64.長い道程の果てに(2)-朝日side-
テスラの白い空……眩しい光が、私の目に突き刺さる。思わず顔を伏せると……ユウはひらりと地面に舞い降りた。
「あ……」
「朝日!」
「アサヒさん!」
「……!」
シャロットと暁、レジェル、ミジェルの顔が見えた。
右手……北の方には、シルヴァーナ女王とトーマくん、ユズルくんの姿が見える。
左手……南の方には、水那さんとネイア様が佇んでいた。
「……始めていいか」
ソータさんの声が聞こえた。
ユウは頷くと……私を夜斗に渡した。
「夜斗……後は、頼む」
「……」
夜斗は黙って頷いた。
ユウは左手の小指の指輪を抜き取ると、私の左手に握らせた。
「え……何……?」
「朝日は少し……離れててね」
あ……儀式……聖なる杯を使うから……?
でも……この、アレクサンドライトの指輪の、意味は……?
「……また、ね」
ユウはにっこり笑うと、空に舞い上がった。
その姿は……もうユウではなく、女神テスラの化身になっていた。
私を抱える夜斗の腕に……急に力が籠ったのがわかった。
「――見るな、離れるぞ」
そう呟き、要塞から少し離れた場所に瞬間移動をする。
「な……こんな大事な時に、どうして!」
「いいから!」
「よくないわよ!」
私は夜斗を押しのけて、無理矢理地面に降りた。さっき女神テスラが力を分けてくれたから、どうにか動けるようにはなっている。
夜斗は少し溜息をつくと……後ろから私の両肩に手を置いた。
そこまで警戒しなくても……これ以上は近付かないわよ。わかってるもの。
そう思いながら、私は黙って空を見上げた。
ソータさんは水那さんに向かって頷くと、自分の胸に手をあてた。
「あ……」
ソータさんの中からキラリと光る何かが飛びだし……南の方に飛んで行く。
あれが、勾玉の最後の欠片……。
一瞬、南から激しい光が放たれた。勾玉が完全な形を取り戻して……力が満ち溢れているのがわかる。
《ヒコヤよ……頼む》
女神テスラの声に……シルヴァーナ女王が結界を外したのがわかった。
一瞬場が揺らいだけれど、完全に形を取り戻した三種の神器の結界はびくともしない。
『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。汝の聖なる剣を……我に。我の此処なる覚悟を……汝に。――闇を断つ浄維刃を賜らん……!』
ソータさんが剣の宣詞を唱える。
北から現れた光が刃となり、穴のあいた地面を切り裂いた。
地下から闇――デュークの触手が昇ってくるのが見えた。ザワザワと揺れ動いている。
『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。汝の聖なる珠を……我に。我の此処なる覚悟を……汝に。――闇を討つ浄維矢を賜らん……!』
南から光の矢が現れて、ソータさんの元に飛んで行く。
ソータさんは矢を右手で受け止めると、背中に背負っていた弓を構えた。
「――はぁ……!」
ソータさんの声と共に放たれた矢が煌きながら真っ直ぐ突き進み……蠢いていた闇に突き刺さった。
その途端、地下から全ての闇は引きずり出され……絡め取られる。
やがてそれは……大きな丸い珠になった。
一瞬だったけど……黒い闇の中に、赤い光がちらりと見えた。
ドゥンケ……一緒に……お父さんと一緒に逝くことを選んだ……ってことなの?
私は……そう……思えばいいの……?
