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69.人々のそれから(2)

 ウルスラ王宮の中央の塔……ユズルはシャロットに頼まれて、コレットの部屋に来ていた。

 2日前の水祭りが終わった後も、ユズルはしばらくウルスラに滞在していた。


「コレット? 何か、シャロットが勉強を……」

「ユズ、これなのー」


 コレットがそう言ってユズルに見せたのは、日本の童話だった。『かぐや姫』と書いていある。


「これ、読んでほしいの」

「話の内容が知りたいの?」

「違うの。それを……私が紙に書くの」


 そう言うと、コレットは書いてある途中の紙をユズルに見せた。

 パラリュス語で「かぐや姫は3か月で多く成長しました」と書いてある。


「……いつもは姉さまかマリカが読んでくれるの。それを私が書くの。……書き取りの練習なの」

「へぇ……」

「それでね、これができたらね、トーマに渡すんだって」

「トーマに?」

「トーマ……ウルスラ語の勉強が大変って言ってたから、だって。姉さまが言ってたの。知ってるお話をウルスラ語で読めば覚えるの早いって。私の勉強と、イッセクニヒョーだって」

「一石二鳥ね。……はぁ……相変わらず色々なことを考えるね、シャロットは……」


 ユズルはちょっと感心すると「ん?」と言ってコレットの持っている紙のある部分を指差した。


「……コレット、ここ間違ってる」

「え?」

「多く、じゃなくて大きく、だよ」

「あ……やーん!」


 コレットは赤い顔をすると、消しゴムで消して、鉛筆で書き直した。消しゴムには思いっきり「M●N●」と書いてある。


「……それ、どうしたの? どう見てもミュービュリの物だよね」

「前にアキラがくれたの。私……間違えてばっかりだし、インクだと大変だから……これ使いなさいって」

「ふうん……」

「ミュービュリって……知らないもの、いっぱいあるのね」

「……まぁね」

「でも……私はなるべく、知らないままでいようと思うの」


 コレットはうんうんと一人で頷いている。

 シャロットに負けず劣らず好奇心旺盛なコレットの意外な台詞に、ユズルはちょっと驚いた。


「……何で?」

「私……姉さまみたいにいろいろなこといっぺんにできないから……ウルスラのことだけ見つめて、考えようと思うの」


 コレットは「んー」と考え込んだ。


「……その方が、大事なこと、見落としたり、忘れたりしないと思うの」

「……いいんじゃない?」


 ユズルはにっこりと微笑んだ。


「シィナもシャロットも、わりと暴走するところがあるからね。コレットが要として……」

「カナメ?」

「んーと、二人をちゃんと繋ぎ止めて……というか、引っ張ってというか……」


 コレットは自分の両手をじっと見つめている。


「私が右手と左手でシルヴァーナ様と姉さまと手を繋ぐの?」

「まぁ……そんな感じ。……例え、だけどね」

「……真ん中?」

「そう……真ん中」

「トーマはシルヴァーナ様の隣でしょ。……じゃあ……ユズは?」


 コレットは不満そうな顔をしている。


「ユズも家族なのよ。ユズとも手を繋ぐのよ」

「じゃあ、シャロットの隣で」

「イ、ヤ! 私と繋ぐのー!」

「コレットの手は二つしかないでしょ。……じゃあ、コレットの後ろにでもいるから」

「後ろ? ……それもイヤなの」


 例え話なのに、コレットは真剣に考え込んでいる。

 可笑しくなって、ユズルは思わず吹き出した。


「もう、笑ってないで、ユズもちゃんと考えてー!」

「そうだねぇ……ぶふっ……困ったねぇ……」

「もー!」


 コレットは赤くなって怒ると、ぷうっと膨れた。


「僕は……そういう皆の姿が見られれば、それで幸せだから……気にしなくていいよ」

「気にするの。……あ、そうだ!」


 コレットはポンと両手を打った。


「ユズは私を抱っこしてくれればいいの。それならいいの。……温かいから」

「……なかなか斬新な案を出してきたね……。でも、僕……非力だからな……」

「例えなんだから、いいの」


 コレットがツンとすまして得意げに答えたので、ユズルは再び吹き出してしまった。


   ◆ ◆ ◆


「せんせー、さよならー」

「おう! 気をつけて帰れよー」


 小学校のプール当番だったトーマは……濡れた髪のまま元気に走っていく子供たちを眩しそうに見送っていた。


「あ……お前たちで最後か?」

「うん。もう誰もいないー」

「先生、今日さ、25メートル初めて泳げたよ!」

「お、やったな、西田。夏休みの間、頑張ってプールに通ってただけはあるな」


 トーマが頭を撫でてやると、その男の子は嬉しそうに笑った。


「じゃ……鍵をかけるか」

「……先生……あそこ……」


