73.旅人達の永遠(2)
んーと……どこまで話したっけ。
あ、特級神に追い返されたってところまでだったな。
まぁ、天界ではそんな感じだったが……天界に行ったことに、何も意味がなかった訳じゃないぞ。
まず、デュークはちゃんと眠りについている。これからの長い年月……デュークを見守り、癒すのが俺達の使命だ。
俺達は属性が神になってるだけで、正式に神として認められた訳じゃない。
このままだと、逆に危険な存在として封じられる方の立場になってしまう。
だから、特級神から試練を与えられた。力はあっても……このままじゃ、駄目だからな。
三種の神器と共に、この聖なる杯と三女神を守り続ける使命を果たせば……晴れてパラリュスの神になれる、という訳だ。
……つまり、今は見習いってことだな。
……で……デュークが暴れていた理由なんだが……かなり、意外なものだった。
俺と水那が特級神に拝謁したとき――とは言っても、高次元過ぎて何も見えなかったんだけど――まぁとにかく、そのとき、聖なる杯から黒い塊が飛び出してきたんだ。
デュークはこの黒い塊を外に出そうとして、ギリギリまで暴れていたらしい。
特級神はそれに気づいて手を貸したんだ。
黒い塊――それは、ドゥンケの魂だよ。
ヒトより神に近かったドゥンケは不老不死だったが……神であるデュークの手によってゆっくりと死に向かっていた。
……でも、デュークはそれをよしとはしなかった。
このまま聖なる杯に閉じ込められたら、いつか本当に死んでしまう。
だから、外に出そうともがいていたんだ。
……わかるか?
結果的に、デュークはドゥンケを助けようとしていたんだよ。
そこにどんな理由があるのかはわからない。
単に邪魔だ、と思ったのかもしれない。煩わしかっただけなのかもしれない。
……でも、ひょっとしたら……どうしても失いたくなかったのかな。
そういう風にも、とれると思う。
まぁ、真実は……デュークが癒されてもとの状態に戻り……俺達が本当の神になったときに聞くしかないだろうな。
……とは言っても、デュークは素直に答えない気もするけど。
そうそう、デュークとドゥンケの経緯については……天界でだいたい把握した。
まぁ、今度ゆっくり話してやるよ。
……デュークが朝日にこだわった理由も……何か、わかる気がした。
お前、変なのばっかりに懐かれるな。
……え、ユウは変じゃないって? いやいや、あいつもだいぶん、突き抜けてるぞ。……お前が気づいてないだけで、他にも……。
……えーと……まぁ、それはいいか。
それで、そいつ……そう、その黒い獣。
特級神から与えられた、神獣――駆龍だ。今はまだ、未熟だけどな。
それが……ドゥンケの生まれ変わった姿だぞ。
ドゥンケの魂はかなり小さくなっていたから、ドゥンケだった頃の記憶は殆ど残ってないと思っていたけど……朝日のことは、ちゃんと憶えてたんだな。
……かなり驚きだったよ。
でも逆に、それしかないのかもな。生まれたばっかりだし……子供みたいなものだからな。
でも、ひょっとしたら……記憶は眠ってるだけで、失われてはいないのかもしれない。
駆龍として育つにつれて……徐々に思い出して行くのかもな。
まぁとにかく、そういう訳で……俺達は、このパラリュスに戻って来た。
デュークを癒し、駆龍を育て……三女神の代わりに、このパラリュスを見守るために。
◆ ◆ ◆
「……そうなんだ……」
朝日は黒い獣を見つめると、頭を撫でてやった。
「よかったね、ドゥンケ。元の場所に帰れて」
“俺としてはちゃんとした神殿がある場所に行きたかったんだがな……”
ソータはややげんなりしているようだった。
“こいつが真っ先に飛び出してここに来てしまったから……まぁ、ここに居座るしかないだろうな”
“他の三つの国は女神が創った女神の国だから……”
水那が宥めるように言った。
“私達はこの島に居るのが一番いいと思うわ”
“うーん……そっか。女神が力を取り戻したら……恐らく、それぞれの国に行くんだろうしな”
“……ええ”
「……で、神殿が、要るんだよな。三種の神器と聖なる杯を安置するために」
どうにか落ち着きを取り戻した夜斗が言った。
“そうだ。本来は神が自分達の居場所として自ら造るんだが……俺達は見習いに過ぎないし、そんなことはできない”
「もともとはどうするつもりだったんだ?」
“テスラの地下かヤハトラ……とにかく、既存の神殿に間借りするつもりだった”
「無計画にも程があるな。……国の事情はお構いなしか」
夜斗が呆れたように言うと、ソータの靄がゆらゆらと揺らめいた。
“ははっ……そう言われれば、確かに。……ところで夜斗、だいぶん慣れてきたな”
「おかげ様で……」
溜息をつきながらそう言うと、夜斗はすっくと立ち上がった。
「ここから一番近いのはジャスラだし……ネイア様なら神殿の在り方も熟知していそうだ。……聞いてみるか」
「そうね」
朝日もつられて立ち上がる。朝日にくっついて寝転がっていた黒い獣がすてんと転び
「グウゥ……」
と淋しそうに鳴いた。
「あ、ごめんね、ドゥンケ。……でも、私にはやらないといけないことがあるからね」
「グルル……」
「ドゥンケもあるでしょ? 立派な駆龍にならないとね」
“……というか、名前はそのままか”
「え? だって、ドゥンケなんでしょ?」
“……まぁ、いいか”
ソータの諦めたような声をよそに、朝日はしゃがみ込んでそっとドゥンケの頭を撫でてやった。
「ねぇ、ドゥンケは島の人にも見えるのよね?」
“ああ。……あ、そうだ、ドゥンケのことも島の民に伝えないといけないか”
“……どうやって……?”
