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72.旅人達の永遠(1)

 白い空の元……一頭の飛龍が物凄いスピードで飛んでいる。

 朝日と夜斗を乗せた、サンだった。

 朝日の傍には少し大きめの籠がある。その中では、レイヤとメイナが眠っていた。


「ガラスの棺の説明は……あんなもんでよかったのか? ずいぶん簡潔だったが……」

「シャロットだからね。資料を見せればわかるわよ」

「ふうん……」

「それに……すぐ使う訳じゃないしね」


 紫色の瞳をもつ女王の血族は、シルヴァーナとコレットのみ。

 もし、シャロットの子に器はなく……後にコレットも産めなかった場合、時の欠片の継承者がいなくなってしまう。

 ガラスの棺があれば、器をもつ最後の女王が眠りにつけばいい。子孫に時の欠片を譲り渡し……その後、ゆっくりと死を迎えればよいのだ。

 ガラスの棺はフェルティガエの命に影響を与えるが、ただ継承するためだけに使うのであれば、何も問題はない。


「……朝日」

「何?」

「泣くんなら今、泣いておけ」

「……え……」


 夜斗の言葉に、朝日はギクリとした声を上げた。

 朝日には背を向けたまま、夜斗は溜息をついた。


 夜斗には分かっていたのだ。この5か月の間――ずっと、朝日が無理して笑っていることを。

 そして……疲れると、不意にいなくなる。――テスラを発つ前の夜のように。


「お前……ずっと、気を張ってただろう?」

「……何を……」


 朝日は夜斗の背中から目を逸らした。


「テスラも――ミュービュリも、ユウの思い出が多すぎる。だから――多少無理をしてでも、他の国に行きたかったんだろう?」

「……」


 朝日が黙りこくったので、夜斗はちょっと心配になって振り返った。

 朝日は左手の薬指の指輪を見ながら……唇を噛みしめている。


「それに……普段は双子もいるしな。お前が泣くと……双子にもうつるからな」


 夜斗は朝日の傍においてあった籠を自分の方に引き寄せた。


「今なら俺が見ててやる。………我慢すんな」


 夜斗は朝日の頭に手を乗せると、髪をぐしゃぐしゃっとした。


「もう……それやめてって……言ってるのに……」


 朝日はそう呟きながら……涙をぽろぽろ零した。


「何で、泣かすのー……」

「あのあと一度も泣いてないからだよ。……おかしいだろ」

「泣きたくない、からだもん……」

「お前は思い切り泣いた後に元気になるタイプだから……我慢するより吐き出した方がいいんだよ」

「何よ、わかった……風に……」

「昔からそうだろうが。ユウが朝日の家でおかしかったときも、ユウが怪我をしたときも、ユウの寿命がわかったときも……」


 あと……俺の記憶がなくなったときも……な。

 夜斗は心の中で呟いた。


「もう……何よ……何よ……」

「あー……はいはい」


 朝日が泣きながら夜斗の腕をぽかぽか殴った。

 夜斗はちょっと笑うと、朝日を宥めるように頭を撫でてやった。


「子供じゃないってばー!」

「あんまり変わらねぇ……ん?」


 夜斗が抱えていた籠の中の双子が……急にじたばたし始めた。


「あーあー」

「うー……うーっ」

「ん? どうした?」


 朝日の傍から離れたせいだろうか、と考え、夜斗は籠をゆらゆら揺らしてあやしてやった。

 あれから夜斗が面倒を見ることもあったので、二人は別に夜斗に人見知りをしている訳ではないはずだ。


「んー……んっ」

「あーうっ」


 しかし双子のじたばたは収まらない。

 よく見てみると、泣いてぐずっている訳ではない。何かを知らせるように一生懸命動いている、といった感じだ。

 前を見ると、ジャスラと……神の領域と言われていた、ドゥンケの島が見えてきた。


「あれ?」


 夜斗は目を凝らした。


「……んー?」

「……ぐすっ……何?」


 ようやく静かになってきた朝日が、涙を拭いながら夜斗に聞く。


「あれ……何だろうな?」


 夜斗が右の方を指差した。ドゥンケの島の……木々に囲まれた、山の中腹辺り。

 うっすらとした白い靄が……パラリュスの白い空と繋がっている。


「……狼煙じゃないの?」

「何のために?」

「……さあ……」


 朝日は首を捻った。夜斗は白い靄を指差したまま

「それに……」

と言葉を続けた。


「あれ、昇ってるんじゃなくて上から降りてきているように見えるんだが」

「え……そう?」


 いつの間にか、涙は引っ込んでいた。

 朝日は夜斗の脇から首を出して、じっと見つめてみた。


 白い空から降りてきた白い靄の先……それは、ドゥンケが島の民と交流していた場所。

 島の民が、獲れた物をドゥンケに捧げようと、丘を登って届けに来ていた場所。


「……行ってみようよ」

「……そうだな」


 二人は頷いた。サンは進路をジャスラから島に変え……真っ直ぐに飛んで行った。



 ホムラが海岸に戻ったのと、朝日達を乗せたサンが祭壇の近くに降り立ったのが同時だった。


「……グウ!」


 急に声が聞こえ、小さな黒い獣が祭壇の陰から姿を現した。