 一人の生徒が、少し離れた金網の向こうを指差した。


「女の人がこっち見てるよ」

「ん? 誰かのお母さんか?」

「違うよ。若くて……すっごい綺麗な女の人だもん」

「え……」


 トーマはギクリとして振り返った。

 案の定……そこには、薄い水色のワンピースを着たシィナがいた。

 トーマが見ていることに気づくと、嬉しそうに笑って手を振っている。


「あー……」


 少し眩暈を感じているトーマの後ろで、子供たちがはしゃいでいる。


「せんせー、かのじょー?」

「すごいキレー」

「結婚するのー?」

「……妹だよ。いいからお前たちは帰れ、早く」

「えー妹……」

「もっと近くで見たいー」

「しゃべりたいー」

「駄目。……ほら、正門がそろそろ閉まるぞ」

「あ!」

「先生、またねー!」

「さよならー」


 子供たちは名残惜しそうにしながらも、急いで正門に向かって走り始めた。

 トーマは溜息をつきながら子供たちの背中を見送ると、プールや更衣室をもう一度確かめ……鍵をかけた。


「これでオッケー。……それにしても……まったく……」

「お仕事終わった? トーマ!」


 いつの間に近くに来たのか……シィナが勢いよくトーマに抱きついてきた。


「こらー! 誰かに見られたらどうする!」

「大丈夫……ほら」


 シィナが辺りを指差す。いつの間にか、二人は紫色の靄で覆われている。


「……自分のために力を使うなって言ったよな」

「待ち切れなかったんだもの……」


 シィナはぷうっと膨れた。


「今年の水祭り……トーマ……来てくれなかったもの……」

「仕方ないだろ。子供のサッカーチームの試合で忙しいって、説明したよな?」

「したけど……だから代わりに今日来るってこと、私、トーマに言ったもの」

「まぁ、聞いてたけど……」


 まさか勤務先に現れるとは思ってもみないだろ、とトーマは心の中で呟いた。


「先生をしてるトーマを生で見てみたかったの。だから嬉しい!」

「……」


 無邪気に笑うシィナを見ていると、怒るに怒れない。

 トーマは深い溜息をついた。


「……今日は許すけど、もういきなり来るなよ」

「はぁい……」

「じゃ、帰るぞ。この靄をどうにかしろ」

「……もう帰って来たの」


 気がつくと、二人はトーマの家の玄関にいた。

 トーマは呆然として辺りを見回すと

「……自分のことばかりに力を使うなって言ったばかりだろ!」

と強めにシィナを叱った。シィナは不満そうに口を尖らせた。


「えーっ、自分のことじゃないもの!」

「何が……」

「トーマ、すごく疲れてるみたいだったから、私が運んだのよ?」

「……」


 トーマはよろめくと、壁に腕をついてガックリとうなだれた。


「……トーマ?」


 シィナが心配そうに顔を覗き込んでいる。


「……わかった、言い方を変えよう」

「なあに?」

「こっちの世界では、俺の許可なく力を使うな」

「……どうして?」

「不都合が出ることがあるから。……車を学校に置きっぱなしだ」

「あ!」


 シィナは思わず声を上げると、しょんぼりした。


「……ごめんなさい」

「わかればいいよ……もう」


 トーマは靴を脱ぐと、部屋の中に入った。


「明日は休みだし……のんびり取りに行くから」

「……今日はいいの?」


 一緒に中に入ると、シィナは申し訳なさそうにトーマを見上げた。


「あー……もう、今日はいいよ」


 トーマはシィナを抱き上げると、困ったように笑った。


「それどころじゃないから。……久し振りだな、シィナ。……会いたかった」

「……トーマ!」


 シィナは嬉しそうに笑うと、ぎゅっとトーマに抱きついた。


   ◆ ◆ ◆


「母上。……ちょっとよいか?」


 ミリヤ女王がエルトラ王宮の図書館に入って来た。


「……珍しいの、ミリヤ女王。……何かあったか」

「ウルスラからの申し出の話だが……」

「……ああ」


 アメリヤは本から目を離すと、ふっと微笑んだ。


「ガラスの棺のことだな。ウルスラに譲ってくれという……」

「よいのか?」

「先日までもう一度いろいろ調べてみたのだが……」


 アメリヤは椅子から立ち上がると、近くの本棚から資料を取り出した。


「老い先短い者をそのままの姿で遺したい。……それには問題なかろう、という結論になった」

「ふむ……」

「シャロット王女の話では、ウルスラでは器をもつ子が生まれるかどうか……女王の血族にはかなりの負担が強いられている、とか」

「……まぁ……そうであろうな」

「万が一生まれなくても……最後の女王が時の欠片を保持したまま遺されるのなら……後世に確実に受け継がれるだろう。ガラスの棺があれば、ウルスラ王家の長年の憂いがなくなるのだ」


