66.彼らは悠久の旅に出る(1)-ソータside-
朝日が……微笑みながら、もう一度、指輪に口づける。
胸が……苦しくなる。
これが、最良の手段だったっていうのは……わかる。
それでも……こんな切ない表情の朝日は、見たくなかった。
――その時、急に俺が持っていた聖なる杯が震えた。
「うわっ……」
思わず両手で抱える。ぎゅっと抱きしめるとやがておとなしくはなったが……中で何かが蠢いている気配がする。
「何だよ……まだ暴れてるのかよ……」
思わず呟くと、水那が心配そうに俺を見つめていた。
「いや……ま、俺がこうして持ってれば……どうにか……」
しかしこれを一生抱え続けるのかな、俺は……。
溜息をつく。
……ふと、視線を感じて顔を上げた。三女神が、今度は俺の方をじっと見つめている。
“このままでは……”
女神ジャスラが心配そうに覗き込んでいる。
“デューク……力と想いだけは、強いのよ……”
女神ウルスラは困ったように溜息をついた。
“われらも……まだ……力が足りぬ……”
女神テスラの呟きに、ジャスラとウルスラが……静かに頷いた。
そして三女神はお互いの顔を見合わせると……しばらく黙っていた。
……女神だけに通じる会話をしてるんだろうか。
三女神はしばらく見つめ合ったあと――再び俺を見つめた。
“――……ソータ”
「ん?」
“……デュークは……特級神の末の子で……ゆくゆくは、われらを統べるやもしれぬ者だった”
「……そうなんだ」
“無断で地上に降りた罪、パラリュスを荒らした罪……われらがデュークを封じたことはそれらの罪と相殺されるかも……しれぬが……”
そこまで言うと、女神テスラは口をつぐんでしまった。
“……いずれにしても……”
女神ウルスラが女神テスラを助けるように、口を開く。
“このままでは、パラリュスに……再び災厄をもたらすかもしれないの”
「それは……問題だな。俺がずっとこうして持ってても……」
“安心とは……言えぬ。ソータが……ヒトである……以上……”
女神ジャスラは途切れ途切れにそう呟くと……急に言い淀んでしまった。
俺が……ヒトである、以上……?
それって……。
“……われら……”
しばらく黙っていた女神テスラは再び口を開いた。
“三女神が聖なる杯を携えて天界に昇り……特級神に奏上する。……それが一番……パラリュスにとって良いこと……なのだが……”
「……」
“われらは……未だ三種の神器に依存している身。われらだけでは……天界には昇ることは……叶わぬ”
そう言うと、女神テスラが申し訳なさそうに俺を見つめた。
「……」
奇妙な沈黙が流れる。
女神ジャスラは瞳を閉じたままだった。
女神ウルスラは俺と水那の顔を見ると、悲しそうな顔をして俯いた。
女神テスラはそれ以上何も言わず……じっと俺と目を合わせたままだった。
……なるほど……ね……。
女神たちが言いにくそうにしている理由が……わかったよ。
「三種の神器……俺と一緒に、天界に行くしかないってことなんだな」
「えっ!」
「なっ……」
「そ……」
周りにいたみんなが、一斉に声を上げた。
“――うむ……”
「それ……どういうこと?」
朝日が大きな声で言う。
「ソータさんが天界へ……って、どういうこと?」
「俺がヒトである以上、デュークを抑えられない可能性がある。聖なる杯を携えて天界に昇れば、パラリュスはデュークの脅威から完全に救われる」
「うん……」
「しかし……三女神は三種の神器と一緒でなければ動けない。三種の神器を司っているのは……俺だ」
俺は隣の水那の顔を見た。
「……水那。……思ったより早く……その時が来たみたいだ」
「……」
「水那は……」
言いかけると、水那は首を横に振り、少し微笑んだ。
「私……もう二度と、独りにしないって……言ったわ」
「……そうだったな」
俺もちょっと笑った。
少し泣きそうになって……俺は空を見上げた。
パラリュスの――白い空。
大きく――すべてを清めるように、息を吸い込む。
「俺は――最後のヒコヤになる」
「――最後……」
朝日がよくわからない、という風に呟く声が聞こえた。
「最後の……ヒコヤ?」
「……うん」
俺は再び皆に顔を向けた。
「もう……それは、決めていたんだ」
「……」
どういうことだろう……そういった表情が並ぶ中で、ネイアだけは大きく目を見開いたまま、じっと俺を見つめていた。
「……ネイア」
ネイアはビクッとしたように肩を震わせると、ふっと目を逸らした。そして小さく溜息をつく。
「……何だ」
「もし俺が天寿を全うしたとして……その後、俺の生まれ変わりが現れたとしても……それはもう、勾玉の欠片を持たない、ただの生まれ変わりだ」
「……そうだな」
「パラリュスに呼ぶことも……もしかしたら、見つけることも困難かもしれない。三種の神器を支配する者がいなくなる」
「……」
「だから……俺はその時が来たら、魂の輪廻には入らないと決めていた。三種の神器に宿り……パラリュスを見守り続ける」
「なっ……」
「そう……決めていた。俺ならできるだろうことは……何となく、わかってた」
「それは……」
ネイアは俯くと、少し震えていた。
多分……ネイアはわかってる。俺の言わんとしていること。
「つまり……今がその時ってことだ。俺と水那はヒトの身体を捨てて……三種の神器と共に、天界に昇る」
「えっ……!」
俺の言葉に、朝日が大声を上げる。
いや、朝日だけじゃない。その場にいる全員――ネイアと水那以外が、急に慌てふためいた。
「そんな……」
「え? ソータさん……行っちゃうってこと?」
「ミズナさんも、一緒に?」
「いなくなっちゃうの?」
シャロットと暁が騒ぐ後ろで、ユズルがトーマに伝えている。
トーマは「えっ!」と声を上げると、俺の方に振り返り
『父さん……』
と呆然として呟いた。
ごめんな、トーマ。……みんな。
俺は――もうとっくに、決めていたんだ。




