開発で負けてしまうのじゃないかって不安になります。日本は著作権法の関係でビックデータが活かし難く、人工知能の開発で不利だそうですから…… いえ、もっと全般的に、日本は超機械化時代の技術開発にあまり本気になっているようには思えないのですが」
「おお、」とその発言を受けて久谷が言った。
「そろそろ終わりなんじゃないの? って辺りで締めに相応しいと初めの頃に言っていたその話題に戻ってきましたね。
ちょうど良いので、ここらでその話題で終わりにしませんか? 各論的な話題になりますが、今回は取り留めなく色々と語ったので、それでも仕方ないかなと思いますので」
それから久谷は皆の顔を見回して、塚原を見ると言った。
「塚原さん。お願いできますか?」
それを受ける彼女は「私か?」と頭を掻きながら言った。
「はい。久しぶりなんで、ここは安定感のある塚原さんで、ってことで」
「まぁ、いいけどな」と言うと塚原は締めを語り始めた。
「これからの国際競争に勝つって意味でも、超高齢社会で労働力不足になった昨今の状態を考えても、日本社会に超機械時代の新技術が望まれているのは、ほぼ自明だ。
ところがどっこい、国にはあまりやる気があるように思えない。はっきり言って、危機感も感じられない。
このままではまずいかもしれない。
もっとも、民間ではやる気のある所も多いし、基礎的な技術力もある。更に日本社会ならではの強みもない訳じゃない」
「そんなのあるんですか?」と、そこで沙世が質問した。
「ああ、日本の文化はロボットや人工知能に対して比較的好意的なんだよ。物語を見ても、欧米なんかだと“人類の敵”として描かれる場合が多いが、日本ではどちらかと言えば友人みたいな存在として描かれることが多い」
塚原のその説明に「宗教の影響もありますしね」とアキが補足した。
「宗教の影響って?」と沙世が訊くと、アキはこう答えた。
「キリスト教圏では、人間がヒューマノイド型のロボットを造る事は、“神の真似している”と捉えられてしまう事があるらしいんだよ。
その所為で反発を受けて、開発がし難かったりするらしいんだ」
それに塚原が頷いた。
「そんな話が確かにあるな。が、日本ではそんな心配はいらないだろう? だから有利なんだ。更にアニミズム的な傾向が強く、“物に共感する”という能力も高いのではないかと考えられる。つまり、人工知能やロボット、IoTなんかを受け入れる文化的土壌は意外にあるのじゃないかと思えるのだな」
それを聞き終えると久谷が言った。
「つまり、法整備や援助などで国が新技術の後押しをして、それと民間の開発が噛み合えば、後はすんなり社会に浸透するかもしれないってことですね?」
「その通り」とそれに塚原。
「もちろん、無警戒に受け入れるってのも考えものだ。ここでの議論に出たような点にも注意をし、慎重にやる必要はあるだろう」
そう塚原が言い終えると「はい」と久谷は言った。
「そんな感じで、今回はこんなところでお開きとしましょうか」
「ちょっと待ってよ」
と、それに立石。
「今回、何かオチはないわけ? 久しぶりなのに」
「うん。それがオチよね」と、沙世がツッコミを。
そんな感じで、終わりみたいです。
以上、2018年4月でした。
参考文献:
「人工知能が変える仕事の未来 野村直之 日本経済新聞出版社」
「AIが同僚 日経トップリーダー/日経ビックデータ」
「ザ・セカンド・マシンエイジ エリック・ブリニョルフソン+アンドリュー・マカフィー」
「AIの法律と論点 福岡真之介 商事法務」
因みに「AIの法律と論点」については、まだ読み途中だったりします。
いえ、書いている間で本屋で見つけたものですから。