“……困ったな”
「ホムラさん達に頼めばいいわよ。島のいろんな集落の人と積極的に交流しているみたいだから」
“じゃあ……頼む。俺は疲れたから……ひと眠り……”
その呟きを最後に、ソータの靄は祭壇の奥にすうっと消えてしまった。
“あらら……”
水那の靄が少し揺らめく。
「水那さんも休んでて。……また、来るね」
朝日が言うと、水那は
“……ええ”
とだけ呟いて、すっとかき消えた。
ドゥンケはキョロキョロと辺りを見回すと
「グウゥ」
と一声鳴いて、祭壇の方に駆けて行った。
ソータと水那に仕えている、という自覚はあるようだ。
「……そうよね。休んでいる二人についていないと、駄目だもんね」
「……グゥ」
「……ドゥンケ」
朝日はドゥンケに声をかけた。
ドゥンケは地面にペタンと座り込むと、首だけ朝日の方に向けた。
「今度会うまでに……神の使いらしく、ちゃんとお行儀を覚えること」
「……グゥ?」
「誰に対しても……いきなり唸ったり、飛びかかったりしちゃ駄目よ。これ……今度までの、宿題ね」
「……グゥ!」
ドゥンケが元気よく返事した。
朝日は手を振ると、夜斗の方に向き直った。
「……夜斗、行こう」
「ああ」
二人を乗せると、サンは勢いよく島を飛び出した。朽ち果てた祭壇がみるみる小さくなる。
「……レイヤとメイナは、ソータさん達のこと、すぐに気づいたみたいだな」
「そうね」
朝日は夜斗から籠を受け取ると、二人に微笑みかけた。
はしゃいで疲れたのか、二人ともウトウトしている。
「ところで……お前とドゥンケは、一体どういう関係だったんだ?」
「どういう、と言われても……顔見知りというか……」
「いや、そんなレベルじゃないだろ、どう見ても」
夜斗が畳みかける。朝日は首を捻ったが……いい答えは思い浮かばなかった。
「……そう言えば、全然聞かれなかったから……考えてもみなかったな」
「聞けばいろいろ思い出すかと思って……聞かなかっただけだ」
「……そうだね」
朝日は目を閉じた。
あの日――ドゥンケの大きな背中が朝日たちの前に立ちはだかり……デュークと共に消えた、あの日。
パラリュスの平和と引き換えに――たくさんのものを失った。
……朝日は、そんな想いから抜け出せないでいた。
でも……何一つ、失われてはいない。
少しずつ形を変えて……すべてはみな、確かに存在している。
未来に向かって、歩き出している。
「……夜斗」
「何だ?」
「私……もう、大丈夫だから」
「……ん?」
夜斗は朝日の方に振り返った。
朝日は……とても穏やかに微笑んでいた。
「夜斗が……気づいていたようにね。泣くの……我慢することも多かったんだ」
「……だろうな」
「でもね……やっと……ホッとしたっていうのかな……」
「……」
「受け入れられたって感じ。……ユウがいない現実、とか」
「……そうなのか……?」
「うん」
朝日は、ドゥンケの島を振り返ると……次に、パラリュスの白い空を見上げた。
その横顔は、とても清々しく綺麗で――思わず夜斗が見惚れるほどだった。
「仕方なく……流されるまま、って人は、誰一人いないの。みんな……ちゃんと決断した結果なんだって。それがわかったんだ」
「……」
「だから……私もちゃんと、決断しなきゃ」
「……」
夜斗は朝日に手を伸ばした。
朝日が急に――遠くに感じたからだ。
(こいつはいつもこうなんだよな……)
気が付いたら振り切ってしまっていて、もう夜斗の傍にはいないのだ。
いつも勝手に走り始めてしまう。
夜斗は溜息をつくと、朝日の頭をぐしゃぐしゃっとした。
「……焦る必要はないけどな。……ゆっくりでいいのに」
「何でよ」
「泣きたくなったら泣けばいいし……」
「もう……」
朝日は夜斗の手を払い除けた。
「夜斗はそうやってすぐ私を甘やかすから、駄目なのよ」
「……本人が言うか、それを」
「だからすぐ頼ってしまうんだもの」
「いいだろ、別に」
「よくない。そのうち、夜斗がいないと何もできないとか言い出したら、困るでしょ?」
別に困らないけどな、と夜斗は口の中で呟いた。
代わりに
「……お前が勝手に動いて尻拭いする羽目になる方が困るんだが……」
と言ってみると、朝日は
「あ! そっちがあるか!」
と言って、大きな声で笑い出した。
夜斗が久し振りに見る、明るい元気な笑顔だった。
「じゃあ……まぁ、程々に……夜斗も程々に、よ」
「俺はともかく、朝日には一番無理なことだと思うけどな」
「もう……」
朝日はちょっと拗ねた声を出したが……やがてにっこりと笑った。
「……それでもね。何かあったとき――1番に頼るのは、夜斗だから。それだけは、確かだから。今まで、本当にありがとう。それで……これからも、よろしくね?」
「……ああ」
朝日のその台詞が、夜斗にとってどれだけ嬉しいものだったか、きっと朝日本人は分かっていないに違いない。
「あ……見えてきたね!」
朝日は元気にそう言うと、真っ直ぐ前を指差した。
ハールの海岸……ヤハトラの入り口が近付く。
ふと海面に、ソータの気配を感じたヴォダがひょっこりと顔を出した。
そしてサンといくつかの言葉を交わすと、勢いよくドゥンケの島に向かって泳いで行った。