《……女王よ……祈れ》
ユウが――もとい、女神テスラの化身が口を開いた。
北と東と南――シルヴァーナ女王、ミリヤ女王、ネイア様が……トーマくん、ソータさん、水那さんが掲げる三種の神器に祈りを捧げる。
「……!」
その瞬間……私は言葉を失った。
宙に浮いていた――ユウの姿が、跡形もなく消えてしまったからだ。
「な……え……?」
私の両肩にある夜斗の手が、一瞬だけ震えた。
「夜斗……も、見た?」
わたしはユウがいたはずの宙を見つめたまま……振り返らずに聞いた。
「……」
「ユウ……消えたよね? どこに行ったの?」
「それは……」
夜斗が言い淀んだ……その時だった。
丸い光の珠をさらに取り巻くように、紫色、青色、碧色の靄が溢れかえった。
三色の靄はぐるぐると辺りを廻り、やがて天空に向かって伸びていく。
徐々に……徐々に、女神の形がつくられていく。
私は口を開けたまま、その様子を瞬きもせずに見つめていた。
「……あれは……!」
気がつくと……キエラ要塞跡の大穴と、その上空に浮かぶ丸い珠を取り囲むように、三女神が顕れていた。
その姿は空にも届きそうなほど、とても大きくて……偉大で、私は思わず跪いた。
“――われは……知の女神テスラ”
“――わたしは……美の女神ウルスラ”
“――わらわは……慈の女神ジャスラ”
三女神がそれぞれ手をつなぎ……天を仰ぐ。
“われら三女神と大いなる神との誓約の証――聖なる杯……今こそ混沌たる歪みを数多の限り……悉くおしなべ――すべてを呑み込むべし……!”
三女神の声が重なる。
聖なる杯が、眩しい光を放った。
私には……まるで聖なる杯が大きな口を開けたかのように感じられた。
すると、丸い珠は吸い込まれるように聖なる杯に向かって飛んで行った。
拳が入るか入らないかぐらいの口の大きさだったはずなのに……みるみる聖なる杯の口が広がって開いていく。
そして、丸い光の珠は急に膨れ上がった聖なる杯に完全に呑み込まれた。
「……!」
聖なる杯は一瞬いびつな形に膨れたけれど……すぐにもとの美しい姿に戻った。
ゆっくりと……ソータさんの前に落ちてくる。
ソータさんが宝鏡を構えた。
『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。汝の聖なる布を……我に。我の此処なる覚悟を……汝に。――闇を閉ず浄維羅を賜らん……!』
ソータさんが持っている宝鏡から……おびただしい光の帯が現れた。
それはまるでオーロラのように要塞の周りに広がると……すべての邪悪な気配をも包み込み、聖なる杯に巻き付いた。
「はあ――!」
ソータさんの雄叫びと共に……光の布が一瞬激しく煌いた。
そのあまりの眩しさに、私は思わず手で顔を覆ってしまった。
「……よし!」
力強いソータさんの声が聞こえる。
おそるおそる目を開けると……ソータさんは光り輝く聖なる杯を抱え、満足そうに微笑んでいた。
「や……」
「やったー!」
傍で見ていた暁とシャロットが声を上げる。レジェルとミジェルが手を取り合い、微笑んでいた。
ソータさんの隣で祈りを捧げていたミリヤ女王が、満足そうに頷いている。
シルヴァーナ女王はふわりと宙に浮くと、トーマくんとユズルくんを連れてソータさんの元へ飛んできた。
私も慌てて駆け出す。
南では、水那さんとネイア様がゆっくりと立ち上がったところだった。
それに気づいたシルヴァーナ女王が手を翳すと、二人の身体はふわりと宙に浮いて、皆が集まっている所に運ばれてきた。
よかった。これでついに……テスラの闇は封じられたんだ。
もう、誰も欲にかられて戦争を起こしたりしない。
皆が手を取り合って、助け合っていく――そんな世界になるんだ。
「すごい……ねぇ、ユウ!」
私は思わず叫んで――ハッとした。
さっき……ユウは、消えた。
みんなが笑顔になっている。
それぞれが疲れたように吐息を漏らしつつも、とても晴れやかな顔をしている。
幸せそうに笑っている。
なのに……ユウだけが、いない。
ねぇ……どうして?
どうして、ユウはいないの?