 アメリヤはにっこり微笑んだ。


「シルヴァーナ女王の力がなければ……テスラに平和は訪れなかった。これぐらいは……な」

「……そうだな」


 ミリヤ女王は溜息をついた。


「それを考えたのがわずか15歳の王女というのが……驚きだがな」

「そうだな……シルヴァーナ女王がいささか頼りないゆえ、あの王女が補佐についているのであろう」


 アメリヤの言葉に、ミリヤ女王は首を横に振った。


「実務はそうかもしれないが……とんでもない女王だったぞ」

「そうなのか?」


 アメリヤは少し驚いたように目を見開いた。

 彼女はすべてが終わった後、王宮の大広間で謁見しただけなので……東の大地での出来事は見ていなかった。


「フィラやエルトラの30人ほどの力を合わせ、かけてあった障壁(シールド)――それを遥かに上回る結界を造り上げた。何しろ……三種の神器の結界の代わりになったぐらいだからな。……一時的とはいえ」

「ふむ……」

「あれと同じものを造ろうと思ったら……3万人は要るな」

「そんなにか!?」

「うむ」


 アメリヤはシルヴァーナ女王の姿を思い浮かべた。

 凄まじいオーラを纏った女王だとは思ったが……まだ若く、少女のようで……その力の大きさとは、異常にアンバランスだ。


「そして……その結界を張りつつ、我が軍の兵士を殆ど傷つけることなく退けた。つまり……それだけ余裕があったということだ」

「……なるほどの……。おお、そうだ」


 アメリヤは何かを思い出したように声を上げた。


「そのガラスの棺は、ヤトゥーイに運ばせようと思う。……構わぬか?」

「構わぬ。内情が分かる者でなければ任せられぬからの。それにヤトゥーイのエルトラ王宮での重要な仕事は殆ど終わった。……今後は主に、フィラにおることになりそうじゃの」

「そうか。それで……アサヒは、どうしている?」


 アメリヤの問いに……ミリヤ女王は肩をすくめた。


「元気だぞ。子供もだいぶん大きくなったのでジャスラに行ってもいいか、と聞いてきた。……優秀な治療師がたくさんいるそうでな」

「だいぶんって……まだ、5ヶ月ぐらいではないか」


 アメリヤは呆れた声を出した。


「……まぁ、よいではないか。ヤトゥーイに同行させることにしよう。ガラスの棺については、カンゼルの資料を熟読したアサヒから説明させた方がよいであろうし……」


 ミリヤ女王はふっと微笑んだ。


「それに、じっと子守ばかりしていられるような娘ではないしの」

「……そうだな」


 二人は顔を見合わせると……くっくっくっと笑い出した。


   ◆ ◆ ◆


 白い空が藍色に変わり……フィラにも静かな夜が訪れた。

 フィラの中央に、他の家より少し大きな家が建っている。

 3カ月前に出来たばかりの家――フィラの三家の家だ。

 朝日がフィラで子供を育てると伝えたとき――理央は一緒に暮らそう、と申し出た。

 朝日が各国を自由に行き来できるように、自分の子供たちと一緒に朝日の子供たちも面倒をみようと考えたからだ。


 それに朝日は、フィラの三家として双子を育てたいと考えていた。

 そのためにはフィラの長である理央の協力は絶対に必要で……それにはお互い近くにいた方が確実だから、でもあった。


 その話を聞いた夜斗は、自分もその時にはフィラに戻る、と伝えた。

 ヨハネが急にいなくなってしまいエルトラ王宮に詰めざるを得なかっただけで……近いうちに、夜斗はフィラに戻るつもりだったからだ。


「え、朝日もヤトと一緒にウルスラに行くの?」


 理央が食事の準備をしながら、少し驚いたように聞いた。


「ああ」


 夜斗が肩をコキコキ鳴らしながら答える。


「女王の許可は取ったらしい。それに……ガラスの棺についてはカンゼルの資料にあったことも伝えておきたい、と言ってたからな」

「そうなの……」

「あ、双子は連れて行くから心配するな、だとさ」

「えっ、連れて行くの!?」


 今度は手を止め、振り返る。夜斗はちょっと笑うと、溜息をついた。


「ウルスラのあと、ジャスラにも行く予定なんだ。優秀な治療師が多いから、話をしたいらしい。だから、かなり長い旅になりそうだし……子供達と離れたくないんだろ」

「まぁ、それはそうだろうけど……」

「それに……今はまだ、三家の教育とかないだろ?」

「ないけど……」

「じゃあ、いいんじゃ……あ、俺があんまり長い間フィラを離れるのがマズいのか?」

「そんなことはないです。私がしっかり治めてますから」


 理央はツンとすましてそう言うと、再び溜息をついた。


「ただ、大人しくフィラにいるっていう選択は……まぁ、ないか。そうね、朝日にはないわね」

「……ないだろうな」

「……ま、いいわ。朝日らしくいられるんなら、それで」

「……」


 夜斗はそれには答えず、窓の外を見た。

 押し寄せるような藍色の空が……パラリュスを覆っていた。

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其々の物語の主人公たちは今 異国六景
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