「ん……?」


 朝日がサンの背中から飛び下りると、その黒い獣はタタタッと朝日の方に駆け寄って来た。

 そして目の前でピタリと立ち止まる。


「ん? 野生の獣にしては……警戒心が薄いね」


 朝日はしゃがみ込むと、獣に向かって微笑んだ。


「どうし……わっ!」


 小さな黒い獣は朝日に飛びついて来た。思わず尻餅をつきそうになる。


「グゥ……ググゥ……」

「えっ……えっ?」


 驚いて目を白黒させていると、黒い獣はカリカリと朝日にじゃれついてくる。


「顔は……ちょっと怖いけど……黒ヒョウかなんかの子供みたいだね、お前……」


 朝日が抱っこしてやると、黒い獣はスリスリと頭を擦りつけてきた。小さな二本の角が目の前でフリフリと揺れている。

 背中を撫でてやると、小さな羽根らしきものが生えていた。


「ふふっ、可愛い……顔はやっぱり怖いけど……」

「可愛い……か?」


 朝日に続いて降りた夜斗は、訝しげな顔をしていた。

 夜斗が抱えている籠の中の双子はきゃっときゃっと笑い、空に向かって嬉しそうに手を伸ばしている。


「だって……こんなに小さいし、何か懐いてくれるし」

“……憶えてるんだな”

「えっ……」


 不意に――聞き覚えのある声が朝日の耳に飛び込んできた。

 朝日は黒い獣を抱えたまま立ち上がると、辺りを見回した。

 白い靄が、祭壇の周りに立ち込めている。


「まさか……ソータさん!?」

“おっ……聞こえたか?”


 嬉しそうな声と共に、白い靄がゆらゆらと揺らめいた。


“ホムラは聞こえなかったからな……”

“私達……未熟だから……”


 もう一つの白い靄が揺らめいた。


“女神の血を引く強いフェルティガエでなければ、無理なんじゃないかしら……”

「えっ、水那さんもいるの!?」

“……ええ”

「ウソー! もう二度と会えないと思ってた!」

“いや、会えてはいないだろ……こんな状態だし……”


 ソータが不満そうにぼやく。


“……ところで、夜斗ー? ついてきてるかー?”


 籠を抱えたまま呆然としていた夜斗は、ソータに話しかけられてハッと我に返った。


「えっ……あー……え?」

“聞こえるか?”

「……一応……ただ……ちょっと……訳がわからないというか……」

“んー、まぁ、そうだよな”


 白い靄がすうっと夜斗に近寄る。反射的にのけぞってしまい、夜斗は慌てて

「あ、悪い……」

と言って肩の力を抜いた。


“まぁ……そりゃ、驚くよな”

「……すまない」

“とにかく、説明するから……その辺に座れ”


 白い靄がすっと夜斗から離れ、祭壇の方に戻った。

 ソータの声に……夜斗は首をひねりながら大きめの石の上に座った。

 朝日は黒い獣を下ろすと、ポケットから小さな布を取り出して地面の上に敷き、その上に座った。

 黒い獣は、朝日の傍に擦り寄ると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら満足そうに寝そべっていた。


   ◆ ◆ ◆


 俺は二十年以上、勾玉の欠片を体内に抱えていた。

 水那も……ほぼ同じ年月、勾玉と繋がったままだった。

 結果として……俺達の属性は、もうヒトではなくなっていたんだよな。その証拠に、どんどん年を取らなくなったからな。


 闇の中にいた水那も、実はそうだったらしい。

 あれはジャスラの闇が時を止めていたんじゃなくて、勾玉がヒコヤの伴侶たる水那を守ろうとして、力を及ぼしていたんだ。

 それで、じゃあヒトではなくて何になっていったのかって言ったら……神器を司る神属に近づいていった、ということらしいんだよな。


 天界の特級神にとって……俺達が神の属性になりつつあることも、天界に現れたことも、デュークが聖なる杯(セレクトゥア)に封じられたことも、三女神が俺の司る神器によって守られていることも――かなり都合の悪いことだったみたいだ。

 そもそも、ドゥンケがいた島を封じたのも、特級神の使者だったらしいからな。

 だから俺達は神具と神器、三女神ごと、早々に追い返されたって訳だ。


 ……え、早々じゃない? どれだけ経ってるんだ? ……半年ぐらい?

 そうか……やっぱり、ヒトじゃなくなると感覚が変わるんだな。

 俺にしてみれば、本当にあっという間だったんだけど……。


 神具も神器も見当たらないって? それはまぁ……俺と水那で隠してるからな。

 今はそっちに力を取られてるから、こんな状態なんだ。

 安置できる場所さえ見つかれば……そうだな、実態がない虚像だけど……多分、元の姿を見せられると思う。

 それまでは何だか話をしている気分にはならないかもしれないけど、勘弁してくれ。


   ◆ ◆ ◆


「……そっか……わかった」


 朝日は頷いた。


“えーと……じゃあ、いいか? 話を続けるぞ”


 ソータの白い靄がかすかに震えた。

 夜斗と朝日は顔を見合わせた後、同時に頷いた。

 黒い小さな獣は朝日の膝の上で――幸せそうに喉を鳴らしていた。


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